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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ラブソングス

婚約破棄されたうえ暗殺されそうになったので、武力で報復するとしよう

作者: 間咲正樹

「ヴァリア、今この時をもって――君との婚約は破棄する!」

「……ホウ」


 壮麗絢爛な夜会の最中(さなか)、突如として発せられた婚約者であるジェラルド王太子殿下からの婚約破棄宣言を受けても、ヴァリアに動揺した素振りは微塵も窺えなかった。


「ジェラルド様、婚約破棄(それ)が何を意味するかはおわかりなのでしょうな? 私はこう見えてもヴァホルの姫。政略結婚による婚約を一方的に破棄されたとなれば、我がヴァホルが黙ってはおりませんぞ」

「ハッ、ヴァホルのような小国など、我がイデアール王国の敵ではないよ!」


 確かにヴァホルの国土はイデアール王国の十分の一以下。

 当然兵の数にも圧倒的な差がある。


「……それはヴァホルと戦になることも厭わぬということですか」

「まあねえ、場合によってはそれもアリかもねえ。――僕はね、政略結婚なんて古臭い慣わしに囚われずに、自由な恋愛がしたいのさッ! そう、グレースとね!」

「嗚呼、嬉しゅうございますわ、ジェラルド様」


 そう言うなりジェラルドは、傍らのグレースの肩を抱いた。

 グレースはこの国の男爵令嬢で、豊満な胸を強調するため、常に胸元がザックリ開いたドレスに身を包んでいる。


「父上と母上も僕達の純愛を祝福してくださいますよね!」

「ハハ、好きにするがよい」

「ウフフフ、昔からあなたは言い出したら聞かないんだから」


 一人息子であるジェラルドを溺愛している国王と王妃も、婚約破棄に賛同している様子だ。


「――承知いたしました。そういうことでしたら、私から申すことは何もございません。――実家に帰らせていただきます」


 ヴァリアは優雅にドレスを翻しながら、その場から立ち去ろうとした。


 ――が、


「おおっと待ちたまえよ。まだパーティーは終わってないんだよ」

「――!」


 ジェラルドが下卑た笑みを浮かべながらワザとらしく指を鳴らすと、会場に武装した兵士達が雪崩れ込み、ヴァリアを取り囲んだ。


「……はて、これはどういうことですかジェラルド様。パーティーの催しとしてはいささか無粋ですな」

「ハハッ、いやねえ、別にヴァホルと戦になってもイデアール王国(うち)が絶対勝つから構わないんだけどさぁ。なるべくなら穏便に済ませたい訳よこっちとしても。――だから君は()()()()になっちゃったってことにしといた方がベターかな、ってね」

「……なるほど、よくわかりました」


 ヴァリアは静かに目をつむった。


「クハハ、素直に観念してくれて僕も嬉しいよ」

「いえ、私は観念などしておりませんよ」

「……何?」

「私は()()()()()()()です」

「――!?」

「――エイン!!」

「ハッ、ここに」

「「「――!!!」」」


 まるでヴァリアの影の中から現れたかの如く、いつの間にかヴァリアの傍らに燕尾服を着た長身で細身の男が立っていた。

 ヴァリアの従者、エインである。


「私が実家に帰るにあたり、先方が()()()を持たせてくれたのだが、残念ながら重くて持ちきれん。持ちやすくするために()()()のを手伝え」

「仰せのままに」

「なっ!?」


 エインはヴァリアに一対の双剣を手渡した。

 そしてエイン自身は刀と呼ばれている独特の反りがある片刃の剣を構える。


「くっ! この人数を相手に、たった二人でどうにか出来るとでも思っているのかッ!」

「ええ、むしろ十分過ぎる程ですよジェラルド殿下」

「っ!!」


 ヴァリアは双剣の感触を確かめるように、その場でヒュンと空気を斬り裂いた。

 余裕すら感じられるヴァリアの所作に、ジェラルドの頭に一瞬で血が上る。


「ぐうぅ、殺せええッ!!! このアバズレを血祭りに上げろおおおおッ!!!!」


 ジェラルドの怒声と共に、兵が一斉に二人に斬り掛かった。


 ――が、


「哀れな」

「姫には指一本触れさせん」

「「「――!!!」」」


 二人の華麗な剣技により、瞬く間に一人残らず斬り伏せられてしまった。


「バ、バカな……。あの人数を、一瞬で……」

「――我がヴァホルは大陸随一の傭兵国家。ヴァホルに生まれた者は、物心付く前から男女問わず地獄と形容するのも生温い程の鍛錬を強いられる」

「っ!?」

「それは王族とて例外ではない。その鍛錬の過酷さ故、大半の者は成人を迎える前に命を落とす。私もエインも、その試練をくぐり抜けてきた猛者だ。平和ボケしたこの国の雑魚など、物の数ではないと知れッ!」

「ぐ、ぐうううううぅ……!」


 確かにヴァホルが傭兵国家だという噂は聞き及んではいた。

 だがここまでのレベルだとは露程も思っていなかったジェラルドであった。

 ヴァリアは剣の切っ先をジェラルドに向け、言った。


「ジェラルドよ、今この場で貴様を斬ることは容易い」

「な、何だと!?」

「だがそれではただの私刑(リンチ)になってしまう。――これは最早国と国との誇りを賭けた戦争だ。よって今この時をもって――我がヴァホルはイデアール王国に宣戦布告するッ!!」

「なっ!? ぶべっ!?」


 ヴァリアは手袋を外し、それをジェラルドの顔面目掛けて叩きつけた。


「が、があああああ!!! 女のクセに調子に乗りやがってえええええ!!!!」

「フッ、では今日のところはこれにて失礼。――明朝、戦場で相まみえましょうぞ。ゆくぞ、エイン」

「ハッ」

「ま、待ちやがれこのアマァ!!! ――っ!?」


 ジェラルドの罵声が会場の空気を震わせるよりも速く、ヴァリアとエインは足跡すら残さずこの場から忽然と姿を消した。


「……な、ななななな舐めやがってえええええ!!!! 父上!! 母上!! この戦争受けて立ちましょうッ!! 多少腕が立つだけの矮小国家など、我が国の圧倒的な兵力で蹂躙してやりましょうぞ!!」

「あ、ああ、そうだな。うむ、いい機会かもしれん」

「そうね、あなたの望む通りにやってごらんなさいジェラルド」

「ジェラルド様、私はあなた様のことを信じております。どうかあなた様に勝利の女神の加護があらんことを」

「フフッ、グレース、君こそが僕にとっての勝利の女神そのものさ」

「ああ、幸せ……」


 ――僕を虚仮にした代償を、必ずその全身に刻んでやるからな、ヴァリア。

 グレースを強く抱きしめながら、ジェラルドはヴァリアへの憎悪の炎を胸の中で激しく燃やした。




 ――そして迎えた翌朝。


「ハッ、正気か!? それっぽっちの兵で戦場に現れるとは! どうやらヴァホルは自殺志願者の集まりだったようだなッ!」


 ジェラルド自らが指揮官としてイデアール王国の城門前に用意した兵は約五万。

 それに対しヴァホル側の兵は僅か三百名程だった。

 しかもその中には年端もいかない少年や、明らかに腰の曲がったヨボヨボの老婆まで交じっている。


「フッ、こう見えてこの三百名はヴァホルの精鋭中の精鋭。そちらの蟻の大群を踏み潰すのにはこれでも十分過ぎるほどよ」

「何ィ!?」


 兵の先頭に立ち双剣を構えるヴァリアがよく通る声でそう断言した。

 ヴァリアはヴァホル伝統の軽装の鎧に身を包んでおり、その隣にはエインが戦場には似つかわしくない燕尾服を身に纏いつつ、刀の鯉口を切っている。


「ハッ、強がりは精々あの世でのたまうがいいさッ! グレース、この戦が終わったら、祝勝会の席で君との婚約を国民達の前で発表するとしよう!」

「まあ! ジェラルド様、身に余る光栄ですわ」


 ジェラルドはグレースの肩を抱きながら高らかに宣言した。

 その後方では国王と王妃もそんな二人の姿を見つめながら目を細めている。

 本来なら戦場に王族や令嬢が出張るなど有り得ないことではあるが、勝利を確信しているジェラルド側にはそんな常識は通じない。


「ふむ、そろそろ始めてもよろしいですかなジェラルド殿下? こちらも我が国の一流シェフが祝勝会の準備をして待っているのです。出来ればランチまでにはこのくだらない戦を終わらせたいのですが」

「ハッ!! 初めて気が合ったねヴァリア!! 僕もまったく同じことを思っていたよ!! ――我がイデアールの誇り高き兵達よ! この蛮族どもに正義の裁きを下せえええええ!!!」

「「「うおおおおおおおおお」」」


 ジェラルドの号令と共に、イデアール兵の大群が一斉にヴァリア達に襲い掛かった。


 ――が、


「ハアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「「「があああああああああ」」」

「なぁッ!!?」


 それらはヴァリアの双剣の一振りによって、木枯らしに舞い上げられる落ち葉の如く吹き飛ばされた。


「そ、そんなバカな……。い、一斉だ!! もっと大人数で一斉に掛かるんだッ!!」

「フッ、無駄だ」

「――!?」


 が、いくら大群で襲い掛かろうとも、三百名のヴァホル陣営は微塵も乱れることはなかった。

 年端もいかない少年は身の丈の倍以上はある大剣を小枝の如く振り回し、ヨボヨボの老婆は荊の鞭をまるで生き物のように巧みに操り敵兵達の首を刎ねていく。

 中でも特に桁違いの強さを誇っていたのはエインとヴァリアであった。

 その様はまさに一騎当千。

 二人の前にはイデアール兵の屍が、ただただ無慈悲に積み重なっていった。


「あ、ああ、あ……、そんな……、そんなはずが……」


 茫然自失しているジェラルドをよそに、イデアール兵は波に攫われる砂の城の如く、その数を見る間に減らしてゆく。

 太陽が真上に昇る頃には、あれだけいたイデアール兵の数は半分以下にまでなっていた。

 それに対し、ヴァホル側は未だただ一人の死者も出してはいない。

 ――完全に趨勢は決しつつあった。


「――ジェラルドッ!!!」

「――っ!?」


 その時だった。

 ヴァリアが突如ジェラルドの名を叫んだ。


「これ以上の戦いは無意味だ! 私と貴様、サシの大将戦で決着をつけようではないか! こちら側が勝った際は、そちらの兵の身の安全は保証しよう!」

「なっ!? 何だと!!?」


 そんなバカな提案に乗る訳がないだろうッ!?

 自ら絞首台に上るようなものじゃないかッ!!

 ジェラルドが奥歯を噛みしめながら心の中で悪態をついていると――。


「う、うむ、そうだな、それがいいかもしれん」

「そ、そうね、それがいいわ。頑張ってねジェラルド」

「父上!? 母上!?」


 既に敗戦を覚悟した国王と王妃は、実の息子を我が身可愛さに売ったのであった。


「大丈夫ですわジェラルド様。あなた様には勝利の女神である私がついております」

「グレース!!?」


 対するグレースは現実逃避か、はたまた本気でそう信じ込んでいるのか、うっとりした瞳でジェラルドの背中を押してくる。


 ――バカな。バカな。バカなバカなバカなバカな。

 あまりの想定外の出来事に、視界がぐにゃりと歪むジェラルド。


「フッ、では、いざ尋常に勝負!」

「――!?」


 気が付けばジェラルドは、震える手で剣を握りながらヴァリアに対峙していた。

 ――い、いつの間に僕はここに!?

 最早どうやって自分がここまで来たのかさえ記憶にないジェラルド。


「……う、うわあ、うわあああああああああああああ!!!!」


 ――クソが! 舐めやがって!! 女のクセに! 女のクセに! 女のクセに女のクセに女のクセに女のクセに女のクセに女のクセに女のクセに……。


「女のクセにこの僕に逆らうなあああああああああ!!!!!!」


 ジェラルドは絶叫しながらヴァリアに斬り掛かった。


「――愚かな」

「……がっ!」


 ――しかし、ヴァリアはそれを華麗に躱しつつ双剣で一閃。

 ジェラルドの首を造作もなく刎ねたのである。


「……き、きゃあああああああああ、ジェラルド様あああああああ!!!!!」


 ジェラルドの首はグレースの目の前に転がり落ちた。

 その瞬間グレースは発狂した。


「あ、ああ……ジェラルド」

「ジェラルド……ジェラルドオオォ!!!」


 一度は見捨てた息子の命だが、いざ失われたとなると得も言われぬ喪失感が胸の中を締め、その場に(くずお)れる国王と王妃であった。


「――敵将、討ち取ったりいいいい!」


 ヴァリアは右手の剣を天高く掲げた。


「「「オー! オー! オー!」」」


 ヴァホル兵の勝ち鬨が、辺り一面に響き渡った。


「……姫、お疲れ様でございました」


 音もなく後ろに立ち、ヴァリアに声を掛けるエイン。


「……フン、この程度、食前の運動にすらならんかったわ」


 エインの方を振り返らず、天を仰いだままそう答えるヴァリア。

 そのヴァリアの肩が、ほんの少しだけ震えているのをエインは見逃さなかった。


「……左様でございますか」


 が、エインはそれ以上何も言わず、忠誠を誓う主にそっと頭を下げた。


「……エイン」

「ハッ」

「――お前だけは、一生私の側から離れるでないぞ」

「――!! ……仰せのままに」


 エインは今一度、深く深く頭を下げた。




 ――こうしてイデアール王国はヴァホルに降伏。

 ヴァホルの属国となった。

 これより数年後、ヴァリアが君主となったヴァホルは長きに渡り隆盛を極めたという。



2020.12.30追記

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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「オムライスオオモリ」様からファンアートをいただきました!

誠にありがとうございます!!!

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文字通り一騎当千の実力を親切に目の前で見せてくれて国の戦力を丁寧に説明までしてくれたのに、なんでこの馬鹿王子は戦争に勝てると思ったんだろう??? そして新しい国の王配は勿論燕尾服の刀使いですよね!
[一言] ???:「……見えました!! 実は闇の暗黒教団の女性神官だった男爵令嬢が、戦場で散った二万五千人の兵士を贄に禁断の邪術を使って魔族を呼び出し傭兵国家をチリ一つ残さず殲滅する光景が……!!!!…
[良い点] 婚約破棄×バトルもの&男口調の姫って好きです! [一言] この馬鹿王一家、今までよく政治を回せていたものですね…ヴァリア姫たちに宣戦布告しなくても革命が起きて断頭台行きだったりして…(-…
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