11:王妃とはこのような方
ロナ視点です。
今話も長めです。
私は幼馴染みのエーテルとラナとゼスとずっと仲良く育ってきた。ラナとゼスが恋人同士になる頃、私もエーテルと恋人同士になって。第五王子で側妃の子であるエーテルに王位継承権は有っても王位を継ぐ事になるとは思ってなかった。第一王子と第四王子には婚約者がいたけれど、第二王子と第三王子には居なくて。エーテルは、私と早く結婚したい、と国王陛下に18歳で願い出ていた。臣下になるから、と。でも国王陛下から「王太子が決定し、その王太子が婚約或いは結婚するまでは駄目だ」と言われてしまった、と。悔しそうに唇を歪めた。さっさと王太子を決めて欲しい、とぶつぶつ零すエーテルを宥めつつ、私も早くエーテルと結婚したい、と思っていた。ようやく王太子が決定した矢先。あんな事が起こった。
内乱。
国王の座を巡る王子達の争いは、当然、その後ろ盾となる派閥の貴族達を巻き込み、正妃様も側妃様もその争いに加わった。唯一加わっていなかったのは、側妃としての地位も低く、早いうちに母を亡くした第五王子・エーテルだけ。でも彼も容赦無くその命を狙われて、彼の専属執事・ロゼルさんが彼を守ってくれている日々だった。私とラナは彼から一時的に離れるように言われて避難していた。仕方なかった。ロゼルさんは、どうやら影という王家直属の配下みたい。詳しくは知らない。どの王子達にも付けられていたらしいけど、それも良く分からない。分かっているのは、内乱が落ち着いた時に生き残っていたのは、国王陛下と第五王子・エーテルだけ。
こうしてエーテルは本来なら有り得なかった王太子の座に着いた。そこからは怒涛の日々で。最低限の王族教育しか受けて無かったエーテルに、王太子として必要な知識を最低限で押し込む。そうしているうちに内乱を収束していた陛下がお亡くなりになってしまい、エーテルが国王陛下になってしまった。内乱の爪痕が大きく残ったまま、今度は地震による災害……。王家も宰相も残った貴族も民も……国は疲弊していた。国王になったエーテルは更に多忙を極め、私との結婚どころでは無かった。その上災害復興のための金策の目処が付かず。
エーテルは私に謝罪しつつ、他国からの支援金を願った。見返りは側妃の座。正妃の座は私のものだと言って。とても嬉しかった。夫となるエーテルを他の女性と共有しなくてはならないのは、胸が張り裂けんばかりだったけれど、エーテルが私をとても大切にして愛してくれているのを実感出来たから。だから受け入れた。そうしてやって来たのは、大国と周囲から崇められている国の王女様で。私は、正直、そんな王女様が嫁いで来たらエーテルの気持ちが動いてしまうのでは……と怯えた。でも、エーテル曰く、悪女と国で言われているどうしようも無い王女らしくて。
お飾りで離宮に押し込め、何もさせない。
エーテルがそう言った時、大国の王女なのに……と思う反面、どこか心の底では、私の方がその王女よりも立場が上なのね。と、仄暗い喜びに駆られていた。
そんな私の後ろ暗い気持ちを、神が見透かしていたのだろうか。
実際にやって来た王女は、所作は美しいのは当然として、目は理知的に輝き、傲慢さなんて欠片も無い淑女に見えた。この方の何処が悪女なのかしら。いえ、でも、その性根は悪女に相応しいのかもしれない。そんな事を思って、ラナとゼスとロゼルさんが監視をして。私とエーテルも時々王女を監視していた。3ヶ月。私とラナが入れ替わっていることも、エーテルとゼスが入れ替わっていることも知りながら、全く動じない王女様は……悪女には見えなかった。
王家の加護を失っている事が切欠なのか解らないけれど、人を良く見ていて。元はエーテルの乳母だった母から所作や女官から知識を与えられていた私は、王妃になっても何とかなる、と思っていたのに。王女様を見ていたら私など正妃どころか王妃にすらなれないのでは……と思う程、知識を有し王族の誇りを失っていない姿を好ましい、と思ってしまった。
出来るならお仕えしたい、そう思ってしまった時点で、多分私は誰かから……民から傅かれる生活に向かないのだと思う。傅かれる生活の、その重みを、責任を理解している王女様と、あくまでもずっと臣下としてしか振る舞って来なかった私とでは、考え方も振る舞いも何もかもが違った。
そうして私は、エーテルから王女様をお飾りではなく、正式に側妃としてお迎えしたい、と打診された時に嬉々として受け入れた。かの方とならエーテルを共有しても構わないし、一緒に支えたい、と。ところが、王女様はバッサリとエーテルの申し出を切って捨てた。でも言っている事は何もおかしくなかった。だって、エーテルと王女様の間にやり直すための絆など何も無かったのだもの。エーテルが偽ゼスと知らない王女様は、きっとエーテルと交流していたとも思っていない。それなのにやり直したい、と言われても……という所か。納得しかなかった。
それより私は、その後のラナと王女様、いえ、王妃殿下との3人での話し合いにて叱られた。私が正妃になる以上、王妃殿下に尽くす臣下のような対応をするな、と。エーテルの……いえ、国王という権力者の妻となるための心得みたいなものを聞かされた。その上、我が国以外の国から見た我が国、いえ国王陛下がどのようなものか、聞かされたのは衝撃だった。
私の気持ちが、とか。エーテルの気持ちがどうとか。国内の内乱も地震による災害も、他国から見れば結果しか無いわけで。過程じゃない。心情じゃない。全てはその結果が物語る、と言われて初めて私は自分の愚かさを知りました。王妃になる覚悟がある、と思っていましたが、とんでもなかった。ただの甘い考えの未熟な人間でした。
そう、この方は噂がどうであれ、大国の第一王女。大国と我が国が物理的に離れているから戦にならないのであって、隣同士の国だったなら、あっという間に蹂躙され属国どころか国が消えて一領地くらいにまで貶められただろう相手の国の王女に対して、なんていう態度を取っていたのだろう。その恐ろしさを当の王妃殿下……側妃に教えられなければ気付かないなんて、愚かにも程が有ります。
きっとそんな私の気持ちに気付かれたのでしょう。
この方は、大きくため息を吐きながらも、3ヶ月の間に少しは交流していた事で情が移ってしまったから、と私が、いえ、エーテルとこの国が、不利にならないように尽力して下さるそうです。なんて心の広い方なのか。この方は寧ろ、非情になれない、とご自分の性格を嘆いていますけど。確かに王族は時に非情な手段を取らざるを得ない事も有ります。でも、今回はこの方の心の広さに救われました。
「この国の2つ向こうにある国は、どこの国とも戦を起こさない代わりに、どこの国にも肩入れしない、と各国に宣言していますわ。肩入れはしませんが、国同士の友好を深める為に使者を送ったり時には政略結婚を結んだりしています。その国の第三王子殿下とわたくしは知り合いですので、その伝手を頼って使者を送って頂きましょう。あの国から使者が来るという事は、この国が安全で有る事を周囲に知らしめられます。戦をしない国だからこそ、国に危険が有る場合は、交流などしませんからね。来て頂くためには見返りが本来なら必要ですが。この国には何も無い。ですので、いっそのこと、復興の様子を視察しに来てもらう、という名目にします。その視察の際、使者の案内をわたくしが。使者の接待をロナ様が行う事で、わたくしと後に正妃となられる予定のロナ様の仲は良好。わたくしは蔑ろにされていない、というアピールが出来ます。これで、かなり他国からの目が和らぐでしょうね。それと、使者に上手く気に入ってもらう事が前提ですが、気に入ってもらえたなら、ロナ様をかの国の養女にしてもらうよう、交渉します。交渉が上手くいけば、ロナ様はかの国の養女とはいえ、王女殿下。わたくしと対等の立場ですわ。国力の差は有りますが、わたくしの母国でもかの国への対応はかなり慎重ですもの。その国の養女とはいえ王女殿下ならば、正妃になっても不満は出てこないですわ」
ささっとそんな事が言えて実行出来てしまう辺り、この方の力の強さが窺えます。公務や執務に携わって来た、という話はこのような言動に裏打ちされています。王妃というのは、この方のような人なのでしょう。私はエーテルの愛以外、この方に勝てる要素なんて無いのです。そんな勝ち負けを考えている時点で、私は自分が無意識にこの方よりも立場が上なのだ、と私こそが傲慢な考えをしていた事に気づきました。私は……愚かです。
「さて、そうと決まれば、陛下に許可を得て手紙を認め、第三王子殿下の承諾を得たら、日程調整等をしながら、歓迎の式典の準備をしましょうか」
生き生きとしているこの方を見れば、離宮に押し込められるだけのお飾り王妃の生活がどれだけ窮屈だったのか、理解出来ます。ですが、文句一つ言わずにエーテルからの条件を淡々と受け入れられたところに、この方の王族としての矜持を垣間見た。
「よろしくお願いします」
私は、ハッとしながら頭を下げました。この方は気負った様子も無く頷きます。
「王妃殿下、よろしくお願いします。それで、あの」
ラナも頭を下げてから、何か言い出します。
「なぁに?」
口籠ったラナを促すように返事を。ラナは一呼吸置いてから口を開けました。
「王妃殿下は、何故、子を産めない、と申していらっしゃるのでしょう?」
その瞬間、王妃殿下は困ったように微笑みました。
「そう、ですわね。ロナ様が望まれるのでしたらお話致します」
「私?」
「わたくしが子を産めないこと。王家の加護を失っていることが繋がっているからですわ。王族のわたくしが王家の加護を失っていることを知る、ということは、それ即ちわたくしの秘密を知る、ということ。これでも大国の第一王女という身分の有ったわたくしの秘密を、わたくしが信用していない者に簡単に話すと思われますの? ですが、わたくしより身分が上のロナ様の言葉でしたら、それは命令ですもの。お話させて頂きますわ」
私やエーテルのために、そしてラナやゼス・ロゼルさんを含めたこの国のために、考え・実行して下さるのに、この方は私達を信用していない、と言い切る。でも、それも仕方のない事なのかもしれない。だって、エーテルの判断とはいえ、エーテルが集めたこの方に対する情報を信じて悪女だと思い込んで、私も他の皆も、この方を離宮に押し込める事に誰一人として反対しなかった。この方と交流して悪女では無いのでは? と思いながらも、状況改善をエーテルに訴えなかった。お飾り王妃である事を国王を筆頭に皆が反対しなかった時点で、全員の了承を得ているのと同じ事で。
我が国全体でこの方を蔑ろにする、という方針に決まったのと同じことで。
それを訂正する機会が有ったはずなのに、訂正してこなかった。エーテルが正式に側妃に迎える、と言い出してようやく、私達はこの方が悪女では無いかもしれない、と言い出した。エーテルだけではなく、私を含めたこの国の者達全員とのやり直しなど、親しくなるための関係性も無いのに出来るはずもない。交流をして来て仲良くなった、などと愚かにも思ってしまった時点で、私は浅はかだった。
最初から私達とこの方との関係は立ち位置が違い過ぎた。
監視する者と監視される者。
そんな関係なのに何故、私達はこの方と親しくなれた、と勘違いしたのだろう。この方は一貫して変わらない。自分が監視される対象のお飾り王妃、という存在である、と理解しているから、変な勘繰りを受けないように来た時から一切変えない態度を貫いている。
他国からの目を和らげるための行動を起こす、というのは、ラナと私との交流の度合いに見合うためのもの。おそらくそれだけ。受けた分の交流を恩義として考えて、その恩義を返す分だけしか動かない、といった所か。
少し考える。
人に命じてまで、自分の知りたい、という欲求に勝てないのか……と。そんなことはない、と思う。
でも、やっぱり知りたい……という思いもある。
そして、私は……。
「命じます」
「かしこまりました。ではーー」
彼女から紡がれたのは、この方の半生。婚約者との出会いから婚約を結んだ経緯、そして別れ……。
「もう、公爵子息様に未練など有りませんが。それでも一度はお慕いした相手。死んで欲しくなどなかった。そして神様に願いました。決まった未来の中でも人の生死に関わること。決まっているものを神様に願って無理やり変えてもらう。それは代償無しで願うなど有り得ないこと。神様は人の生死や人生の転換期にあたる大きな運命も、本来なら関わることをしないもの。それを無理に関わって頂くのです。代償は当然でした。代償が有っても神様が聞き入れてくれるかどうかも、また別。わたくしは運良く神様が聞き入れて下さったのです。その願いの代償がわたくしの“王家の加護”を取り上げること。わたくしは“王家の加護”だけを失うのだと思っていましたが……その後、わたくしは再び神様にお会いしました。わたくしの夢に声が聞こえて来たのです。神様曰く、わたくしの“王家の加護”だけでは、2人分の命は助けられなかったこと。今は命が繋がれているが、直ぐにどちらかは死ぬ。ーーどうする、と」
そこまで話すとこの方は喉が渇いたのか、ご自分でお湯を口にしました。随分と冷めてしまったことでしょう。
「わたくしは、直ぐにギフトも引き換えに助けて欲しい、と願いました。しかし、神様といえど、ギフトを取り上げることはしたくない、と。ギフトとは神の祝福。制限を設けることで使用に限りが有る。制限で使えずともギフトを持っていることはこの世の理、だとか。ですからギフト以外のもの……ということで、わたくしの身体から子を育む器官を取り上げられました。身体には残っていますが、その機能……つまり子を胎内で育むことは出来ない、と。本来なら失っていた命を助けるのだから、命に見合う代償が“王家の加護”を失うことと命を育む機能を喪うこと、でした。ご理解頂けましたか? 尚、この話はわたくしの秘密で有ると同時に神様の秘密でも有ります。もし、陛下にお話しようとして声が出なかったとしたら、それは神様が他言無用としている証でしょう。神様が話してもいい、と決めた時までは話せない、とお考え下さい。尚、わたくしはその時既に婚約解消をしていた上に、この件で“王家の加護”が無くなっていた事もあって、公爵子息様のお見舞いに行かなかったのですが、公爵子息様はわたくしと婚約解消をしている事すら知らなかったので、自分が事故に遭ったのに見舞いにも来ない薄情な王女、と発言し。結果的に国民の殆どにその噂が駆け巡り、悪女、と謗りを受けることとなりました」
長い、長い話が終わり。
この方の半生を聞いた私は、涙一つ溢さないこの方の代わりに泣いてしまって。
感情を抑えることも、王族・貴族の嗜みだというのに。
何一つ、この方のことを知らなかったくせに、エーテルを含めた私達は、なんて事をこの方にしているのか、と後悔しかなくて。
でも、その謝罪すら傲慢なのかもしれない、と。
ここで謝ったら、この方より立場が上の私からの謝罪を受け入れるしか無いのだ、という事に辛うじて気付けた私は……本当に無力で浅はかで愚か、です。
思えば、この方にご指摘を受けなければ、先王陛下のお心も理解出来ない私に、エーテルの隣……正妃という立場は相応しいのでしょうか。
国と民の為を思うのなら、私は身を引くべきでは無いでしょうか。
ああそれなのに。
愚かで浅はかな私は、それでもエーテルの隣を、正妃という唯一無二の立場を欲してやまない。誰にもエーテルを奪われたくないのが本音です。この浅ましさは、きっとエーテルと愛し合っているがため。愛を乞うて欲して、その欲した通りに返してもらえる立場だったからこそ、それが出来なくなる立場に立つ事の意味をきちんと理解していなかった。
何が覚悟でしょう。何も覚悟など出来ていなかった。
正式にこの方を側妃に迎える、と言ったエーテルは、この方を愛してはいない事は解りました。でも尊敬はしているような表情を浮かべました。その尊敬が愛に変わらない、と言い切れるのでしょうか。だから私は、側妃に迎えると言ったエーテルに物分かり良く頷きつつ、嫉妬していた自分を持て余していた。
だから、この方の秘密を知りたい、と思い……多分、その秘密を知ることでこの方の弱点を知る、では無いけれど。きっと心のどこかで、再びこの方より立場が上なのだ、と無意識に思いたかったのかもしれない。
本当に私は……愚かで度し難い。
「それでは、わたくしのことを知って頂きましたから、もう宜しいでしょうか。話は終わりましたわ。少々疲れました。明日には陛下にかの国から使者を迎える話を打診したいと思います。……いえ、ロナ様がされた方がいいかもしれないですわね。側妃のわたくしが正妃を差し置いて出しゃばった真似をする事は許されませんから。どうぞロナ様、陛下にお話をお願い致しますわ」
もしかしたら、私の浅ましい心に気付かれたのでしょうか。この方は、そのように仰いました。私はただ黙って受け入れるしか、出来ないのです。
今、私が欲しいのは、王妃の座に着くに相応しい知識・教養・マナー・人脈・味方、です。
武器を手にして、ようやくこの方の上にきちんと立てるのではないでしょうか。今の私が、私達がこの方に謝罪をしても、きっとこの方は“国王陛下”と“正妃”からの謝罪だから受け入れるだけで、心には届かない。この方に対して何も向き合って来なかった私達が、努力をしてこなかった私達の声が、この方に届くはずが無い。
武器を手にして、この方に向き合って、そうして初めてこの方の心に声が届くでしょうか。この方がエーテルと離婚するまでの間にこの方に認めてもらえるだけのものを身につけて、そうして出来るのならこの方と共にエーテルを支えたいと願うのは、やっぱり私の浅ましい望みかもしれない。それでも私は、願うのです。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話はシアノ視点に戻ります。




