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茜空の下であなたに会えたら  作者: 谷中英男
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改めて説明する必要もないだろうけど、ぼくはついに孤独から脱し、夢の世界と勝るとも劣らない甘美な朝を迎えた――河川敷にいるわけじゃないよ、ちゃんと自分の部屋だ。

カーテンの隙間から差し込む光は金色に輝き、紅葉を思わせる優しげな空気とともに新しい一日を祝福している。

まさに生まれ変わった気分だ――いつだったかもそんなことを言っていたけど、人間、何度でも生まれ変わっていいはずだと思うから、もう一度言わせてもらう。

何不自由なく、最高の目覚めがぼくを抱き込んでいる。


「お兄ちゃん起きてー。朝だよー」


鈴の音のような軽やかな声の中に、微かに心を騒めかせる不穏を感じ取った。素晴らしい朝には似つかわしくない騒めきだ。

ぼくはこの騒めきがなんなのか探求するべきだった。例えそれがなんなのか知ることができなくても。だけど、ぼくはそうしなかった。考え始めただけでこの素晴らしい朝が台無しになってしまうし、その騒めきがぼくのせいで起こったことだと本当は知っていたから。蓋をして気づいていないふりをするよう、無意識に決め込んだんだ。

独りよがりな行動のおかげで、朝食を囲む兄妹は傍目から見ればいつも通りだった。ぼく自身もそうだと感じていたし、仮にこの状況を不審に思おうものならその考えを即座に締め出した。そうすれば、ぼくら兄妹はいつまでも幸せな家族でいられるかとでも言うように。

ぼくがいくら平静を装い、演出しようとも朱里はそうもたやすくいかないわけだけど。

朱里はどこか不満げでよそよそしく、悲しそうだった――言葉や仕草で表しているわけじゃないのに。でも、朱里は何も言わなかった。いつもの自慢の妹であり続けた。

もしかしたら、ぼくが感じ取っていた朱里の発する違和感はぼくの思い違いなのかもしれないと思えた――他人の気持ちなんて、実際のところ理解できるわけはないわけだからね。

ぼくはいつも通りの朝を過ごした。


朱里を見送り、少したってからぼくも家を出た。わざわざ時間をずらす必要もなかったのに。なぜか、ぼくはそうするべきだとへたくそな言い訳をしていた。

何も悪いことをしていないのに、意味もなく嘘を吐いたことに罪悪感が芽生えた。どんな人間でも、息をするように平然とやってのけることなのに。いつだって何の罪悪感も抱かずやってきたことなのに。


「今日は元気のない顔してるね」


お姉さんの春風のように優しい声で、ぼくの心に滞留していた罪悪感は一気に吹き飛んだ。

さんざっぱら、罪悪感がどうと言葉をこねくり回していた人間とは思えないと感じるかもしれないけど、これはぼくも驚きなんだ。いくらお姉さんの優しい声が耳をくすぐろうと、せっかくの素晴らしい朝を享受できずに退屈で陰鬱な一日を過ごすことになると確信していたんだ。

ぼくはお姉さんの言葉を、存在を、甘く見ていたみたいだ。

お姉さんは太陽なんて甘っちょろく感じるほど激しくぼくを揺さぶり、変化させる存在にいつの間にかになっていた。


「ちょっと、喧嘩しちゃって」


言うつもりもなかったのに、言葉は流れ出ていた。


「そっか、大変だったね」お姉さんは優しくぼくの頭を撫でた。「仲が悪くなったって、気まずくなったって時間が解決してくれるよ。気づいたら原因なんて忘れてるよ。だから、今は時が経つのを待つが吉だよ。お姉さんからのアドバイス」


お姉さんの顔が見れなかった。自分の足元を見つめ、目頭にこみ上げる熱いものを押しとどめるので精一杯だった。


「頑張ってね」


お姉さんはか細く小さな手でぼくの背を押した。そよ風が撫でるように心地良く、微かな感触だった。女性に初めて触れられたかのように、ぼくの心はいきり立った。

ぼくはそれだけで充分だった。

ぼくは勇んで学校へ向かった。


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