女忍者はお色気担当? サラさん、脱ぐ
「ヴォルフさん、どういうパワーなんですか。
というかよく一角狼を捕まえれましたね。そのまま、離さないでください」
敵はヴォルフさんの怪力を警戒しているようだから、倒すのは無理でも追い払うくらいは出来るかもしれない。
「サラさん、呪いの言葉は効果抜群だから、敵に使ってください!」
「呪いの言葉なんて無意味ですよ。
一角狼のような知能の低いモンスターに、言葉が通じるはずないでしょう。
ほら、アババって垂れた舌や涎がいかにも頭悪そうですよね」
「じゃあ他の技を使ってください。
呪術が使えるなら、ゾンビや木人を召喚するとか!」
モンスターたちが半円に包囲網を広げ、牙をむき出しにして唸った。
けど、僕は恐怖が一周して、既に平気になっている。
いつの間にか足の震えも治まっている。
「グルルじゃねえよ。
だいたいお前ら、ネコ科でもないのに、待ち伏せすんなよ、ばーか!
犬科だったら、追い掛け回して獲物が疲れたところを襲えよ!」
「うわあ。モンスターに八つ当たりする勇者って、どうかと思いますよ?
しかもうんちくがデロデロと鼻につきますよ?」
「べ、別に良いじゃん! 知識が僕の武器だもん!」
「アルネさんは学生時代のあだ名がガリ勉で、女子と会話したことなさそうですね!」
「そ、そんなことないよ! 女子にモテモテだったよ!」
「うっそだーっ! 孤児院にいた年下の女子はノーカウントですよー?」
「グルオウッ!」
ツノのある一際大きな一角狼が、短く雄叫びをあげた。
ボスの攻撃合図だ。
背後の低い位置から、複数の地を蹴る音がする。
僕はサラさんに意識を向けていたので、反応が遅れてしまった。
いや、僕が遅かったのではない。
獣の瞬発力が予想を上回ったのだ。
だが、戦いの場には、さらに素早く反応した者がいる。
ヴォルフさんだ。
僕は振り返りながら、一角狼の突進よりも速い巨体を見た。
「ふたりとも下がれ。私の必殺パンチを見せてやる!」
ヴォルフさんがモンスターの前に、果敢にも素手で割り込んだ。
大地に亀裂を走らす暴力的な踏み込み!
空気を押しつぶさんと隆起する大胸筋!
荒ぶる闘神を思わせる上腕二頭筋!
相対する者を爆破するかのような迫力だ。
だが、ヴォルフさんはモンスターと接触する寸前で顔をほわっと緩めて、気迫を霧散させた。
「む、わんわん可愛――へぶろっ」
ゴシャアアーンッ!
生き物同士の衝突とは思えない、まるで崩落事故のような轟音が響いた。
「うわあっ、ヴォルフさーーん!!」
ヴォルフさんはグルングルンと数メールトくらい転がって、尻を突き上げた間抜けな姿勢で止まった。
ヴォルフさんと激突した一角狼は口から泡を吹いて痙攣している。
「あっはっはっ。ヴォルフさんってば、戦闘なんてしたことないのに、
持ち前の運動能力だけで、敵をメッサリと薙ぎ倒しましたよ!」
サラさんが右手でヴォルフさんの尻を指さし、左手で腹を抱えて、爆笑している。
「笑い事じゃねえよ! 大丈夫ですか、ヴォルフさん!」
「むろん大丈夫だ。傷一つ付いておらぬ」
戦士の眉根に力が入ると、精悍な顔立ちが際だった。
実戦経験がないはずなのに、どう見ても歴戦をくぐり抜けてきた戦士の顔立ちだ。
もっとも、尻を突き出して倒れたままの姿勢だから、迫力があるのは土に汚れた顔だけだ。
「あっさり吹っ飛んでおきながら、余裕たっぷりですね!
ほら、立ってください!」
「大丈夫だ。
もう子供ではないのだから、立ち上がるだけで他人の手など借りぬ!」
「すみません。余計なお世話でし――」
ヴォルフさんの余裕を見て、僕は差し伸べかけていた手を引き戻す。
だが、戻りきる前に剛腕がむんずと二の腕を掴んできた。
ヴォルフさんは上半身を起こすと、倒れるようにして僕の胸に身を預けてくる。
「大丈夫ですか? 何処か怪我をしたんですか!」
負傷は見あたらないのに、風邪を病んだかのように呼吸は荒く、頬は赤く染まっていた。
「足がすべった」
「なんで抱きついてくるんですか!」
「全身が滑ったことにしてくれ。
む、アルネよ、細いわりにけっこう鍛えているな」
「え、いや、そりゃ文官志望だったけど、孤児院では僕が一番年上の男だったし、
いつか体力が必要になるときもあるかもしれないから鍛えていたので」
「偉いなあ、アルネ。偉い」
うっとりした口調でヴォルフさんが僕の胸に頬ずりをしてきた。
勇ましい猛者がいつのまにか、貴族の娘みたいに、なよっとしている。
「ちょっと、ヴォルフさんどうしたんですか。
なんで混乱状態なんですか?!
一角狼に状態異常を引き起こす特殊能力はないはずですよ?!」
筋肉たっぷりに相応しい高い体温が僕の細い身体へじんわりと伝わってくる。
ヴォルフさんの吐息がふたりの身体の間でじっとりとした熱に変わっていく。
「すまん。もう少しだけ、このままでいさせてくれ。
私に、勇気をくれ」
(そうか……。ヴォルフさんだって初めての冒険で初めての実戦……。
いくら体格が良くても、怯えてしまうのは当然だ)
「あっはっはっ。ふたりとも戦闘中にイチャイチャしすぎです。
まあ、モンスターは私の呪術できっちりと仕留めておいたので、問題ないんですけどねえ」
「えっ?」
僕はヴォルフさんを抱きしめたまま顔を起こし、周囲を確認した。
確かに、九頭もいたモンスターは全て倒れている。
ぴくぴくと痙攣しているので、殺してはいないようだ。
「嘘でしょ……。いったい、どうやったんですか?
一角狼って脅威ランクEだけど、群だとランクDですよ。
訓練を積んだ騎士でも負けるくらい強いんですよ。
もしかして、サラさんって、とんでもなく強いんですか?」
「さあ。少なくとも今、中央平原にいる生物なら、どれもこれも瞬殺できるくらいには最強ですよ。えへん!」
「まじ、ですか……」
「マジですよ」
「モンスターの胴体に刺さっているのって手裏剣ですよね。
痺れ薬でも塗ったんですか?
やたらと動きが早いから、サラさんって上級クラスの忍者ですよね」
「私が忍者ですか?
えっと、アルネさんが勇者で、ヴォルフさんが重戦士なので、前衛ばかりですよ?
バランスよく、私は呪術師ってことにしてくれて良いですよ?」
「こっちで倒れているやつの足に巻いてあるのって、鎖分銅ですよね。
サラさん忍者でしょ?」
「いいえ呪術師です」
「だから、忍者で―」
震えていたヴォルフさんが落ちついてきたので、僕はサラさんの方に振り向き、ようやくサラさんの格好に気づいた。
「なんで下着なんですか!」
サラさんは下着姿だった。
はっきり見た。
黒だった。