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宗教詩お嬢様とメイド  作者: 菊華 紫苑
1/3

水の中①

「お嬢様、お目覚めください、お嬢様」

 誰だ。ぼくのことをお嬢様なんていうのは。水面の上から聞こえてくるこの声は。

 沈んでいく。沈んでいく。沈んでいく。

 常識という名の重しをつけて、ぼくの良心が沈んでいく。

 日本という名の鎖に括られて、ぼくの本心が沈んでいく。

 今日もぼくは貝になる。

 「不道徳」と定義されたものに目を固定し、自分が気にかけているものごとが、袖を引っ張るのを無視する。

 同性愛者を擁護するあまりに、フォビアを敵視する人々の前で、にこにこと笑う。

 多様性を尊ぶ保守どもに、多様性という無関心の中に在る弱者のことは黙り、そうだそうだと頷く。


 この国は複雑で恐ろしい。ぼく以外の鬼畜に与えられている信仰の自由は、ぼくには有って無い。

 ぼくだけには、有って無い。

 欲しいと願っても、誰も信じない。

 欲しいと言っても、誰も認めない。多様性の亡者達は、いつでもマイノリティを愛するが、マジョリティの中のマイノリティは愛さない。

 太陽の登る気配がする。今日もぼくは、日本語の世界に目覚める。


 ぼくを認めない価値観の中で、ぼくは認められるための努力をする。そうしなければ生きられないから。

 ぼくを否定する価値観の中で、ぼくは肝臓を押しつぶす努力をする。そうしなければ存在してはならない。

 ぼくを拒否する価値観の中で、ぼくは良心を塗り替える努力をする。そうしなければ次代を育てられない。


 今日もぼくは貝になる。貝が開くのは死ぬ時だ。

 どんなに砂を吐いても、その砂から逃げることは適わない。


「お嬢様、お嬢様。お風邪を召されますよ」

 また声がする。水中から引き上げようとする声の糸。

 ぼくの大切な人の声。ぼくを褒めてくれた人の声。

 そうだ、ぼくはぼくではない。お嬢様だ。

 声を荒らげて甲高く権利を主張するのではなく、文字を綴って洗脳していくお嬢様。

 ぼくの耳に届いていた言葉が洗脳であるように、ぼくが覚えてきた言葉も洗脳だ。

 だからぼくは、洗脳しか書けないのだ。

 さあ、目覚めよう。目覚めましょう。


 ――わたくしの目覚めを、メイドが待っているのですわ〜!


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