私は水色、貴方はピンク
「文通が流行っているらしいんですよ」
相も変わらず部室で絵を描いていた私に、同じく部室を訪れていた瑞樹は声をかけた。
「文通? 古風だね」
「お姉様の時は流行りませんでしたか? 姉妹での文通。伝統らしいのですが」
そう言われてふと思い返す。言われてみれば、同級生が授業中に手紙らしきものを書いていたような気がする。その手紙を下駄箱の中に入れてはしゃいでいたことも。
ただ、残念なことに当時の私はそういった事に微塵も興味がなく、結局一通も手紙を交換しないまま、私の姉は卒業していった。卒業式の後にもらった一通が、私たち姉妹の間を行き来した唯一の手紙だった。
「流行ってはいたけど、書いたことは無かったな」
「そうなんですか」
「うん」
それっきり沈黙が訪れる。私はひたすら黙々と今の絵を仕上げていった。
そして一区切りついた所で筆を置く。
「で、したいの? 文通」
「え?」
彼女は不思議そうにこちらを見る。
「興味が無いのではなかったのですか?」
「昔はね。今はまぁ、多少のお遊びくらいならいいかなと思って」
瑞樹の母がぱぁと輝く。さりげなく話題を出した風に見えたが、実はひっそりと機会を伺っていたのだろう。相当文通とやらをやりたかったに違いない。
「私は文書とか書くの苦手だし、短い手紙になるとは思うけど……」
「良いんですそんなこと! お姉様が私の為に書いてくださる事に意味があるんです!」
「なるほどね」
それならばと請け負う。
「実は、私今日、お姉様にお手紙を書いてきたんです……」
なんと。行動が早い。
瑞樹薄水色の封筒を私に差し出した。
渡せるかどうかすらわからなかった手紙を書いてくるその行動力に私は感動した。
「じゃあ、これに返事を書けばいいってこと? 早速読んでいい?」
「え!? ここでですか!?」
「まずい?」
「まずいというか……、恥ずかしいです!」
瑞樹は顔を真っ赤にして手をぶんぶん振る。
「あの、申し訳ありません。出来れば私のいない所で読んで頂けたら嬉しいです……」
「わかった。じゃあ寮に帰ったら読ませてもらうね」
思わずクスッと笑いが漏れる。私は笑いながら描きかけの絵を片付けた。
「もうお帰りになられるのですか? 今日はお早いんですね」
「うん、購買に寄って行こうと思って」
「購買ですか? 足りない画材ならお貸しできますが……」
「違うよ。便箋買いに行くの」
今貰ったばかりの手紙をひらひらと示す。
「返事、書かなきゃでしょ」
瑞樹の目が再度輝いた。
「そんな、お姉様からのお手紙なら私、ノートの切れ端でも幸せです!」
「それはちょっと……。よかったら瑞樹も来る?」
「是非!」
瑞樹も猛スピードで画材を片付け始めた。
(部活を早く切り上げるなんて久しぶりだな)
子犬のように後ろをついてくる瑞樹を見つめながら、しかし悪い気はしなかった。
***
この学園の購買はとても大きい。全寮制の為、学校から出なくても大丈夫なようなんでも揃っている。日用品はもちろん、生徒たちが部活や趣味で使う、例えばバイオリンやゴルフクラブ、茶道の花器なんて物も売っているのだから、最早購買というよりデパートに近いかもしれない。何に使うのかと思うが、お嬢様が揃うこの学校には何でも需要があるのだ。勿論画材も各種取り揃えられている。
しかし、それでも購買の便箋の数はちょっと凄いものがあった。
「種類多いな……」
棚一面に並んでいる便箋の数に圧倒される。流石は文通が伝統となっているだけあるなと納得できる数だ。鮮やかでカラフルなものから上質な紙の無地のものまでバリエーションが豊かだ。ここには丸二年住んでいるが、便箋を特に欲したことがなかったので気づかなかった。
私はさっき貰った手紙の封筒を思い出す。薄い水色の上質な紙の封筒だった。その封筒と同じシリーズを見つける。水色の便箋のセットの隣には、同じく薄いピンクのセットが置いてあった。何気なく手に取って眺める。
まだ妹になって間がないこの後輩だが、何となくこの色が似合うような気がした。
「これにする」
手にした便箋を棚に戻すことなく、私は言った。
「私、他にも買い物あるし、瑞樹も買い物あるなら済ませていたら?」
「そうですか? じゃあ私、ピアノの譜面見てきます」
彼女が楽器コーナーへ向かったのを見届け、私も店を回る。せっかく来たのだし、久しぶりにゆっくりショッピングもいいかもしれない。
ウロウロといろんなフロアを彷徨っていると、いつのまにかジュエリーフロアへ入り込んでいた。普段自分からは積極的に見ないものだけに、興味深く観察する。
ふとそのうちの一つに目が引き寄せられた。
「ご覧になりますか?」
店員に勧められガラスケースから取り出されたそれに、心惹かれた。
「珍しい形ですが、人気の商品なんですよ」
「……すみません、これ下さい」
衝動買いなんて滅多にしないのに。しかしこれはどうしても欲しかった。クレジットカードを出しつつ普段の自分では絶対にしないであろう行動に苦笑する。
「ご自宅用ですか? プレゼント用ですか?」
「プレゼント用ですかお願いします。あと……」
私のリクエストを店員はにっこりして受け入れた。こんなお願いも多いのかもしれない。綺麗なラッピングに納められたそれを、ウキウキしながら受け取った。
***
「あ、お姉様」
便箋の会計を済ませると、瑞樹はすでに待っていた。
「ごめんね、お待たせ」
「いえ、いいんです。それより、何かいい買い物はできましたか?」
「いやぁ、特にピンとくるものはなかったな。便箋ぐらいかな」
「そうですか」
「瑞樹は?」
「私は欲しかった譜面が買えました!」
「そう、よかったね」
「はい!」
妹はにこにこしながら譜面が入っているであろう紙袋をギュッと抱きしめる。相当欲しかったのだろう。こちらまで嬉しくなってしまう。
「手紙のことなんだけど、私、本当に文章が苦手で……。少し渡すのが遅くなるかもしれない。本当にごめん」
「そんなこと、気にしないでください! 私が渡したかったからお渡ししただけなんです」
瑞樹はにっこりしながら答える。このかわいい後輩には出来るだけ喜んでもらいたい。
(出来るだけ早く手紙を渡してあげよう)
そう心に決め、二人で寮への道を歩いたのだった。