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リアライザー ―言霊と共存する世界―  作者: 水鏡 零華
第1章「歓迎会の夜に」
3/3

1-2 いらぬ羨望は捨てろ

そろそろ18時になるだろうか。


ホスピタルの正面玄関で、フィノはアメシストが来るのを今か今かと待っていた。


辺りは日も暮れて、冷たい風が吹いている。


午後遅くの施術と会計を済ませたらしき被施術者たちも、早々とバスやタクシーに乗って帰宅していく。あるいは家族に付き添われて帰っていった。


フィノは、家族の迎えがようやく来て、表情を明るく輝かせる老婆が目に止まった。その老婆は息子と思われる男性を支えにして、ゆっくりと迎えの車の中へ入っていく。車に乗るまでの間、「先生が施術室の出口までお見送りしてくれた」とか、「今日は調子が少し良い気がするから、たまには夕ご飯作ろうかしら」とか、他愛のない話をしていた。


(私にも、お母さんがいるからなあ。)


ふと、そんな思いが脳裏を過った。


母も自分がいつか帰ってくることを待っているのだろうか、と――。


* * *


フィノは、ホスピタルの入職が正式に決まったのち、遠方のノースタウンノースタウン(北の街)から、ここブロッサムヒル(桜の丘)へ、独り暮らしのため引っ越してきた。 フィノの母は、ノースタウンの外れにある小さな一軒家に残り、陰から応援している。映像でしか見たことがなかった、ブロッサムヒル固有の『春』という季節。今までずっと、雪が永久に降り続ける北国で18まで過ごしてきたフィノにとって、暖かい気候がずっと続くことには驚きを隠せずにいた。


入職して配属先が決まったばかりのフィノを心配し、ときたまに電話してくる母。母と先程見送った老婆が重なって、一時の寂しさを覚えた。


そこへ、カツカツと高いヒールの音を立てて歩く音が聞こえてきた。


「遅くなってしまってごめんなさい。フィノさん、行きましょう。」


だが、フィノは完全に物思いに耽ってしまっているのか、反応が全くない。仕方なくアメシストはフィノの目の前にわざと姿を見せて手を振った。


「フィノさん、フィノさん。聞こえる?」


「……あ!! ご、ごめんなさい!!

ちょっと考え事をしていまして。」


アメシストは、「大丈夫よ」とばかりに首を横に振った。挨拶回りだけで疲れきっていたフィノのことだから、きっとぼうっとしてしまったのだろう。


吹きすさぶ一陣の風で外が冷え込んでいることにはっと気付き、アメシストは羽織っているトレンチコートのベルトを締め直した。


「気を取り直して、行きましょうか。」


そう言いながら早足で歩き出すアメシストに、フィノは条件反射で慌てて小走りで着いて行った。


* * *


「は、速い……アメシストさん、少しスピード落として欲しいです。19時から歓迎会でしたし、そんなに急ぐ必要ないと思うのですけど……急いでいるんですか?」


そう言いつつ、フィノは左腕に着けている腕時計の時間を見た。時刻は18時25分。事務課長の話では、ホスピタルから徒歩でも15分かからない距離にレストランがあると言っていた。


歩くスピードを緩めないアメシストをよそに、フィノはもう一度背中に向かって声をかけた。


「アメシストさん! あと30分以上時間ありますって! 私の声聞こえてますか!?」


その声で、アメシストはようやく足を止めた。


成人男性以上のスピードで、まるで競歩をしているかのような歩き方に、フィノは着いて行けなかった。何kmも歩いたわけでもないのに、脚はもうパンパンに張っている。


やっとアメシストと肩を並べることができたとき、改めてフィノは思った。


「アメシストさんって、すごく背が高いですよね。」


言われたアメシストは藪から棒に何を言うんだ、という驚きの表情を見せ、目を大きく見開いた。そして、一呼吸おいて言った。


「そう? 事務課のスタッフは男性も多いから、あまり気にしたことはないわね。」


そう言えば事務課長はもちろん、係長も次長も、事務課の一般スタッフも、多くは男性だ。女性が多い世界だという施術社会だが、事務課と医局だけは違う気がする。アメシストの話す言葉を聞いて、フィノはうんうんと頷くばかりだった。


「でも、羨ましいです。私なんて――。」


「あなたは背が低いことがコンプレックスなの?」


再び一緒に、同じスピードで歩みながら、アメシストはフィノにそう尋ねた。フィノは地面に目線をずっと向けたまま、こくっと頷いた。


「……羨ましい、です。私、ヒールのある靴履いてても150cmないから、羨ましいです。」


「なぜ、そんなに羨ましいと思うのかしら?」


アメシストは整った顔立ちで肌も白く、手足はすらりと長い。比べてフィノは、長年過ごしたノースタウンで降る雪の影響で肌が焼けている。ノースタウンで暮らしていたときは、多くの人たちが焼けた肌だったし、がっちりとした体つきだったから何とも思わなかった。しかし、ホスピタルで働く施術者たちを見て、自分の容姿が稀有なものであることを知らざるを得ず、それをそのままアメシストに言う勇気はさすがに持てなかった。


そんなことを知ってか知らずか、アメシストはフィノを諭し始めた。


「誰かが羨ましい。そういう気持ちを持って向上心を保つことは大事だけど……。」


うつむいたままのフィノに、アメシストは加えて言葉を付け足した。


「それが自分自身の良さすらも蔑むものであれば、むしろ捨ててしまいなさいね。」


フィノは、その一言が心に深く染み込んでいくような気がした。アメシストが言ったことに対して、言い訳も反論もできなかった。


そして、2人は無言のまま、歓迎会の準備に明け暮れているレストランに到着した。

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