12:予知夢では知らなかったその先に。
色々とラナとロナ様と話し合い、わたくしの人脈を使って、何とかこの国が他国から認めてもらえるように少しばかり手伝うことにしました。早速、陛下への許可をロナ様がもらうようお願いします。わたくしの人脈を使うので、本来ならわたくしがお願いに伺うべきですが。それではいつまで経ってもロナ様のためになりません。ロナ様は確かに爵位の低いご令嬢で有っても知識も教養もそれなりに有りますが、マナーは高位貴族のものも満たせておりません。ましてや正妃というのであれば、指先一本にも気を抜いてはいけないのですが……残念ながらロナ様の所作は下位貴族の令嬢にしては、美しいとしか言えません。
「かの国の使者様をお迎えするに辺り、申し訳ないのですがロナ様の所作ではわたくしと見劣りしてしまいます。ロナ様は陛下から許可を得ましたら、わたくしがかの国に打診し、日程調整をしている間、王妃としての所作を学んで頂きますわ。……陛下の所作は大丈夫でしょうね?」
さすがに一国の王ですし……マナーも所作も美しいと思いたいですが、そもそも陛下は元から期待されていなかった王子だったわけですから、まともな王族教育を受けていないとか……そんなことは有りませんわよね?
「もし……宜しければ、側妃に確認して頂ければ」
ロナ様が申し訳なさそうに切り出してきました。えええ……。本当でございますの? 所作やマナーに問題が有るのはどうかと思いますのよ……。
「そういえば。かの国の言葉は話せますの?」
わたくしは、ハッとして尋ねます。使者を寄越すように無理やり頼む側なので、当然かの国の言語は流暢に操れないと、不敬にあたります。態々呼んでおいて、それ? ということになりかねません。無反応の時点で返答されているようなものです。わたくしは、急ぎロナ様に使者様をお迎えする話の許可をもらうように話して、ついでに陛下の語学力も知りましたので、溜め息をつきました。どうやら暫く語学勉強が必要なようです。陛下から許可をもらい……というか、わたくしへの態度などをロナ様に聞かされて初めて、自分が他国からどう見られているか、理解したようです。
王位継承権が低いからといって何もしてこなかったのでしょうか。それともこの国では王位継承権が低い相手はおざなりな勉強しかさせないのだろうか。或いは陛下自身が他人事と捉えていて、きちんと勉強して来なかったのでしょうか。何にせよ、もうどうしようもないので、スパルタで詰め込むことにしました。並行してかの国の第三王子殿下に手紙を認めます。受け入れて下さいますように。
陛下とロナ様……ついでにラナとゼスにも声をかけて、せめてかの国の言語くらいは覚えて頂くように臨時でわたくしが教育をしますわ。ロゼルさんは執事ですので表舞台には立ちませんが、ラナは侍女兼ロナ様の女官という立場を与えます。女官は公務や執務を支える立場ですから当然表舞台ですわ。ゼスは護衛ですが、護衛も語学を身につけておかないと、他国の言語で話している内容如何によっては警備にも関わって来ますからね。
宰相が話せるのは安堵しました。ついでに密かに他国からの視線を和らげる行動を起こしたことに感謝されました。表立って感謝を述べるのは、陛下が気付いて無かったことを侮辱するようなものですものね。とはいえ、先王の時代から宰相を務めているだけ有って他国からの視線を理解していて、苦悩していた……といった所でしょうか。まぁそれはさておき。
臨時の言語勉強の前に陛下から直々にわたくしへの態度や他国からの目について「済まなかった」と聞きました。臣下に軽々しく謝るものでは有りませんわ、と答えつつもその気持ちだけは受け入れました。拒否するわけにはいかないですし、間違いを正すための謝罪は大切です。間違いを正すためで有って、自分の罪悪感を減らすためなら受け入れないでしょうけどね。
謝る、というのは、間違いを正すため。以降同じ間違いを繰り返さない若しくは同じ間違いをしてもカバー出来る状態にする決意でなくては、謝る必要性が感じられません。
自分の罪悪感を減らすための謝罪は、相手には何も響かない、とわたくしは思いますもの。だって自分のためだけに謝っているのですから。そういう謝罪は同じ間違いを繰り返しますわよ。
ですからわたくしは、謝罪の言葉だけを受け入れます、と誰に対してもお伝えしますの。ずうっとそうして生きて来ましたわ。
謝罪の言葉だけ。
わたくしのこの発言に気付く方とはその後も良い関係が築けるけれど、気付かない方とはその後はそれなりの関係しか築けませんわね。
謝罪の言葉だけを受け入れる、ということは、その後、その方の言動を見ている、ということに他なりません。本当に間違いだった、と思われる方はその後の言動は慎重になりますし、口先だけの謝罪の方は同じ間違いを繰り返しますので。
尤も、元婚約者様のように謝罪すら無い方もおられますけど。謝る気も無い方との付き合いは、当然それまで、ですわね。
さて。かの国から使者が来る、という前提の元で講義を始めました。返答があちらから来るのは、多分1週間後辺りでしょう。そういえば、講義を始めて陛下と同じ空間に居る事が多くなりましたから、護衛を増やしてもらってます。場所は陛下の執務室ですわ。陛下が移動する方が、あの予知夢通りに暗殺者に狙われやすくなりますもの。わたくしが居ないから大丈夫、だとは思いますけど。寧ろ、同じ空間に居る今の方がよっぽども危険ですから護衛を増やしてもらってますの。
「陛下、ロナ様。皆様、かの国の第三王子殿下から返答が参りました」
手紙を出してからおよそ1週間後。返答が来ましたわ。ちなみに、手紙を配達して下さるお仕事をされている方でも、平民同士の場合、貴族同士の場合、王家の場合などで変わりますのよ。国内だと大概貴族や王家は、自家の使用人に行かせますけどね。その王家御用達の配達人が持って来た手紙の返答では、かの国の第三王子殿下……パフェム様が、わたくしの現状を案じていたことを含めた内容と共に、わたくしの願いを了承した、と有りました。パフェム様……あまりにも案じていらして下さったのですね。
お父様はご存知ですが、この国の方には話していませんが……パフェム様は、婚約を解消したわたくしに婚約を打診して下さった方々のうちのお一人です。他の方もお顔を存じていらっしゃる方や、全く関わりの無い方などいらっしゃいましたが、パフェム様はアルザス様……元婚約者様と同い年で、元婚約者様が学園に通われていた頃、留学生として1年間だけ母国に滞在されていました。あの頃は、元婚約者様と交流は有りましたし、パフェム様は他国の王族という事も有り、元婚約者様と3人で交流を深めていたものです。その頃のわたくし達をご存知だっただけに、わたくしが婚約を解消したこと、元婚約者様が別の方と婚約したこと、わたくしが悪女と謗りを受けていること……全てを憤慨し、嘆いて下さいました。会いに来て下さったことも一度だけございました。もちろんお互い、気軽に会える関係では無かったのですが、パフェム様の国との国交40周年を記念した祝賀会の際です。10年毎に、かの国と我が国で交互に祝いをしていました。わたくしが16歳になった2年前がちょうど40周年で。パフェム様はかの国の代表としていらっしゃり……そして密かに求婚もされました。パフェム様とはそれなりに親しくしていたわたくしを案じて下さっていた事は嬉しいのですが、だからこそわたくしはパフェム様に率直にお話致しました。
「わたくしは子が産めません」と。王家の加護については話せないものの、子が産めないことだけでも話しておきたかった。パフェム様は驚いて……それ以上お互い何も話すこともない上に、わたくしは早々とパフェム様の前から下がりました。実はあれ以来、パフェム様と手紙もやり取り出来ませんでしたから少々不安でしたが、受け入れて下さって安堵しましたわ。
「かの国の第三王子殿下、自らいらして下さるそうです。時期は半年後。半年後ならばこちらもかなり体裁を整えられますわね」
わたくしも気合いを入れなくては。
ーーそういえば、恋愛結婚推奨のかの国。パフェム様は、愛する方に巡り合えたのでしょうか?
いえ、わたくしが気にすることでは有りませんわね。
これで忙しくなりました。マナーから言語からパーティーの準備から……。正直1年有っても足りないくらいの事を半年で詰め込むのです。おまけに陛下とロナ様に至っては執務に追われ、更に陛下は公務もこなす……。倒れられては意味が無いですから、休憩を挟みつつ、そして暗殺者を警戒しつつ、何とか体裁が整った、と判断出来たのは。
パフェム様が使者としていらっしゃる約束の日の5日前でした。
ここまでギリギリに行動することになるとは思いもしなかったですが、まぁ陛下とロナ様始め、皆さん及第点ですので、良いでしょう。手紙の配達の往復だけで1週間かかりますが、使者の移動は当然それ以上の日数はかかりますから、既に向こうを出立されていることは、解っています。寧ろ国境付近のはずです。本当に、何とかなって安堵しました。
そう、安堵したのが不味かったのでしょうか。
パフェム様がいらっしゃる3日前。
陛下とロナ様がわたくしに礼を述べたい、と執務室に3人だけになったタイミングでした。突然、茶を準備していた侍女が陛下に切り掛かりました。
「王太子でも無い出来損ないの王子だったくせに」
そう言いながら。わたくしは咄嗟に陛下を押しやり……代わりに侍女に扮した暗殺者が持っていた短い刃物の餌食になってしまいました。……そして失敗を悟りました。刃物に毒が塗られているのに気付きましたので。あんな変な色の刃先があるものですか……。
薄れゆく意識の中で陛下と暗殺者が揉み合っていること。ロナ様が護衛を呼んだことを理解して……ホッとしました。
ーーああ、久しぶりにパフェム様にお会い出来るはず、でしたのに。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話は第三者視点です。




