8:不要な王妃
陛下視点です。
俺は内乱と災害に因って国が疲弊している事に溜め息をつく。どうせこの場に居るのは俺の側近と護衛と恋人のロナだけ。何の問題も無い。
「エーテル」
ロナが心配そうに俺を見る。俺としては大丈夫だ、と笑って安心させてやりたかったが内乱を平定した直後の災害は、復興の為の資金などほぼゼロの我が国では掻き集めたとしても国民が最低限の生活を維持して1ヶ月生きていられるかどうか……。他国から支援金を募るしかない。だが、見返りになる物は何もない。他国の支援金を宛にするなら見返りを提示出来なくてはならない。
提示出来るのは、転がって来るはずが無かった国王の座の隣……王妃の位しかない。正妃か側妃だ。だが他国に提示するなら正妃の位だろう。しかしそれは、ロナのもので有るべき。王位継承権は持つものの先王陛下の愛妾の子である第五王子の俺が王太子になる事はなく。乳母の娘であるラナとロナの双子やゼスと共に小さな頃は過ごした。やがてラナとゼスが恋人になったように、俺とロナも恋人になって。第五王子で後ろ盾も何もない俺は、ロナと結婚の約束を交わしても先王陛下に反対される事は無かった。
何事も無ければ今頃はロナと家庭を築いていたはずだ。既に俺は29歳なのだから。しかし。正妃の子で第二王子が一番優秀だったから王太子に内定した事を第一側妃の子で第一王子が知って第二王子を殺害してしまった。それに正妃が激怒し……国内の貴族がそれぞれの派閥争いを起こして内乱に。あれは俺が20歳になる頃だった。内乱は最初、貴族同士の足の引っ張り合いで水面下で動いていた。激化したのは、25歳の頃。父である先王が全く動かなかったのも未だに納得出来ない。結局、生き残ったのは表向き俺だけ。潜伏して生きている兄弟が居るかもしれないが、知らない。先王陛下は俺を王太子に任命し、内乱が収まってひと息ついたところで国のあちこちで地震が起きた。これが27歳。2年前のこと。
先王陛下は内乱と地震による災害で不安な国民を安寧させるために動いたものの、志半ばにして倒れてしまい……そのまま逝ってしまった。全く考えてもなかった王位が俺に転がり込み。宰相は先王陛下に信頼されていたので政務は何とかなっている、といった所。とはいえ国庫は厳しい。そんな状況の今、他国から支援金を募るしか方法が無かった。
「ロナ」
「はい」
「他国から支援金を募るために王妃に迎えねばならない。だが、正妃の座はお前のもの。しかし誇り高い他国の王女が側妃に甘んじるとは思えない。吟味して側妃でも良さそうな瑕疵有る王女が居る国に声をかけて側妃で認めさせるが、お前以外の女を妻に迎える事を許せ」
「もちろんですわ、エーテル。貴方はもう国王なのです。国と民が一番にならなくてはいけません。幸いにも母が乳母であり王城に出入り出来る身分で、女官達に可愛がってもらえた私は、正妃とは言わずとも側妃の覚悟くらいは有ります。貴方の政務も手伝えますから他国の王女殿下を正妃にお迎えになられても、私も十分貴方の助けになれる自信が有りますわ」
「済まない。だが、正妃はロナ。これは絶対だ」
「かしこまりました。エーテル、ありがとう」
微笑んだロナが愛しい。他に妻を迎えるなんて、辛いだろうに国のために不満を飲み込んでくれる。だからこそ、正妃はロナで瑕疵有る王女を側妃に迎えるのだ。先ずは宰相に声を掛けて情報を集めた。いくつかの国で瑕疵有る王女が6人見つかり……その全てに打診した。宰相は正妃の位を、と進言して来たが打診には側妃として、と明言するつもりだと告げたら断られるのがオチだと「王妃」として迎える、と進言された。それならば正妃でも側妃でもどちらでも良いから、と。
その提案を飲んで打診した国から了承が来たのは3人。うち2人は必ず正妃にしろ、という返信で……何の条件も付けなかったのが1人。その1人を王妃に迎える事にしたが、何の条件も無い事が引っ掛かった。可能な限り調べてどんな瑕疵が有るのか探れば、予知夢がギフトの第一王女で。母は既に亡く義母との仲はあまり良くない。おまけに婚約者が事故に遭ったら見舞いすら行かない悪女で貴族からも平民からも支持は最低。
こんな女を妻に迎えねばならないのか、と怒りが沸く。
だが、この王女以外条件も無しに支援金持参で来てくれる者も居ない。仕方ない。金は欲しい。この王女で手を打つしか無かった。厄介払いをしたい向こうの国と支援金が欲しいウチの国の思惑だ。だが、支援金を返せる宛が出来次第、子が産めぬ女だ、と大々的に発表して生国へ送り返してやる。厄介払いが出来たはずの王女が送り返されれば、向こうも慌てるだろう。悪女を押し付けて来る国なのだ。これくらい意趣返しをしても文句は無いはず。寧ろ、子が産めぬ女というレッテルを貼ってやるのだから如何様にも対処出来る事を向こうも喜ぶんじゃないだろうか。
こうして俺は不要な王女を王妃に迎えてやった。
やって来た王女は18歳と聞いていたし、悪女と聞いていたので、どれだけ傲慢で我儘で派手な衣装や装飾品で若さだけが取り柄の愚かさを全面に押し出して現れるかと思ったのだが。装飾品は最低限で質素。ドレスも宝石を全身に付けたような阿呆な物かと思ったが、王女の目の色と同じドレスには、髪と同じ色の糸で施された刺繍くらいしか飾り付けられていない。王女だからそれなりに良い質のドレスでは有るがそれだけだ。
嫁いで来ると言うのに、この質素さ。何だこれは。もしや支援金を持参する、という話も反故にされるのか、と思ったが。支援金はこちらが望んでいる以上の金額を持参して来た。支援金とは別に王女の結婚支度金もたっぷりだ。悪女と呼ばれる女だが、父である国王からすれば可愛い娘、というところか。甘やかしの父親だから悪女になったのだな。だが、この質素さが分からない。
ーーああ、そういえば実母を亡くし義母とは上手くいってないって事だから、義母から嫌われているといった所か。さすが悪女だ。
「俺には愛する女性が居る。故にそなたとは白い結婚で子も産まずと良い。支援金を返済次第、離婚する。そなたの国には恩が有るから離宮を用意した。離宮でゆっくりするといい」
こう言えば、傲慢な悪女は何を言うかと身構えた。ロナを隣に立たせているものの顔を見せる気はない。この悪女の侍女にはロナの姉・ラナとその恋人のゼスを護衛にするつもりだから、ロナの顔を見られるわけにはいかないのだ。だが、悪女はあっさりと承諾した。
「公務も執務も行う必要は無い。好きに過ごせ。俺はそなたに関わらないからそなたも俺に関わるな。俺に迷惑をかけなければそれで良い」
これにもあっさりと承諾して薄気味悪さを覚える。
「そなたの方からは、何かあるか。支援金の恩が有るからな。聞いてやらんでもない」
薄気味悪さから、ついそんな事を訊ねれば支援金の返済時期を確認された。1年で還すと言った時、とても嬉しそうに笑った。まるでこの結婚から逃れたい、とでも言うような笑顔に、何を企んでいるのかと益々警戒心が募った。とにかく離宮に押し込め、ずっと俺を守ってくれていた執事のロゼルを付けて、監視役を3人にする。3人に見張られていれば、俺の暗殺・ロナの暗殺・この国の国家転覆等考えても筒抜けだろう、と思った。悪女が素直に大人しく離宮に向かった事も薄気味悪くて、何を考えているのかと警戒心が更に募ったが、取り敢えずは監視だ。
さて。悪女の王女について来た侍女や護衛は彼女と離して別の場所に待機させるつもりで、悪女を迎えに行った騎士団長に詳細報告を頼めば、騎士団長は驚く事を言った。
「なに?」
「はい。先程も申し上げましたが、王女殿下について来た侍女も護衛も我々に王女殿下を託したら帰国されました」
「誰一人、残らなかった、と?」
「はい。どう見ても誰も。多くの者は王女殿下を蔑んだ目で見ていて、嫌われているのだとは理解しましたから、こんな女を王妃に迎えるなんて……と陛下に恐れ多くも同情してしまいましたが、2人だけ、最後まで王女殿下を1人にする事が不安だと言うように名残惜しそうにしていた侍女と護衛が居ました」
「名残惜しそうに?」
「はい。その2人だけが異常に見えたので、王女殿下がこの王宮に出立したのを見届けてから配下に王女殿下をお任せし、その2人から話を聞こうと呼び止めました」
「それで?」
「侍女も護衛も詳しくは語らなかったのですが、王女殿下の側仕えの侍女と護衛で、王女殿下が認めてくれさえすれば、我が国に骨を埋める覚悟だったそうです」
「何故認めてもらえなかったんだ?」
「護衛は本来、王女殿下付きではなく、妻になる予定の王女殿下の側仕えである侍女のために今回だけ特別に同行を認められたそうです。ですが、護衛は母1人子1人であるため、国を捨てて王女殿下に付き従い、我が国に骨を埋める事は出来ない。侍女はその覚悟が有ったが、王女殿下がそれを拒まれたそうです。母国で幸せになれ、と王女殿下に言われた……と。陛下。恐れながら申し上げます。側仕えの侍女とその夫となるべき護衛の幸せを望む王女殿下が、あのように他の者から嫌われる理由とは何なのでしょうか」
騎士団長の話は、俺が集めた情報とはまるで違う王女がそこに居た。俺も混乱して騎士団長からの問いには答えられない。辛うじて言えたのは。
「その、侍女と護衛は、王女が嫌われている理由を話した、か?」
「王女が知っていてもらいたい人に真実を知っていてもらえれば、それで良い。だから真実を吹聴しないよう厳命されている、と悔しそうに」
「真実を吹聴しないように?」
「その王女の願いが、かつて王女が想いを寄せた婚約者の為になるから、と侍女は泣きそうな顔で申しておりました」
これは……俺が集めた情報とは違う何かが有る事を示唆していた。だが、油断は出来ない。騎士団長を信じないとは言わないが、嘘を混ぜていないとも言えない。騎士団長が侍女とやらの嘘を聞かされているとも言える。だから俺は、報告の礼と迎えに行った労いを伝えて騎士団長を下げた。
悪女の様子は毎日報告を受ける事になっている。3人からの報告を聞いてから、先程の話を判断する事にしよう。
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