謎の冒険者登場! アルネ、ビビる!
僕達が街道を封鎖しているので、馬車は直前まで来て停止した。
華美な装飾を施してある二頭立ての大型タイプに乗るようなのは、どこかの貴族かもしれない。
御者にいる男が振り返り、幌の中に何かを伝えている。
(隣国と戦争の可能性があるから、馬は軍が接収しているのに。
馬車を使えるなんて、よほどの金持ちか……。
護衛に強力な魔術士がいるのも当然か)
馬車から四人組が降りてきた。
司祭服、甲冑、フード、裸。
「は、裸の女?!」
「なんだ、あのけしからん胸の大きさは。まるでスイカではないか!」
「まるで頭が三つ並んでいるみたいですよ。地獄の番犬ケルベロスですか!」
四人組の一人は、やたらと露出度の高い褐色の女エルフだった。
おそらく僕達三人は同じところへ視線を向けている。
たわわに実った果実が、細い身体には不自然なほどの迫力で暴れている。
ゆっくりと歩み寄ってくるのにも拘わらず、まるで独立して生きているかのように踊っている。
長い銀髪が胸の周りで羽衣のように風を抱いていた。
女エルフはほぼ全裸だ。
服を着ていないという意味では全裸なのかもしれない。
だが、きわどい部分は隠してある。
胸元と下半身には、細い輪が巻きつけてある。
「アクセサリーを装備しているだけだから、全裸……なのか?」
「むう。あんな破廉恥な格好をしていて、風邪をひかんのか? 触ってみたいな」
「あれだけ揺れていて先端突起が見えないなんて不自然ですよ。
まさかあのわっかは先端にガッチリ固定してあるんですか?
見て触って確認する必要がありそうですよ。
痴女ですよ痴女」
「はっ!
み、見てはいかん。アルネ、エッチなのは駄目だぞ!」
急に視界が真っ暗になってしまった。
顔を覆うごつい感触は間違いなくヴォルフさんの手だ。
「あなた方は、何の目的で街道を封鎖しているのですか。
モンスターから助けてあげたお礼なら、いりませんよ?」
目の前から男の声がした。四人組のうち、女エルフ以外の誰かだろう。
僕は目ごと口を覆われていて会話が出来ないので、ヴォルフさんの手を叩いた。
「女の方は見るなよ」
うなずくと、ようやく邪魔な手の平が退いた。
「何だ。野盗が襲ってきたのかと思いましたが、
アルネ・ラスゲスではありませんか。
文官登用は諦めて盗賊にでもなったのですか?」
「え?」
「我々の馬車が通れないので、道を譲ってくれませんかねえ」
「なっ、いったい何時の間に! 気づいたら目の前にいた!
サラさん、ヴォルフさん、気をつけて、こいつ只者じゃない!」
「私は普通に歩み寄っただけですが。
それと、大司祭に向かってこいつとは、随分とふざけた口を聞きますねえ。
アルネ君」
「え、あれ、マルコス大司祭?」
「なぜ今頃になって、先頭を歩いていた私に気づくのですか?
君はいったい何を凝視していたのですか」
「そうだぞアルネ、目の前にいる人に気付かないなんて、いったい何を見ていた!」
「も、もちろん、気付いていましたよ。
これは相手を挑発するための作戦です!」
「まったく。挑発ですか。
孤児院にはよくしてあげていたと思うんですがねえ」
「うぐ……」
僕が住んでいる孤児院は、慈善団体とルーリン教会が共同で運営している。
マルコスはルーリン教の大司祭なので、誕生祭や復活祭といった行事で僕と面識があるのだ。
親しい間柄ではないが、行事の手伝いをするための打ち合わせで何度か会話したこともある。
「どうも、お久しぶりです」
一応、面識がある相手なので頭を下げておいた。
どう見ても、何処にでもいそうな腹の出た中年なのだが、
マルコスは白魔術の達人で、僕が赤ん坊の頃にあったという大きな戦争で大活躍した有名人らしい。
何でも、数百人に同時に回復魔術をかけて、半不死身の軍団を作り上げたとか……。
僕は改めて、マルコスの背後を観察した。
女エルフの他には、甲冑の騎士と、フードの人物がいる。
いかにも魔術師らしい格好をしているので、フードの人物が先ほど魔術攻撃を仕掛けてきた者だろう。
「えっと、マルコス大司祭、いったい何の用でしょう」
「はあ、何を言っているんですか。アルネ君。
君達が道を塞いで邪魔しているのでしょう。
君の目的は何ですか」
「もちろん、魔王城に行って、魔王の復活を阻止することです。
それと王女の救出です」
「それが何故、我々の邪魔をするのですか。
同じ目的の我々を妨害するつもりですか?」
予期せぬ人物と出会ったしまったせいで、僕は気が削がれていた。
抗議しようと思っていたのだが、自分よりも目上だし知り合いだし、どうにも文句を言いにくい。
口ごもっていると、どちらか分からないが、背後から急かすように背中をつついてきた。
仕方なく、当初の予定どおりに危険行為への文句を言うことにした。
「あのですね。先程、ジャルヴェ・リングが僕たちの周囲に炸裂して」
「ああ。あなた方がモンスターに囲まれていて、手も足も出ないようでしたので、助けてあげたのですよ。
お礼は要りませんよ」
「はあ」
早く話を終わらせたいなあと思っていたら、背後のヴォルフさんがキレた。
「何が礼だ。無礼をはたらいたお前達が謝るべきだろう」
「何ですかお前は。見苦しい筋肉ダル――」
マルコスの言葉を遮り、何かが起きた。
閃光が走るのと同時に、マルコスの背後から銀線が走った。
甲冑の騎士が一瞬でマルコスを庇うように最前面に立ったかと思ったら、剣を鞘に収める動きをしている。
(今、何かしたのか? まさか、僕が切られた?)
痛みは無い。身体は触っても異常は無い。
何が起きたのか分からない。
騎士は最初からそうであったかのように静かに佇んでいるだけ。
なのに、周囲を支配しているかのような気がする。
一瞬でも目を逸らせば胴体を切られてしまうような怖れが込み上げてくる。
ただものでは無い……!