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旅立ち~王女を救出するのだ~

 フォジオ中央平原の暖かい日差しと穏やかな風が、僕達の足取りを軽くしている。

 スキップするような歩調で先頭を行くのは、自称美少女のサラさんだ。

 頭からつま先まで真っ赤。

 バラの髪飾りも、上着も、スカートもニーソックスも、燃えるような赤一色。

 唯一、背中で揺れるトンボのような羽根だけが、青みがかった透明色をしている。


「ふーん、ふーん、ふふ、ふーん、みっなっ、ごっろ、しー♪」


 音程の外れた鼻歌を聴きつつ、僕は赤い背中に向けて溜め息を吐いた。


「サラさん。なんで冒険初日から

 性能だけを考慮して防具を選んだら外見がダサくなった

 みたいな状態になってるんですか?」


「もうー。アルネ君、私の何処がダサいんですか。

 ほらほら、手を動かすと、一緒に羽根もピコピコ動くんですよ。

 可愛いでしょ?」


「あ、いや、まあ、個性的ですね」


 僕は無難に答えてから、自分の着ている旅人の服を見下ろす。

 何処の街にも売っているありふれた防具だが、安くて丈夫なのだ。

 旅立ちの日に孤児院のみんなが鋼の剣と一緒にプレゼントしてくれたときは、思わず泣いてしまった。

 自分やシェリーのためにどれだけ節約してくれたのだろうか。

 古着とはいえ品質が良いので、相当な高額になるはずだ。


(絶対にシェリーを助け出す。

 国王様は褒美で『願いを何でも叶える』と言った。

 なら、シェリーを孤児院に連れ帰ることだって可能なはずだ)


 僕は背負っていた荷袋の位置を直し、紐を強く握り直した。

 すると、隣を歩く巨漢が僕の顔を覗き込んできた。


「どうしたアルネ。荷物が重いようなら、手伝うぞ?」


「あ、いえ、大丈夫です。ヴォルフさん」


「そうか。遠慮はするなよ」


 僕りも頭二つくらい上の位置でヴォルフさんが白い歯を光らせた。

 ヴォルフさんの身長は二メールトを越えている。

 さながらおとぎ話に出てくる英雄王ガーランドのような偉丈夫だ。

 薄手の衣装が筋肉ではち切れそうな程に盛り上がっている。

 なんと、身体に合う防具が売っていなかったのだ!


 ヴォルフさんが武器を持っていないのは、自分の拳に自信があるからだろう。

 左腕にある華美な腕輪は何かしらの魔術効果があるのかもしれない。

 腕輪は魔術道具に特有の光沢を放っていて、見る角度によっては金にも銀にも見える。


「手伝いはいらんのか。

 お前は小さくて可愛……ではなく、荷物が重ければ遠慮なく私に言うのだぞ。

 私は無駄に大きくなった身体を持てあましているのだ」


 ヴォルフさんは僕に見せつけるようにして、小山のような力こぶを作り上げた。

 みちみちいっと筋肉繊維の膨張する音が聞こえてきそう。


「うわっ、すげえ力こぶ。僕の身体よりも太そう……」


 気づいたときには触ってしまっていた。


「む、くすぐったいではないか。

 いきなり身体を触ってくるとは、アルネは意外と大胆なんだな。

 ふっふっふっ。腹も凄いのだぞ。割れているのだ」


 ヴォルフさんがシャツを捲ると、ガッチリと腹筋が割れているのが見えた。


「うわっ、すげえ! カチンカチンだ!

 僕、大工のアルバイトしたことあるけど、その時に触った瓦より堅いよ!」


 指先で押しても、まったく凹まない。


(頼もしい仲間と巡り会えたなあ……)


 僕は、サラさんとヴォルフさんとパーティーを組み三人で旅をしている。

 ふたりとは冒険者ギルドで出会った。

 仲間を探す僕を、ギルドにいた人達は相手にしてくれなかった。

 ギルドに冒険者登録したばかりの僕のランクはF。

 誰も相手してくれなくて当然だ。

 仲間を得るのを諦めかけたとき、ふたりが僕に声をかけてくれた。

 ふたりも僕と同じようにギルドに登録したばかりで、仲間を探していたのだ。


 僕に、魔王の復活を阻止するなんていう大望はない。

 僕はただ妹のように可愛がっていたシェリーを助けたいだけだ。


 ルーリン教会の神託によれば百日後に魔王城の祭壇に王家の血を捧げることによって魔王が復活するらしい。

 僕達は、百日以内に王女シェリーを救出しなければならない。


 ただ、重要な任務とはいえ、冒険の初日なので緊迫感はない。

 最初から張り詰めていても身が持たないから、雑談しながらの旅である。


「ヴォルフさん、知ってますか? 

 この街道は、影追い街道という名前なんですよ」


「影追い街道?」


 やはり知らないようだ。

 城門を出てからヴォルフさんはそわそわと周囲を眺めてばかりいるので、城下町の外をあまり知らないのかもしれない。

 僕は得意の雑学を披露してみることにした。

 文官を目指していたからね。知識はあるのだ。


「街道がゆっくりと曲がっているんです。

 僕たちみたいに、朝、城を出発すると常に自分の影が伸びている方向へ歩くことになるんですよ」


「なるほど。それで影追い街道なのか。

 面白い名前を考えた者がいるのだな!」


 伸びをするようにして街道の果てへと視線を送るヴォルフさんの目はキラキラと輝いている。

 期待どおりの反応を見せてくれたので、気分が良い。

 よし、もう一個うんちくを披露しよう。


「街道を無視して、平原を真っ直ぐ行っても宿場町のヘルンの村に着くんですけど、安全のために街道を行きましょう」


「む。宿場町なのに、村なのか?」


 やはりヴォルフさんは興味を持ったらしく、期待の眼差しを向けてきた。


「それはですね――」


 僕が答えようとしたら、先頭のサラさんが腰、肩、首を柔らかく回して振り返る。

 前に歩きながら上半身だけ後ろを見ていて、キモい……!


「チョロッと待ってください。

 先に、街道が曲がっている理由を説明してくださいよ」


 背中からは分からなかったが、サラさんも僕の話に興味を持っていたらしい。


「方位磁針が無い時代に作られた街道なんです。

 当時の国王様が北へ街道を作れと指示したそうなんですよ。

 それだけなら良かったんですけど、さらに国王様が

 『太陽は常に我が城の背にある。城の影が示す方向を北と定めよ』

 なんて言いだしてしまったんです」


「それで街道が曲がってしまったのか。

 困った国王がいたものだなあ。

 想像するだけで、気が滅入るぞ。私にも同じ血が――」


「おーっと! ヴォルフさん!

 街道の外にチカチカする虹色のウサギがいましたよ!」


 ヴォルフさんが何かを言いかけるが、サラさんが言葉を重ねたので街道の話題はうやむやになってしまった。


(不自然な態度すぎる……。

 いや、ぶっちゃけヴォルフさんの装備は高級そうだし、口調は丁寧だし。

 どこぞの貴族と言われても驚きはしないけどね)


 サラさんとヴォルフさんは旅立つ前からの知り合いらしいので、ふたりだけの秘密があってもおかしくない。


「そうだ。

 アルネは魔王の復活を阻止したら、国王から褒美に何を貰うつもりだ?」


「褒美?」


「うむ」


「褒美かあ。

 王女様を救いたいんですよ。実はシェリー……

 いえ、シェリー王女は昔、僕と同じ孤児院で暮らしていたんです。

 不敬かもしれないけど、シェリー王女は今でも妹みたいな存在で……。

 もしシェリーが望むなら、また、お城の外で一緒に暮らしたいかな」


「素晴らしい! それでこそ勇者だ! 惚れ直したぞ!」


 ヴォルフさんは急にテンションを上げた。

 僕は勇者じゃないんだけどね。

 王国が定めるクラス分類でいけば、魔法を使えないし、剣術をマスターもしていないし、リーダーとして実績を残してもいないから、僕は勇者ではない。

 簡単な武器が使えるだけなので軽戦士だ。

 しかもランクはF。

 しかし、何故かサラさんもヴォルフさんも出会った直後から僕をリーダーに指名して勇者と呼んでくる。


「ヴォルフさんは、王様からどんな褒美を貰うつもりです?」


「私は……。

 私は家の都合で、望まぬ結婚をしなければならないのだ。

 それを無かったことにしてもらう。

 最初は婚約を破談にするだけで良いかと思っていたのだが……。

 お前と出会って――」


 真剣な眼差しで語っていたヴォルフさんは途中で僕と目があうと顔を赤くし、口ごもってしまった。


「どうしたんですか?」


「いや、何でもない。

 私が好きな人と結婚するには、どうしたら良いのかと。

 ちょっと法律の解釈をな……。

 そこは国王の権力で……」


 だんだん小声になっていって後半は殆ど聞こえなかった。


「ええい、とにかく我らが勇者アルネよ。これからよろしく頼むぞ」


「は、はい!」


 急にヴォルフさんが大声を出し、強引に手を掴んできてブンブンと大きく振りだすから、僕は困惑するしかない。


(なんだか僕を見るヴォルフさんの視線が熱いぞ。

 隣国では同性婚が認められているらしいけど……。

 ……いや、いくらなんでも、考えすぎだ……)


「おやおやあ。にゃかにゃか面白いことになりそうですねえ」


 先頭のサラさんが器用に後ろ向きのまま歩きながら、ニヤニヤと目を細めて笑っている。


「そういうサラさんは、褒美に何を貰う予定ですか?」


「んー。

 私はヴォルフさんの護衛なので、

 この旅でヴォルフさんが無事なら、それで十分です」


 サラさんはヴォルフさんに優しげな視線を送った後「さっそくですね」と表情を引き締め、叫ぶ。


「モンスターと遭遇しました!

 さあ戦闘準備です。サクサクやっちゃいますよ!」


「モンスター? いったい何処に?」


 心臓がドクンと跳ね上がった。

 僕は剣の柄に手をかけ、素早く周囲を見渡す。


 旅に出て初めての戦闘だ。

 というか、戦闘自体が人生で二度目だ。

 昔、薬草を採るために山に入って、巨大鼠と遭遇したことがある。

 あの時は怖くて逃げ出したけど……。

 今は仲間がいる。

 冒険の初日で躓くわけにはいかない。

 ガーランド城周辺に出現するような低ランクモンスター、あっさりと倒してやる!

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