10:予知夢では視えない現実。
今話も長いです。
「ロナ様。貴方様は正妃にお迎えされる以上、わたくしの侍女はおやめ下さい」
陛下から関係をやり直したい、と頭を下げられましたが、そもそもやり直すための関係を築いて来なかったのでお断りさせて頂きました。たった3ヶ月程で陛下にどんな心境の変化が起きたのか知りませんが、やり直すための基礎が無いので無理ですわね。それよりもわたくしとしては、気になる事がいくつも有りますので、陛下に許可を得て陛下の執務室から退出し、ラナとロナ様を連れて離宮に戻って来たのですが、その間に茶葉とお湯をロナ様が準備されたので、わたくしは離宮に与えられたわたくしの部屋に戻り次第、侍女の仕事はしないように要請しました。
「でも、私は侍女ですもの」
「違います。陛下があなた様を正妃にお迎えする、と断言した以上、つまり口から言葉を出した以上、それはもう覆る事は有りません。今までは知らなかったから、わたくしも受け入れられました。ですが、陛下が仰った以上、わたくしはあなた様を正妃様として扱わねばなりません。そのあなた様に侍女仕事をされては、わたくしの立場が有りません」
「そんな、まだ正式なことじゃないですし。ラナと交代で王妃殿下の侍女仕事をしていたのは楽しかったんです」
「おやめ下さい。……ロナ様。王妃殿下、と呼ぶのもいけません。あなた様は正妃となられる身。わたくしの事は側妃、若しくはシアノ、とお呼び下さい。良いですか? いくらわたくしが元々大国と言われている国の王女という立場であっても、この国ではあなた様がわたくしより身分が上になるのです。正式な発表は確かに未だ先でしょう。わたくしがこの国に嫁いで来た事を国内外に発表したとしても、正妃という立場で迎えたとは発表されていない以上、国内の有力な貴族も国外も、わたくしの立場が微妙なものだと知られているのです。ここまではお解り頂けますか?」
「それは、はい」
「本当はわたくしが正妃として迎えられていない以上、国内の有力な貴族はともかく、国外はこの国を……陛下をあまり良く思っていません。これも理解出来ますか?」
このわたくしの発言に、ラナもロナ様も息を呑まれます。気付いていらっしゃらなかったのね。
「わたくし自身は、予知夢で陛下から離婚される事は知っておりましたし、正直なところ、陛下自身に何の恩義も無ければ情も湧かないので、国外からどのように見られていようと、わたくしには関係ないと思っておりましたから、敢えて何の行動も起こしていませんでした。王妃として陛下の御身に何か有れば命をかけて守るのは、王妃として迎えられた以上、覚悟をしています。ですが、それだけ。陛下がやり直したいなどと仰っておいででしたが、何の関係も築いていないのにやり直すなど無理な話。ですが、ロナ様に関しては知らなかったとはいえ、関係を少しばかり築きました。故に、あなた様にはこの国が外からどう見られているか、陛下がどのように思われているか、お教え致しましょう」
本来なら、こういう事は陛下の側近や宰相辺りが説明するのですが……。ロナ様が正妃になられるのであれば、現実を理解して頂かない事には、ロナ様のお立場も不安定でしょう。
「先ず、この国はわたくしが嫁ぐ前から周囲の国々から無能の国王が居る国、と思われています」
「「そんな!」」
此処で双子の息の合った相槌。別の所で見たかったですが、そうもいきませんね。
「陛下がどのような方とか、関係ないのです。先王陛下の時代から既にそう思われています。何故か。内乱が起こったからに他なりません」
「内乱が起こった事はエーテルには関係ないでは有りませんか!」
「ロナ様、陛下を庇いたい気持ちは解りますが、正妃となられるのならこんな事で取り乱してはいけません。黙って聞いて下さい。ラナもいいですね?」
咄嗟に陛下の名を呼ぶ辺り、ロナ様と陛下の関係は良好でしょうが、今は置いておきましょう。
「陛下もおそらく気付いておられる……と思ってますが、まぁ陛下のことは、わたくしには解りませんからさておき。そもそも、先王陛下の時代に王太子に内定された王子が暗殺される時点で無能だと他国に知らしめています。“王家の加護”はどの国の王族にも等しく与えられるもの。という事は、陛下の兄君達にも加護は有ったはず。それなのに皆様死去という事は、瀕死に陥った状態から生還出来なかったことを示します。おかしいでしょう?」
わたくしの指摘に2人は、ハッとした顔をしています。本当に困りましたね。わたくしは離婚される事を知っていたからこの国に来た。この国にも民にも情を抱く事は無く帰国する、予定でしたのに。やはり3ヶ月も監視役と知りながらも関わると、多少は情が移ってしまいました。こういった甘さが、わたくしが女王になれない弱さだと、お父様は知っていらしたのでしょうね。
「内乱の詳細は、わたくしは知りません。ですが、現国王陛下以外、皆様が死去された。王家の加護が発揮されない、という事例は聞いた事が無い以上、発揮されたと見るべきです。では、何故皆様が死去されたのか。誰も助けなかったから、でしょう。王家の加護は瀕死の状態から生還出来る程度のもの。そこから病を治すのも怪我を治すのも、自力・他力が必要です。でもその他力が無かったとしか思えません。現陛下が王家の加護の発揮がされていないのは、見向きされない第五王子だったからなのか、他の理由が有るのか。それもわたくしには不明ですが。……これはわたくしの想像ですが、王位継承争いで血で血を洗うものになったという事を、先王陛下は止める気が無かったと思われます」
「何故、でしょう」
これくらいの相槌はまぁ仕方ないですね。黙って聞いて下さいと言ったはずなのですが。
「先王陛下のお心は、わたくしも知りません。ただ、客観的な事実から、先王陛下は王位継承争いを止めない事で貴族達を失脚させたかったのでしょうね。先王の正妃殿下は国内の有力貴族の出身でしょうが、おそらく側妃殿下もそのようなはず。貴族達が腐敗していたのか、権力を持ち過ぎて王家の求心力が低下していたのか、わたくしには解りませんが、先王陛下は貴族達を失脚させるために、敢えて内乱を見ぬフリをした。粛正するにも先王陛下にその力が無かったのでしょうね。だから、先王の正妃や側妃、我が子である王子達が瀕死になって生還しても、ただ見ていた。怪我をして出血したとして、血が止まっても放置していたら傷が悪化する。そういうことです。悪化すればまた死に直面する。今度は王家の加護は発揮されない。誰を犠牲にしても、先王陛下はそうしなければならない、と判断したのでしょう」
少し喉が渇いたので、自分で茶を淹れます。ラナに合図して自分とロナ様の分を淹れさせました。一息ついて続けます。
「先王陛下は他国から無能な国王だと嗤われても、そうしなければならなかった。それだけこの国は問題が有った。わたくしは客観的な事実からそう判断しています。心当たりは有りますか?」
此処でわたくしは、お二人に返答を求めました。こういう時には発言してもらわなくては、ね。
「確かに……先王陛下の正妃様と側妃様のご実家は随分と声の大きな方でしたわ」
ロナ様が、得心したように言葉を溢します。声の大きな方。物理的な事ではなく、発言力が強いということですね。それが正妃や側妃の実家ならば、国王といえど蔑ろに出来ない、という事です。先王陛下の求心力が低下していたわけですね。
「先王陛下は、ご自分が退位するに辺り、そうした貴族達が次代の国王に対しても同じ態度だったとしたら……とお考えになられたのでしょうね。それならば、自分が他国から無能だと嗤われても次代のために、内乱は見ぬフリをした。おそらくどの王子が残っても、最後の一人になられた時点で、内乱を治めるために余力を残していたはずです。結果的に現陛下が残られただけに過ぎない。先王陛下は、現陛下に国を託せるように内乱を治めた事で、退いたのでしょうね。でも、その後のことまで先王陛下もお考えにはならなかったと思われます」
わたくしも甘いですが、現陛下は更に甘いですわ。
「現陛下は、予想もしなかった王位に着いた事は戸惑われたでしょう。ですが、直ちに新しい国王の元、新たな国作りをしていく姿を、陛下は他国に見せねばなりませんでした。手っ取り早いのは、国王の戴冠式及び婚姻式です。国が疲弊しているから、と、戴冠式を質素にされたようですが、本当は意地でも華やかにせねばならないものでした。国庫の問題や国民の感情を考えたのでしょうが、国庫に関しては内乱でお取り潰しになった貴族達の家が貯め込んだお金で賄えば良かったし、国民の感情として、そんな事をしている場合じゃない、と判断されたのでしょうが、だからこそ華やかな式典で国民達に新たな国王が国を導く姿を見せねばならなかったのです。それは同時に、他国から賓客を招く事の大変さを考慮しても賓客を招く事による経済の活性化も期待出来ました」
ロナ様は、必死にわたくしの話に食い付きます。そうです、その気持ちが無いと王妃ましてや正妃になどなれません。わたくしの話から何を学び取れるのか、考えながら聞いて頂く事がロナ様の正妃という立場に立つための覚悟となれば良いのですが。
「ただ、まぁ戴冠式の直後に災害が起こったことで災害支援という名目で質素だった戴冠式も、他国の目を誤魔化せたはずです。戴冠式に他国からの賓客を招く人数が少ない事も本来なら有り得ませんからね。友好国だけでなく同盟国まで招くものです。急な戴冠式だったとはいえ、周辺国くらいは招くものですよ? ちなみに、わたくしがこれだけこの国の内情を知っているのは、お父様が情報を収集していたからです。他国の情報収集も王家には必須ですからね。さて、此処までの話はご理解頂けましたか?」
ロナ様は強く頷き、ラナはやや疑問に思う部分が有るのか曖昧に頷きます。
「では、進めます。戴冠式がある程度華やかである事で、この国の力というものを他国に見せねばならなかった。そうでないと、他国につけ込まれますからね。必要だった事とはいえ、もう終わったこと。次に必要なのは、早急な婚姻式。これは王妃を据えるというだけでなく、王妃が居る事でやはり他国から付け込まれない状態になります。この国では一夫多妻の国王ですが、わたくしの母国を含めて一夫一妻の国も多い。まぁそこはさておき。その国王の伴侶とは、ただの妻では有りません。国王を支えるだけでなく、国王と共に民を守る象徴です。例えば、国王陛下が他国へ赴く事が有った時、夫妻で参加を、との招待が有るかもしれません。その場合に国王が未婚で有った場合、他国からお相手を紹介される事も有るでしょうね。わたくしのお父様のように母である正妃を亡くした場合でも、喪が明け次第、次の王妃選定が始まっていました。王妃不在は国王が他国へ赴いている場合、国を代わりに守る存在が居ない事を表し、国王夫妻として招かれている場合は、王妃にしか出来ない外交が有る、と示しています。それなのに国王陛下のみの参加は、当然他国からお相手を紹介されてもおかしくない。それは他国の介入を認めるということ。わたくしのお父様の場合、母国が他国に干渉されない程の国力が有りますから、現王妃様が他国の王女でも介入など跳ね除けられるので、受け入れました。ですが、この国では陛下の求心力はとても低い。それなのに婚姻式も行っていない。他国は介入しても良い、と思っていたでしょうね。幸いと言いたくないですが、災害が起こったことで、他国もそういった話は一先ず様子見だったはずです。その間に、ロナ様を然るべき身分の家の養女にして婚姻式を行っているのが理想でしたが。国の復興に思いを馳せるあまり、他国からの支援金を期待した。そして、見返りになるのは王妃の座だった。おそらく、わたくしの母国以外へ打診しても正妃を望む返答しか無かったはずですわ」
「はい。エーテルがそのように……」
「そうでしょうね。支援金目当ての政略です。普通、それに見合うのは正妃の座。一夫一妻で有れば当然のこと。一夫多妻の国への打診ならばともかく、一夫一妻の国へ側妃の打診など、馬鹿にしていると思われて当然ですからね。嫁ぐ王女も一夫一妻が当然で育ったのに、一夫多妻の国なんて嫁ぎたくないと思っても仕方ない。それが側妃なんて尚更でしょう。わたくしも王女として他国へ赴く事が偶に有りましたが、親交を深めた国の多くは一夫一妻の国。そこの王女は夫を他の女と共有など……と思う方ばかりでしたわ。それは王子も一緒です。妻は一人、という考え方でしたわね。尤も王太子や国王の座にある方は、次代……跡継ぎの関係で他の女性を愛妾としてお迎えになる事も有りますが、基本的には妻は一人、という考え方ですわ。その考えが浸透しているわたくしが一夫多妻へ嫁ぐ事は、何処の国も注目していたはずです。それもわたくしの母国は大国ですからね。そのわたくしを王妃に迎えながら婚姻式もしない、正式な発表も無い。他国から見たら、わたくしを蔑ろにしているのも同然なのです。つまり、陛下は現状他国から無能な国王と見られているのですわ。大国の王女を王妃に迎えておきながら、婚姻式も出来ないくらい国力が低下している、と他国に示しているのです。そんな事も隠せないのは、無能としか言いませんの。お解りですか?」
わたくしの長い長い説明に、ラナもロナ様も打ち拉がれているようです。ですが、ラナがハッとした顔で言いました。
「ですが、我が国は内乱と災害被害によって疲弊してますから、他国もご存知でしょう。それに、王妃殿下も何も言わずに受け入れたでは有りませんか!」
「ですから、疲弊しているからこそ、他国に付け込まれないように戴冠式や婚姻式は華やかに行う必要が有ったのです。他国に向けて、この国は大丈夫ですから介入しないで下さいね、という無言の牽制です。また、わたくしが何も言わなかったのは、わたくしが離婚前提の何もしないお飾り王妃だと予知夢で知っていたからです。わたくしは、王妃の最大の義務である次代を生む事が出来ない身体ですから。それに予知夢で知っていたとはいえ、恋人が居ようと何だろうと、きちんとわたくしを王妃として扱っていて下さったならば、わたくしもそれなりの対応を致しました。助言くらいはしましたわよ? わたくしと婚姻式を挙げるくらいはして下さい、と。でも、予知夢通りに陛下はわたくしを離宮に押し込めた。清々しい程に関わりが無かった。ですので、わたくしも一切動かなかった。それだけですわ。わたくしがもっと非情で有れば、こんな話もする事なく、この国が他国から嘲笑されようが、友好国か同盟国と言いながらも付け込まれて攻め込まれようが、一切知らぬ、と対応出来ましたけど。そういうわけにはいかなくなりましたものね。この甘さは、命取りになりかねない、と分かっていながら、話してしまいました。わたくしも中途半端な存在ですわねぇ。一切関わっていなければ、この国を切り捨てるのも簡単だったのに。仕方ないですわね。陛下のために何かをする気は有りませんが、ロナ様のために、少々、この国に対する他国の視線を少し和らげましょうか」
「そのようなことが出来るのですか?」
わたくしが溜め息をつきながら言えば、ロナ様が目を丸くする。
「母国では悪女と嫌われている王女ですけれど、これでもそういった噂を知っていても、惑わされない関係をいくつかの国とは築いておりますのよ。あまり、その絆に頼りたくなかったですけれど。そうも言っていられませんからね。それと、ロナ様はこの国の有力な貴族の令嬢で無いのなら、有力な貴族の家の養女になるか、他国の王族の養女にならないと、身分的に陛下の正妃にはなれませんわよ。この国の王族に関する法は知りませんから下位貴族の令嬢が正妃になれるのかもしれませんが、それも他国に知られれば嘲笑される対象になりますし、国内の残った高位貴族からも反発が出ますから、身分は大切ですわよ」
それにしても、こんな心配までしてしまって、本当にわたくしは甘いですわね……。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話は恋人・ロナ視点です。




