初勝利のご褒美?! 背中に柔らかい二つの弾力を押し当てられる
一瞬だけサラさんの下着姿を見てしまった。
慌てて横を向き、視線を逸らす。
まともに見たら絶対からかってくるに決まっている。
けど、文官になろうとして必死に勉強した僕の記憶力はばっちりだ。
僅か一瞬ではあったが、僕はサラさんの下着姿をしっかりと脳に記憶することが出来てしまった。
上下ともに黒だった。
一応、防具という扱いらしく、鎖を編んだものだった。
鎖帷子の下着バージョンだろう。
「おや、アルネさん。どうして目を逸らすんですか?
風が吹くたびにパンチラを期待していたエロ勇者のくせに、何をいまさら遠慮しているんですか?
パンツじゃないから、恥ずかしくないですよ?」
確かに、分類上は下着ではないのかもしれないが、
鎖の輪っかの隙間から肌色が透けていて、とてもエロい雰囲気を出していた。
じっくりと見ていたら、いけない部分まで見えるかもしれない。
「もしもーし、聞こえてますか。首の裏まで真っ赤ですよ?
鼻息がハアハアですよ?」
「サ、サラさん、どうして脱いだんでしょうか?」
「肌の露出が多い方が、呪術を使うときに大地の気をアッサリ集めやすいんですよ」
僕はとにかくサラさんを見ないように視線を逃がした。
すると地面に落ちている妖しいものを発見した。
赤い服を着た丸太が転がっている。
服には薄青色の羽根も生えている。
「……ねえ、あそこに落ちている丸太が着ているのって、
サラさんが着ていた服ですよね。
これ、変わり身の術ですよね。サラさん忍者でしょ!」
「確かに私が着ていた服のようですが、変わり身の術なんて知りませんよ。
私は呪術師ですから」
「もう、いい加減に忍者だって認め――」
エッチな気持ちでサラさんを見ようとしたわけではなく、本気でツッコミを入れようとして振り返ったのだ。
僕が見たのは、一角狼が背後からサラさんに飛びかかるところだった。
全部倒したと思って油断していた。
まだ、動けるやつがいたんだ!
「サラさんっ! 後ろ!」
僕はサラさんを庇うために飛びかかろうとするが、間に合わない。
鋭い角がサラさんの細い腰に突き刺さる。
一瞬の判断ミスが致命的な事態を招いた。
戦闘中なんだから、いくら肌色全開だったとはいえ、仲間から意識を逸らしてはいけなかったのだ。
最後の力を使い果たした復讐者は、被害者とともに崩れ落ちた。
僕は慌ててサラさんへ駆け寄り、剣で一角狼のツノを根元から切り落とす。
「すぐに薬草を使います。しっかりしてくださいサラさん!」
「はい! シッカリします!」
サラさんの傷口を調べようとしたら、背後からサラさんの声がした。
僕は混乱しかけたが、確かに倒れたサラさんに駆け寄ったら、背後からサラさんの声がしたのだ。
「……え?」
まさかと思って、ようやく気づいた。
丸太が落ちている。
僕がサラさんだと思っていたそれは、丸太だった。
どうやら変わり身の術を使ったらしい。
丸太は先ほどまでサラさんが着ていたのと同じ見た目のブラジャーとパンツを着けている。
「さて問題です」
むにゅんっ。
背中に何かとても柔らかい感触が二つ発生した。
例えるなら、暖かい肉まん。
なお、肉まんの中央にはグミが乗っている。
「さ、さささ、サラさん?」
さらに、ふうっと甘い息が僕の首筋を撫でてくる。
例えるなら、早朝の苺畑に吹く春の風。
心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしてきた。
どう考えても、僕の背中に当たっているのは、サラさんのおっぱ――。
「さあ、アルネさん、問題です。
あの丸太がブラとパンツをつけているということは、
今の私はどういうワクワクな格好なんでしょうか」
「は、はだ……か?」
「振り返っても良いんですよ」
まろんっとした感触が背中から離れていく。
僕が本当に振り返ってもいいのか葛藤していると、サラさんが正面にやってきた。
両手には二匹のスライムがいた。
おっぱいみたいな弾力で有名な、わりと何処にでも生息しているモンスターだ。
先ほどまで僕の背中に押しつけていたらしく、少し形が崩れている。
スライムの特徴ともいえる、滴形の先端突起であるツノは曲がっていた。
「アルネさん。何か期待していました?」
「べ、別に……」
サラさんはいつの間にか元通りの赤い服に身を包んでいた。
変わり身の術で目にも止まらぬ速さで脱げるなら、僕をからかう時間で服くらい着られるのだろう。
「て、敵はどうやら一掃したみたいですね」
「そのようですね」
サラさんは満面の笑顔だ。
何も知らずに街角で出会っていたら、僕はこの自称美少女に一目惚れしていたに違いない。
奇抜な服装と嫌らしい性格とは裏腹に、確かに、サラさんは美少女なのだ。
僕がエッチな妄想していたことに気付いているくせして、サラさんは笑顔。
ぶっちゃけ、怖い。
(そうだ。ヴォルフさんに助けてもらおう。
ヴォルフさんだって、サラさんの裸を見ようとしたはず……!)
背後にいるヴォルフさんの様子を窺うと「アルネよそんなに強く抱きしめないでくれ。むふふ……」と、なぜかクネクネしていた。
変な妄想に浸っているようだ。
初戦闘の恐怖による混乱状態だろうか。
何とかして話を逸らそう。
「初戦闘で初勝利。良い感じの出だしですね」
「うふふ。勇者アルネさまあん。実は私、着たのは服だけなんですぅ。
そこの丸太がつけている下着を取ってくれませんか」
「手強いモンスターでしたね。
一角狼のツノは武器であると同時に、最大の弱点でもあるんですよ」
「女の子の下着も、武器であると同時に最大の弱点なんだよ。えへっ。
着けてないと恥ずかしくて、変な気分になっちゃうもん」
サラさんは、ただでさえ短いスカートの裾を掴み、するすると上げていく。
臆病な女の子がモジモジと服を弄っているような可愛い動きだ。
うっかり視線が下がってしまった僕は、慌てて視線をサラさんの顔に戻す。
サラさんの口は完全ににたりと緩んでいて、黒い悪意が漏れている。
「倒した一角狼がいつ立ち上がるか分かりません。早く出発しましょう」
見破られているとはいえ、僕に残った活路は話を逸らすことのみ。
僕の武器はきっと、困難な状況にも屈しない勇気と、冷静な判断力。
「くちゅんっ、私の体温がほんのりと残っている黒い下着を取ってほしいなぁ。
朝からずっと私のみずみずしい肉体を包み込んでいた、
フリフリの可愛い下着を取ってほしいなぁ。
ノーブラでノーパンなんて、寒くて風邪ひいちゃうよ」
「負傷者はいないし、初戦闘は大成功ですね。
サラさんの呪術のおかげです。
近年は黒魔術や白魔術ばかり脚光を浴びているけど、
やはり呪術は防御が困難という特性上、強敵との戦いでは有効ですね!」
「おや? 人のことをさんざん忍者だと疑っておきながら、
ついに私を呪術師だと信じてくれたのですか」
「そうですよ。一瞬で一角狼を倒せるほどの呪術を使えるなんて、
サラさんは一流の呪術師ですよ」
やった、話題がそれた、僕は内心で勝利のポーズ。
忍者疑惑をかけておいたのが功を奏したようだ。
「私が呪術師だって信じてくれて嬉しいです!」
「はい。これからもお願いします! サラさんの呪術を頼りにしています!」
「はい、こちらこそ! アルネさんの豊富な知識が頼りです!」
がっちり友情の握手だ。
「では、温もりたっぷりの下着を拾ってくれませんか。
私の肌を包んでいた暖かさと、甘い匂いが残っている下着を」
僕は逃げ出した。
しかしまわりこまれてしまった。
「知らなかったのか? 魔王からは逃げられない」
「いやあ、さすが忍者は陰湿だ。汚い。忍者、汚い」
「呪術師だって言ってんでしょ。このビビリ勇者がッ!」
「僕だって勇者じゃなくて元文官志望の軽戦士ですよ!」
僕は再び逃げ出した。しかし逃げられない。
「ノーパンで走り回って良いんですか! 見えちゃいますよ!」
「見たいくせして、なに言ってんですか!」
サラさんの笑顔はとっくに、サドッ気たっぷりとしか言いようのない黒さで溢れかえっている。
闇のように裂けた口から、悪魔の手が伸びているかのようだ。
倒れた一角狼と丸太を中心にして、ぐるぐると追いかけっこが始まる。
ことごとくサラさんが僕を先回りして、下着の丸太から離れられないように仕向けているのだ。
「ご、ごめんなさい。サラさん、ごめんなさい。
僕はエロ勇者です。許してください。謝ってるんだから、許してくださいよ!」
僕は終わりのない鬼ごっこに泣きそうになってきた。
僕の倍速くらいで動き回っているサラさんは、どう考えても忍者だった。
速すぎて残像が見えているから、なんか四人くらいいる。
というか、分身の術でも使っているのだろうか。
でも「忍者だろ」とツッコミを入れたら、ますます虐められてしまう。
疲労と恐怖で膝が震えてきた頃に、ようやくヴォルフさんが間に入ってくれた。
「ふたりだけで鬼ごっこか! 随分と楽しそうだな。私も混ぜろ!」
巨漢が飛び掛かってきた。
驚いた瞬間に僕の疲労が限界を超えて、足から力が抜けてしまう。
尻餅をつき、まぐれでヴォルフさんの突進を避けられた。
頭上を、豪腕が通り過ぎていく。
「あぶなっ!」
当たってたら背骨が折れて死んでいたかもしれない。
「避けなくても良いではないか。
ワンワンは私が抱きつくと何故か動かなくなってしまったのだ。
アルネよ、代わりに抱かせろ!」
「抱かれたら死にますって!
なにその剛腕。ヤバイよそれ! ひいっ!」
振り返ったヴォルフさんの腕がかすっただけなのに、
僕はまさに丸太でぶん殴られたかのように勢いよく吹っ飛んだ。
「あ、すまん」
「うわあああああああああああああっ!」
馬車との衝突事故みたいに地面を転がりながら、僕は泣けてきた。
多分、モンスターよりも先に味方を何とかしないと冒険の途中で挫けてしまう……。
けど、肩の荷が下りたような、すがすがしい気分だった。
ふたりが気を紛らわしてくれるから、シェリーを助けなければならないという思いで、盲目に陥ることはなさそうだ。
焦りは禁物だ。
旅はまだ始まったばかり。
過酷な旅になるかもしれないが、このふたりとならきっと乗り切れる。
転がる勢いが無くなって止まった僕は仰向けに倒れ、上空に浮かぶ火の輪を見た。
「何だ、あれ……?」
ここで第一章が終了です。
第二章では少しシリアス要素が出つつも、同じノリで行きます!