7:予知夢はもう視られないので。
日々が過ぎてもわたくしは当然ながら離宮から出る事は有りません。散策のルートだけもう少し長め……或いは違う場所を歩きたい、と思う事も有ります。同じ景色はつまらないですものね。でも、自分の花壇を作る許可を頂き早速花の種を植える事から始めてからは、同じ景色では無くなりましたので楽しくなっております。そうして気付けば3ヶ月が経過し、花壇に植えた花もだいぶ増えた事が嬉しくなった今日この頃。
あのラナとゼスが偶に偽物と入れ替わっていた事を知っていた疑惑の話をして以降、ラナもゼスもロゼルさんと同じように休日を取る事ようになったのですが、何故かロゼルさんから渡される本が当たり障りの無いこの国の歴史書(建国史や古代史ですわね)以外の物が増えて来ています。まぁ何でも読むので別に構いませんけど。
最近ではこの国の平民の暮らしが解る内容の本とか、王家の歴史も有りましたわね。離婚するわたくしに王家の歴史なんて読ませられても困りますが。尤も王家の正史ですから文句も言えませんが。一応王妃のわたくしです。この国に居る間は、必要な知識とでも言われれば断れません。まぁ王家の裏歴史的な物が書物にされているわけでは無いですし、ね。
さて本日渡された本は、この国の地理的な物です。この国では長く雨が降る時期が何年かに一度有るそうで。それがいつなのか、何故何年かに一度長く雨が降るのか、疑問に思う方が研究しているそうです。そういった本ですわ。何年かに一度長く雨が降る……。国民の皆様の生活は大丈夫なのかしら?
読み進めていくと、家を流されたり最悪命を奪われたりする事が多いようです。それも川の側に家が有る国民程、その傾向が強いですわ。何年かに一度降る雨に対策が取られていないのかしら。
「ロゼルさん、この本に書かれている事ですが」
「はい。何か?」
「何年かに一度長く雨が降るようですわね。それがいつ頃なのか、何故何年かに一度なのか、研究されている方が居るようですが」
「はい。その方が書いた書物にございます」
「原因はまだ調査中のようですが。この長雨は最近だといつ有りましたの?」
「左様でございますね……。5年前、でございました」
「やはり家が流された国民がいた?」
「残念ながら」
わたくしの問いかけにロゼルさんは痛ましそうな顔で頷く。
「対策は?」
「いえ、それが。どのように行えば良いのか解らず……。陛下も困惑しておいでです」
「ロゼルさん、あなた、陛下にわたくしの様子を報告していますわね? それでは早急に報告して欲しい事がございますの。ラナ。庭師さんに用意して欲しい物が有りますから頼んで下さいな。今日は偽物のゼスさん、力仕事を頼みますわね」
わたくしはテキパキと3人に指示を出します。ラナもゼスも休日は取るようになりましたが、何故か相変わらず2人の偽物さんも仕えるのです。自己紹介して頂けないので、入れ替わった場合は、偽ラナと偽ゼスと呼ぶ事にしました。名乗らないのだから仕方ない呼び名ですわね。それはともかく、本日のゼスは偽物さんの方です。本物と変わらない体格ですから力仕事を頼んでも大丈夫ですわよね?
「力仕事?」
あら珍しい。ゼスもあまり喋りませんが、偽ゼスは更に喋りません。尤もあまり会わないから余計なのかもしれませんけどね。
「ええ。花壇の花を抜きますの」
「折角植えたのに?」
「緊急だからですわ」
わたくし専用の花壇前に庭師さんは既にいらっしゃいました。庭師さんと偽ゼスとわたくしの3人で植えた花を抜きます。庭師さんも折角咲いたのに……と言いましたが、それどころでは有りません。全部抜いた後……根っこから抜いたのでまた植えれば、根付く事を祈りますわ。さて。続いて庭師さんに指示を飛ばします。
「準備が出来ましたわ」
ロゼルさんとラナと偽ゼスと庭師さんににっこり笑ってわたくしは得意そうな顔をしますが、皆、コレが何? という表情ですわね。それはそうです。花壇の中には真っ直ぐに掘られた土が有るだけですもの。庭師さんにその掘られた土の中に水を大量に流すよう言います。
「土が水浸しになりますよ」
と、言われましたが、それこそが必要なのですわ。狭く真っ直ぐな掘られた土に大量の水が流し込まれて直ぐに溢れました。
「見ての通り、水が溢れましたわね」
皆は、何を当たり前のことを……という表情でわたくしを呆れたように見ます。
「つまり、コレが長雨の影響なのですわ。川が長雨により、水量が増えます。当然、このように水浸し状態。こちらの国では何と言うのか分かりませんが、わたくしの母国では氾濫と言いました。それでわたくしの母国では氾濫対策として、先ずは川の幅を広げる事にしたのです」
先程は真っ直ぐで狭い土の中でしたが、それを広くして、庭師さんに同じだけの水を流し込んでもらいます。
「あ……水浸しにならない?」
「そうよ、ラナ。同じだけの水量だけど、こうして水が通るのを同じだけ掘っていても広く確保すれば水浸しにならないわ。あの本に書かれていた川が広げられるのであれば、川の幅を広げる事も対策の一つ。それから……」
庭師さんに手伝ってもらい、掘られた土を両脇に堆く盛ります。
「こうして川の幅に掘った土を堆く盛る事で水の侵入を防ぐようにすれば、かなりの確率で家が流される事が無くなるのではないかしら。ただ、どのくらいの期間、どれだけの雨量なのか分かりませんから、この対策をしても川が氾濫して水浸しになる可能性も有りますけど」
「やらないよりは、マシか」
偽ゼスが呟きました。その通りです。やらないよりマシです。
「いつ頃降り出すか判らないですし、陛下のご裁可を早急に頂いてもそこから人足を集め、工費を計算し、工期も考え……とやる事は沢山有りますから、次の長雨に間に合うかどうかも分かりません。それでもやらないよりはマシですわ。ロゼルさん、早急に陛下に進言してみて下さいませ」
わたくしがロゼルさんに申せば、偽ゼスが手を上げました。
「俺は陛下の護衛です。だから俺が進言します」
「まぁ! あなた、陛下の護衛でしたの⁉︎ 何をやっていますの! 偶にわたくしの護衛を務めている場合では無くてよっ! 陛下の護衛が陛下の側を離れて名ばかりの王妃の護衛など、たとえ休日だからといえど務めるものでは有りません!」
陛下の護衛が休日を利用して、何故わたくしなどの護衛を務めるのか甚だ疑問ですが、叱り飛ばします。
「王妃殿下は、陛下の護衛である俺が休日とはいえ、護衛に付いている事が気に入らないのですか」
「当たり前です! 護衛の職務を何と心得ているのです! 陛下に万が一の事が有る時は、その剣となり盾となるのが護衛です。忠誠を誓った相手の側を離れて別の者の護衛など忠誠心に二心有り、と疑われても仕方無き事ですよ! それに本来王妃とは、国王陛下の側で王妃にしか出来ない公務や陛下の代わりに執務を務める事も有りますし、次代を作る事も務めでは有りますが、陛下に万が一の事が有ればその代わりになって国を治める事も有りますが、何よりも王妃の務めとは、陛下に万が一があった時には、陛下の御身を助けるためにその身代わりとなる事なのです。解りますか? わたくしは、名ばかりの王妃で有る以上、陛下に万が一の事が有っても陛下のために命を賭す事が出来ません。そのためにも、陛下の護衛には頑張ってもらわねばならないのです!」
「陛下は王家の加護が有る方ですよ?」
「だから何だと? 王家の加護がその力を発揮するのは、最後の最後。発揮させる前に事を収めるのがわたくしを含めた臣下の務め。わたくしにその務めが果たせない以上、あなた方が務めるのです。忠誠を誓うとはそういう事でしょう! 別にわたくしは進んで死ねと申しません。あなた方が命を投げる前に事を収めるのも大切です。あなた方もわたくし達王族が守る民ですから、命を守るのがわたくし達の務め。ですが、あなた方は護衛として陛下に忠誠を誓った。だから万が一の時には陛下の命を守るために、あなた方には命を差し出してもらわねばなりません。それはわたくしとて同じこと。わたくしはそのように、王女として教えて来られたのです。お飾りの妻になる事に文句は有りません。というか、公務も執務も疲れていましたから、お休みをもらえるのはとても有り難いので文句など有るものですか。次代を成す事もわたくしには無理でしたから、白い結婚は寧ろ大歓迎でしたの。早く愛するお方との間に次代を成して頂ければ幸いですわね。離婚されるのも願っております事。帰国しても縁談が来なくて大助かりですわ。でも、離婚するまでの間は、わたくしは陛下の王妃。名ばかりでその務めを果たせずとも、気持ちの上では陛下に万が一の事が有りし時の覚悟は、いつでも有ります。まぁその覚悟を果たす時は来ないまま離婚することになりましょうが。ですから、あなた方護衛には、わたくしの代わりに陛下の御身を、と言うのです。わたくしなどの護衛を務めている場合では無くてよ!」
さぁ、戻って陛下に進言なさい! と促せば偽ゼスは力強く頷いて離宮を出て行きました。
「王妃殿下……」
いつの間にか庭師さんが黙々とわたくしの花壇を整えて下さっていました。ラナも手伝っています。ロゼルさんがわたくしに何か言いたそうな顔で呼びかけて来ました。
「わたくしとした事が、つい感情を出して叱ってしまいましたわね。後で偽ゼスに謝っておいて下さいな。それと! 陛下の護衛をわたくしの元には寄越さないで。わたくしが陛下を暗殺するとか、そういった危惧が有るからって陛下付きの護衛を寄越すのは有り得ません。そのような危惧が有っての監視は別の方にしなさいな。危惧を抱く相手に陛下の御身をお守りする者に監視させるのは、愚かですわよ。それとも、危惧を抱く相手だからこそ、何をするのか知りたいってこと? でしたら、ロゼルさんとラナとゼスで十分役目を果たしているでしょう。偽物を寄越す意味など有りません。良いですね?」
わたくしの意見がどれほど陛下に伝わるのか、真意を探られ疑心に囚われるかもしれないし、そもそも陛下がわたくしの意見を聞くかどうかも分かりません。ですが、あんな予知夢を視て……そして国を出てしまっている以上、もう予知夢は視られない身として。わたくしの考えを話しておく事は大切だと思いますので、話しました。
ロゼルさんはきっと報告してくれるでしょうけど、それを受け入れるかどうかは陛下次第ですものね。わたくしは陛下の為人を知りませんから、後は野となれ山となれといった所でしょうか。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話から2〜3話陛下視点の予定です。