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私、主人公はじめました。  作者: れるの
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08「伊達に毎日7時間もやってるわけじゃないからね!」




門の前に着くと、マヤは腕を組み、壁に背を預けた。

私も隣に立ち、辺りを見渡す。

この街へ来たばかりの時とは違い、今はたくさんの人々がいて賑わっている。

ギルドの中で見た色んな人種の人が歩いていたり、剣や杖などの武器があったり。盾を持ち鎧を身に纏った人がいたり、現実世界では奇抜と思われる格好している人が大半だ。

改めてゲームの中にいると実感する光景である。


「魔法使ってみたかったなぁ」

「初級の魔法ぐらいならよっぽど不向きじゃなければわざわざ魔法使いに就かなくても、剣士も覚えられるぞ」

「そうなの!?」

「おう。まぁ、中級以上となるとよっぽど魔力があって適性な体質じゃねぇと無理だけど」

「初級でいいから使ってみたい!どうやるの?」

「お前はまだ村人だから無理。剣士になってからな」

「え。私、さっき剣士になったよね?」


メニューカードでステータスを確認すると、私の職業は『剣士』ではなく、『村人』のままだった。

…あれ。なんでだ。


「本当に何も知らねぇんだな。さっき受付の奴も言ってただろ。審査に受かるよう頑張れって」


そうだ。

審査って何?と疑問に思っていた。


マヤによると、職業に就くには審査があり、その審査に合格をしないと希望する職業に就くことが出来ないらしい。

審査内容はその職業に就くことができる最低限の能力があるかを見るそうだ。

合格ラインはその街の各職業の審査長のさじ加減もあるらしく、はっきりとはわからない、と。

街によって転職が可能な職業が違うのは、その街にその職業の審査長がいるかいないか、ってことか。


「それにしても審査長はどこだ?遅くねぇか?」

「うーん………あ!あの人じゃない?」


人々が歩いている中、私達と同様に門の前で立っているおじいさんがいる。

私の指を差した方向にマヤも目を向けると、手首を横に軽く振った。


「いや、あれは違うだろ。さすがに」

「でも剣持ってるよ?」

「腰の曲がり具合を見ろ。ほぼ90度曲がってんだろ。あれで戦うには無理がある」


確かに…結構年配のおじいさんに見える。

でも他に審査長って感じの人はいないしな…。


「一応、聞いてみてくる!」


私がおじいさんの元へ駆け寄ると、おじいさんは見上げるように此方を向いた。

近くで見ると、本当に90度ほど腰が曲がっていてとても小さく見える。


「あの…剣士の審査長の方ですか?」

「あぁ、そうだよ。お嬢さんが剣士希望の方かな?」

「はい!シノって言います」

「シノ、だね。審査をするために街の外に出るが、よろしいかな?」

「はい!」


街の外に出ると、おじいさんは立ち止まり、私とマヤも合わせて止まった。


「まじであのじいさんが審査長とはな…ま、おかげで余裕だろ。頑張れよ」

「うん。頑張る!」

「では審査を開始するよ。シノ、前へ」

「はい」

「まずは攻め。私を魔物だと思って遠慮なく攻撃してきなさい」


おじいさんは剣を握ってはいるものの、90度ほど曲がった腰に手を回したままだ。

本当に遠慮なく攻撃をしても大丈夫なのかな…。

戸惑いながらも剣を鞘から抜き、おじいさんに向かって走る。


「はぁっ!!わっ!?」


剣を振り下ろすと、キンッと剣同士がぶつかり合う音が聞こえ、すぐに押し返されてしまった。

振り上げた時はまだ腰に手を回したままだったのに、いつの間に受け止める体勢になっていたんだろう。

それに、見た目とは裏腹に片手で軽々と私を押し返せる程の力がある。

もう1回っ…!!


「えいっきゃっ!?」


剣が交じり合った瞬間、先程よりも更に強い力で押し返されてしまう。

おじいさんは微動だにしていない。


「……ふむ。次は受けをしよう。私が攻撃をするから、防御をしなさい」

「は、はい!」


さっきの力といい、速さといい、注意しないと。

おじいさんは走ることなく、ゆっくりと歩いて此方へと向かってくる。

なんかやりにくい…。

目の前まで来ると、歩く速さと同様にゆっくりと腕を振り上げる。

私は上に向かって剣を構え、防御の体勢をとった。

すると、脇腹にこんっと軽く何かが当たる。

目線をそちらに移すと、鞘に入ったままのおじいさんの剣だった。


「終了。シノ、君は…不合格だよ」

「ふごう…かく……そんな…」


膝から崩れ落ちるようにその場に座り込む。

不合格ということは私はもう剣士にはなれないということだ。

折角、マヤやお姉さんが応援をしてくれたのに。


「だが、チャンスをあげるよ」

「…チャンス?」

「明後日、再審査をしてあげよう。それまでにどこが悪かったのかを考え、鍛えてくるように」


おじいさんはそう言い、手を軽く振ると、また街へと戻って行った。

交代にマヤが私の元へと近寄ってきた。


「お疲れ」

「マヤ…ごめんね。ここまで付き合ってくれたのに、私…」

「何言ってんだ。チャンスをもらっただろ。チャンスをくれたってことは見込みがあるっつーことだよ」

「マヤ…」

「だからそんな泣きそうな顔してる暇はねぇ。明後日の再審査で絶対合格するぞ。頑張れるな?」

「っ…うん!頑張る!」


マヤの言う通りだ。

私はチャンスをもらえたんだ。チャンスはものにしなくちゃ。

明後日の再審査に合格して剣士になってみせる。

アリシアと自分のために、そしてここまで応援してくれるマヤのためにも、絶対に。





* * * * * *





入口付近であればモンスターはあまり寄り付かないし、人気も少ないから特訓には最適だ、と早速街の近くの森へとやって来た。

まさかマヤは特訓まで付き合ってくれるとは…。


「まずは攻撃からな。とりあえず慣れるために軽く動くか。俺の剣に向かって適当に攻撃してこい」

「わかった」


マヤの構えた剣に向かって自分の剣を振り下ろす。

ゲームの序盤でやるチュートリアルのようだ。

ずっとその繰り返しを行っていると、剣の重なり合った時のキンッという音が耳に残りそうになる。


「…よし。だいぶぎこちなさはなくなったな。その点は合格」

「良かった!」

「次は審査の時と同じようにやるぞ。と、その前に。審査の時、何が悪かったのか自分でわかるか?」

「うーん……」


審査の時、何が悪かったのか。

なんだろう…二度とも真正面から攻撃をしたから?

それともおじいさんに軽々と受け止められてしまったから?

これだ!と思うものが思いつかない。


「わからないかも…」

「じゃ、ヒント。始める前にじいさんはなんて言ってたか覚えてるか?」

「うん」


始める前におじいさんが言っていたことは

「私を魔物だと思って遠慮なく攻撃してきなさい」

の部分かな。


「お前、そう言われてどう思った?」

「どうって…やりにくいなぁ、とか。おじいさんだったし…」

「それで、全力で攻撃はしたか?遠慮したんじゃねぇの?」

「うっ…はい」

「やりにくい気持ちもわかるが、ああいう時は遠慮なく全力でやっていいんだよ」


つまり、本当におじいさんをモンスターだと思って全力で攻撃をしなくちゃいけなかったってことか。

おじいさんだからと戸惑ってしまい、力があまり入っていなかったのは確かだ。


「これを踏まえて、次は俺を魔物やモンスターだと思って攻撃してこい」

「えぇっ!?マヤを!?」


おじいさんより、違う意味でやりにくいんだけど。


「万が一、お前の攻撃が当たったとしても死なねぇよ。差がありすぎるからな」

「そ、そっか」


おじいさんと言えど、審査長だ。

私とおじいさんを比べれば明らかにおじいさんのほうが強いに決まっている。

だからもし攻撃が当たったとしても、大丈夫だから全力でやって良かったんだ。


「わかった。じゃ、全力でいくよ!」

「おー。こいこい」


余裕そうにてきとうな返事をする。

剣を引き抜き、距離を詰め、思いっきりマヤへと剣を振り下ろす。

マヤは片方の剣だけで受け止め、おじいさんと同様に私を押し返した。


「お前はまだ力が弱いから上手く体重を乗せろ。それと、攻撃は何も真正面からとは決まってねぇ。相手の顔だけに集中してねぇで全体をよく見て隙を見つけろ」


ずっと真正面から攻撃をしても、簡単に防御されてしまい、攻撃を当てることはできない。

でも、どんなふうに攻撃をすれば……そうだ!

アリシアを動かしていた時の…アリシアの動きを思い出しながらやれば出来るかもしれない。

なんせ、今は私の体ではなく、アリシアの体。

私より遥かに動けることはジャンプをしてみた時や、初めて剣を振ってみた時に実感している。


コンボを繋げる時に、敵に防御をされないように様々な方向から攻撃をする要領と同じく考えれば…。

メニューカードを取り出し、スキルを確認。

…うん。やっぱり、この基本スキルは覚えているようだ。


「マヤ、もう一回いい?」

「いいぜ。いくらでもかかってこい」


アリシアの動きをイメージして…コンボを繋げるように……


「ダッシュ!」


一気に距離を詰め、まずは真正面に一撃目。

マヤの剣と重なり、押し返された勢いを利用して空中で回り、左側へと二撃目。


「おっ…!?」


マヤは右手でもう片方の剣を抜き、素早く防御する。

力を込めて、マヤの剣を押さえつけるようにっ…


「スライド!」


そのまま、マヤの背後へと回り込む。

重なっている剣を離しつつ、ここに魔法を挟んで…


「あ」

「え?」


急に固まった私を目をパチパチとして驚いた顔で見てくるマヤ。

コンボを繋げることに集中しすぎて忘れていた。

私はまだ魔法を使えないのだった。

折角、途中までイメージ通りに出来ていたのに。なんという痛恨のミスだ。


攻撃を急に止め、固まった理由を話すとマヤは笑った。


「なるほどな。にしても急に成長して驚いた。やるじゃねぇか」

「ふっふっふっ…伊達に毎日7時間もやってるわけじゃないからね!」

「毎日7時間?何が?」

「あっいや、なんでもない!」


危ない。危ない。

むやみに入れ替わっていることが気づかれるようなことを言っちゃ駄目だよね。どうなるかわかんないし。


それにしても、アリシアの体は本当に運動神経が良い。

イメージした通りに体が動いて、自分でも驚いている。

現実の自分の体ではこうはいかないだろう。


「さっき俺が防御していた時みたいに構えてみ」

「え?こう?」


確か腕を上げて、手首と剣先は下向きだったかな。

マヤは私の剣に自分の剣を重ねる。


「お前はさっきの俺の状態で、俺はお前の状態な。お前はこの状態からスライドを使い、重なっている剣を上手く利用して方向転換をし、背後に回り込んだわけだ」

「うん」

「で、剣を離すまでの時間に魔法を相手にぶち込もうとしたけど、魔法を覚えていなかったと」

「はい…」

「そういう時は空いている左手を地面についてっこうだっ!」

「へっ!?」


一瞬、私の体は浮いたかと思えばすぐにお尻から地面に落ちる。

上に顔をあげた瞬間、すぐ目の前には剣先が見えた。


「っ!?」

「わかったか?」


マヤは剣を鞘へと戻しながら問いかける。

私はぶんぶんと頭を縦に振った。


マヤは左手を地面につき、体勢を低くすると、横から右脚を勢いよく滑らせ、私の足を蹴り上げた。

私が一瞬宙に浮いたのはこのせいだ。

それからすぐに立ち上がり、私に剣を向けた、と。


「とりあえず攻めは合格だな」

「っていうかマヤ!急すぎてびっくりしたんだけど!?やるならやるって言ってよ!お尻痛い!」

「サプライズサプライズ」

「サプライズ!?そんなのい」

「はいはい。次は受けの特訓をするぞー」


私の訴えは聞かず、「早く立て」と言うように指先を上に動かして合図をする。

たくさん文句を言ってやりたいが、それ以上にマヤにはお世話になってしまっているから言えない。


私が立ち上がったのを確認すると、剣を鞘に入れたまま構えた。


「よし、じゃ始めるぞ」

「うっえっ!?」


急に剣を振り上げ、私に向かって下ろす。

勿論、私は目を瞑った。


「それが駄目」

「えぇっ…!?」


目を開けると、コツンと軽く頭に剣を当てられた。


「反射的に目を瞑ってしまうのは仕方ねぇことだが、極力最後まで動きを見てろ」


おじいさんの時も攻撃がくるとわかり、防御をするために剣を構えた後、すぐに目を瞑ってしまっていた。

その後、気づいた時には私の脇腹に剣を当てられていた。

それが駄目だった原因なのだろう。


「俺が色んな方向から攻撃するから最後まで目を瞑らずに見てろよ」

「う、うん…」

「大丈夫だ。当たる寸前に止める。あと初めはゆっくりやるから。いいな?」

「わかった。絶対に止めてね!」

「多分な」

「多分!?」

「痛いのが嫌なら最後まで見て避けろ」

「そんな無責任な!」


それからマヤのいじめのような特訓が始まった。

確かに初めの内はゆっくりとしたスピードでやってくれていたものの、スピードが速くなってからは10回に1回くらいの確率で止まらずに私に直撃する。

おそらく、止めようとはしているからすごく痛いわけではない。

が、多少なりとも痛いものは痛い。


「あと3」

「っ……」

「2」

「……っ」

「ラスト」

「わっ!?」

「チッ」


ギリギリのところで横に倒れるように避けることができた。


「ちょ、ちょっと!?今舌打ちした!?」

「避けれるようになって良かったな」

「そんなことより舌打ちしたよね!?」

「あー腕疲れた。今日はここまでにするか」

「ねぇ!!し、た、う、ち!!」

「頑張ったから美味いもん食わせてやる」

「やった!ご飯!」

「…その切り替えの早さは一種の能力か」


どうやら今日もマヤがご飯をご馳走してくれるらしい。

タダであんな美味しいものがまた食べられるなんて幸せだ。




【スライド】

行きたい方向に滑るように動くことができるスキル。

敏捷力の能力値が高いほど、速く動き、

スキルレベルが高いほど、滑る距離が延びる。

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