プロローグ
この世界には「言霊」が存在しており、全ての生物が発する声、事象が発する音には命が宿ると信じられていた。
そして、その言霊を操ることができるリアライザーと呼ばれる者は、全世界に数人存在するとされる。
ある者は草木の成長を著しく早め、ある者は対象物を燃やし凍結させ、ある者は地殻変動を起こすことができた。そうしていく中で今の世界が創られた。
リアライザーの力は血を受け継ぎ継承され、現在に至る――。
だが様々な者の血が交わる毎に、嘗て誰もが生まれ持っていた言霊に対する感受性と信仰を失っていき、現在に至っては世界を創り上げた言霊の存在さえぞんざいに扱い、さらには言霊の真なる力を知らず暴言を容赦なく他人に吐く者まで現れた。
暴言を吐かれ、心と体に重圧をかけられた人々はやがて疲れ果て、自身を愛することが出来ずに、最後は生きる力さえを失ってしまう。そんな彼らが駆け込む「ホスピタル」には、今日も多くの人が癒しと命の灯火を求めているのだ。
* * *
今日は4月1日。ここ、ホスピタルの入職式である。
ホスピタルには様々な職種の人間が、生命エネルギーを失った者に対して施しを行う。
世界を創ったとされる言霊ではなく、人力により適切な施しを行うため、今年も多くの従事者が入職した。その中にフィノもいた。
スーツ姿にかっちりとした髪型と化粧で身を包んだフィノは、これからやってくる日々に期待と不安を膨らませながら、ホスピタル長の言葉を聞いていた。
「我々従事者たるものは、我がホスピタルの指針にもあるように、人道を重んじ人道から外れた行いをしてはならぬ。それは被施術者を傷付けること。そして施術者同士で傷付け合うことだ。この摂理は人間が生きていく上での根底にある、言霊との共存にも関係する最重要事項である。」
フィノは久し振りに『言霊』という言葉を聞いたような感覚を覚えた。そう、そうなのだ……これが現代に生きる若者の感覚なのである。言霊などもはや存在しない……目に見えないものだからこそ、陥ってしまう今までの考えは違っていたのか。そうフィノは感じ始めていた――。