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一一○話 ド汚物パワーバトル


 アプラホーネは地面から次々に生えてくる塩の柱を乗り継いで、生き残った八人の兵士達から距離を取る。兵士の大半を失って手遅れではあったが、壁上の砲台から援護射撃が降ってきた。

 それを諸手で弾き飛ばした女は、壁上の砲台を攻撃しながらけらけらと笑っていた。


「ぐっ……奴の魔法は大地を起点にしている! 固まったら敵の思う壺だ、我々は距離を取って戦うぞ!」


 マリエッタは考える。アプラホーネは突然現れた。つまり転送直後のはず。奴の肉片を持って逃げ回っている邪教徒はどこだ。

 ――それとも、東門を破壊してそのまま脱出する手筈なら、わざわざ肉片を預けて『保険』を掛ける必要もないのか?


(とにかく、あたし達がアプラホーネを止めないと。でも、どうやって!? 相手はヨアンヌと比べ物にならない化け物だ! 精々時間を稼ぐことしか……!)


 小隊が大型の魔獣と戦う時なんかは、前衛と後衛を敷いて効率的に立ち回るものだ。例えば巨体に任せたボディプレスのような攻撃が来ようとも、集団で固まれば跳ね返すことができた。

 しかし、今回はそれができない。相手の魔法が広範囲攻撃を主体とするモノだからである。


 陣形を強制的に解消されバラバラになったマリエッタ達は、誰に指示されるでもなく物陰に隠れて息を殺した。壁上の砲台やバリスタは沈黙している。

 ちらりと見てやれば、鋭く尖った円錐の群が壁上に伸びていた。あれでは視界の悪さも相まって反撃できまい。地上部隊は実質的に孤立状態に陥った。


「皆の衆、隠れんぼが上手だねぇ」


 東門の周辺には崩壊した建物と杭が乱立しており、遮蔽物には事欠かない。高所から見下ろすアプラホーネがわざとらしい大声を上げて、誰もいない場所に巨大な杭を生成する。石畳が割れる轟音が木霊して、既に串刺しにされていた兵士の死体が粉々に砕けた。

 死体を甚振る鬼畜の所業にオーフェルスは唇を噛み締めながらも、少し離れた場所にいるホセと目配せする。


(まだだ……もう少し待つんだ!)


 杭に背中を預けて武器を握り締めるオーフェルス。その首筋に、生暖かい液体が垂れてきた。

 触れて確かめるまでもない。杭に貫かれて死んだ仲間の血だ。彼が隠れている杭には串刺し死体が乗っかったままなのだ。怒りと無念さに狂おしいほどの激情が煮え滾る。


「出てきたまえ。そもそも吾輩の魔法は無敵だよ? 君達の魔法使いが助けに来ない限り、どうやっても吾輩を退かせることはできない!」


「――それとも、吾輩にみすみす東門を破壊させても良いのかな!?」


 アプラホーネは甲高い声で煽る。

 ――そうだ。我らの役目は東門を守り抜き、邪教幹部を退けること。両方こなさなくちゃ意味がない。

 そんな刹那の使命感に突き動かされた兵士の一人が、杭の影から顔を出す。


 直後、アプラホーネの死角にいたはずの男の顔面が爆散した。

 三方向から生えてきた塩の柱で押し潰され、即死だった。


「あぁ、軽く撫でたつもりが死んでしまった」


 アプラホーネはそっぽを向きながら人差し指をくるくると回す。血錆のような赤銅色の髪を巻き付けて、まるで暇つぶしかのように振舞っていた。

 残るは七人。オーフェルスはアプラホーネの情報提供者であるオクリーを少しだけ恨んだ。


 触れたものを塩に変える魔法と言いながら、全くの棒立ちから杭や柱を生成しているではないか。身体の一部が対象物質についていれば、一定範囲内のそれ(・・)を塩に変質させて自由に操作できる――というのが正しい性質なのだろう。

 彼女が塩の元としているのは大地だ。足の裏が地面に接しているから、それを利用して魔法を使役しているのだろう。隠れていても、虱潰しに杭を精製されたら死んでしまうではないか。


 副長オーフェルスは高速で思考を回転させる。

 ――先程の煽りは何だ。アレだけ優位に立っていながら、東門を破壊する素振りすら見せない。


(……そうか! アプラホーネからすると、外壁を守る防衛機能がどれほどのモノか分からないのだ。我々を全滅させないことには、東門破壊の本腰は入れられないといったところか)


 実際、外壁や門に掛けられた魔法は強力かつ幾重にも存在する。迂闊に触れれば火傷では済まない。その辺を察しているから慎重なのだ。


 だが、それが分かったところでどうする。

 東門を守るはずだった正教幹部序列二位エヌブラン・ガララーガはまだ来ない。いつ来るかも分からない助けを頼りにするには、あまりにも残存勢力が少なすぎる。


 しかも、アプラホーネは五メートルほどの高所に居座って、決して地上に降りてこない。付け入る隙を与えないで、一方的かつ徹底的に小隊を抑え込むつもりなのだ。


「もう一度言う、吾輩の目の前で交尾をしたら許してあげよう! 屋外プレイを見せつけたい勇者はいないのかね?」


 地面に葉脈状の亀裂が走り、一部のエリアが杭の森に覆われる。立て続けに、弧を描きながら伸びてきた巨大な柱が一帯を叩き潰した。

 幸い兵士がいなかったため死傷者はゼロだが、あの調子でエリアを潰して回られたら生存は絶望的だ。反撃の狼煙すら上げられない。


 軽薄な口調とは裏腹にやることが堅実である。上手く躱そうにも、攻撃範囲が人間の運動限界を超えているのだから為す術がない。

 危機感に煽られた兵士が場所を変えようと腰を上げるが、建物ごと無慈悲に押し潰される。アプラホーネは一人殺したことに気づかないで、また別の場所を耕し始めた。


 接近戦に持ち込んで紛れ(・・)を起こすことでしかチャンスを作り出せない兵士達。握り締めた投げナイフやボウガンはあまりにも頼りなく見えた。


(……くそっ!)


 ヨアンヌ以上にどうしようもない敵が現れたことを悟ったマリエッタは、観念したように声を上げる。


「アプラホーネッ!」

「その声はマリエッタ君かい?」

「そうだっ! お前は言ったな、あたしとホセさんがセックスしたら皆を生かしてくれると!」

「そうだとも! 何だい、交尾する気になってくれたのかね?」


 ――してやるさ。生き残ってオクリーさんをしゃぶり尽くすためなら、何だってやってやる。

 マリエッタは制服の上に纏ったプレートアーマーを脱ぎ捨て、地面に放り投げる。がらん、という音を合図に、戦場が停滞する。杭の陰から身を乗り出し、武器を捨ててワイシャツとスカートという軽装になった。


「ホセさん、覚悟して出てきてください! 浮気にカウントされないよう奥さんに言っておきますから!」


 相手役のホセは物陰で頭を抱えて息を殺している。いや、副長オーフェルスもどのようにしたものかと頭脳を高速で廻している。

 オーフェルスとて、クレスやポーメットからマリエッタのちょっとした噂は聞いていた。癖の強い子だから上手く操縦してくれよ、性に関することとオクリーには執着しているから気をつけろよ――と。


「大丈夫、ただの粘膜接触です! 多分先っちょだけでも交尾判定になるので、そういう感じで行きましょう!」


 今分かった。優秀な若者という事実以上に、マリエッタは何かがおかしいのだ。


(い、いや、落ち着け! これはマリエッタ君なりの時間稼ぎだ。彼女が上手く注目を集めている間に、策を練らなければ――)


 マリエッタはワイシャツのボタンに手を掛けようとして、この窮地で指先を動かすのが焦れったくなったのか、胸ポケットの辺りを鷲掴みにしてシャツを縦に破り捨てる。

 オーフェルスはふと上方を眺め、壁上の兵士が必死に何かを訴えているのに気づく。その意味を察したオーフェルスは、手だけを周囲に見せて仲間にハンドサインを送った。


 “攻撃合図を待て”。

 色々なことが起きすぎて混乱していたが、残った兵士でアプラホーネを叩く。壁上の兵士は“もう少しでそちらに下りられる”とサインしていた。ならば、それまで時間を稼ぐだけだ。集団の意思決定を終えたオーフェルスは、マリエッタに全てを委ねる思いで剣の柄を握り締めた。


「ホセ? ホセさん!? チッ、返事がないですね! このあたしとセックスしたくないんですかインポ野郎! まぁいいです! あたしが身体を許すのはオクリーさんだけですから!」


(ホセ、この娘は邪教徒か!?)

(副長、マリエッタはバケモノです!)

(しくじった!)


 マリエッタの言動は、良くも悪くも場の空気を変えたり()を突く効果がある。それが戦闘或いは虐殺の流れを引っ繰り返し、全てを茶番劇に格下げさせてしまいそうな雰囲気を生んでいた。


 一方、とち狂った彼女の行動を受けたアプラホーネは、完全に流れを奪われていた。

 ――参った。こういう女は正直好みだ。味見したくなってしまう。アプラホーネは艶やかな髪を手で梳きながら潤んだ唇を舐め上げた。


 彼女の瞳が殺戮者から遊び人(ビッチ)のそれに変容する。

 アプラホーネにとって性別というのは単なる生物的特徴に過ぎない。相手が同性だろうと異性だろうと構わず味わい尽くすのが彼女の流儀である。そんなアプラホーネの性癖をピンポイントで突いたマリエッタは、意図せず戦場に停滞を齎していた。


 もちろん、マリエッタの狙いはオーフェルスの読み通り『不意打ち誘導』である。しかし、彼女の性質が災いとなり敵味方に混乱を生んでいる。

 味方が来ないことに焦った少女は、うなじの辺りに大量の脂汗を流しながら、上位者(アプラホーネ)の機嫌を損ねないためにはどう立ち回ればよいか、という思考にシフトチェンジ。仲間の行動を急かすために道化を装う。


「ホセさんとやる代わりに、全裸で土下座でもしてやろうか」


 マリエッタにプライドや羞恥心はあまりない。少女は躊躇なく下着を脱ぎ捨てる。――が、寒風に鎖骨の辺りを撫でられて湯浴みを思い出したマリエッタは、己が全裸だということを改めて理解してしまい、今までの威勢をなくして両肩を抱きながら頬を染めてしまった。

 今までの威勢を無くして乙女の一面を見せたマリエッタに、アプラホーネは指を突きつけながら高笑いする。


「アーッハッハッハ! 良い、良いねぇ!! 威風堂々と切り出しておいて、いざこと(・・)になると恥じらうその精神! 男を知らない真っ白な身体! 素晴らしい! 濡れるよォ!」


 腹を抱えて笑いながら、ゆったりとしたトップスの上から己の胸を揉み始めるアプラホーネ。頭上を見上げ、壁上の兵士からの合図を受け取ったオーフェルスは、敵の意思が戦闘から離れたと踏んで突撃命令を下す。


(これ以上はマリエッタ君が耐えきれん! それに、壁上の彼らが到着すれば我々にも勝機がある!)


 敵の注意を引き付けてやる。首を切るようなハンドサインは“地獄に落としてやれ”の意。オーフェルスの合図を受け、兵士達は声掛けなしでアプラホーネに襲いかかった。


「お?」


 全方位からの奇襲攻撃に、女はさしたる感動も動揺もない。地上からの距離を少しでも稼いで杭や柱の到達を遅らせようと、縦に伸びた建物や杭を利用してきたか。この短時間でよくもまぁ悪足掻きを思いつくものだ。

 実際、この魔法の弱点といったら二次攻撃の速度が遅いくらいだ。一次攻撃である『塩化』は速いが、塩を固めて外形を作り上げる都合上時間がかかりすぎる。


 それでも、常人がやり過ごし続けるにはあまりにも速く、広範囲に及ぶ攻撃だ。使い手が油断しない限り、囲んで袋叩きという状況には絶対に陥らない。


(分からないな。速度で及ばないのは言わずもがな、純粋な性質で見ても吾輩に刃は通らない。素肌に触れたそばから武器が塩と化し、攻撃を無に帰すのだから)


 切り揃えられた姫カットに向かって、刃と矢が襲い掛かる。訓練された兵士だな、なんて他人事のように思う。

 側頭部に冷たい感触が当たる。疾い剣だ。土壇場で急所へ的確な一太刀を繰り出せるのは、兵士達の錬度を伺わせる。

 嗚呼――この吾輩(アプラホーネ)が相手でなければ、きっと良い勝負をしたのになぁ。刹那の刻、そんな雑念を抱いたアプラホーネは、彼らの人生最後の一撃を無慈悲にも塩粒へ変えた。


 空中で交わった五つの剣は細やかな粒子の煙となって風に流され、つんのめったような姿勢の兵士達が空中に投げ出される。


(こんなものか?)


 兵士の一人が、勢い余ってアプラホーネの方へ向かっていく。空中のため姿勢が制御できないようだ。女狐のような笑みを浮かべた赤い女は、男を受け入れるように両腕を広げる。

 恋人の帰宅を玄関で待つ女のような、優しい抱擁のポーズ。男はそれに突っ込んだ。


 そして――ざあっ、という、砂粒がブルーシートに当たったような軽快な音を立てて、兵士の一人が塩の煙と化す。


「ふん――我が抱擁に耐えられるほど屈強ではないか。軟弱な男め」


 直後、真下から突き上げるようにして、幾本もの杭が残った五人の身体を刺し貫いた。骨が折れ、軋み、肉が引き裂かれる音が木霊する。

 だが、即死は三人に留まった。ホセとオーフェルスは翻してギリギリのところで杭を回避していた。


「おや。君達は他の者より更に優秀だねえ」


 杭を器用に乗り継いで、残った二人がアプラホーネを追う。もはや防御はかなぐり捨てていた。パンツ一丁のマリエッタも徒手空拳で女を追い立てる。


(勢いに任せて吾輩を突き崩そうと? ……いいや違う、何かしらの秘策があるに違いない!)


 絶望感をこれでもかというくらい叩きつけてやったのに、まだ向かってくるというのは些か不自然だ。彼らほどの兵士が生き残りへの道を捨ててやけくそになるなんて状況はほぼ有り得ない。


(爆弾か? 煙幕で紛れを起こすか? それとも別の手段か? ちょっと怖くなってきたよぉ!)


 柱を生成して乗り継ぎ、すいすいと逃げるアプラホーネ。

 彼女は目の前の敵に気を取られるばかりで気づかない。


 壁上の兵士達が塩の杭を渡って東門内側に駆け下りていることに。


 オーフェルスらの捨て身が功を奏し、アプラホーネの目を欺いていた。


 そして、下りてくる正教兵は筒状の改造銃を所持していた。

 先日、アレックス襲撃で回収した銃を模造(コピー)し、一部の兵士に行き渡らせた。その銃を持つ小部隊こそ、街の外壁を守る兵士達だった。


 気づいた時にはもう遅い。

 異教徒に特攻の弾薬を仕込んだ銃撃隊が下りてくる。銃持ちの兵士は十人余。一撃の威力を考えれば充分すぎる戦力だった。


「間に合ったか!!」

「!?」


 オーフェルスが外套(マント)を翻してアプラホーネの視界を奪いながら、待ちわびた増援に歓喜する。遅れて事実に気づいた女は何くそと一蹴しようとして、馴染みあるフォルムの武器が視界に入り目を丸くした。


「――それ、吾輩の銃だっ!?」


 混乱と焦燥、寺院教団教徒としての使命感を、技術者としての喜びが上回ってしまった。

 己の開発した玩具(ツール)がどうして敵の手に渡っているのだろうか。わざわざ秘策として持ってくるのだ、弾丸の材質を変えたか。それとも銃身を改造したか? そういう余計な思考が、アプラホーネの戦闘能力を須臾の刻だけ奪い去った。


「撃てえええええええええっっ!!」


 夜の街に幾つもの閃光が瞬き、轟音が耳を劈く。防御壁を展開する間もなく、幾つもの特製弾がアプラホーネの身体に撃ち込まれた。

 サレン・デピュティの魔法が練り込まれた弾丸や火薬が襲い掛かり、生成途中の壁を貫通。爆炎を砂にできなかった女は全身を聖火に焼かれて絶叫した。


「あ゛っっっづいッッ!!? 改造弾っ!!? これ、サレン・デピュティの炎かぁ!? 初めて味わう刺激だよぉ!!」


 身をくねらせてもがくアプラホーネに向かって、銃撃隊の追撃が襲い掛かる。

 二度目の一斉射撃。全身が超高温の呪いに侵され、衣服が容易く熔けて皮膚を蝕んでいく。

 撃ち込まれた弾丸は二〇発を数える。たった一撃でポーメットを消し飛ばしかけた大筒を――それも対異教徒用の改造を加えたもの――何十丁と叩き込まれているのだから、流石のアプラホーネも窮地に陥っていた。


(三回目の射撃を食らったら終わるっ!)


 焦げつく肉の甘い香りと、己の身体が焼け落ちる激痛の中、アプラホーネは魔法を駆使して塩の柱を伸縮させ、己の身体を東門へと弾き飛ばす。

 どんな対魔法の機能が仕掛けられているかは分からないが、東門を破壊しなければならない。せめて敵の足を引っ張らないと、ここに来た意味が無くなってしまう。


 剥き出しになった筋肉が東門の巨大扉に触れる。同時、女は扉を形成していた物体を一瞬のうちに塩へと変換した。音もなく破壊された東門が白い粉の山と化し、その塩を払うように一陣の風が吹き抜ける。

 アプラホーネは肉体のほとんどを溶かしながら、悪辣な笑みを浮かべた。


(――やった!! 運良く防衛機能が発動しなかったか、発動するよりも早く吾輩の魔法が破壊せしめたか……とにかく、これでポークのゾンビ軍団が雪崩込める!!)


 表と裏からの挟み込みだ。数分もあれば、聖火の侵食から何とか体勢を立て直せる。それまでポークの援護を仰ぐのだ。


「おーーーーーーい!!! ポォォォク!!! 何とか道を作ってやったぞーーーーっ!!!」


 銃撃を受けて、アプラホーネの両腕は失われている。断面は焦げて腐り落ち、白い煙を吐いている。内臓も溢れていた。

 しかし、そんな姿に成り果てながらも、アプラホーネは元気に吠えた。訳も分からずキャンキャンと鳴く犬のように、よく喋った。


「アハァハハッ!! 残念だったねぇ君達ィ!? 吾輩がミッションを失敗するわけないじゃないかぁ!! そんな顔したってダメだよぉ吾輩しぶといんだから!!」


 東門があった場所には、黒々とした大穴が空いている。


「さぁさぁポーク! ご自慢の兵士達を使って聖都サスフェクトを蹂躙してくれたまえ! ――あぁそれと、吾輩の分も残しておいてくれよ!? 被検体はあればあるほど良いからねぇ!」


 満身創痍の身体を何とか起こしながら、可愛い我が身を傷つけてくれた銃撃隊とオーフェルスらに鋭い視線を向けるアプラホーネ。赤い女は煽りの言葉を繰り返しながら、穴の方へと身体を引き摺る。


「……ええい、ポーク君はまだか!? もう煽りの語彙は降りてこないよ!! ポーク! ポォォォォォクッッ!!」


 痛ましいばかりの絶叫が男装の麗人を呼びつけるものの、闇の中から返事はない。


「ねぇポークぅ!!? 何してるのぉ!!?」


 いつまでも、応える声がない。

 流石におかしいと思って穴の奥に視線をやると、足音がひとつ。


「――――えっ!!?」


 焼け爛れて黒くなっていく視界の中で、彼女は見た。


 街の外から、背筋の伸びた、長身の老婆が、堂々を歩みを進めてくる姿を。


「あ、あぁ…………!!」


 アプラホーネはがたがたと震え出す。そこに先程までの余裕はなかった。

 身長一八七センチ。年齢を感じさせない体格と水色の髪を特徴とするその老婆の名は、エヌブラン・ガララーガ。ケネス正教幹部序列二位の魔法使いがやってきたのだ。

 遅れて登場したエヌブランは、背後に巨大な水の塊を浮遊させながら、地に這いつくばるアプラホーネを見下ろした。


「アプラホーネじゃないか。元気そうだねぇ」

「え……エヌブラン〜〜っ!! この閉経ババァ、どうしてここに――がぼぼっ!?」


 余計な言葉を喋らせず、エヌブランは水塊にアプラホーネを呑み込ませる。そのまま水球を指先ひとつの動きで宙へと浮かせ、アプラホーネを拘束。物体に接触していなければ魔法を発動できないという弱点を突き、アプラホーネを完全に無力化した。

 しかも、エヌブランはアプラホーネに酸素供給を許さない。ゆっくり確実に絶命させるつもりだった。


「先生……!」

「エヌブラン先生っ!」

「悪いねぇ。ここに来る途中に別勢力に捕まっちまって」

「いえっ! 来て頂けただけで、もう……っ!」


 ホセとオーフェルスがエヌブランの姿に歓喜する。

 口の中から酸素が急激に失われていくのを認識しながら、アプラホーネは今までの出来事に妙な納得感を覚えていた。


(――あぁ、そうか。銃撃隊が地上に下りてきたのは、()の殲滅が終わったからなんだ……)


 ポーク率いる死屍の軍勢が全滅したのなら、残るは鳥籠の中に囚われたアプラホーネだけ。企ては既に失敗していたのだ。


(ポーク君は……退却したのかい……そうか、エヌブランとジアターの二名には敵わなかったか……)


 水中で緩やかに回転する身体が上方へ向く。気づかなかった。不死鳥(フェニックス)が夜空を背景に悠々と飛んでいた。いつからだろう。エヌブランが来る前からだろうか。とにかく、敗戦は濃厚らしい。


 更に運の悪いことに、序列三位のクレス・ウォーカーが紫電を迸らせながら現場に到着していた。

 クレスはエヌブランに「帰ってくんのが遅せぇよ!」と呼びかけながら、水塊に拘束されたアプラホーネを睨めつける。


「……婆ちゃん、どうする?」

「決まってるさね。……クレス、ジアター! 三人で同時攻撃するよ!」

『わっかりましたぁ!』

「応ッ」


 エヌブランが右手を握り込み、水塊の中に取り込んだアプラホーネに水圧を掛け始める。直径一〇メートルはあった水の球が、五メートル、二メートルと縮まっていく。次第に収縮速度は緩まっていくが、その間アプラホーネに掛けられる水圧は並大抵のものではない。

 深海数千メートルに匹敵する猛烈な水圧が女の身体をへし折り、擦り下ろし、圧し潰さんとしていた。


「ごぼぼぼぼ」

「タフすぎんだろ!」


 しぶとすぎるアプラホーネに驚くクレスとジアターの召喚獣が同時に攻撃を放つ。

 超高熱の炎とクレスの電撃が一閃。雷と炎が空中で絡み合う。螺旋状の合体魔法と化したその雷炎は、ソニックブームを生み出しながら唸りを上げ、極限まで圧縮された水塊を木っ端微塵に吹き飛ばした。


 アプラホーネの肉体が消滅する寸前、彼女は舌だけで捨て台詞を吐いた。


「濡れるッッ」


 そして、消滅。ドパンと気持ちのいい音を立てて消し飛んだ。

 (やかま)しい難敵を撃退したことを確認して、クレス、エヌブラン、ジアター、そして正教兵達は向かい合う。

 エヌブランはまず素っ裸のマリエッタに外套をかけてやると、こう言った。


「……さて。急いで帰ってきたものの、アタシは色々と分からないことだらけなんだ。現状を報告してもらおうかねぇ」


 老婆は顎下を掻きながら周囲を見渡す。被害状況と、そもそもの戦況。どちらの幹部がどれだけ削られたか、その他エヌブランが知らない情報を口頭で各々伝えた。

 その中でマリエッタが思い出したように言う。


「クレス様、エヌブラン様、ジアター様! あたしから言いたいことがあります!」

「何さね?」

「ヨアンヌ・サガミクスは“スティーラ討伐作戦”に協力してくれるようでした。ヨアンヌがスティーラの肉片を潰すところを、オーフェルスさんとホセさんとあたしが目撃しています。今、スティーラ・ベルモンドは籠の中の鳥です!」

「……アタシにゃサッパリ分からんが、どうやらジアターとクレスには伝わってるようだね」


 聖都東部・外部の戦いは完全決着。

 撃退した邪教幹部は、アプラホーネ、ポークの二名。聖都内に残った邪教幹部は、アーロス、シャディク、スティーラ、ヨアンヌの四名となった。





「ブァァァァカめぇぇ!! 吾輩はまだまだ生きているんだよねぇ!!」


 聖都外縁の森にて。フェイクと陽動を重ねて『運搬役』を脱出させていたアプラホーネは、肉片から完全復活した。蘇生した彼女の傍には、白目を剥いた死体があった。

 運搬役を街の外に脱出させる方法なんて簡単だ。塩化の呪いで地面に穴を通して、壁の下を潜らせる。大騒ぎを起こす傍らで現実的な方法を取っていたのだ。これなら街の外のゾンビや正教兵とかち合うリスクもない。


 この運搬役は、外壁防衛機能の下端に引っかかって傷ついたのだろう。それが致命傷となり、聖都の外に脱出した後、死んだらしい。


「君は偉いねぇ」


 アプラホーネは死体の手を取り、控えめな胸を下から押し上げて弄ばせてやった。


「これで寂しくないだろう?」


 死体の髪を撫でてやった後、アプラホーネは聖都外の合流地点に向かう。

 そこには苛立った様子のポークがいた。


「やぁポーク君! あわよくば聖都を壊滅させようという試みは失敗に終わったわけだが……まぁ気に病む必要はない! 精々、数千の部隊が消し飛んだだけではないか! また殺して増やせば良いのだよ」

「……エヌブランが来るまでは順調だったんだ! 大砲も、バリスタも、投擲器も、ボクの魔法も、ジアターの召喚獣を抑えることに成功してたんだ……! それなのに、エヌブランが来てから戦況が一変して……!!」

「うんうん、そうだねぇ。まぁ我々の陽動なんてオマケなのだから、責任感を感じる必要はないよ。むしろ君は良くやった! 吾輩、雑魚人間にボコされちゃったしねぇ」

「…………」

「アーロス君が上手く『聖遺物』とやらを奪取してこれば、全て報われるんだよ。生きてここにいる時点で我々の勝ちさ」

「……それもそうか」


 ポークは後ろ髪を掻き上げて、嫌な気を振り払うように首を振った。

 まだ聖都近辺には死屍(ゾンビ)の兵隊が散見できる。あくまでポーク達の集合場所を隠すためのものだが、じきに制圧されるだろう。それまでには聖遺物奪取を終える手筈になっているから、問題ないはずだ。


「……ところで、他の者がいないねぇ」

「本当に。まぁ、スティーラがいれば大丈夫でしょう」

「あの娘は無敵だからねぇ。……吾輩が脱出孔を開き、ゾンビの残兵もいる。我々は一時撤退したが、まだ街の中にはシャディク君、ヨアンヌ君、スティーラ君、アーロス君、セレスティアがいるんだ。失敗など有り得んさ」

「……だと、いいんだけどね」



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