表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

伊古元亜美のショートショート集

メモランタ

作者: 伊古元亜美

ショートショートになります。(2,488字

『久しぶり、今から会えない?』

 高校時代の同級生からの電話。それをもらったのは深夜零時過ぎ、街明かりもとうに消えた夜更けだった。

 なぜ今さら、とか、どうしてこの番号を知っているとか、疑問はいくつかあったけど、とりあえず一度会ってみることにした。

「おっす」

 近所の公園で待ち合わせていた彼は、あたしを見つけるやいなや、ベンチから腰を浮かしてそう言った。街中で偶然会ったような気さくさだが、彼と最後に顔を合わせたのは高校一年のとき。つまり十年ぶりの再会である。

 彼は下にジーパン、上にモッズコートを着ただけのラフな格好だった。対してこちらはスーツの上に寒さ対策のトレンチコートを羽織っただけ。ある意味、あたしもラフなスタイルだ。

「悪いね。急に呼び出したりなんかして。寝てた?」

「いや、ちょうど仕事終わって帰ってきたところ」

「ああ、働いてるんだ。立派なもんだ」

「だって働かないと生きていけないから。そっちの仕事は?」

「まあ、ぼちぼちね。色々あって大変ではあるかな」

 仕事はなにをしているのか、という意で聞いたのだが、伝わらなかったようだった。はぐらかされたとも考えられるけど、わざわざ聞き直すほどあたしは口数が多くない。

「…………」

 だからこそ、ベンチに二人で腰かけたとしても、活発な会話など生まれるはずもない。高校の頃はわりかし話していたとは思うけれど、それは一年生の頃だけの話。今ではどんな話をしていたのか思いだせないし、何を話せばいいのかもよくわからない。クラス替えや卒業を経て化石となった関係性は、十年という月日の砂に埋もれて、見えなくなっていた。

「……会うのって高校以来だよね? 久しぶり」

「…うん、久しぶり」

「夜遅くのこんな場所だからさ、見間違えるはずないんだけど、それでも一瞬見違えたよ。高校のときより綺麗になってたから」

「……そう、なのかな?」

 脈絡ない言葉に、戸惑う。なんて答えたら正解なのか、口下手のあたしには荷が重い。

「たぶん、きみが大人になったってことなんだと思う。お化粧をして、社会に出て、色々な人との出会いの中で働いて、そうして一人前になったってことなんだと思う。………俺と違って」

「……そっちだって、もう大人でしょ?」

「いやあ、俺はまだまだ子供だよ」

 そういって笑う彼の表情は、確かにあのころの無邪気さを残しているようにみえた。

「あとさ、こっちが呼び出しといてなんだけど、夜中に呼び出されて一人のこのこと来ちゃうのもどうかと思うよ」

「そういうもの?」

「そうだろ? 元同級生とはいえ、男にほいほいついていっちゃ危ないからな」

 次から気をつける、そう答えたら「そういうところは変わらないね」と彼はただ苦笑するだけだった。

「髪、伸びたね」

 自販機の前で小銭を入れながら、そんな他愛のないことを尋ねてくる。

 いや、高校の時はショートにしていたのか。でも長いほうがいいと言われてからは、少しずつ伸ばすようになり、今では後ろでくくれるようになった。

「そうだね。たぶん10年分だよ」

 それだけの月日を反映しているのだ。そう考えると自然と愛着も湧いてきて、髪をなでる手つきにも優しさが灯る。

「俺は短いときのきみしか知らないけれど、今の髪型も好きかな」

 缶コーヒーを目の前に差し出されて、おぼつかない手先でそっと受け取った。かじかんだ指先から全身にゆっくり伝わるぬくもりが、寒空の下ではなによりも尊かった。

「そろそろ……本題、」

 聞かせてくれる?―――あたしの下手くそな切り出し方は、彼にもうまく伝わるだろうか。ずっと気になっていた彼がここに来た理由、あたしを呼び出した理由、それがなんなのかと。

「自分のことがわからなくなって」 

 けれど彼の答えもまた、どこかつかみどころのないもので。

「きみに会えば、なにかわかるかと思った」

 揺れ動く瞳の中の光は、熱を欠いたともし火のようだった。

「それで、答えは見つかった?」

「わからない…。だから、確かめさせてくれ」

 そう言って彼は、あたしの体を抱き寄せた。

 地面に張った氷を踏みしめたのか、『パリッ』という音が頭の中に響いた。その温もりは、突き放すにはあまりにも弱弱しく、儚げな感触を思わせた。

「ごめん、もう少しだけ、このまま…」

 顔の見えない彼の声。あたしは一瞬頭の中が真っ白になって、それでも言葉を絞り出す。

「あたし、彼氏いるんだけど、」

「そっか、そうだよな」

 そう言って、しかし抱き寄せる腕の力は変わらなかった。


「ありがとう。これで確かめられた」

 いつまでそうしていたのだろう。彼はそう告げると、あたしから手を放して距離を取った。

「ごめん。行かなきゃならない」

 それが彼と別れた最後の言葉だった。

 寒空の下、あたしは呆然と立ち尽くす。

 どうして、今さらあたしの心をかきむしるんだ。

 もう決着のついたはずの感情が、再びざわついているのがわかる。

 意識していなかった、といえば嘘になる。

 けれど当時のなけなしの記憶と感情を、今と言う時間軸で観測しても、あれは恋ではなかったとしか思えない。10年前のあたしと、今のあたし。両者はもっとも近く、もっとも遠い存在だ。

 あたしは、彼のことが好きだったのだろうか。

 それを確かめるには、記憶はあまりに曖昧すぎる。それを感じるあたしもまた、


 翌日。彼の名前は全国に広まった。

 あたしにとっての同級生は、テレビでは銀行強盗という肩書を与えられた。

 山奥で自殺体として発見された彼は、連日テレビを賑わせた。しかしそれすらも一時の流行りに過ぎない。時の流れは残酷だった。


 あれからあたしは、あの公園を訪れるようになった。

 同じ場所であっても、その景色は季節によって移ろう。それでもここは、あたしにとってはひとつの光景に見えるのだ。

 あるいは彼は、そのためにあたしに会いに来たのだろうか。

 あの夜の光景を、あたしは忘れない。

 記憶と感情が、色あせていくとしても。

 たとえいつか思い出せなくなる日が来るとしても。

 あのときの記憶と感情は、凍り付いたようにそこにあり続けている。

 たとえ誰もが忘れたとしても、あたしだけは今度こそ忘れない。そう誓って、今日も心で眺めるのだ。

 あの冬の景色を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ