2:予知夢通りになりました。
早速お父様……いえ、国王陛下に謁見を申し込みまして、執務室で話をしました。国王陛下は何とも言えない表情で、わたくしの予知夢をお聞きになりまして……実際にその国から政略結婚を持ちかけられていることを教えて下さいました。
「それでは了承して下さいませ!」
「お前は、それで良いのか?」
お飾りで、白い結婚で、子が出来ない女である事を理由の離婚。
父としては、娘の幸せがどこにあるのか?
と言いたそうですが。
「構いませんわ! わたくしが結婚に興味がないのはお父様もご存知のはず。そもそも、お父様はわたくし以外の方に王位を譲られるわけでございましょう? 基準がさっぱり解りませんが、わたくしが国王の座に見合う者ならば、王太子の話が出てもおかしくない年齢ですのに、伺ったことが有りませんもの」
周辺の国々では早ければ、15歳くらいで王太子の位に着く方も居れば、20歳を過ぎて着く方も居ますけれど。わたくしがその対象ならば14歳から国政に携わるわたくしですもの。話が出てもおかしくないはずなのですわ。
「そうだ。そなたの予知夢に現れていないようだが、余の後はお前ではなく別の者を考えている」
「やはりそうなのですね。では、予知夢通り、わたくしが何年か経って離婚して我が国に帰国する事を嫌がる方ですの?」
「それは無いと考える」
「では、何の問題も有りませんわ! 女の幸せが結婚して子を産み育てる事だけに非ず。わたくしの幸せはわたくしが決めますの! わたくしはこの国を愛していますので結婚せずに独身で領地経営をして生涯を過ごしたいのです! もし領地がもらえないならば政官として国政に携わりたいですわ! 王女の位も返上致します! 一政官として生涯を終えるのも有りですわ!」
「お前がそこまで決意しているのであれば、この結婚は寧ろ賛成した方が良いな。彼の国の惨状は余も耳にしている。お前か或いは他の王女と結婚させずとも、別の条件を出しても支援金は出すつもりだった。無論、返済してもらうつもりでは有ったが。そなたが行ってくれるので有れば、向こうも我が国の裏事情など考えずに支援金を借りられるだろう」
「では、よろしくお願いしますわ!」
「だが……他に愛する女が居る男の元へ行くので、本当に良いのか? 彼の国は別にお前と結婚したい、と望んでいるわけではないし、正確に言えば、国王の妻を求めているわけでもないから、お前の弟妹達の誰かを養子にする事でも許されるぞ?」
「何を仰っているのです、国王陛下! わたくしが嫁ぐのは予知夢で有りましたのよ? わたくしが行けば良いではないですか! それに。あの子達はまだ小さいのですから」
わたくしには、弟が2人と妹が3人居ますが、弟はわたくしの6歳年下と7歳年下。妹達は上から順に、9歳。7歳。4歳ですわ。確かに彼の国の国王陛下は年齢が29歳。弟妹ならば養子に出しても問題有りませんが、可愛い弟妹にそのような事はさせたくないですわ。
「それはそうだが」
「国王陛下。王妃殿下がお認めになりますの?」
わたくしの問いかけに、お父様が黙られました。
それはそうです。わたくしの母は、わたくしが3歳の時に病で身罷りました。元々病弱な方だったそうですが、お父様は幼い頃からの婚約者であるお母様をどうしても妻に、と望んで結婚しました。そしてわたくしを産み……3歳の時に病で。お父様は、それはそれは悲しんだそうですが。国王として王妃の存在は不可欠。例えば他国との交渉事に、国王自ら赴く事が有った時。国王の代わりにこの国を守る者が必要です。宰相はあくまでも国王の補佐。代理を務めるのは、王妃という立場なのが我が国の法。或いは、他国からの賓客を持て成すに際して、女性の賓客はやはり女性が対応する方が良いのです。その場合、誰が対応するのか。当然王妃です。
そういったわけで、1年間、喪に服したお父様は王妃選定をせねばならなかったのです。とはいえ、国内の年頃の令嬢達には、軒並み婚約者がいるので引き裂くわけにもいきません。相思相愛の婚約者という関係も有りましょうが、政略で結ばれた婚約も有りました。それは貴族同士のバランスの取れた婚約だったり、事業提携の婚約だったり。王命で関係を引き裂くには、王家の求心力が低下するような事に成りかねないために、国外へ目を向けられ。
まだ婚約者など考えていなかった王女殿下がいらっしゃる国、数カ国へ打診をしました。その中の一つの国が承諾して下さいまして。そうしていらっしゃったのが現王妃殿下……わたくしの義母です。20歳でわたくしの母と結婚し、24歳で母を喪い、26歳で王女殿下をお迎えした父と、17歳で後妻として我が国に……父の元にやってきて王妃になられた義母。いくら国王の座に着いていたとはいえ、まだまだ若い父が更に若い義母と上手くやっていくには、それなりに苦労は有った事でしょう。
2人の間には、義母が嫌がる事はしない、という条件が有るそうです。王女として政略結婚については納得していた義母ですが、一つ目の嫌がる事として、わたくしの母にはならない、というものが有りました。ご自分のお腹を痛めた子ではないですし、いきなり3歳の子の母にもなれないのでお父様も受け入れたそうです。ちなみに、義母とわたくしは仲が悪くない程度ですの。王妃と王女としては関わりますが、義母と義娘として……つまり親子の情としての関わりは殆ど有りませんわ。でもそれで良いと思ってますの。義母とお父様は仲睦まじく、2人の間には5人の子が居ますもの。弟妹とは関わりますが、可愛いですし。弟妹達もわたくしを姉として慕ってくれますし。それで良いですわ。
「済まない」
「謝る必要は有りませんわ、お父様。お受けして下さいますわね?」
「そうしよう。……シアノ」
「はい」
「未だ、忘れていないのか?」
「わたくしは……生涯独身を貫きたいだけですの」
国王陛下の顔から父親の顔になったお父様に、わたくしはただそれだけを告げました。お父様の痛ましそうな顔は見なかった事にしました。
それから1ヶ月後。
わたくしは、支援金を持参金という名目に変えて予知夢通り、彼の国の国王陛下の元へ参りました。結婚式は彼の国が災害続きで大変だから……という理由で行わない事にする、と言われましたが、わたくしもその方が良いので了承しましたわ。
「俺には愛する女性が居る。故にそなたとは白い結婚で子も産まずと良い。支援金を返済次第、離婚する。そなたの国には恩が有るから離宮を用意した。離宮でゆっくりするといい」
「かしこまりました」
初対面で会った書面上だけの夫は、挨拶も抜きでこの会話から始まりました。予知夢通りですので、別に気にしませんが。
「公務も執務も行う必要は無い。好きに過ごせ。俺はそなたに関わらないからそなたも俺に関わるな。俺に迷惑をかけなければそれで良い」
「かしこまりましたわ」
ここまで一言一句間違いが無いので、退屈ですわ。一語でもいいから違う所が出ましたら、驚けるでしょうか。もしくは、楽しくなるかしら。
「そなたの方からは、何かあるか。支援金の恩が有るからな。聞いてやらんでもない」
あら。やっぱりこれも予知夢通りですわねぇ。つまらないですわ……。そして、この質問にはきちんと答えを用意して有りますわ。もちろん、予知夢通りの返答ですけど、わたくしの本心ですから、構いませんわね。
「では、一つだけ。返済時期を明確にして下さいな」
この返答に、やっぱり書面上だけの夫は予知夢通りに目を瞬かせて首を右側に捻りました。……本当に予知夢通りで退屈ですわねー。
「返済時期?」
これももちろん予知夢通りの質問です。わたくしの反応が戸惑いでも怒りでも泣くでも無しに、淡々としている事に夫の方が戸惑っているのも予知夢通りです。
「支援金の返済が完了した時点で離婚して下さるのですわよね? どのくらいで返済を完了して下さいますの? 1年? 2年? さすがに半年くらいでは無理ですわよね?」
ちなみに、この返答も予知夢通りです。どうやらこの書面上だけの夫は、こういった上から目線での問いかけに苛立つようでして、売り言葉に買い言葉的に「1年だ!」と答えてくれますの。
「1年だ!」
やっぱり予知夢通りですわね。でも1年で離婚して下さるなんて、本当に有難いですわ! 1年間ゆっくりして。そして帰国して。政官か領地経営で余生を過ごす。言う事有りませんわぁ。
「1年ですわね。かしこまりました。では、1年間宜しくお願いします」
王女としての礼を取って、わたくしは離宮への案内をして下さる方の後をついて離宮へと向かいましたの。
お読み頂きまして、ありがとうございました。