空舞うドラゴン! 決戦の地へ!
数年前、世界最高と名高い召喚魔術師が二十メールト級ドラゴンの召喚に成功した。
前例の無い快挙は、王国全土に賞賛の嵐を巻き起こした。
だが、僕の目の前にいるドラゴンは塔に立った状態で百メールトを越えている。
頭から尻尾の先や広げた羽は二百メールトに達しているかもしれない。
いつか読んだ本に「英雄譚に登場する二百メールト級ドラゴンは、二十メールト級の誤植だ」と書いてあったのを思い出した。
生物学者や魔術学者は、百メールトを超える生物は地上に存在できないと結論付けている。
だが、英雄譚の真相を知っていそうな女が目の前にいる。
僕はドラゴンを召喚可能な魔力を秘めている存在に心当たりがある。
けど、本人の口から正解を聞くまで、絶対に認めるわけにはいかない。
いや、そりゃ、確かに、サラさんは何度か、英雄王を実際に見たことがあるかのようなことを口にしていたし、今いるサンドワームの塔内をまるで来たことがあるかのように道を知っていたし。
「あの、サラさん、いったい、なんなの?」
「おやおや、英雄譚が大好きなうんち勇者のくせして、知らないんですか。
おっくれてるう!
大地のサンドワーム!
蒼空のバハムート!
大海のレヴィアタン!
陸空海の三界を支配した存在なんて、歴史上にただ一人ですよ?
それとも、私が知らないだけで、私以外に世界を征服した者が居るんですかねえ」
見慣れている、いつもどおりの不敵な笑みなのに、背後に巨大なドラゴンがいるせいで、おしっこちびりそうなくらい怖い。
僕の震えを見て、ますます邪悪な笑みに変わっていく顔を綺麗だと思い、見とれてしまう時点で、僕はエロ勇者でアホ勇者に違いなかった。
サラさんが差し伸べてくれたので、手を取り立ち上がる。
正面の近い距離からサラさんが見つめてくる。
「煉獄の火刑台、炎雪のアリシア、灼熱の魔女、
どれでも好きなようにお呼びください。
ああ、もちろん、シンプルに魔王でも良いですよ?」
驚きすぎたせいで、もう喜んで良いのか悲しめばいいのか分からない。
ただ、真っ赤な唇から、次にどんな言葉が出てくるのか目を離せない。
「アルネさんの唇に残った王族の血は、とても美味しかったですよ?」
サラさんは見せつけるようにして、自分の唇をペロリと舐めた。
サラさんの言うとおり、僕の唇には、シェリーと触れあったときに血が付着していたのだろう。
「光の神ルーリンの神託も大したものですね。
予言が的中しちゃってますよ。
私にはそのつもりは無かったのに、
王族の血を捧げられて、復活しちゃいました」
「いや、な、なんで魔王がシェリーと一緒に、王宮にいたの?」
「別に不思議は無いでしょ。
惚れた男に人類を滅ぼすのをやめろと言われた女が、
女々しく生き続けてきただけのことですよ。
酷い男ですよ。惚れた女の弱みに付け込んで、
王家をずっと護れなんて言うんだから」
炎が一瞬だけ揺らめいて、小さなおへそが見えたの視線を逸らして上に移動すると、こんどは殆ど丸見えになっている胸が見えてしまった。
「九十五センチって絶対に嘘で――痛いっ、つぶれ、熱っ、サラさん手、熱ッ」
「あっはっはっ。ちぎりますよ?」
「くっ、はっ、あはははっ!」
「む。何が可笑しいのですか」
「良かった。
やっぱサラさんはそうやって人を小ばかにして笑っている方が可愛いですよ。
さっき、少しだけ怖かったし」
「百年以上も生きた魔王に可愛いなんて、よく言えますね……」
照れた様子は無いが、サラさんは視線を逸らし、手を離してくれた。
「そうやって少しすねた感じで顔を赤くしているくらいが良いんですよ。
ぶち切れモードを見せたらシェリーが泣きますよ」
「そうですね。私が泣かすのはアルネさんだけにしておきますよ。
さあ行きましょうか」
「あ、待ってください。少しだけ時間をくれませんか?」
サラさんが「ん?」と、聞く姿勢をとってくれたので、続ける。
「時間が無いのは分かってるけど、
マルコス大司祭のお墓を作らせてくれませんか?
エルフや黒魔術師はお墓を作らないのが常ですけど、
せめてマルコス大司祭だけでも」
「まあ、シェリーを助けてくれようとしてましたしねえ。しょうがありません」
サラさんが何か指示を出したのか、ドラゴンが羽を畳んだ。
空を覆っていた巨大な羽が無くなったので、周囲が明るくなった。
「うん。ありがとう。ちょっと待ってて。杖の欠片でも探して墓標にするから」
「その必要はありませんよ」
サラさんが手を上げると正面が湖面のように揺らめき、そのまま肘から先を沈めた。
サラさんは池に落とした何かを探すようにして、もそもそと動いている。
肘から先が無いので、少しだけ見た目が不気味だ。
「こんなサービス、めったにしないんですからね!」
アイドル歌手のように微笑み、サラさんは空中の湖面から何かを引きずり始めた。
しかし、すぐにうんざりした表情で、作業を中断してしまう。
「……あーっ、もう、重いですね。アルネさん、代わってください」
「え、うん」
魔王として覚醒しても、見た目どおり十代半ばの少女くらいの腕力らしい。
僕はサラさんが何をしているのか検討も付かなかったが、とりあえず作業を代わることにした。
空中に浮いた湖に手を入れると、サラさんが引っ張っていたらしきものは、すぐ見つかった。
太い大根のようなものだが、未だ先があるらしく、重い。
「えっと、サラさん。思いっきり引っ張れば良いんですか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃ、行きます。いっせーの、ひいっ!」
勢いをつけて引いて、出てきたものに驚いて手を離してしまった。
それは、ゴトンと地面に落ちる。
僕は、尻餅をついたまま、引っ張り出したものから離れる。
「一応は、私を倒そうとしたほどの魔術師ですからねえ。
身体は消滅したのに、魂だか思念体だかは、このあたりを漂っています」
僕の前には、マルコス大司祭の身体が落ちている。
レガーシュとの戦闘で半身を失う前の状態だ。
「過去から肉体を複製して拝借してきましたよ。
しばらく放っておけば、そこらに浮いている魂が勝手に定着するでしょう」
「えっ、なに、これ。死者蘇生?
魔王って、こんなに無茶苦茶なの?」
「んー。こいつが人間にして優れた魔術師だから、たまたま可能なだけですよ。
アルネさんみたいな貧弱な魔力を過去から探すのは難しいので、
死んでも大丈夫なんて思わないでくださいよ?」
「も、もちろんです」
「じゃ、残りふたりもやっちゃいますか」
サラさんはあっさりと言ってのけ、少し離れた位置に再び、水面のような歪みを作り出す。
僕はサラさんに従って、フードの魔術を引きずり出した。
ただ、最後に僕達ふたりは仲間割れをしてしまった。
水面を前にして、肩で互いを押し合う。
「サラさん、力仕事は僕に任せてくださいよ!」
「いえいえ、もうふたりも助けたではありませんか。
最後の一人は私がやりますよ!」
おっぱいぷるんぷるんのナディールをどちらが救い出すかで揉めてしまったのだ。
偶然、手が触れてしまってもしょうがないだろう、という僕の下心は、サラさんがあっさりと見抜いている。
「僕に任せて……!
ナディールさんは僕が過去から引っ張ってくるので!」
「止めなさい! このっ! 下心丸見えなんですよ!」
体力で上回る僕が肘うちに耐え切り敢闘するが、股間キックを放ったサラさんの勝利だった。
僕は股間を押さえて地面を転がる。
空中に手を突っ込んだサラさんが震える。
「なんと生意気なさわり心地。て、手に収まらない!」
三人の肉体に魂が定着するかどうかは、魔術師達の魔力次第らしい。
「まあ、魂が漂っている辺りに肉体を放置しておいたので、
他の亡者たちに先を越されない限り、生き返るでしょう」
結果が気にはなるが、僕は魔術師達のことを頭から追い出し、シェリーの救出に専念することにした。
サラさんに視線を向ければ、心得ているとばかりに、うなずき返してきた。
「では、出発です」
サラさんの言葉と同時に、ドラゴンが狭い屋上で窮屈そうに巨大な首を下げた。
サラさんに最大限の敬意を払っているようにも、自らの頭部を玉座として差し出したようにも見える。
ドラゴンの鼻先を階段にして悠然と眉間へと登っていくサラさんの姿は、魔王に相応しい威厳に溢れている。
僕は、サラさんがドラゴンの額に達するまで、目を離せなかった。
「何してるんですか。早く乗ってください。
まさかスカートの中を覗こうとしているんじゃないでしょうね」
「ち、違いますよ」
せかされるまま、僕はおっかなびっくりとドラゴンの頭によじ登った。
初めて触ったドラゴンの鼻は岩風呂のように硬くて熱かった。
「ビビリすぎです。へっぴり腰で泣きそうなメソメソ顔をしていますよ」
「しょ、しょうがないじゃないですか。初めてなんだから」
僕はサラさんの傍らにそそくさと移動すると、ドラゴンを刺激しないようにじっとした。
「さ、出発です」
サラさんの掛け声でドラゴンが羽ばたき、大魔術の炸裂にも匹敵する爆発を巻き起こして、空に飛び立った。
「うわあっ!」
揺れに耐え切れず尻餅をつき、転げ落ちそうになってしまった。
僕はドラゴンから振り落とされないように、必死に首に抱きつく。
うろこの隙間に指を差し込めたので、なんとか落ちずに助かった。
景色を切り落とす勢いでドラゴンが加速し、空の高くへ一瞬で舞い上がる。




