運命に導かれて
姉妹制度というものをご存知だろうか。上級生が特定の下級生と姉妹のような関係を結び、姉が妹を導くように先輩が後輩の面倒を見る制度、それが姉妹制度である。そして当校にも、もれなく姉妹制度が存在した。
「明日ですね」
「そうだね」
私は油絵具を、大島は木炭を、それぞれキャンバスに塗りながら話していた。
誰が姉で誰が妹たるかは学校が指名する。明日はその相手の発表がなされるセレモニーが開催される。
「緊張する?」
「そりゃまぁ……。一年間を共にする相手ですから、どんな方になるのか気になるのは当然ではないですか?」
「逆に言えば、一年我慢したらバイバイ、って考え方もあると思うけど」
「それもそうですけど、せっかくなら楽しく一年を過ごしたいじゃないですか」
「それもそっか」
「夏川先輩のお姉様はどんな方だったんですか?」
「私の姉?」
私は自分の姉であった人を久々に思い返した。元々放課後は部室に籠る質だったので、他の姉妹たちのようにお茶をしたりおしゃべりをしたりはあまりしなかった。それでも不服そうな顔をせず、適度な距離を保ってくれるいい姉だったとおもう。
「……いい姉だったと思うよ」
「そうですか」
木炭を手に持ちながら、大島は大きく伸びをした。
「合う人に当たるかどうかなんて、所詮運ですものね。自分の運が良いことを祈るしかありませんね。……夏川先輩がお姉様になってくだされば最高なんですけれど」
……何故本人を前にしてそんなこっぱずかしいことを真顔で言えるのだろうか。お嬢様の思考回路はよくわからない。
「まぁこればっかりはね、運だから祈るしかないね」
平静を装いながら言葉を返す。ただ、明日のセレモニーには少し思い当たるところがあるが……。まぁ今言ったところで予想が外れていたら申し訳ない。どちらにせよ明日にはわかることだ。
「早く明日にならないかなぁ」
ため息をつく彼女を見つめ、こっそり笑った。
***
セレモニーは校舎から少し歩いたところにある大講堂で行われる。伝統あるゴシック様式の建物は遠くから見ても威厳を感じさせる。入学式や卒業式に使われる講堂だが、このような伝統あるセレモニーにも使用される。逆に言えば大々的な行事がない限りこの大講堂に入ることはなく、壁の所々に施されている彫刻やステンドグラスを見る度に、いつかゆっくりと見てみたいと思うのだ。
「皆様、コサージュは着けていますか?」
担任の女教師の声にふと我に帰った。改めて左肩を確認すると、すみれの花のコサージュがしっかりと着いていた。このコサージュは、この後姉妹たちの発表が終わった後、姉が妹に着けるのだ。周りの生徒からはさわさわと話し声が聞こえる。
「どんな子が妹になるんでしょうね」
「かわいい子がいいですわ」
「ドキドキしますね」
全く、とんだ茶番だ。周りの声を聞きながらそう思う。入学したての一年生ならともかく、二年もこの学園にいれば、姉妹がどんな基準で選ばれるのか大体想像はつく。それでもそれを口に出さないのは興を覚めさせないため。つまり茶番というわけだ。
「静かに! 始まりますよ!」
再度教師の声が響く。話し声もスッと引き、セレモニーが始まった。
セレモニーと言っても大それたことはしない。舞台の上に並んでいる新入生の姉妹の名前が順番に呼ばれ、登壇するだけだ。ただし、いつ呼ばれるかわからないので常に気を張っておく必要はあるが。
開式の辞がおわり、姉妹の発表に移る。姉はどんな人なのだろうとキラキラ輝いている目、不安そうな目、いくつもの目が壇上で彷徨っている。淡々と名前が呼ばれ、返事をした生徒が壇上に登っていく。そして勿論、私の名前も呼ばれた。
「夏川咲子」
「はい」
壇上に上がり目の前にいたのは、目を丸くした大島瑞樹だった。
学校とて、初対面同士を姉妹にするなんてリスクはあまり侵したくない。人間なのだから性格の合う合わないもあるだろう。だから、姉として選ばれるのは、同じ趣味、同じ委員会、そして同じ部活の先輩であることが多い。それを知っていたら、誰が妹に選ばれるのかは想像に難くない。逆に、大島はそれを知らないから驚いているのだろう。
「コサージュの贈呈を行います」
アナウンスが入り、私は左肩に着けていたコサージュを外し大島の肩につける。
「運命ですね、お姉様」
大島がこっそりと囁き、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
運命じゃないよ、決まっていたんだよ。そう言おうと思っていた言葉が詰まる。代わりに小さな笑みが溢れた。ここでネタバラシをするのは野暮というものなのかもしれない。
「これからよろしく、瑞樹」
コサージュを付けた肩をとんと叩く。
私たち姉妹の一年間はこうして始まった。