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朝から調子がいい日は、どうも何もかもが上手くいくみたいだった。気まずい関係のままのみどりとは目が合うこともなく、あたかも違う空間にいるようであったし――仲直りしようとは思ったんだけどね、その方法はまだ思いつかなかったんだ――授業中に先生にほとんど指されることもなく、指されても簡単に答えられることばかりだった。
本当に薔薇色の時間だったと言ってもいい。しかも、それが放課後まで続いたんだから、今日がぼくの人生において最良の日だと思わずにいられなかった。こんなことはざらにあるはずなのにね。素敵な目覚めを体験すると、異常なまでのポジティブに支配されるみたいだ。
待ちに待った放課後が訪れ、図書室を覗いてみても、つつがなく幸運は持続していた。図書室は喧騒など知らないように静まり返り、妖精たちが踊り出すのを待っているようだった。まさに、ぼくが望み、好んでいる場所。ぼくが藍野さんと顔を合わせるにふさわしい場所。まだ藍野さんの姿は見えなかったけど。
ぼくは一人、この静かな楽園でいつものように藍野さんを待つことにした。もちろん、藍野さんとここで会う約束なんてしていない。偶然に任せて、彼女が図書室に来ることを願うだけだ。でも、今日という特別な日なら、願わなくとも彼女は磁石に吸い寄せられるように図書室に来ると確信があった。根拠なんて欠片もないけど、ぼくにはわかったんだ。
自信と期待に満ち溢れ、ぼくは静かに彼女の到来を待ちわびた。幸いにも、図書室への来訪者は皆無で、人を待つには絶好の状況だった。誰の視線も気にならず、些細だけど気に障るようなことも一切存在しない。時間の流れを感じられるほど静かで落ち着いていた。
ぼくは読み止しの推理小説を開きながらも、頭の中では藍野さんが訪れてからのことを考えていた。
まず、いの一番に今日という素晴らしい日のことを話して、夢に変化が現れたことを話そう。そして、ぼくの耳をくすぐる甘美な声に耳を傾けよう。ぼくの期待したような意見じゃなくても、彼女がぼくのために言葉を紡いでくれるだけでいいんだ。ぼくにとっての彼女は未来を告げる占い師、彼女なしではぼくは動けず、彼女の言葉がぼくの運命を決定づけた。藍野さんはそれだけぼくにとって決定的で運命的な地位まで来ていた。
たぶん、今日みたいに特別な日が訪れなければ、彼女はただぼくにとっての憧れでしかなかった。ぼくの人生を決定づける人間ではなかった。だけど、今日という幸運な日を迎えて、ぼくは悟ったんだ。彼女はぼくにとってなくてはならない人間で、彼女の存在がなければ、今日という日を迎えられなかったんだと。
こんなぼくは傍から見れば、一時の情に流され、錯乱して身近な人を妄信しているように思うかもしれない。でも、それはまったくの間違いで、自らに幸運が訪れない哀れな人々のやっかみでしかないことを、ぼくは理解している。だって、そうだろ? 他人にありえないほどの幸福が訪れれば「あいつはいつか地に堕ちる」と羨望と嫉妬のまなざしで見つめるはずだ。それが、その人に訪れるはずの当然の結果だとわかってはいても……。
人間はかくも卑しく、他人の幸福を呪うものなんだ。
ぼくがそんな卑しい人間だったからわかる。自分の不幸が耐えられず、自分の不幸は他人のせいだと決めつけ、何もせずともいつか自分のもとに幸福が訪れると願っていた。でも、そんなのは努力をしない人間の言い訳に過ぎない。自分から行動を起こさなければ、何も起こらない。
ぼくは自分から行動を起こした――藍野さんとの仲を深め、一歩踏み出した。
そんなぼくに幸運が訪れるのは当然だ。何もしていない有象無象に、とやかく言われる筋合いはない――誰も何も言っていないけど。
ぼくの頭の中では、あたかも他人に対する言い訳かのように、抱いたこともない思考が渦巻いていた。
前置きしておくと、ぼくはこれまでこんな身勝手な考えを抱いたことがない……はずだ。どちらかというと、自分が悲劇の主人公かのようにネガティブな思いを抱いていた――いまは傲慢な思考に陥りかけているけど。
最終的に言いたいのは、ぼくは変わり始めているということだ。望む物を手に入れ、自分が変わるきっかけを目にしていたから……。
太陽は大きく頭をもたげ、図書室を真っ赤に染めていた。
下校を促す放送が心地良い静寂を打ち破っていた。
ぼくは一人で何を見るでもなく中空を見つめていた。
すなわち、図書室に藍野さんは現れず、期待に胸を膨らませながら無為に時間を過ごしたってことだ。
ぼくの素晴らしい一日は図書室に訪れるまでだった、と今までだったら思っている状況だ。だけど、今日のぼくはやっぱりどこか違った。無為な時間だと思っていたことが、明日への活力だと思える。
今日会えなかった分、明日会えればより幸福な時間を過ごせるんだ。