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宗教詩お嬢様とメイド  作者: 菊華 紫苑
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お嬢様が目覚める時の話

 メイドである私が、主人であるお嬢様と同じベッドで眠っているのはどうしてか、と、聞かれますと、「これには深い事情がありまして……」というほかありません。レース越しの朝の、薄群青色の空の光で、私はいつも目を覚ましますが、大体夜中に起きています。といいますのは、キングサイズのベッドに寝ているのに、お嬢様は「丁度良い感じだから」と、私を抱き枕にするのです。お嬢様ほどの方なら、私と同じサイズの抱き枕をオーダーメイドしてもいいのに、お嬢様は私を抱っこしたがるのです。心を病んだ方と言うのは、皆人肌が恋しいものなのでしょうか。おまけに、お嬢様は熟睡すると、ベッドと垂直に寝相を打つ癖があり、私は深夜にいつも、お嬢様のドロップキックのような寝返りで目を覚まします。

 しかし、この状態になってしまえば、私もキングサイズのベッドを堪能して、ぐっすり眠ることが出来るので、睡眠不足になることはありません。

 今日も、薄群青色の空の光と、雀の声で目を覚ましました。お嬢様は、案の定私に巨大な足の裏を見せ、真横を通り越してX型になって眠っておられます。どういう寝相の変遷があったのか、想像に易いですが、私には寧ろいい年をしたお嬢様がどうしてこんな幼児のような凄まじい寝相をするのか全く分かりません。いつも1人の力では歩けないからこそ、横になってる時は動きたがるのでしょうか。

 お嬢様の右腕がベッドの外に出ておりましたので、腕をしまい、肩と頭を抱いて、なんとか体勢をベッドの中に戻し、お布団を掛けました。お嬢様もそろそろ起きてくる時間ですが、身体の弱いお嬢様なので、少しの隙ですぐ体調を崩してしまうのです。

 お嬢様は、重い心の病を患っておられます。私はお嬢様の病気を治そうと、必死になって色々な手立てを考えました。その中で、一番効果的だったのが、「私がメイドになる」ということでした。

 お嬢様は、夢の世界の住人です。いつだって世界に争いはなく、いつだって神さまに守られ、いつだって人々の間には友情があります。奉仕し奉仕されるのが当たり前、自分の労働の見返りは相手の労働。そういう原始的な世界の中に耽溺出来るように、私が仕向けました。お嬢様の寝顔は、時々とてもむつかしくなります。それは過去という現実の夢をみているからです。

 だから、夢という夢の中に目覚めるように、誘うのが私の、いえ、「メイド」の役目です。

 そっとベッドから降りて、スリッパを履き、もう一度お嬢様の寝顔を反対側から見つめました。お嬢様はいつの間に寝返りをうったのか、半分ほど左側に傾いています。もうそろそろお目覚めになるのでしょう。

 では、私も準備をしなくてはいけません。

 お嬢様が大好きなお店をリスペクトした黒いロングスカートに、白い前掛け。そして頭には丸いメイドのキャップ。お嬢様が聞いたところに寄りますと、この服装は「エマ」と呼ばれるメイド服なのだとか。

 きゅっきゅっとリボンをちゃんと占め、背後を確認すると、ふわ~っとスカートが拡がり、ロングスカートの中の白いフリルが見えました。しかし私の脚は白いニーハイで完全防備なので、足首が見えることもありません。

 お嬢様は本日も家の中で過ごされます。お気に入りの特注の白いドレスは当たり前として、本日の上着のローブは何色に致しましょうか。今は「特別な時期」でもありませんが――そもそもお嬢様はあくまでそれをファッションとして楽しんでいますので、はい、ここはお嬢様の好きな紫のローブに致しましょう。


「おはようございます、お嬢様」

「んー……」


 くわぁ、と、お嬢様らしからぬ大きな欠伸をして、お嬢様は「過去」から「夢」の中へ戻っていらっしゃいました。


「んはよ……。今何時?」

「もう朝の六時です。いつものルーティンからすると少々お寝坊ですが、一般的には健康的なお時間です」

「んー……。今日の予定は?」

「はい、引き続き、私のスピーチの原稿と、十一月の詩集の原稿がございます。詩集の進捗は、残り二十五篇です」

「アフガニスタンの歴史の資料は届いていたかしら?」

「本日到着の見込みです。それからオメガバースアンソロジーも。」


 するとお嬢様は、パッと顔を輝かせました。御髪のように、顔が金色になっています。


「素晴らしい!」


 金色の御髪に、小悪魔のような二本の八重歯、ゆったりとしたドレスとローブで誤魔化しつつも、パジャマでは誤魔化せない、ちょっと、いえ、かなりふくよかな体型。そして寝室にある沢山のBL同人誌と、宗教史と、教義学のテキスト。

 これがお嬢様、いえ、宗教詩お嬢様様のお部屋です。特にバッドエンドや救われない話がお好みなのは、お嬢様の背景の為なのでしょうか。


「はい、アンソロジーの再販なんて滅多にありませんからね。深夜0時の通販戦争に勝った甲斐がありました。」

「流石私のメイド、誉めてあげるのですわ~!!」


 お嬢様が「いつもの」調子になってきました。お嬢様に近づくと、お嬢様は子供にするように、私の頭をぽんぽんと撫でました。私が頭をきっちりまとめていると分かっておられて大変宜しいことです。


「さあ、まずは御髪を整えましょう。移動出来ますか?」

「んー……。今朝は脚に力が入らないのですわ~!!」

「わかりました。ではお手伝いします」


 お嬢様の病気は他にもあるのですが、それはまた追々ということで。

 私は布団を捲り、座っているには少し不自然な形になっている両脚を抱えて、よいしょとベッドの淵から垂らしました。お嬢様もその間に、腕とお尻を駆使して、よいしょよいしょ、と、移動します。


「本日の詩はどんなものをお考えですか?」


 私が後ろからベッドに乗り、御髪を梳かしながら問いかけますと、お嬢様は答えました。


「今回はイスラム教についての詩ですわ~!! タリバンが如何にイスラムの教えと乖離しているのか、何故日本人はそれに無関心でいられるのか、今日は軽~く、ジャブを効かせるのですわ~!!」

「……まあ、『宗教詩』ですからね。仮のお名前さえ決めてくだされば、気付く人は気付く、で良いんじゃないでしょうか」


 お嬢様は夢の世界の住人です。

 ですから、夢の中の争いは、全てBLと同人誌のノリで解決すると思っておられます。お嬢様は「タブー」を嫌います。「アンタッチャブル」を嫌います。この日本という、思想と信仰の自由が保障された国にお生まれになり、決して理解されない世界に生きてきたお嬢様は、生粋の日本人でありながら、生粋のアメリカ人とも言えます。それも長くなるのでそれもまた追々……。

 今は、お嬢様のお腹を満たして差し上げるのが先ですので。


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