第一話
はっきり言って漫画家について何も知らないし、レディースの服とかなにもしらないです。
私、木下みゆ子は売れないBL漫画家だ。
短期連載の当時は自信に満ち溢れそれなりに好評だったこともあり、半年は新人漫画家としてやって行けた。
しかしその後は急激にブレーキがかかり人気はほぼ無くなり、残ったのはコアなファンかそっち系の趣味の人。
オマケに余り漫画に熱が入らなくなり話を作るのが昔より大幅に時間を取っていた。
月刊誌なのが幸いして今の私でもギリギリ締切には間に合っている。
しかし大きな何かがなければ私の漫画は打ち切り一直線。
こんな私でも趣味のお陰で何とか生きている。
趣味でストレス発散が出来ていなかったら私は今頃1人部屋の中で宙に吊られていただろう。
「疲れたー!腰痛いー!もうやだー!」
ずっと座って作業をしていたせいか腰が痛くなり画面をずっと見続けていたせいで目も疲れえしまった。そのせいで作業もあまり進まない。
「気分転換にいつものしますか。」
そして私は趣味で街を物色している真っ最中である。
その趣味はイケメンを2人見つけてそのカップリングで妄想を膨らます事である。
それが漫画のネタになったりすることもあるのでいい事づくめだ。
偶に妄想中に怪しまれて警察を呼ばれる事もあったが、まぁ、それは許容範囲内。
今の私にとってこれは人生においての楽しみの1つなのである。
そんな中友人同士だろうか、2人で歩いている高校生を見つける。
「あの人はかなり私の趣味に合う中々のイケメンだ。グヘヘヘ…」
私はそんなふたりを見てニヤケながら歩いていた。
高校生2人で妄想を膨らましていると。
突如左から衝撃を感じ転んでしまう。
このままでは地面に正面からキスをしてしまうコース!
あぁ、サヨナラ私のファーストキスなんてアホな事を考えながら来たる衝撃に備えギュッと目を閉じる。
しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると視界いっぱいにイケメンの顔が!!!
「大丈夫ですか?」
どうやらこのイケメンさんに助けられたようだ。
ここから新たな恋が始まる…
なんて事は無く、彼女が真っ先に考えたのは(このイケメンは受けにしたらギャップで萌え死にそう。)である。
しかし今置かれている状況を思い出し即座に返事を返した。
「は、ははははい、大丈夫です!」
最近は仕事でしか会話をしたことがなかった事や突然の出来事で声が裏返ってしまったが多分聞こえただろう。
「すいません、貴女のお召し物が…」
と、言われ自分の服を見ると服いっぱいにシミが広がっていた。
どうやら彼が持っていた珈琲がかかったようだ。
幸いな事にその珈琲は冷めていて火傷こそしなかったのとイケメンが居るという衝撃で今まで気付かなかったようだ。
「あ、あぁ、このぐらい洗濯機に放り込んでおけばすぐ戻りますよ!」
「いえ、自分がクリーニングに出してお返しいたします!」
「だ、大丈夫ですよ!それにクリーニングに出してしまったら今日着る服がないんで。」
私はテンパリながらも必死に返答した。
が、彼はどうも納得いかないようで。
「では、私が新しい服を購入しますのでそれを着てもらうというのは。」
「そ、そんな!妄想のネタにまでしておいて服までなんて!」
「はい?」
あっ…
やってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
まずいまずいまずいまずい!
「な、何でもないです!忘れてください!」
「そうですか、では服を買いに行きましょう。」
「はい…はい?」
なんて事だ、精神的に疲れてしまい適当に返事をしてしまった為に、了承のような会話になってしまった。
「「い、いやそれは」では行きましょう!」
「はい。」
どうやら彼は強引なタイプのようだ。
「所で貴女のお名前は。」
「あ、私はみゆ子、木下みゆ子です。」
「そうですか、自分の名前は浜松光輝です。宜しくお願いしますみゆ子さん。」
「はい、宜しくお願いします。」
「では服屋へ参りましょう。」
と手を差し出して来た。
名前の通り高貴な方だ、なんつって。
いやいや待て待て、それよりこれはデートに該当するのでは!?
彼氏いない歴=年齢の私にこんなイケメン許されるんですかぁぁぁぁ!?
ありがとうございます神様!出来ればこの人とカワイイ系の男性との✕✕✕✕を見てみたいです!
「みゆ子さんはここでよろしいでしょうか。」
手を取って歩いていたからか妄想している間に服屋に着いてしまったようだ。
「はい、ここで…って」
ここって有名な高級ブランドショップじゃないですか!
「こ、こんな高いところ駄目ですよ!」
こんな所に縁のない私にはいくらするか分かったものではない。
「いえ、大丈夫ですよ。何だったら複数でも構いませんし。」
しかも金持ち!イケメンで金持ちとか女の子なら誰もが彼氏にしたい人ランキングに堂々1位でしょ!
完璧か!
「で、でも…」
しかしその相手が美少女ならまだしもこんな服を着ている徹夜明けの酷い顔をした女じゃ。
場違いにも程があるでしょ。
「成程。」
そんな私に何かを察したのか私を置いてそそくさと店の中へ行き、何か店員さんと話しているみたいだ。
数分もしたら彼が戻ってきた。
「みゆ子さん、貴女に似合う服を用意しましたのでどうぞ試着室に来てください。」
どうやら彼は私がこの服で中に入る事を躊躇っていると思ったらしい。
もう既に服を選んで来たと。
何か外堀を埋められた気分…
「わ、わかりました。」
もう選ばれてるらしいので仕方なく中り入り試着室の前へ、そこには既に店員さんが待ち構えていた。
「いらっしゃいませ。こちらの服とこちらの服どちらがよろしいでしょうか。両方試着してみますか?」
う、私には到底似合わないであろう高級そうな服。
ワンピースって何よ、そんな物此方着たことないよ!?
「あ、こ、こちらの方で。」
ワンピースなんて流石に着れないので大人しめの方の色々な服がセットになっている方を選んだ。
「では、こちらでご試着下さい。」
と言われ私は試着室に入り、カーテンを閉めた。
はぁ、何でこんなことに…
今日一日で色々な事が起きすぎて疲れてしまった、一度一息付いてから着替え始めた。
試着して分かったがやはり似合わない。
ダメダメだ…
やっぱり私なんかじゃこんな店の服なんて…
「みゆ子さん?終わりましたか?」
そう思っていたら彼から声をかけられたので私は慌ててカーテンを開けた。
「は、はい!どうでしょうか。」
私は彼の反応が怖くて目を瞑って反応を待った。
「とてもお似合いですよ。」
嘘つけ!!!
そんな事は無いことは私が1番分かっている。
すると店員さんに髪を下ろすと更に良くなるかもしれませんね、と言われ髪を下ろす事にした。
「雰囲気も変わって更に綺麗になりました。」
彼にそう言われ何だかこちらも照れてしまう。
顔が赤くなっているのが手に取るようにわかり私は顔を逸らしてしまう。
「か、可愛い…」
「はい?」
彼が何か言ったような気がしたが声が小さく余り聞き取れなかった。
「い、いえ何でもありませんよみゆ子さん!」
彼は慌てて取り繕って居るのであまり聞かれたくない事なのだろうか。
やっぱり似合ってないとか!?もうやだ、みゆ子おうち帰る…
「では、これでお願いします。」
「はい、ではお会計はあちらで。」
私が悲しみに満ちている間にどうやら支払いは終わってしまったらしい。
待ってくださいよ、またこれにするとは言ってないですけど!?
「すいません服を買ってもらってその上クリーニングまで出していただけるなんて。」
「いえ、大丈夫ですよこのくらい。」
今彼が右手に持っている手提げ袋には珈琲まみれの私の地味な服が入っている。
「あ、ヤバいこんな時間!」
私はペン入れをほったらかして外に出てきた事を忘れていたせいか、こんな時間になるまで気付かなかった。
「何かあるんですか?」
「あ、えっと、仕事が。」
流石にBL漫画描いてますなんて事過去の経験から言えるわけがなかったので咄嗟に誤魔化した。
「では、この服を返す日程を決めるために連絡先を。」
「わ、分かりました!」
私は兎に角急ぎたかったのでさっさと連絡先を交換してお礼を言って走って帰った。
「ありがとうございました!」
「フフ…賑やかな方だ。」
はっきり言って漫画家について何も知らないし、レディースの服とかなにもしらないです。