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9:悪女(?)な王妃

長いです。

 悪女が嫁いで来て数日。毎日3人に報告を聞く。ゼスは「本当に自分で話した通りの生活しかしない怠惰な女ですよ!」と怒りの報告。ロナの姉であるラナは、悪女が来るまではロナを虐めるかもしれない、とか、ロナの敵、とか騒いでいたが……


「あの方、本当に悪女ですか? 全くそれらしき言動が有りません」


 と、訝しむ。極め付きは幼少から俺を見守ってくれていたロゼル。


「かの方は……真の王族であり、王女という役割の自覚もおそらく王妃という役割の自覚も兼ね備えていらっしゃいますな」


 と、どこか認めたくないけれど認めるしかない、とでも言うような表情を浮かべて報告する。いっそのこと、自分の目で確かめてみたい、とゼス・ラナ・ロゼルとロナに話せば、ロナも直接確かめたいと言い出した。諦めるように説得したが、頑として強行しようとするので、ロナとラナを入れ替え、その日に俺のギフトである【姿替え】でゼスとの姿を入れ替えて1日悪女に付き添った。


 確かに自分で決めた生活サイクルで動いている。それだけ。こうなると1日見た限りでは判断出来ない。それから何回か俺とロナはラナとゼスになり変わった。そんなある日。ラナが報告で「申し訳ないのですが!」と謝罪をして来た。


「なんだ?」


「私は陛下とロナの関係に罅を入れるあの方が憎い、と思っていました。ですが、あの方は……」


 ラナが言うのに、悪女はラナとロナが別人である事も、ゼスと俺が入れ替わっている事も気付いていたという。それも、きちんと入れ替わった日の判別を付けて、と。その上、ラナがロナとお揃いで使用している髪留めを無くしたことについて、いつもとは違う場所へ行ったはずだからそこを中心に探すように言って、その通りにしたら早々に見つけた、と。


「あの方は……人をきちんと見ておられます。王家の加護が無い事もその理由の一端でしょうが、元から人をきちんと見るお方では無いでしょうか」


 ラナは「陛下とロナの恋の邪魔をするなら許せませんが、そうでないのなら、私は心からあの方にお仕えしたいのです」とまで言う。さすがにそれは、妹の恋敵なのに……とゼスが諫める。だが。


「では、ゼスはあの方が悪女だと思っているわけ?」


「……いや、そうは見えないが……何か有るから悪女だ、と言われるんだろ」


 食ってかかるラナに、ゼスも歯切れ悪く嗜める。


「実は私も姉様と同じで、確かに陛下の妻という立場であるあの方は恋敵なんですけど、お仕えしたい、と思うのです」


 ラナとゼスが言い合うのを見ながら、ロナがそんな事を言い出す。俺は目を剥いた。正妃が側妃に仕えてどうする!


「陛下。かの方が悪女だと母国で謗りを受ける事には、何か事情が有るのではないでしょうか。かの方に尋ねるのが一番ですが、かの方は名ばかりと言えど陛下に嫁いで1ヶ月経ちますが、全く此方を信じておられないので、尋ねてもはぐらかされる事でございましょう」


「ロゼルまで、そのように言うか」


「陛下も実は、何か事情が有る、と思われておいででは?」


 ロゼルの指摘に、俺はグッ……と唸って黙る。確かに悪女、という噂とは違う人物のようだ、と少しずつ思っていた。悪女の母国に人をやって国王に直接尋ねた方が良い気がしていた。人物を選抜している間も悪女は……いや、王女は変わらぬ日々を送っている。王女の国と俺の国はかなり遠く、旅路はおよそ1ヶ月程。そういえば……と騎士団長が出迎えた時の話を思い出し、彼の話から国王への謁見にて尋ねてもはぐらかされる可能性は有るが、王女付きの侍女ならば話すかもしれない、と騎士団長に侍女の名前を尋ねる事にした。彼は騎士を纏める者という立場から思慮深い人間だが、根は熱血で情に厚い。王女の国へ人をやり、話を聞いて来る者を選抜している、と言えば、「自分が行きたい」と言うくらい、気になっていたようだった。


 騎士団長に行ってもらうわけにはいかないが、それだけ王女の事を気にかけていた事を知り、なんだか王女に対する俺の言動を咎められているような気がして、気不味い。情に厚い彼が俺の言動をどう思っているかはともかく、表面には出さない事も解っているから、気づかないフリをして、ようやく俺はとある人物に王女の国へ行って、王女付きだった侍女から話を聞くよう頼んだ。2ヶ月以上の旅路に不満を抱かれたが、俺が信用出来る者が少ない事も理解しているので仕方なさそうに頷いた。俺が彼を選んだのは、噂に惑わされず常に平等にモノを見られるからだった。彼が出立し、また日々が過ぎて行く。おそらく王女の国へ到着した頃だろう、と予想を付けていた頃に、相変わらずロナが王女の侍女をラナと交代で行う。正妃(予定)が側妃(予定)の侍女なんて……と思うのだが、ロナも割と頑固なので止めようが無い。

 俺ももう少し王女の為人(ひととなり)を確かめるために、偶にゼスと入れ替わっている。今日もその入れ替わりの日だった。


「ロゼルさん、この本に書かれている事ですが」


「はい。何か?」


「何年かに一度長く雨が降るようですわね。それがいつ頃なのか、何故何年かに一度なのか、研究されている方が居るようですが」


「はい。その方が書いた書物にございます」


「原因はまだ調査中のようですが。この長雨は最近だといつ有りましたの?」


「左様でございますね……。5年前、でございました」


「やはり家が流された国民がいた?」


「残念ながら」


 こんなやり取りを目の前で始めた。もうこの頃にはロゼルは王女に対して、応対がかなり柔らかくなっていた。


「対策は?」


「いえ、それが。どのように行えば良いのか解らず……。陛下も困惑しておいでです」


「ロゼルさん、あなた、陛下にわたくしの様子を報告していますわね? それでは早急に報告して欲しい事がございますの。ラナ。庭師さんに用意して欲しい物が有りますから頼んで下さいな。今日は偽物のゼスさん、力仕事を頼みますわね」


 ラナの事はロナと交代している時はロナを偽ラナ。ゼスと俺が交代している時は俺を偽ゼスと呼んでいる。自己紹介が無いのに入れ替わりを続けているから、らしい。


「力仕事?」


 さすがに意味が解らず尋ねると、珍しい物を見た、と目を瞬かせて頷く。


「ええ。花壇の花を抜きますの」


「折角植えたのに?」


「緊急だからですわ」


 緊急で植えた花を抜く、という言動が解らない。とにかく庭師と共に根っこごと抜くように言われて自らの手でもそうしている王女をチラリと見ながら、全てを抜いた。


「準備が出来ましたわ」


 にっこり笑うが花を抜いて何やら土を掘っただけで何が準備なのか解らない。王女は水をその掘った部分に流すよう庭師に言う。


「土が水浸しになりますよ」


 ラナが言うが、王女は気にしない。


「見ての通り、水が溢れましたわね」


 何を当たり前のことを……とロゼルもラナも俺も庭師も思った。王女は気にせずに説明をしていく。


「つまり、コレが長雨の影響なのですわ。川が長雨により、水量が増えます。当然、このように水浸し状態。こちらの国では何と言うのか分かりませんが、わたくしの母国では氾濫と言いました。それでわたくしの母国では氾濫対策として、先ずは川の幅を広げる事にしたのです」


 その説明をしながら今度は先程よりも広く掘った土に同じように水を注いでいく。


「あ……水浸しにならない?」


「そうよ、ラナ。同じだけの水量だけど、こうして水が通るのを同じだけ掘っていても広く確保すれば水浸しにならないわ。あの本に書かれていた川が広げられるのであれば、川の幅を広げる事も対策の一つ。それから……」


 庭師と共に掘った土を堆く盛って行く。


「こうして川の幅に掘った土を堆く盛る事で水の侵入を防ぐようにすれば、かなりの確率で家が流される事が無くなるのではないかしら。ただ、どのくらいの期間、どれだけの雨量なのか分かりませんから、この対策をしても川が氾濫して水浸しになる可能性も有りますけど」


「やらないよりは、マシか」


 俺は、初めてあの長雨の対策案を目の前で教えられて興奮した。俺が呑気に第五王子をやっていた頃から、何年かに一度の長雨には、先王である父も頭を悩ませていた事を覚えている。5年前の長雨は内乱で対策どころでは無かった。2年前の災害は長雨とは別のものだったが……まさか先王が悩んでいた災害の対策を、別の災害の復興支援を目当てにした支援金を持参した王女が提示してくれるとは思ってもみなかった。


「いつ頃降り出すか判らないですし、陛下のご裁可を早急に頂いてもそこから人足を集め、工費を計算し、工期も考え……とやる事は沢山有りますから、次の長雨に間に合うかどうかも分かりません。それでもやらないよりはマシですわ。ロゼルさん、早急に陛下に進言してみて下さいませ」


「俺は陛下の護衛です。だから俺が進言します」


 というか、俺は本人だし。


「まぁ! あなた、陛下の護衛でしたの⁉︎ 何をやっていますの! 偶にわたくしの護衛を務めている場合では無くてよっ! 陛下の護衛が陛下の側を離れて名ばかりの王妃の護衛など、たとえ休日だからといえど務めるものでは有りません!」


 正体を明かす気が無かったので陛下の護衛といえば、王女は目を剥いて叱り飛ばして来た。それもきちんと自分の立場を理解している発言だ。


「王妃殿下は、陛下の護衛である俺が休日とはいえ、護衛に付いている事が気に入らないのですか」


 王女の真意を少しでも理解しようと尋ねれば、王女は憤慨したように続けた。


「当たり前です! 護衛の職務を何と心得ているのです! 陛下に万が一の事が有る時は、その剣となり盾となるのが護衛です。忠誠を誓った相手の側を離れて別の者の護衛など忠誠心に二心有り、と疑われても仕方無き事ですよ! それに本来王妃とは、国王陛下の側で王妃にしか出来ない公務や陛下の代わりに執務を務める事も有りますし、次代を作る事も務めでは有りますが、陛下に万が一の事が有ればその代わりになって国を治める事も有りますが、何よりも王妃の務めとは、陛下に万が一があった時には、陛下の御身を助けるためにその身代わりとなる事なのです。解りますか? わたくしは、名ばかりの王妃で有る以上、陛下に万が一の事が有っても陛下のために命を賭す事が出来ません。そのためにも、陛下の護衛には頑張ってもらわねばならないのです!」


 これは……真面に王族としての教育を受けて来なかった俺よりも、余程王族とは何か、その相手を守るとは何か、を理解している。国王の立場も王妃の務めも、さすが一国の王女と言うべきか。いや、教育を施されても理解しようとしなければ無意味なのだろうから、資質の問題か。


「陛下は王家の加護が有る方ですよ?」


 更に俺は問う。俺の知らない王族の考えを知るために。


「だから何だと? 王家の加護がその力を発揮するのは、最後の最後。発揮させる前に事を収めるのがわたくしを含めた臣下の務め。わたくしにその務めが果たせない以上、あなた方が務めるのです。忠誠を誓うとはそういう事でしょう! 別にわたくしは進んで死ねと申しません。あなた方が命を投げる前に事を収めるのも大切です。あなた方もわたくし達王族が守る民ですから、命を守るのがわたくし達の務め。ですが、あなた方は護衛として陛下に忠誠を誓った。だから万が一の時には陛下の命を守るために、あなた方には命を差し出してもらわねばなりません。それはわたくしとて同じこと。わたくしはそのように、王女として教えて来られたのです。お飾りの妻になる事に文句は有りません。というか、公務も執務も疲れていましたから、お休みをもらえるのはとても有り難いので文句など有るものですか。次代を成す事もわたくしには無理でしたから、白い結婚は寧ろ大歓迎でしたの。早く愛するお方との間に次代を成して頂ければ幸いですわね。離婚されるのも願っております事。帰国しても縁談が来なくて大助かりですわ。でも、離婚するまでの間は、わたくしは陛下の王妃。名ばかりでその務めを果たせずとも、気持ちの上では陛下に万が一の事が有りし時の覚悟は、いつでも有ります。まぁその覚悟を果たす時は来ないまま離婚することになりましょうが。ですから、あなた方護衛には、わたくしの代わりに陛下の御身を、と言うのです。わたくしなどの護衛を務めている場合では無くてよ!」


 護衛を自らが守る民と言いながらも、その職務から万が一の時には命を差し出す事すら要求する。それはきっと、本当の護衛が聞いたならば誇れる言葉。民を守るのは王族だと言いながら、護衛としての矜持にも寄り添える言葉を放つ。この王女の何処が悪女だと言うのか。王女に叱り飛ばされながら、俺は早速長雨対策に取り掛かるとした。


 その後、王女の報告の会合で、俺は先ずロナに謝った。


「ロナ、済まない。彼女と和解して正式に彼女を側妃に迎えたい、と思っている。俺に足りない物を彼女は持っていた」


「ラナから本日のあの方の話を伺いました。私は元々あの方にお仕えしたい、と望んでいるくらいですもの。正式にお迎えされる事に反対などしませんわ。それに、覚悟を持っている、と思っていた私でも、王族としての立場や矜持は……解らなかったですから」


 ロナが頷いて理解を示し、ロゼルもラナもゼスも反対をしなかった。折を見て王女に謝り正式に側妃に迎えたい、と告げよう。その時にはロナの事を紹介して、彼女が正妃。王女を側妃にする、とも説明しよう。先ずは長雨対策だ。


 それから10日程経過し、工事にまで取っ掛かれる状態になった頃、俺は彼女を自分の執務室に招いて、そして言葉を紡ぐ。


「どうか、今までの事は水に流してやり直してもらえないだろうか。君を正式に側妃に迎えたい」


 シンと静まり返った執務室。やがてーー






「まぁ……。陛下とも有ろうお方が面白い事を仰いますのね」


 コロコロと鈴の音が音を立てるような笑い声を上げながら彼女は言う。本当に可笑しそうに。


「そう、だろうか」


 その楽しそうな声に俺は浮かれてしまう。だから先程の俺の言葉を受け入れてくれる、と信じた。ーー何故、その発想になったのだろうか……。客観的に見れば、変だと解るはずなのに。


「ええ、ええ。面白いですわ。ーーだって陛下。


やり直したい


と仰いましたけれども。再構築(やりなおし)とは、お互いにやり直せる前提の信頼関係が有るからこそ言えますのよ? 陛下と私の間にやり直しが出来るような信頼関係が今まで構築されていたでしょうか?」


 ーーそんな関係(もの)まるで無かった事に気付いた。


 この場に居る皆の心の声が聞こえて来た気がする。


 ーー全く持って王妃殿下の仰る通り。やり直すための信頼関係なんて、無いですね。


 と。俺は、初めて、自分がこれほどまでに残念な奴だっただろうか、と打ち拉がれた。


 そうだった。やり直しも何も、俺と彼女の間にやり直すだけの何かは無かった。彼女は、ゼスの偽者には気付いても、その偽者が俺だとは知らない。彼女の中では偽ゼス(陛下の護衛)と少しだけ距離を縮めただけに過ぎない。陛下(おれ)とは何の関係も築いていなかった。


「それなら、君をお飾りに追いやっていた事を謝る。君をお飾りではなく離宮からも出して正式な側妃として、此処に居るロナを立ててこの国を盛り立てて欲しい」


「ああ、偽ラナは、ロナさんと仰るのね? よろしくお願いしますわ、ロナさん。……いえ、彼女を立てるという事は、彼女が正妃かしら? それでしたら、ロナ様ですわね。ですが、陛下。正式に迎えられるのは却下ですわ。わたくし、正式に側妃になるつもりなど毛頭有りませんの。離婚するまでのおよそ後9ヶ月程までを、ロナ様の為に尽力するのは構いませんけれど。何の関係も構築していない陛下のために働くのは無理ですわ」


 彼女はロナに親しみを込めた笑みを浮かべつつ、俺からの側妃要請は、目の笑っていない笑みでバッサリ切ってきた。何も関係を深めて来なかった俺が悪いとはいえ、少なからず俺の望みを少しは考慮するかと思ったが、一瞬すら躊躇わず、バッサリだった。


 謝罪は当然だが、側妃に迎える話よりも先ず、王女と何かしらの関係を作るのが先だった、と彼女の笑みを見て俺は後悔した。


「では……せめてロナを頼む」


「それでしたら是非。ロナ様、よろしくお願いしますね」


 彼女は、優しく笑みを浮かべてロナに頭を下げた。王族らしくないその動作は、やはり悪女には思えない。彼女が悪女と呼ばれる事になった理由を正確に把握して、彼が帰って来るのは……この日から20日近く後のこと。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

次話はシアノ視点です。

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