01「信じるか信じないかは君の自由だ」
『……ろ。お……きる…だ』
なにやら遠くの方から声が聞こえる気がする。
なんだか全身ふわふわとした気分だ。
「起きるのだ。志乃」
「…ん?」
はっきりと私の名前を呼ぶ声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。
来たことはないはずなのだが、なぜかとても見覚えのある部屋。
所謂、デジャヴというやつだろうか。
とりあえず、私の部屋ではないことは間違いない。
辺りを見回すと、目の前にはドッド絵のようなカクカクした変な物体が現れた。
これは見覚えが全くない。
「ようやく目を覚ましたか、志乃」
「…え」
声が聞こえた。
おそらく、目の前にいるカクカクした変な物体からである。
私の部屋ではない場所。カクカクした喋る変な物体。
…うん。きっと夢なんだろう。
もう一度寝たら次は現実世界で目を覚ますかな。
「おやすみ」
目を瞑り、横になる。
「何が「おやすみ」だ。夢ではないぞ。頬でも引っ張ってみろ」
「んんん……」
再び目を開けると、やはり先程と何も変わっていない。
カクカクした変な物体が浮いている。
こんなに変な夢を見たのは初めて。
夢の中で自分の意識で行動できる、なんて聞いたことがあったけど、本当にこんなに自由にできるんだ。
仕方なく、カクカクした変な物体が言った通りに自分の頬をつねり、引っ張ってみた。
「……ひたい…ひたい。はれ。ひたい。」
夢って痛みを感じないんじゃなかったっけ。
だが、確かに私の頬は痛い。おかしい。
もしかして、こんなに自由に行動できているのだから痛みなどの感覚もわかるのだろうか。
「どうだ、痛いだろう?これで夢ではないことがわかったか?」
「夢…じゃないの……!?じゃ、ここはどこ!?っていうかあなた誰!?」
「お、落ち着け志乃。私も今の状況がわかっているわけではない…。推測なのだが説明しよう」
そう言って、カクカクした変な物体は部屋を一周した。
「…ふむ。やはりここは私の部屋で間違いないようだ」
「私の部屋?」
「ああ。私の名前はアリーシャ・ファリッド・ヒルハ。そうだな…君にはアリシア、と言ったほうが伝わるだろうか?」
「アリ…シア……」
アリシア…アリシア……。
どこかで聞き覚えのある名前だ。
アリーシャ・ファリッド・ヒルハ…アリシア……!?
思い出した!
アリシアは私の大好きなゲーム『アリシアの冒険』の主人公の名前だ。
アリシア!?えっ!?アリシアってあのアリシアなの!?
…いや、待て志乃。落ち着くんだ。
アリシアはゲームのキャラ。所謂、二次元の存在だ。
そんなアリシアがここにいて、私に話かけてくるわけがない。
それに、このカクカクした変な物体がアリシアなわけがない。
アリシアはもっともっと美しくて可愛い美少女だ。
「で、ここはどこなの?アリシアの名前まで使って私をどうする気?」
「何を言っているのだ、志乃。私がアリシアだと言っているだろう。信じられないのか?」
「うん」
「即答なのだな…」
どうやって「信じろ」というのだろうか。
それにしてもこのカクカクした変な物体は一体何なんだろう。浮いてるし。
最新技術のロボット…?
「…まぁ。とりあえず話を聞いてくれ。それから信じるか信じないかは君の自由だ」
話を聞くくらいならしよう。
カクカクした変な物体は、ちょこんと机の上に止まった。
「おそらく…いや、これは確実なことなのだが。そこは…今君がいる場所は私がいた世界だ。君からすればゲームの中の世界、となるだろう」
「え?ゲームの中の世界?」
「あぁ。そして私は今、君のいた世界にいる。私からすればゲームの外の世界だな」
私はゲームの中の世界にいて、このカクカクした変な物体は外の世界にいる?
…どうしよう。本当に意味がわからない。
いや、意味はわかるんだけど、信じられない。
だってゲームの中の世界にいるってそんな漫画や小説やアニメの話じゃないんだし。
現実的に考えればありえないことだ。
カクカクした変な物体は話を続ける。
「どうしてこんな状況になったのかは私にはさっぱりわからんがな。バグか何かだろうか」
「いやいやいや、ゲームのバグで私がゲームの中に入るって…」
ないない。ありえない。
っていうかどんなバグが起こったらそうなるの。
「それに、あなたがアリシアだなんてありえない。どう見てもカクカクした変な物体だよ」
「それは仕方がないんだ。こうして話せているだけでも驚きなのだから」
「どういうこと?」
どうやら、アリシアと名乗るこのカクカクした物体は今、私のゲーム機に触れているらしい。
今から数分前。
目が覚め、自分の部屋ではないことに気付く。
そして、テレビの画面を見ると、自分の部屋とベッドで寝ている自分の様子が映っていた。
黒い機械(ゲーム機)に触れてみると、このカクカクとした物体が現れ、おそらくそれは自分であると認識。
今、自分のいる部屋にある鏡を見ると、自分に似てはいるが、違う女の子の姿が映っていた。
そして状況を整理し、自分と画面に映っている女の子が入れ替わったと判断したようだ。
…私だったらそういう考えには至らないのだが、これは育ちの違いなのだろうか。
どうやったらそんなに冷静でいられて、そんな高適応力があるんだ。
「私は元はデータだ。だから、このような形でだが、ゲームの中に入ることが出来たのだろう」
「へ…へぇ…」
「つまり、君は私からすると画面の中にいる。そうだな……あぁ。確かこれを使えばいいのだな」
「これ?」
なんだろうと疑問に思った途端、私の足は勝手に動き出した。
「な、なななっなにこれ!?ちょっとえっ!?なんで!?」
足を止めたいのに止まらない。
私の意思で動いているのではない。
まるで、誰かに操られているように勝手に足が動くのだ。
やっと足は止まったかと思えば、次は腕が勝手に動き出す。
「ほう。この○ボタンを押すと腕が動くのだな。逆の立場になると中々新鮮なものだ」
「ちょっ、ちょっと!!どうなってるの!?ねぇってば!!」
「あぁ、すまない。つい興味が湧いてしまってな」
勝手に動いていた腕は止まり、ようやく自分の意思で動かせた。
今のはなんだったんだろう。
そういえば、○ボタンとか逆の立場とか言ってた…?
「これで信じてもらえただろうか?今のはコントローラーというものを使って君を動かしてみたのだ」
「コントローラー?動かした?私をあなたが?」
「あぁ。君もいつもこれを使って私を…アリシアを動かしていただろう、志乃」
…まさか。そんなことありえる?
本当にこのカクカクした変な物体はアリシアで、私とアリシアは入れ替わった世界にいるってこと?
「アリシア…本当にあなたはアリシアなの?」
「あぁ、そうだ。志乃」
「どうして私の名前を…私のことを知っているの?」
「勿論知っているさ。私はずっと君を画面の中から見てきた」
「画面の中から…?」
「そうだ。上を見上げてみろ。私が見えないか?」
上を見上げてみる。
この部屋の白い壁紙と同じ色の白い天井。
アリシアの姿は見えない。
「ん…?」
よく目を凝らして見ると、その白い天井に数cmの黒くて丸いものが見える。
あれは何…?虫か何か…?
「どうした?私は見えたか?」
「アリシアなんて見えないよ」
「何?おかしいな…」
アリシアによると、アリシアがこのゲームの世界にいた頃は、天井の真ん中に数mの穴が空いていたらしい。
その穴からは微かな光が見え、その光の中にはいつも私が映っていたそうだ。
…もしかしてその穴って虫かと思ったこの小さな黒くて丸いやつ?
仮に今私が見ている数cmの黒くて丸いものが穴だとするならば、アリシアのいた頃よりも穴は小さくなっているということだ。
その穴から私が見えていたってことは、現実世界とこのゲームの世界の繋がりだったりしたわけじゃない?それが小さくなってるってまずくない?
「穴が塞がりつつある…というわけか」
「もし完全に塞がっちゃったら、もう戻れなくなるのかな…?」
「そう…だな。その可能性もあるだろう」
「そんな……」
「そう落ち込むな、志乃。可能性があるだけで決まったわけではない。とにかく今はこの状況をもう少し確認し、整理をしてみよう」
「う、うん」
そうだよね。
この事で落ち込んでずっと悩んでも状況が変わるわけではないし…
とにかく今はアリシアの言う通り、状況整理が先だ。
【アリーシャ・ファリッド・ヒルハ】
『アリシアの冒険』の主人公。
静沈着で芯の強い姉御肌。だが、少し天然なところがある。
根拠はないが、自信に満ち溢れた言葉を多々発言する。決して投げやりなわけではない(多分)。
【穴】
上を見上げると開いていた直径数mの穴。アリシアのみが気づいていた様子。
ここからプレイヤーである志乃の楽しそうにプレイする姿や感動して泣いている姿、失敗して舌打ちをする姿など実は色々と見ていた。
現在は数cm程の大きさになっている。