英雄王の再来レガーシュ! 爽やか好青年すぎて敵対フラグ立ってる?!
「ヴォルフさんへの侮辱は見過ごせませんねえ。
それに、他人がアルネさんを馬鹿にしているのを見たら、
軽くイラッとしましたよ。
お気に入りの玩具を取られた気分です」
軽い口調で真っ赤な女が僕の前に歩み出てきた。
サラさんは相手パーティーの先頭にいる騎士と向かい合う。
サラさんは手ぶらだし騎士も剣に手をかけていないのに、ふたりの間には一触即発の空気が立ち込めているように見える。
僕はようやく理解できた。
先ほどサラさんが何かしらの攻撃をしかけて、騎士が剣で防いだのだ。
だが、状況を理解できた安堵などなく、寒気が込み上げてくる。
目の前にいる騎士は、僕が認識できないほどの速度で、サラさんの攻撃を防いだのだ。
「怪しい格好の女! 私に刃を向けるとは、どういうつもりか!」
呆然としていたマルコスが、ワンテンポ遅れて僕と同じ結論に達したらしい。
顔を赤くして怒鳴りちらすと、後ろに下がっていく。
「ヘラヘラ動く舌を止めようかと思ったのですが、失敗ですね。
甲冑で身を包んだ臆病者の騎士さんは、良い反応速度です。
褒めてあげます。頭なでなでしてあげましょうか?」
「口から針を飛ばしたのか。奇抜な格好らしい妙な技を使うな」
サラさんは騎士が攻撃してこないと踏んでいるのか、避ける自信があるのか、
ゆっくりと前に進み、平然と剣の間合いに踏み込んだ。
「あっはっはっ。お褒めに与り、光栄ですよ」
忍者と騎士の間で火花が散った。
比喩表現ではなく、サラさんが再び針で攻撃したのを、
騎士が顔を僅かに動かして冑の頬当てで防いだのだ。
「その攻撃は、喋りながらでも出来るのか。凄いな」
甲冑から覗く顔は二十台の半ばだった。
声音と同じく、敵意すらなく純粋に感心しているような表情をしている。
「生意気な女ですね。
レガーシュ、殺さない程度に痛めつけてやりなさい」
マルコスが口にした騎士の名前は、僕を驚愕させ、開いた口を塞がらなくするには十分だった。
「レ、レレ、レガーシュって、騎士団の一番隊隊長?!
竜殺雷槌のレガーシュ?!」
立てた功績は数知れず。
名実ともにガーランド王国最強の騎士!
騎士団を指揮すれば常勝なのは当たり前。
曰く、一刀両断したグリフォンが、己の死に気づかないまま空を飛び続けた。
曰く、敵国の精鋭騎士団を百人斬りした。
曰く、竜殺しの一撃は、余波で山岳に巨大なクレータを作り地形を変えた。
逸話は尽きない。
休暇中に立ち寄った寒村で、遭遇した盗賊団をたった一人で壊滅させたり、
地方貴族の圧政に苦しむ民衆を救ったりしているので、
市井は英雄王ガーランドの再来と呼んでいるほどだ。
ぶっちゃけ僕も、憧れていた時期がある。
ガーランド王国で育った男子なら、絶対、一度は憧れるはずだ……。
「ん? 有名人なんですか?」
「サラさん! 何で知らないんですか?!
間違いなく王国最強の超有名人ですよ!」
「私はスッパリ知りませんが、ちょうど良いですね。
さあ、アルネさん、剣を使う者同士、実力をガンガン見せてやりなさい!」
騎士の目前にいたサラさんが、するりと僕の後ろまで下がり、背中を押してきた。
「そうだ、行け、アルネ。
いずれ王女を助けて結婚して、王となる男の力をガンガン見せてやれ!
ピカピカ鎧など、お前の拳で打ち砕け!」
サラさんだけならともかく、ヴォルフさんにまで押されたら僕は抵抗できない。
「ちょっ、やめてっ! ふたりとも! レガーシュさんは生ける伝説ですよ!
僕が百人いても勝てませんよ?!」
僕は必死に踏ん張ったが、踵がずるずると地面をすべっていく。
「気乗りしないが、しょうがない。
少年、剣を抜け。稽古を付けてやろう。
冒険者に訓練を施せば、いずれ国の平和にも貢献するだろう」
泣きたい僕とは裏腹に、現代の英雄はしぶしぶとはいえ、やる気のようだ。
白銀の甲冑に映った僕の顔は、涙を浮かべてぐにゃんと歪んでいる。
ちょっと待って、何で僕が英雄と一対一で戦うことになってるの?
「少年、剣を抜け」
「え、いや、でも……」
逆らいがたい言葉の圧力。
僕は震えながら剣を抜いた。
切っ先が、目で見て分かるくらい震えている。
「安心しろ。剣は使わない。使うのは、この拳のみだ」
レガーシュが殴りかかってきたので、僕はあわてて剣で防いだ。
実力差を考えれば、わざと、剣が間に合う速度で打ち込んできたのだろう。
「ほう。よく、目を閉じずに止めたな。
度胸と反射神経は申し分ない。
騎士団の見習い小僧より、よほどマシだな。
では、次だ」
同じ軌道で、手甲が迫ってくる。
腕に力を込めたが、僕の構えていた剣は、上に大きくはじかれてしまう。
先ほどと同じ攻撃に見えたが、僕には見抜けない違いがあったようだ。
「よし。良いぞ。
よく剣を手放さなかった。手首は強いな」
僕は大工仕事の手伝いをしていたとき、主に丸太から建築材を切り出すための、鋸挽きをしていたのだ。
確かに手首や腕を引く力は強いかもしれない。
だが、目の前の騎士に通用するものではない。
「誰か代わってよッ!
サラさん、ヴォルフさん!」
僕の剣がレガーシュに当たるはずもないから、負傷させる心配もないので全力で振り下ろしてみた。
残念というか、やはりというか、体捌きだけであっさりとかわされてしまった。
「泣きそうな顔のくせして思い切りは良い!
度胸はあるようだな。
だが、君は身の軽さを武器にしたほうが良い。
力任せの攻撃よりも、手数で勝負するんだ」
「くそっ!」
言われたとおりにするのは癪だったが、
僕は軽戦士だし手数を増やしてレガーシュの隙を誘う。
「よし。そうだ。
筋は良いな。
私の視線から攻撃を予測しようとするのも、したたかだ。
だが、相手の目を見すぎだ。
達人は視線でフェイントを入れてくるし、
モンスターは予測不可能な攻撃をしてくるぞ!」
「うわっ」
足払いを喰らって、転倒してしまう。
追撃は無い。
レガーシュは僕が立ち上がるのを待っていた。
それからは、けっきょく、レガーシュにあしらわれるだけの展開が続いた。
僕は何度も空振りし、転ぶ。
剣の切っ先をかすらせることすら出来ない。
「よし。振りがコンパクトになってきた。
疲労が蓄積されて、身体から無駄な力が抜けてきた。
これが君のスタイルだ。今の感覚を忘れるな」
甲冑から時折覗くレガーシュの表情は活き活きとしている。
「レガーシュ、私は遊べとは言っていないぞ。さっさと終わらせろ」
「アルネよ、押されているではないか。良いところを見せろ!」
遠くでマルコスとヴォルフさんが喚いている。
「お互い、仲間には苦労させられるな。
まあ、短い時間だったが基本は教えたから良しとするか……。
すまんな。出来るだけ痛くないようにはする」
「え?!」
レガーシュが一歩近づいてきた、という認識を最後にして、僕の意識はあっさりと消え去った。
何をされたのかさえ、理解できなかった。