05「王様から選ばれた勇者だ」
しばらく経ったが、どこにも痛みを感じない。
もしかして私、死んだ?
痛みを感じる前に恐怖のあまりにショック死でもした?
ゆっくりと目を開けると、オオカミ型のモンスターの姿はない。
代わりに、人間のような足が見えた。
徐々に目線を下から上へと移していく。
両手には剣を握り、少し開いた口からは鋭い歯が見える。
少し尖った耳に銀色の髪。
赤い瞳は私を見下ろしていた。
どこかで見たことのある顔だ。
うーん…誰だろう……ここまで出かかってる気がするんだけどな…
「おい、大丈夫か?」
「え、あ、はい」
手を差し出し、私を立たせてくれる。
どうやらこの人は私を襲ってきたモンスターを倒して助けてくれたらしい。
「あれ…死体…とかは?」
「はぁ?倒せばダタバセに還るんだから消えるに決まってんだろ。そんな常識も知らねぇのか」
モンスターは倒せばダタバセに還る、とこの世界ではそんな設定があるようだ。
つまり、死体などはなく、跡形もなく消えるらしい。
常識らしいから覚えておこう…。
この人、絶体絶命のピンチから私を助けてくれたし、顔も見覚えがあるし。
もしかして仲間になるキャラの可能性が高いんじゃ…?
仲間になる時は大体、共通の目的があるものだ。
アリシアもとい私の目的は魔王を倒すこと。
だから、この人も魔王を倒すことが目的であれば…
「あなた、旅をしているの?」
「旅…まぁそんなところだな」
「もしかして、魔王を倒すことが目的?」
「えっ」
「えっ?違うの?」
「あ…あぁー…いや……そう。魔王を倒すために王様から選ばれた勇者だ」
ビンゴ!
それにしても、魔王を倒す目的は同じだったけど、まさか王様から選ばれた勇者だったとは。
姫と勇者のパーティ…うん。ありそう。
まぁ、私は今村人ですけど。
「私はシノ。あなたの名前は?」
「俺は……マヤ」
マヤ。
名前を聞いたが、特にピンとこない。
地下通路の話を聞いた時みたいに思い出すかと思ったんだけどなぁ。
「助けてくれてありがとう、マヤ」
「あぁ…つーか、お前大丈夫か?HP3しか残ってねぇけど」
あぁ…そういえば私のHPは残り3だった。
地下通路から早く出たいということしか思っていなく、出られたと思えばまたすぐにモンスターに襲われて忘れていた。
「ってえぇ!?な、なんでわかったの!?」
「普通にお前を見れば…もしかして状態観察のスキルを覚えていないのか?」
「状態観察?」
「あ。レベル1だしな。覚えてるわけないか」
状態観察。
そういえばそんなスキルがあった。
見た対象物の基本ステータスがわかるスキルだ。
プレーヤーだと戦闘中に敵の画面の上に表示されていた。
貴重なアイテムを使わないといけないとは…くうぅ…惜しまれる。
極力アイテムは使わない主義だ。
もう少し…ギリギリまで我慢するかな。
でも、次にモンスターに出会って、襲われて、もし攻撃を受けて耐えれるとも限らないし。
かと言ってここで使ってしまって後々必要な時が来てしまったら……
「何?アイテムとか持ってねぇの?」
「あるけど…勿体ないなって」
「はぁ?使わねぇほうが勿体ないだろ、普通」
「えぇっ?」
どうやらマヤとはウマが合いそうにない。
マヤは溜め息をつくと、ズボンのポケットからHP回復ボトルを取り出した。
マヤはポケットが四次元なのか…。ポケットから取り出すのは凄く違和感を感じる。
取り出したボトルを私に向かって差し出す。
形的にこれは……全HP回復ボトルだ!高いやつ!
「ほら、使え」
「えっいいの!?高いやつ!」
「いい。別に」
「本当に!?後から請求したりしない!?悪徳商法じゃない!?」
「いいって言ってんだろ。うるせぇ奴だなお前」
こんな高いものを躊躇なく初対面の私にくれるとは、マヤはお金持ちなのかな。
ボトルを受け取り、蓋を開ける。
受け取ったのはいいものの、よくよく考えると緑色の液体。
飲むには抵抗がある。
HP回復って云わば薬みたいなものだよね。
大体薬って美味しくないし、苦いし、不味い気がする。
その上、緑という抵抗感を与える色。
…さっきから「早くしろ」と言わんばかりのマヤの視線が痛い。
勇気を振り絞り、恐る恐るボトルに口をつけた。
「……あれ。味がしない」
「ただの回復ボトルだからな。飲むのは初めてか?」
「うん」
見た目とは裏腹に水みたい。
これならごくごく飲める。
飲み終わり、腕を見ると、先程まで血の出ていた傷口は何事もなかったかのように、綺麗に治っている。
一応、ステータスを確認すると、「10/10」と全回復していた。
凄い。本当に治るんだ。
じっと私を見てくるマヤに首を傾げる。
「な、何?」
「…いや、何も。俺はもう行くから。じゃあな」
「えっ!?待って!!どこ行くの!?」
「どこってお前には関係ねぇだろ」
あれ…おかしい。
マヤは仲間になるキャラではなかったということだろうか。
あんなピンチから助けてくれて、魔王討伐という目的も同じ、そして勇者。
この3点も仲間になりそうな条件が揃っているというのに。
マヤは背を向け、歩いて行く。
「待って待って!マヤ!」
「なんだよ」
「近くの街まで送って!」
仲間にならなくてもいい。
ただ、せめて近くの街までは私を送ってほしい。
私一人じゃ森を抜ける前にまたモンスターに襲われて、死ぬ可能性が大いにある。
もし死んでしまったらどうなってしまうのかわからない以上、絶対に死ねない。
「はぁ?なんで俺が…」
「この通りです!お願いします!」
「えっ…」
「お願いします!」
「…あーもうっ!わかった。わかったから顔上げろ!」
「やった!ありがとう、マヤ!」
ジャパニーズ土下座はゲームの世界でも通用するらしい。
━ マヤが仲間になりました。▼
【マヤ】
志乃を絶対絶命のピンチから救ってくれた青年。
自称王様から選ばれし勇者、双剣使いということ以外は謎。
【ダタバセ】
倒されたモンスターが還るといわれている場所。
志乃は死体を見ずに済んだと内心ほっとした。
【状態観察】
見た対象物のレベル・HP・МP・状態異常がわかるようになる。
わざわざメニューカードでステータスを見ずとも、自分のものも確認できるため、冒険者には是非習得しておきたいスキル。