春の女王さまと二つの国
冬のある日のことでした。わたのような雪が空からひらひらと舞い落ちて、木や草や、家々の屋根の上を一面真っ白に染めています。
春の女王さまは、ご自分のお城の中で塔へゆくための準備をなさっていました。
といいますのも、この国には春、夏、秋、冬のそれぞれを司る女王さまがいらして、その四人の女王さまが交替で塔に住まわれることで、四つの季節がめぐります。今お城の外で雪がふっていますのは、冬の女王さまが塔に住んでいらっしゃるからなのです。そして、もうすぐ冬の女王さまと春の女王さまが交替する時分になりますので、それで春の女王さまはいそいそと準備をなさっておいでなのでした。
春の女王さまが、塔へお持ちになるドレスを選ばれたり、召使いにお気に入りのばらの香油を用意するように言いつけていらっしゃいますと、「女王さま、春の女王さま」と呼ぶ小さな声がありました。見ると、窓のところにるり色の羽をした小さな鳥がちょこんと乗って、春の女王さまを呼んでいるのでした。この小鳥は毎年春の女王さまが塔にお住まいになる間、やって来ては美しい声で歌を歌ったり遠い異国の話をしてくれましたので、決められた期間ずっと塔から出られない春の女王さまは、小鳥が飛んで来るのをいつも楽しみになさっていました。
「あら、おまえ。どうしたの? わたくしはまだ塔にこもってはいませんよ」
小鳥が春の女王さまのお城に来るのはめずらしいことでしたから、春の女王さまはふしぎに思っておたずねになりました。すると、小鳥は答えました。
「はい、女王さま。わたしがここにまいりましたのは、北の国のことをお話しするためでございます。ここからずっと北にあるさびしい国のことを、女王さまはご存じですか?」
春の女王さまはご自分がお住まいになるこの国の外には、一度もお出かけになったことがありませんでした。遠い遠い北の国のことなど、お聞きになったこともありません。
るり色の小鳥は、春の女王さまに北の国の話をしました。
「わたしはまた塔にこもられる女王さまへお話しするため、あちこちを旅しながらおもしろいものを探して、ついこの間は北の国に行ってまいりました。北の国には、この国のように季節の女王さまたちがいらっしゃらないので、一年中ずっと大地が氷におおわれているのです。ここの冬より、ずっとずっときびしい寒さです。人々は冷たい海で苦労して魚を捕って暮らしています。凍える思いをしても、捕まえられる魚はほんのわずかです。みんなそのわずかな魚を分け合って、身を寄せ合いながら寒さをしのいでいます。北の国の人々は、春のあたたかさを知らないのです。どうかかわいそうな北の国の人々に、春をもたらしていただけませんか」
小鳥の話を聞いて、春の女王さまは大層おどろかれました。春の女王さまは春夏秋冬のあるこの国しかご存じありませんでしたので、季節のない国があろうとは思いもよらなかったのです。
春の女王さまは冬の雪がお好きでした。真っ白な雪は冷たいですけれど、手の上ではかなくとけてゆく雪の結晶は、きらきらと輝いて宝石にも劣らぬ美しさです。また、春の女王さまは夏の空がお好きでした。真っ青な空に真っ白な雲が浮かぶのをごらんになりますと、かけ出したい気持ちになられます。秋の紅葉もお好きです。はらはらと落ちた、赤や黄に染まる木の葉の中から、とびきりきれいな葉を探しては本のしおりになさいました。
そしてなにより、ご自分が司る春が大好きでいらっしゃいました。もちろん、春の女王さまは春の間は塔にこもられていますから、外のようすは窓からしかごらんになることができませんでしたけれど、色とりどりの花のまわりでひらひらとダンスをするちょうちょを眺めるのがお好きでした。窓辺にお座りになって、あたたかい風が運んでくるあまい花のかおりを楽しみながら本を読むのがお好きでした。るり色の小鳥が話してくれる、国中の人々のよろこびに満ちあふれたようすを想像すると、春の女王さまも自然と笑顔になられるのでした。
北の国には、そのすてきな四季がないというのです。
「春の花のかぐわしさも小鳥たちの恋のうたも知らないとは、北の国の人々はなんと気の毒なのでしょう」
春の女王さまはたいへんおやさしい方でしたので、小鳥の話を聞いて、北の国の人々をあわれに思われました。そして、四季のない北の国に春を届けにゆくことになさいました。
春の女王さまが北の国にいらっしゃいますと、そこはるり色の小鳥が言っていた通り、見渡すかぎり冷たい氷におおわれていました。切りつけるような風がびゅうびゅうと吹き荒れ、厚い外套を着ていてもからだがふるえます。あんまり寒いものですから、「本当にこんなところに人が住んでいるのかしら」と春の女王さまは思われました。
けれど、少しゆきますと、氷の上に、氷でできた小さな家が建っていて、中には何か動物の毛皮をまとった人が住んでいました。家から顔をのぞかせたやせぎすの男は、ぎょろりとした目で春の女王さまをにらみつけて言いました。
「何だね、あんた。うちにはあんたに分けてやれる魚なんてありはしないぞ」
春の女王さまを知らない男は、それだけ言うとすぐに家のとびらを閉めてしまいました。
他の家もたずねてみましたが、北の国の人々はみんな同じように、春の女王さまと話をしようともしません。
春の女王さまは「きっと風が冷たすぎるから、人々の心も冷たくなってしまったのだ」と思われました。そして、氷がとけてあたたかい春が来たら、みんな笑顔になるにちがいないと、地面の氷をとかし始められました。
あたたかい風とともに冷たい氷がとけ、若草が萌え出ると、そのようすを見た北の国の人々は大層おどろき、大よろこびしました。これでもう、凍えずにすむのです。
北の国の人々の笑顔をごらんになって、春の女王さまもうれしくなられました。そして、次々と北の国の氷をとかし、花を咲かせてゆかれたのでした。
そのころ、ずっと南にある四季の女王さまたちの国では、いつになっても冬が終わりませんので、みんな心配になっていました。
春から秋までずっと畑仕事に汗を流していた農夫は、冬になると揺り椅子にゆられながらパイプをくゆらせ、おかみさんは暖炉の前で縫いものをしてのんびり過ごします。冬はそういう休息の時期でしたけれど、あんまり長くなっても困りものです。このまま雪がふりやまなければ、麦も野菜も育たず、そのうち食べものも尽きてしまいます。
いつもならとっくに雪がとけて若芽が芽吹く時分になっても、外は吹雪のままでしたので、王さまもこれはたいへんと思って、何ごとかと家来にたずねられました。
家来は困り果てたふうに答えました。
「春の女王さまがお出かけになったまま、もどっていらっしゃらないのです。それで、冬の女王さまも塔をお出になることができません」
それもそのはず、春の女王さまは遠い北の国で草花を芽吹かせるのに忙しくなさっているですから。
王さまはすぐに家来を北の国に遣わして、春の女王さまを連れもどそうとなさいました。けれども、季節の塔がない北の国で、春の女王さまは春をゆき渡らせるために国中をかけまわっていらっしゃいましたから、なかなか見つけることができません。
そこで王さまはおふれを出されました。
『春の女王を連れもどし、冬の女王と春の女王を交替させた者には、好きなほうびを取らせよう』
おふれを見て、たくさんの人たちが北の国へ春の女王さまを探しにゆきました。南の国の人たちは、北の国の人たちに春の女王さまがどこにいらっしゃるかたずねましたけれど、北の国の人たちは「せっかく来てくださった春の女王さまに帰られてはいけない」と、けっして女王さまの居場所を教えませんでした。それどころかみんな、遠くから来た南の国の人に意地悪をしましたので、春の女王さまを連れもどしに来た人たちは、肩を落としてとぼとぼと帰るしかありませんでした。
力じまんの大男は、冬の女王さまを外にお連れしようと、塔のとびらをこじ開けようとしました。うんうんうなりながら押したり引いたりしましたが、とびらは固く閉まったまま、びくとも動きません。
夏の女王さまと秋の女王さまも開けてみようとおためしになりましたけれど、やっぱりとびらは開きません。冬の女王さまがおこもりの時は、春の女王さまでないと、とびらは開けられないのです。
そうしている間も、毎日雪はふり続き、食べものも薪もどんどん少なくなってゆきます。
腹を立てた王さまは、他の女王さまたちまでもどこかへ行ってしまわれないようにお城に閉じ込めて、春の女王さまを連れもどしたあかつきには、春の女王さまも閉じ込めてしまおうと思われました。
閉じ込められた夏の女王さまと秋の女王さま、それから塔から出られない冬の女王さまも、悲しくてしくしくと泣いていらっしゃいました。
南の国の人々が、冬が終わらなくて困っていることや、王さまがおふれを出されたことは、春の女王さまの耳にも届いているはずです。それなのに、どうして春の女王さまは南の国におもどりにならないのでしょうか。
南の国の人たちは、「春の女王さまは、わたしたちの国が嫌になってしまわれたのだろうか。北の国のほうがお好きだから、もどっていらっしゃらないのだろうか」と思って悲しくなりました。
北の国へ春の女王さまを探しに行った人の中には、きっともう春の女王さまはもどられないだろうと思って、そのままそこに住み始める者もありました。
春の女王さまを連れてもどる者は、だれもありません。
冬が終わらず、雪がしんしんとふりつづく南の国のはずれに、小さな家がありました。ぼろぼろで、くずれた壁のあちこちから、すきま風がひゅうと入ってきます。
家の中には男の子と、るり色の小鳥がいました。小鳥は旅の途中、よくこの家で休ませてもらうのです。
「ねえ、小鳥さん。どうして春の女王さまはおもどりにならないんだろう? ぼくたちのことがきらいになってしまったの?」
窓の外の真っ白な景色を見ながら、男の子が小鳥にたずねました。男の子がしゃべるたびに、ほおっと白い息が浮かび上がります。
男の子の家は貧しく、長引く冬に、これ以上薪を買うお金はもう残っていませんでしたので、男の子はつぎはぎだらけの服を何枚も重ねて着て、布団に包まってがまんしていました。
小鳥は男の子に答えました。
「いいえ、そうではありません。春の女王さまは、季節のないかわいそうな北の国の人たちに、春を届けるのにお忙しいのです」
「北の国には季節がないの?」
男の子はおどろいて目を丸くしました。
「そうです。北の国には季節の女王さまたちがいらっしゃらないのですよ」
小鳥が、北の国がどんなにさびしいところか話しますと、男の子は赤くなった小さな手に息を吐きかけながら聞いていました。
男の子は少し何か考えてから、小鳥にお願いしました。
「小鳥さん、春の女王さまに手紙を届けてくれませんか」
「おやすいごようですとも」
るり色の小鳥は、雪が弱くなったのを見はからいますと、男の子の手紙をくわえて、北の国の春の女王さまのところへ飛んでゆきました。
さて、るり色の小鳥が手紙をたずさえて北の国へ飛び立ってから幾日かたったある日、南の四季の女王さまたちの国では、とうとう王さまが北の国へ兵隊を進めようとなさっていました。いつまでたっても春の女王さまを連れて帰る者がありませんでしたので、力ずくで取りもどそうというのです。
そこへ、家来があわてたようすでかけ込んで来ました。
「王さま、たいへんです! 春の女王さまがおもどりになりました!」
おどろいておられる王さまの前へ、春の女王さまが歩み出ます。そのとなりには、粗末な服を着た小さな男の子が立っていました。王さまがこの男の子はだれか問われますと、家来は「この男の子が春の女王さまを連れて来たのです」と答えました。
王さまは、こんな小さな男の子がいったいどうして春の女王さまを連れもどすことができたのかふしぎに思って、男の子にたずねられました。
「おまえはどうやって春の女王を連れもどしたのだ」
男の子は、行儀よくおじぎをしてから言いました。
「はい、王さま。ぼくは春の女王さまにお手紙を書きました」
「その手紙には何と書いたのだ」
「ぼくの家にはお金がありません。薪がなくなってしまったので、毎日布団に包まって寒さをしのいでいます」
「それで、春の女王に帰ってきてほしいと書いたのだな」
王さまのことばに、男の子は首をふりました。
「いいえ。春の女王さまがもどっていらっしゃったら、北の国の人たちはまた季節のない、氷の世界で凍えてしまうのでしょう。ぼくと同じように、暖炉にくべる薪がなくて、かじかんだ手に息を吐きかけてあたためるのでしょう。ぼくたちが春の女王さまにもどっていただきたいと思うのと同じに、北の国の人たちは春の女王さまに帰ってほしくないと思っているのにちがいありません。だから、春の女王さまに、ぼくたちの国と北の国に、かわるがわるお住まいになるのはいかがですか、と書きました」
これを聞いた王さまとまわりの家来たちは、大層おどろきました。みんな春の女王さまをなんとか北の国から取りもどせないかと、そればかり考えていたからです。
春の女王さまもおっしゃいました。
「わたくしは北の国にいる間、何度もこの国に帰ろうと思いました。けれども、わたくしがもどったら、王さまはわたくしを閉じ込めようとお思いだというではありませんか。そうなっては、もう二度と北の国へはゆけないでしょう。北の国がまたもとの通りに氷におおわれてしまうのを考えると、やっぱりこの国へもどるのはしのびなく、思いなやんでいましたところに、この子から手紙を受け取りました。寒さにふるえる文字を見たので、こうしてお願いにもどって来たのです。わたくしはこの国も北の国も、どちらも見捨てることはできません。どうか王さま、わたくしが季節の塔にこもらない時に、北の国へゆくことをお許しください」
男の子と春の女王さまの話を聞いて、王さまは二人の言うことはもっともだと思われました。そして、自分たちのことばかりで北の国の人々のことをかえりみなかったことを恥ずかしく思われたのでした。
王さまは、春の女王さまが北の国と南の国にかわるがわるお住まいになれるよう、北の国の王さまと相談することを二人に約束なさいました。
「では、春の女王を連れもどしたおまえには、言った通り、好きなほうびを取らせよう。おまえの望みは何だ?」
王さまが男の子におたずねになると、男の子は答えました。
「それでは、ぼくが使えるほどの、小さなくわをいただきたいです。春になったら、お父さんやお母さんの手伝いをしようと思うのです」
王さまは男の子の心がけに深く感心なさって、くわの他にたくさんの金貨をお与えになりました。
南の国の王さまは、北の国の王さまと話し合われました。そして、春の女王さまだけでなく、四人の季節の女王さまたち全員に、北の国と南の国にかわるがわる住んでいただくことに決められたのです。春の女王さまのほかの三人の女王さまたちも、季節のない北の国の話を聞かれますと、みんなこの考えに賛成されました。
北の国の人々も、春の女王さまを帰らせまいと南の国の人たちに意地悪したことを反省し、協力して北の国にりっぱな季節の塔をつくりました。
それからというもの、四人の季節の女王さまたちは、二つの国の塔にかわるがわる住まわれましたので、北の国と南の国の両方で季節がめぐるようになりました。北の国で春、夏、秋、冬の順に季節がめぐる時、南の国では秋、冬、春、夏と季節がめぐるようになったのです。北の国が夏の時、南の国は冬になるというふうに、北の国と南の国では季節が反対になりました。
季節がめぐるようになった北の国では、南の国にはないよく効く薬草が採れるようになりましたので、南の国ではやり病があった時、北の国からこの薬草が送られ、たくさんの人々の病気をいやしました。また、北の国で冬に食べものが少ない時は、南の国から野菜や果物が送られました。そうして、二つの国の人々は、助けあっていつまでも幸せに暮らしたということです。
春の女王さまに手紙を書いた男の子がどうしたかといいますと、春になるとお父さんやお母さんといっしょに、王さまからいただいたくわで畑を耕し、秋には食べきれないほどの作物が実りました。いただいた金貨で建てた大きな家からは、いつも楽しそうな笑い声が聞こえたそうです。
春の女王さまが北の国の塔にこもられていたある日のことです。
外には、南の国ではごらんになったことがない、青や白のさまざまな花が咲いて、ちょうちょたちは南の国とはちがったダンスをしています。窓から入ってくる風のかおりまでちがいます。
春の女王さまが「あれは何という花かしら」と窓の外をながめていらっしゃいますと、そこへいつものようにるり色の小鳥が飛んでやって来ました。小鳥のくちばしには、赤や黄色のきれいな落ち葉がくわえられています。南の国の男の子からのおくりものでした。
「まあ、なんてきれいなのでしょう」
「女王さま、南の国は今年も豊作です。きっと冬も安心でしょう。お祝いのお祭りは、それはそれはにぎやかでしたよ」
小鳥の話を、春の女王さまはにこにこと花のほころぶような笑顔で聞いていらっしゃいました。
塔の外のうららかな春の景色をながめながら、もう一つの国の実り豊かな秋のようすをお聞きになるのが、春の女王さまの新しい楽しみになったのでした。
北半球と南半球で季節が逆になるのはこういうことだったんだよ!
ΩΩΩ<な、なんだってー!!