24
黄金に輝く太陽に、夜は追いやられていた。かすかに残る悲しげで冷たい匂いだけが、今まで夜が残っていたことの証だった。それも、緑色した爽やかな風、岸辺に打ち寄せる水が奏でる歌によって、しばらくすれば消えてしまうだろう。
夜の闇はどれだけ深くとも、あっさりと消え去ってしまう。
どれだけ闇が怖くとも、陽が昇れば恐怖は消えてなくなってしまう。
ぼくの心も同じだ。
一遍も恐怖は残っていない。やっと誰かに会えるという暖かい安堵が、世界を照らす朝日のように輝いていた。
探し求め、心の支えでもあった足音の主は、もうすぐそこだ。夜露に濡れた草を踏みしめる音さえ聞こえる。お互いに相手の存在を認識していた――太陽の強烈な日差しのせいでその人はシルエットのままだけど。ぼくがその人のもとへ一歩ずつ確実に歩みを進めるように、その人も確実に歩みを進めている。
暗闇に包まれていた悲しい時間よりも、その人の姿を認識し、歩み寄ろうとしている時間の方がとてつもなく長く感じる。嬉しい時間はあっという間に流れてしまうのが常なのに。麺棒で引き延ばされていくみたいに時間が広がる。
それなのに、ぼくはこの焦らされている時間を苦痛に感じない。目の前に迫る幸福をただ心待ちにしている。希望に包まれたこのぬるま湯にいつまでも浸かっていたいとさえ思う。
そうすれば、ぼくはこの幸福な時間の中で、絶望を感じずにすむ。暗闇の絶望に怯えることもない。希望を夢見、ぬるま湯でふやけて、蕩けられる。だけど、当然このぬるま湯に浸かり続けることはできない。
今の状況は現実に直面する前のモラトリアムなんだ。淡い希望は捨て去り、どんな結果になろうとも現実と向き合わなければいけない――。
ついに、その時は来ていた。ぼくが求めた希望は目の前。手を伸ばせば触れられる。
ぼくはその人を直視できなかった。下を向いて、夜露にぬれた自分の靴を見るばかり。どんな人でも出会えればいいと思っていたのに、今になって、優しい人がいいだとか、醜いよりは美しい人がいいだなんて自分勝手な気持ちが渦巻いていたから。希望が打ち砕かれてしまうんじゃないかって怖くなったんだ。
その人もぼくと同じように黙ったままだった。ぼくと同じ気持ちなのか、ぼくが話し始めるのを待っているのかはわからない。静かに佇み、ぼくを見つめているようだった。
また一人になってしまったかのように静かだった。朝日が煌めく中、辺りに漂っていた心地良い騒めきも聞こえない。自分の緊張した浅い息遣いだけが、煩わしくぼくの耳を撫でつける。
何も考えられなかった。そこらに生えている名もなき雑草のように、ただ佇んでいるだけだった。
ぼくは完全に自然の一部に溶け込んでいた……。
清々しい風がぼくを優しく揺らした。
ひんやりとした空気がぼくを包んだ。
全てをひれ伏せさせる偉大な太陽がぼくを見ていた――。
その人の息遣いが聞こえた。
その人は女性だと直感した――その人をかけらも見ていないのに。
ぼくにはわかったんだ。
彼女はぼくを孤独から解放してくれる女神だと。
彼女じゃなければダメだと。
ぼくはいつの間にかに植物から人間へと変化していた。
ぼくの心についぞ残っていたわだかまりは今度こそ消え去った。
長いこと思いを馳せ、心の支えになっていてくれた人に目を向けた。
そこにはまばゆいばかりの笑顔を向けた、大人の女性が立っていた。