31
放課後になって、図書室にもよらずに学校から逃げ出した。
暗闇のように真っ黒な憎悪を、藍野さんでさえ向けてくるんじゃないかと不安になったんだ。
藍野さんはそんな人間じゃないのに。
ぼくの不安なんて大海の如く大きな心で受け入れてくれる人なのに。
ぼくは誰かといるのが怖くなっていたんだ。
沈黙に凍り付き、真っ赤な敵意渦巻く教室で半日も過ごしたせいだ。もはや誰も信じられない。ぼくを知るものは誰もが敵で、ぼくを傷つけるとしか思えない。
一人になりたかった……。
どこか遠くへ行って、誰に何を言われることもなく静かに暮らしたい。
ぼくみたいなただの高校生には無理な話だけど……。
ぼくの足は自然と家に帰るのを避け、どこへ行くでもなく彷徨っていた。
歩みを進めれば進めるほど、見慣れた景色はいなくなっていく。ぼくの心に巣食った暗澹たる不安も墨汁を水で薄めていくように希釈されていく。
ぼくを知らない見知らぬ景色が微笑みかけてきた――優しい微笑みだった。ぼくの過ちなど気にも留めないような暖かな微笑みが傷んだ心に染み渡っている。
さっきまで一人になりたいと思っていたのに、もう誰かに会いたかった。名も知らぬ誰かでいい。お互いに微笑み、二言三言、言葉を交わすだけ。それだけでぼくは満たされるはず。教室での辛辣な出来事や、みどりとさくらとのいざこざも乗り越えられる。またいつもの日常に帰れる。そんな気がしたんだ――。
どこからか誰かの気配が風に乗って流れてくるのに、いくら歩けども誰とも出会わなかった。曲がり角を見つけるたびに、出会いが訪れると期待はするけど、曲がった先には乾いた風が吹き通るだけ――猫一匹いない。
まるで、暗闇の中を歩き続けたあの夢のようだ。不安に苛まれ、どこからか聞こえる足音に縋るしかなかったあの時、ぼくは歩くのをやめなかった。歩き続ければ、いつか誰かに出会えると心の中でわかっていたから。
ぼくは歩き続けるしかない。
たとえ今日、誰かに会えなくても、いつの日か絶対に会えるはずなんだ――あの夢が教えてくれた。
太陽が沈み、夜が訪れ、辺りに暖かな家族の団欒が零れ出るまでぼくは歩き続けた――。
愛しの我が家には家族の団欒は見当たらず、冷めた夕食だけが無愛想にぼくを待っているだけだった……。