モンスターと遭遇? って遠ッ!
(モンスターは何処だ……?)
周囲は平原が何処までも続くだけで、モンスターを発見できない。
僕は緊張感を殺さないように小さく深呼吸をし、改めて周囲を窺う。
(パッと見、何処にもいない。妖しいのは少し離れた茂みだ。
奥が窪みになっていて、モンスターが潜んでいるかもしれない)
狩りによって獲物を得るタイプの獣モンスターならば、身を伏せて気配を消している可能性がある。
僕は文官を目指していっぱい勉強したんだ。
戦闘力では貢献できなくても、知識で仲間を助けるんだ。
(待ち伏せなら水場のような、獲物が集まる場所を選ぶはず。
こんな街道の近くで……。
いや、街道の近くだから人間という獲物を襲うには最適なのか?)
気配察知のスキルすらない僕には、茂みの中に敵がいるかどうかすら分からない。
「ヴォルフさん、あそこの茂みに敵はいますか?」
妖しい箇所を指し示すと、ヴォルフさんは首を振る。
「むう。見えない」
「サラさん、敵は何処ですか。僕もヴォルフさんも敵が見えません」
「おやおや。
敵の気配がサッパリ分からないようでは、この先が思いやられますねえ」
サラさんは服屋の店員のようなスルっとした動きで僕の横にやってきて、右前方を指さす。
マニキュアも真っ赤だった。
指先の方向に視線を合わせてみても、平原が何処までも続き、地平線が広がっているだけだ。
「ほらほら、あっちです。グリグリよく見てください」
「ちょっと、近――うっ」
「どうしました?」
「いえ、何でもありません」
真横に立ったサラさんの二の腕が、僕の腕に当たっている。
マシュマロみたいな柔らかさと体温が伝わってくる。
髪飾りのバラの匂いと一緒に、肌の瑞々しい匂いまで漂ってくる。
「や、やっぱりモンスターなんて何処にもいませんよ」
「そっちじゃありませんよ、こっちです。
ほら、女性の着替えを覗くときのように目を細めて、ビッシリよく見てくださいよ」
サラさんの腕が、僕の後ろから回り込んできて頬を挟む。
ゆっくりと僕の顔の向きを変える。
一連の動作で、とても柔らかいものが背中に触れた。
多分、僕の背後でサラさんが背伸びして、多分、多分……胸が当たってる。
「うわっ、柔らか……」
「ん、どうしたんですか?」
ハチミツのようにとろりとした声が、耳をはむはむするような近くから聞こえる。
「あ、あの、サ、サラさん。あ、当たっていますよ」
「どうしたのですかアルネさん。
あっちですよ、あっち、北北東です。
チャッカリ見てください」
むにゅんっ、ふわっ。
「うっ、うん」
意識を背中から逸らさなければ、どうにかなってしまいそうだった。
「むう。何処だ。私にも見えんぞ。本当にモンスターはいるのか?
サラはすぐ嘘をつくからなあ」
一瞬視界が暗くなったと思ったら、頭上からヴォルフさんの声がした。
背後からサラさんが退いて、代わりにヴォルフさんが僕にのしかかってきたようだ。
「んふふー。やはりアルネは小さくて可愛いなあ。
しかも柔らかい。抱き枕にしたら寝心地が良さそうだなあ。
むふふ。今夜が楽しみだ」
ヴォルフさんは何故か鼻息が荒く、顎で僕の頭をグリグリしてくる。
サラさんの胸から解放されたので、ようやく僕は集中して遠くを見ることが出来た。
数百メールト先で豆粒サイズの何かが動いている。
「遠ッ!!」
「むう、アレか」
数百メールト先で、黒い点が二、三個、身じろいでいる。
あまりにも小さく見えるので、無害な草食動物なのか人を襲うモンスターなのか区別はつかない。
「サラはよくあんなのに気付いたなあ。それにしても、遠い」
「おふたりの手を煩わせるまでもないザコですね。
私がサックリ仕留めましょう」
サラさんが胸元に手を突っ込み、細長い筒を取り出した。
「テロリロンッ! とある魔術の超電磁吹き矢~っ!」
「語呂わるッ! いったい何処から出しているんですか!」
叫んだ僕の顔はきっと真っ赤だっただろう。
だって、サラさんが筒を取り出すとき胸がかなり際どいところまで見えてしまったのだ。
「何処からって、もちろん、タプタプおっぱいの谷間からですよ。
もう、女性におっぱいと言わせるなんて、アルネさんはエロエロですね」
「えっ。谷間っていうほど――痛っ、痛いっ」
正面にいたサラさんが消え、真横からひじうちが連続してわき腹に突き刺さってきた。
加減してくれているようだが地味に痛い。
離れようとしても、サラさんはぴったりと横にくっついたままひじうちをしてくる。
「ごめんなさい! 失礼なことを言いました!
サラさんの胸はとても豊満で――痛いッ、さっきよりも痛いッ!
どう言えば良いんだよ、ちくしょうッ!」
「ぷっ……」
サラさんは頬を膨らませて顔を丸くし、ニヤニヤと目を細めている。
普通にしていれば可愛いのにッ……!
「サラ、アルネを苛めてはいかん。アルネは我々のリーダーなのだぞ」
「はい。もちろんです! 仲良くキャッキャッと遊んでいただけですよ!」
ヴォルフさんが仲裁するとサラさんは即座に離れてくれた。
「まあ、ギョロギョロ見ていてくださいよ」
サラさんは吹き矢を構え、息を吹き込む穴に口を当てる。
「そのブサイクな顔をフッ飛ばしてやる!」
サラさんが吹き矢を吹くと、ほぼ同時に遠くでモンスターらしきものがこてんと倒れた。
直前の物騒な発言とは裏腹に、麻痺か睡眠で倒したようだ。
「なんで、あんな遠くまで届くの!
けっこう風があるのに何で命中するの?
というか、どういう速さで針が飛んだら吹いたと同時に敵が倒れるの?!」
「もうっ、質問が多いですよ! プンプン!
アルネさんが一番気になっている質問にだけ答えます。
えっとですね、サイズは上から順に九十五、四十六……
って何を言わせるんですか、このエロ勇者がッ!」
「ノリツッコミなのに、見栄を張りすぎていてボケになってますよ!
どう見ても胸は七十前半でしょ!」
「む。サラ、アルネ。背後からモンスターの群れ」
「分かりまし――」
ヴォルフさんからの警告に緊張感がなかったから、僕はゆっくりと振り返った。
すると、涎がかかりそうな位置に大きく口を開いた獣がいた。
牙と舌と喉が僕の視界を埋め尽くしている。
「おわあっ」
僕は仰け反り、紙一重で襲撃者の牙を避けた。
すれ違いざまに剣を鞘ごと襲撃者に叩きつける。
「目の前かよ!」
四足獣の襲撃者は空中で体勢を立て直すと、着地と同時に剣の届かない位置まで離れていった。
狼に似た一角狼と呼ばれるモンスターだ。
僕が体勢を崩したまま放った攻撃は、大したダメージを与えていないのだろう。
獣臭が届き、眼球の色を判別できる間合い。
今度こそ、僕の初戦闘が始まる。