恐怖! マゾアヌ河の大蛇! 出ちゃう! アルネの内臓でちゃう!
三日月乾燥地帯にはあまり雨が降らないため、育つ植物は限られている。
木々は、水を効率よく吸い上げるために背を低くしつつ、乾燥した地表から遠ざかるために葉を高い位置に付けているようだ。
「動物が死ぬと背骨が乾燥していって、こう、仰け反っていくんですよ。
その様子が三日月みたいだったから、この辺りを三日月乾燥地帯って言うんですよ」
僕がお得意の雑学を披露していると、珍しい生き物に遭遇した。
「おや。前方に、何でしょうかね、あれは。
何かモソモソしてますよ。
気配が人間っぽかったので、同業者かと思ってガン無視してましたが、
どうやら違うようです」
「む。本当だ。
アルネ、アルネ。なんだアレは。人間なのか?
下半身が馬だぞ?」
「あれは、アレですよ、アレ。
ほら、アレ。ここまで出かかっているのに!」
知っているのに、数十メールト先にいる幻獣の名前が出てこない。
「どうしましょうねえ。知能がありそうですけど、パクッと仕留めます?」
サラさんが吹き矢を取り出し、判断を仰いでくる。
「止めておきましょう。
ほら、弓矢を背負ってるけど、こちらを見ているだけです。
きっと手を出さなければ、何もしてこないですよ」
けっきょくケンタウロスという名前を思い出せないままだったが、僕達は問題なく、幻獣をやりすごせた。
ただ、ケンタウロスが見えなくなった頃に、ヴォルフさんが何かを閃いたらしい。
「アルネ! 半馬人ごっこをするぞ! 馬になれ、アルネ!」
ヴォルフさんが身を低くして迫ったとき、ついに、起こったのだ。
初日の偶然を除けば、初めて僕が自らの意志で、それをなしえた。
僕は巨体が残り七歩と半歩分の位置にいることが分かった。
何度も繰り返してきた光景なので、いつの間にか見ただけで瞬時に間合いが分かるようになっていた。
そして、ヴォルフさんが僕の約半歩分手前で減速することも予想できた。
減速とはいえ、歩幅の調整で生まれる、一瞬にも満たない時間だ。
だが、僕はその刹那を見切り、膝から力を抜き、腰を落とし、逆らわずにヴォルフさんの力を受け流した。
結果、僕は初めてヴォルフさんの突進を避けることに成功したのだ。
「うおおおおっ! おおっ! おおっ! っしゃああっ!」
「おお。おおー」
サラさんが目を丸くして、気の抜けたような拍手を送ってくれた。
「アルネェ……」
ヴォルフさんは抱き突きを空振りした中腰の姿勢のまま振り返り、恨みがましく睨んできた。
「睨んでも駄目ですよ。もう見切ったから、そう簡単には――げほおっ!」
「避けるなんて酷いではないか! 酷いではないか!」
「ぐ、ぐるじ……」
調子に乗った直後にあっさりと捕まってしまった。
避け損ねて吹っ飛ばされるのではなく、完全に両腕につかまれ抱擁状態だ。
何という怪力だ。背骨がバキバキいっている。
僕はぼんやりと、半馬人ごっこって、どっちが下なんだろうと考えながら意識を失っていった。
目がさめた後、サラさんからレガーシュ一行を前方に目撃したという悪いニュースが舞い込んだ。
別ルートから追い越されたらしい。
* * * * *
「先ほど、例の馬車が北に向かっていきましたよ」
「そうですか……。
でも、北上し続ければ次第に馬車の旅は困難になっていくはずなので、追いつけるはずです」
僕達の目の前には、大陸一の水量を誇るマゾアヌ河が流れていた。
ガーランド王国と山の国ミッショルネを隔てる国境でもある。
僕達の周辺は膝丈の草原になっているが、東の上流に向かうにつれ木々が増えていき、途中から密林になっている。
二ヶ月で全行程の三分の一を終えたことになる。
マゾアヌ河さえ越えれば、一気に距離を稼げるから、実際には旅は終盤と言える。
百年前に英雄王が転移装置の封印を解除していたり、迷宮の扉を開放していたり、古代遺跡の封印を解いていたりするため、残り三分の二は、四十日もあれば十分だろう。
河を目前にして、歩いているだけでも汗が溢れる気温のせいで僕はだれ気味だったが、ヴォルフさんは突然、元気よく走りだす。
「これが海か! やけに濁っているが、嵐でもあったのか?」
「海じゃなくて河ですよ。
水が濁っているのはですね、上流の方を見てください。
ずっと遠くに密林が見えますよね。そこの樹液が溶け出しているからです。
僕たちは上流に行くので、どんどん河の水は濁っていきますよ」
「まーた、そうやってアルネさんは、すぐにうんちくするんだからー」
「元、文官志望ですから」
「うおっ、ぺちゃんこなドラゴンが泳いでおるぞ。
待て、逃げるな!」
「ぺちゃんこなドラゴン?」
聞き間違いだろうか。
ドラゴンは希少種だから滅多にお目にかかれないし、そもそもマゾアヌ河には生息していないはずだ。
「うむ。捕まえたぞ! むう。触り心地が良くないな、お前は!」
海坊主のように河から這い出てきたヴォルフさんは、一メールトくらいありそうなワニを抱きかかえていた。
子牛くらいなら一飲みしそうなワニが苦しそうに尻尾を暴れさせ、口を開閉している。
「いやいや、なにワニ捕まえているんですか。
ドラゴンじゃありませんよ。危険な生き物だから逃がして、って、危ない。
喰われるから! 口をこっちに向けないでください」
文句を言ったら、ヴォルフさんはしょんぼりしながらワニを逃がしてくれた。
僕はワニに同情した。
僕も道中に何度も抱きつかれたため、ヴォルフさんの腕力がどれだけ強いのかよく分かっている。
当人は手加減していると言っているが、内臓が出そうなほどに強く締め付けてくるのだ。
ヴォルフさんには抱きつきクセがあるらしく、何度も襲われた。
初めのうちはあまりの豪速に為す術もなかったが、今では、数度に一度は避けられるようになっている。
「ふっふっふっ。アルネさんに負けじと、私も一つうんちくを語りましょうかね。
マゾアヌ河はビラビラと広いですからねえ。なんと中州に街があるんです」
「ああ。
英雄王ガーランドと戦士ヴェロウズがセイレーンを退治したという、あれですか。
サラさん、マニアックなネタを知ってますねえ。
でも残念。その街は数十年前の氾濫で沈んで――痛い!
僕が知っていたのが悔しいからって、叩かないでください!」
「この、うんちやろうがッ!」
「一文字抜けるだけで意味が違いすぎるから、
うんちくやろうにしてくださいよ!
というか、女の人がうんちとか言わないほうが――痛い、痛い、肩が外れる!
おっぱい当たってますよ。だから離して! 離して!」
「当てるほどのものはありませんが?」
「痛い! 痛い! 捩じるな! 止めて!」
「アルネよ、気持ち悪い生き物を捕まえたぞ。なんだかヌルヌルするのだ」
ヴォルフさんが来てくれたので、ようやくサラさんは解放してくれた。
「蛇! それも危険だから逃がしてきて!
気持ち悪いなら捕まえないでくださいよ!
というか全身に巻き付かれているけど平気なんですかって、
うわっ、こっちに向けないで、ぎゃああっ、何で僕に巻き付くの?!
出ちゃう! 内臓、出ちゃう!」




