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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

学校の怪談

作者: 九重九十九

注意。

この作品はhttp://ncode.syosetu.com/n2170dcの続き的な作品となっております。

二分程度のものなのでサクッと読んでからこっちを読んだ方がいいかもしれません。


かまうものか! 俺はコッチを読むぞ! という人はこのまま進みください。

二分? それくらいなら、という優しさの塊な人は上URL『ダルマさんが転んだ』を読んでからこっちを読んでください。


あと、一気に書き上げたので細かいところは雑になってるかもしれません、ご了承ください(笑)


 どうやら私は気絶していたらしい。

 目が覚めた私は真っ赤な教室にいる。

「っ!」

 思わず息を呑む。

 芳江ちゃん、真貴ちゃん、竜崎くん、黒沢さん、有馬くん。

 海星くん、瀬奈ちゃん、淀橋さん、小池くん、真里奈さん。

 串枝くん、光ちゃん、斉藤くん、川崎さん、沖波さん。

 栄田さん、南ちゃん、倉田くん、藤子ちゃん、宮下さん。

 榮倉さん、稔侍くん、高橋くん、小百合ちゃん、林檎ちゃん。

 小田くん、松永くん、池林さん、富永さん、吉森くん。

 大勝くん、四元さん、裕介くん、新井田さん、水島くん。

 駿河ちゃん、麻帆ちゃん、大河くん、勝目くん。

 そして、窪田先生。

 みんな、死んでしまった。

 そうだ、思い出した。『だるまさんが転んだの怪異』、鬼がみているのにみんな逃げるために動いたからその結果死んでしまった。

 私は放心にも似た状況で動けなかったし、そのあとすぐにだるまさんが転んだの怪異のルールに気が付いたのでみんなと同じようにはならなかったんだ。

「…………」

 とりあえず教室から出よう。

 後ろのドアはちょっと血で床がびっちゃりしているので、前のドアから教室を出ることにする。教卓では先生がやっぱりみんなと同じようにぐちゃぐちゃになっていた。

「…………」

 もう出よう。



 廊下も、教室と似たような状況だった。

 あの『だるまさんが転んだ』の怪異は、私の教室だけではなく全ての教室で起こったらしく、特に各教室のドア付近がひどく血で汚れていた。

 ここを出よう。そう考えるのには十分な光景だった。

「もうこの学校で生きているのは私だけしかいないと思った方がいいわね」

 普通に思えばひどい状況なのだろうけど、私の心は教室の時点でマヒしてしまったらしい。

 校舎の真ん中と右側に階段がある。私の今の位置からだと右側の階段が近いのでそちらを利用して一階に降りることにする。

 だけど、右側の階段を使って一階に降りることは叶わなかった。

「……うそ」

 もうこれ以上ひどいことはないと思っていたのに、私は思わず声が漏れてしまった。

 階段から下を見た時に見えたのは、それは一言でいうと幽霊だった。それも、兵隊の。

 半透明の、向こう側が透けて見える兵隊達は、まだ私に気付いていないようなので、ここは静かに退散する。なんで兵隊霊がいるのか、そんな疑問を感じるより早く身の危険を察して来た道を静かに戻っていく。

 見つかったらどうなるか分かったものではない。

「――はあ、はあ」

 ある程度忍び足で戻ったら、どっと疲れが出てきた。知らぬ間に息を止めていたみたいで、体が酸素を欲している。呼吸を整えてから私はあることを思い出した。

 昔、この学校は戦争中駐屯地として使われていたことがあると、その時に空襲もあって何人もの兵隊が亡くなったと。もしかしたら今見た兵隊霊はその時の人たちなのかもしれない。

「でもあれじゃ、階段は使えない……」

 校舎の真ん中の階段を使うしかない。そこももし兵隊霊がいたら、その時はもう諦めるしかない。

 その発想自体がすでに諦めが入っていることに気付かない私は、重い足を引きずるように真ん中の階段を行く。幸いなことに真ん中の階段には兵隊霊はいなかったので、私は無事に一階に降りることができた。

「学校から出る」

 改めて口に出すことで目的を明確にする。こんな状況なので気を抜くとすぐに心が折れてしまいそうになる、だから意識して何をするかを声に出す。その後のことはまだ考えていない。警察に行っても相手にされることはないと思う、それでも誰かにこの惨状を知ってもらうことが生き残った私にできる唯一のことなんだと自分で思う。

「あれ」

 校舎の玄関先まで来た私は、ある違和感を感じた。

 そしてそれはすぐに気が付いた。ガラス張りの扉が閉まっているのだ。

 冬や大雨の日でもない限り扉は常に空いているはず、今は秋初めで今日は晴れ、閉まっているのはおかしい。

 一抹の不安を感じて閉まっている扉に駆け寄る。

 ガタガタ、扉はあかない。鍵は――掛かっていない! なんで!? 試しに鍵をいじってみるけど、それでも開かない。

 いや、落ち着け私、ここは一階だ。ちょっとはしたないかもしれないけど、扉があかなくても窓から出ればいいじゃない。

 その答えにたどり着いた私は、少しは冷静さを取り戻す。

 玄関から廊下に戻り、近くの窓を見てみる。

 窓は鍵がかかり、閉まっていた。私は鍵を外そうと手を伸ばす。

「あれ、固い。なんで、あれ?」

 どんなに力を入れても窓の鍵はびくともしない。

「だったら」

 隣の窓を試すが、これもダメ。その隣も、そのまた隣も、結局廊下の窓全てを試してみたけどどれひとつ開くことはなかった。

 ここまで来て私は思い至る、もしかして、まだ怪異は続いている? だるまさんが転んだの怪異は始まりにすぎず、今もまた別の怪異が蠢いている?

 そんな最悪な考えをする私に、ポンと肩に手を置いて話しかけてくるモノがいた。

「君、大丈夫かい?」

 生存者! 私以外にも生きている人がいた! そんな希望をもってして振り返ってみれば、そこには、内臓をむき出しにして、左半身の皮膚がはがれ、生々しい肉がむき出しになっている全裸のモノがいた。



「――――っ!!」

「おっと」

 思わず悲鳴を上げる、けど、目の前のモノは私の口から声が出るよりも早く私の口を塞ぐ。

「しー、向こうの奴らに気付かれちゃうよ」

 目の前のモノは廊下の奥、階段がある方を指さす。確かあっちの方向には兵隊霊がいたはず……。

「わかった?」

 口がふさがれているので返事ができない私は、目の前のモノに恐怖しながらもがくがくと首を縦に振る。

「おーけい、口を外すよ」

 早鐘のように打つ心臓を少しでも抑えるために口からいっぱいに息を吸う。

「あ、あなたは……」

 どう見ても人間ではないモノに私は素性を訪ねる。

「あれ、見てわからない? 君も何度も見ているはずなんだけどな。まあいいや、こうして面として話すのは初めてだからね。僕は人体模型、よろしくね」

「人体、模型?」

 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。目の前で動き喋るこの人は、動き喋りこそしないものの理科室で見たあの人体模型と一緒のモノだ。

 この際、なんで人体模型が動くのかとかそんなことは考えないことにする。ここはもう普通の学校ではないのだから。

「移動するよ、階段が時間を稼いでるけど強引に突破されることもある、とりあえず行こう」

「あ、ちょっと!」

 人体模型は私の手を掴むと廊下を走り出した。

「花子さんが一度君と話をしたいと言ってるんだ」

「は、花子さん?」

 もしかして私以外にも生き残った人がいるのだろうか、だとしたらそれは是非にも会っておきたい。そして今後のことを一緒に考えたい。

「人体模型さん! その人は無事なんですか!?」

「え? ――ああ、いやね、花子さんは――」

 私の声掛けに反応してくれたせいだった。教室の窓を突き割り、突如飛来したモノが人体模型さんの頭に突き刺さり、その衝撃で人体模型さんは宙を舞い、壁にぶつかる。まるでドラマで頭を撃たれた人のようだった。

「人体模型さん!」

 人体模型さんの頭には深々と包丁が突き刺さっていた。

「逃げろ」

「でも……」

「家庭科室の包丁は、一本だけじゃない!」

 人体模型さんの発言で、包丁は家庭科室の物であり、深々と刺さった包丁がまだ飛んでくるということもわかった。分かったが、次々とくる意味不明な出来事にそろそろ私の心が折れてしまいそうだ。

「来た道を引き返せ、うまくやり過ごしたら音楽室に行け、アイツなら匿ってくれるはずだ!」

 包丁がでてきた教室を見てみると、暗い教室の中で不自然に浮いているものがいくつもあった、あれが全部包丁で、私めがけて跳んでくるかもしれない。

 その想像だけで十分に身が竦む。

「走れ!」

 すぐに動かない私を見た人体模型さんが叫んだのと、教室に浮いていた全包丁が人体模型さんに襲い掛かるのが同時だった。私も一瞬だけ遅れて、人体模型さんを見捨てて今し方走ってきた廊下を全速力で駆け戻るのだった。



 ただがむしゃらに走った。途中で一本も包丁が飛んでこなかったのはきっと人体模型さんのおかげなのだろう。その人体模型さんはもういない。

 会って数分しか経っていなかったが、こんな状況でもしゃべれる人(厳密には人ではなかったけど)の存在というのは大きいものだと気づかされる。私はまたもや一人になってしまった。

「…………負けるな、頑張れ私」

 人体模型さんは確か、音楽室を目指せと言っていた。どうやっても校舎から出られないのならば人体模型さんの言っていた『音楽室のアイツ』なら、この状況を打破するための何か知っているのかもしれない。

 さっきは必至で気に掛けてはいなかったけど、この学校はいつ包丁が飛んできてもおかしくはない。注意深く警戒をしながら音楽室を目指す。

 兵隊霊がいる階段を避けながら音楽室を目指していると、ピアノの音が聞こえてきた。

「誰か、いる?」

 私以外の生存者かもしれない! 逸る気持ちを抑えながら周囲の警戒を怠らずに音楽室の前まで来た。幸いなことにあれからナニカと出遭ったりもせず、無事にここまでこれた。

 私は胸をなでおろしながら音楽室の扉を開く。


 そこには、誰もいないのに勝手に鳴るピアノがあった。


「……………………え?」

 これも、怪異?

 全身の産毛が逆立つのを自覚する。その時、ピアノが止まり、代わりに声が聞こえた。

「誰だね、私の演奏を邪魔するのは」

 しかし、やはり音楽室には私以外の人はいない。

「どこを見ているのだね、ここだよ、ここ」

 声の出所を探る。音楽室の後ろ側から聞こえた。でもやっぱり人はいない。あるのは歴史上有名な音楽家を飾った額縁ともう夕方だと時間を伝える時計。

(もうこんな時間なんだ)

「そうだ、よく見つけたね」

(え?)

 時計がしゃべった、いや、そんなことはない。時計に気を取られていたがあの額縁から声が聞こえた気がした。

「ベートーベン、さん?」

「バッハだ、お嬢さん。ヨハン・ゼバスティアン・バッハ、覚えておきたまえ」

 白い羊のような巻き髪、恰幅のいい体に黒の服を着た肖像画は私を窘める。

「ご、ごめんなさい」

「私は心が広いから非礼を許そう。それよりも扉を閉めたまえ」

「あ、はい」

 私は開けっ放しだった音楽室の扉を言われるままに閉める。

「で?」

 バッハさんは私を見下ろす。

「君は何用で私の元へ来たのかね」

「あ、あの、人体模型さんがあなたのところに行けって……」

「あのグロテスクな人形がかね、ふむ」

「あの、人体模型さんは家庭科室の包丁に襲われてしまって」

「なるほど、君を逃がすために囮となったと。なるほど、みえてきた」

「人体模型さんは、花子さんと私を合わせるために私を迎えに来たようでした」

「花子、フム」

 バッハさんはしばらく考え込んでいるようで私たちの間にはしばしの沈黙があった。

「君、そこの窓からグラウンドはみえるだろう?」

「え、あ、はい」

「見に行きたまえ」

 立ち尽くしている私に指示を出す。

 流される性格の私は言われるままに音楽室の窓際まで歩いて行って、夕焼けが地面をオレンジに照らすグラウンドを見る。

「そこにグラウンドを走っている男がいるだろう」

「いますね」

「あれは幽霊だ」

「……まあ、なんですか。この状況でもう生きている人間は私しかいないのではないかと思ってきてますので……」

 生存者がいるなんて期待などすると、その分期待が外れた時に心の反動が痛い。

「そうだ、おそらくその通りだろうな。さて、グラウンドに見えるアイツはな、陸上部か何だか、とにかく走るのが好きな奴だった。それはもう足も速くてこの学校の、いや、陸上界の期待の星だったんだ。だが、不幸にも彼は死んでしまった。事故死だったか病死だったかは知らん、彼の存在に何故死んだのかの理由は必要ない、問題は死んでもなお走りたいという執着があったことの方だ。その執着のせいで彼は死してなおグラウンドを、時に廊下を全力で走っている。だが、彼を止める方法も実はある。走るということはスタートしたということだ、つまり、ゴールを用意してやれば彼は走る執着を終えることができる、そこで彼を知る人物は彼が走っている所を見かけたらこっちがゴールだと誘導した。そして、彼が目の前を走ったら大声でゴールと言った。彼は満足そうに消えていったと。ちなみにオチはその後またスタートと言ったらまた彼が走り出す怪異が発生したというものなんだが……」

「はあ、そうですか。なんか聞いたことがあるような、ないような?」

「だろうな。七不思議入りしていないとはいえ、この学校の怪談にこの話はあるのだから。さて、なぜ私がこの話をしたのかわかるかい、君?」

「いえ、その、全く」

 控えめに言って、分からない。

「この学校の怪談、噂話、そして七不思議が今のこの状況下では存在しているということだ。かくいう私も『しゃべる肖像画』と『ひとりでになるピアノ』として存在している。この学校では二つで『音楽室の怪異』となっているがね」

「じゃあ、もしかして、花子さんって!」

「君の想像の通りの花子さんだ。この学校の七不思議序列第一位『トイレの花子さん』だ。第二位、校内に現れる謎の『白い手』、第三位『動く人体模型と骨の標本』、第四位しゃべる肖像画とひとりでになるピアノの『音楽室の怪異』、第五位動き回る『二宮金次郎像』第六位『増えたり減ったりする階段』第七位『別世界に連れてゆかれる鏡』これらがこの学校の七不思議だ」

「学校の、七不思議……」

「覚えておきたまえ。さあ、第三位がお迎えだ」

「え?」

 音楽室の扉が開かれる、振り向くとそこにはガイコツ……骨の標本がいた。

「彼は骨だからしゃべれないが、行動の制限を受けていない。人体模型の代わりに彼が君を花子のところに案内するだろう。さあ、さっさと行きたまえ」

 骨の標本を見ると、ジェスチャーで私にこっちに来てと手招きしている。

 私は頷くと、一度バッハさんに頭を下げてから骨の標本さんに向かって歩く。

「気を付けたまえ。今の学校は普通ではない、まあ、人間の君が一番そのことを理解しているとは思うがね」

 そう、バッハさんは私を心配してくれた。私はもう一度頭を下げると、骨の標本さんが待っている廊下に出る。骨の標本さんが音楽室の扉を閉めたところでピアノの音が聞こえた。

 骨の標本さんが骨をカタカタさせて先導する形で私たちは歩く。

 多分、花子さんのところへ向かっているのだろう。彼女に会えば、事態は進展すると私の勘が告げている。

 骨の標本さんがチラリと私を見る、ちゃんとついてきているかの確認だと思う。

 大丈夫、私は逃げない。



 やはりというか、連れてこられたのは女子トイレだった。

 といっても、どこでもいいわけではないみたいでここに来るまでに三か所女子トイレの前を通り過ぎている。何が違うのか私にはわからないが、『怪異』に理由なんてものはないのかもしれない。

 骨の標本さんはジェスチャーで私にトイレに入るように勧めてくる。

 逃げることはない。私を嵌めようとしているのならわざわざこんな回りくどいことはしないはずだ。人体模型さんの時に無理やりにでも引きずってくればいいのだから。

 だから、『相手側』は私に危害を加えようという魂胆はない。そう、わかっている。いや、これは違う。

 これはただ私がそう思いたいだけだ。だってこの学校ではもう常識は通用しない。学校の怪談や七不思議が常識を支配している。どんなに合理的に考えようとも自分のルールで動く『怪異(かれら)』にはその考えは当てはまらない。

「…………」

 喉が渇く。

 ごくりと無意識のうちに唾液を飲んでいた。

 …………行こう。

 私は女子トイレの扉を開ける。


 一瞬、トイレの中が光ったような気がした。


「ようこそ、私の領域へ」

 いつの間にか、目の前にはおかっぱ頭の可愛い女の子がいた。

 白いシャツ、赤い吊りスカート。うわさに聞く通りの恰好だった。瞳はおおきくぱっちりして、鼻はスッと小さい、唇も愛らしい薄ピンクで微笑んでいる。

 警戒心が一瞬で溶けた。

 こんなかわいい子が『トイレの花子さん』だなんて想像できない。さん付けよりもちゃん付けの方がしっくりくる容姿をしている。

 そして、彼女の魅力のせいで気付くのが遅れたが、ここはトイレではない。

 六畳間に四角いテーブル、その上にはせんべいが乗っているお盆。壁には洗面台と、大きめの鏡。部屋の隅にはアナログながらテレビもある。ここは、いったいどこなのか、見当もつかない。

「さ、上がって。話をしようよ、お姉さん」

 花子ちゃんは、私に呼びかける。

 足元を見ると、ちゃんと靴を脱ぐようで、そりゃあ、畳だしそうか。

「お、お邪魔します」

 上履きを脱いでいざ畳の上に、変に緊張してしまうが、花子ちゃんの顔を見ると微笑んで私を待っている。

 四角いテーブルを間に挟んで花子ちゃんと向かい合うように座る。

「待ってたよ、お姉さん。人体模型を迎えにやったのはいいけど、まさか家庭科室の包丁が出てくるなんて思ってもみなかったよ、たまにしか家庭科室からでないから運が悪かったとしか言えないけどさ。まあ、人体模型が機転を利かしてバッハのところに行くように言ったのは評価するよ。音楽室ならバッハが一番強いからね、包丁の群れが家庭科室に帰るまでの避難所としてはこれほどのものはないよね。人体模型はしばらく動けなくなったけど、元々生物として生きている訳ではないからそういう意味では死にはしない。お姉さんも人体模型のことが気になっていると思うけど、ちゃんと大丈夫だから気にしないでね」

 そう、人体模型さん、大丈夫だったんだ。

「さて、本題に入ろうか。お姉さん、今、お姉さんが置かれている立場はとても繊細で危うい位置にいる、まずはそれを理解していてほしいの」

 花子ちゃんの顔が真剣なものに変わる。

「そこで、提案があるのだけど、お姉さん、新しく『学校の怪談』にならない?」

「――え?」

 理解不能。元々、住む世界が違うのでカルチャーショックはあるのは想定していたからこれについてはどうようはでない。

「ごめんなさい花子ちゃん、言ってる意味がよく分からないの」

「そうね、私も全部伝えずに自分の考えを押し付けるような話し方だったね、ごめんなさい」

「え、あの、いいのいいの! こっちこそ、ごめんなさい。わからないけど、多分、花子ちゃんは私を助けようとしてくれてるんでしょ? わからないことだらけだけれどもそれだけはなんとなくわかるの」

「お姉さん……普通、いきなりこんなことになったら逆切れしてもおかしくないのに、お姉さんはやさしい心を持ってるんだね」

「そんな! 私なんて……」

「話が進まないね。ここは私が強引だけど話の流れを修正するよ。さてお姉さん、最初に結論を言っておくよ? お姉さんは、強い力を持ったナニカに呪われているんだ」

 花子ちゃんは私の目をまっすぐみてそう告げた。

「私が、呪われている……?」

「うん。信じられないだろうけど、受け入れられないだろうけど、でもそれは本当なんだ。このまま放っておくと、お姉さんは近いうちに確実に死ぬと思う」

「死……」

 嫌でもクラスメイトたちを思い出してしまう。『だるまさんが転んだの怪異』、鬼がみている時に動くと死んでしまう理不尽な怪異。

 ブルリと体が震えた。

「でも、何もできない訳じゃない。ただ座して死を待つよりかは数倍いいと思われる選択肢が、あることはある。でも、選ぶのはお姉さん自身。だから、こうしてお姉さんと直接話したかったの」

 なるほど、人体模型さんが言っていた、花子ちゃんが私に会いたがっていた理由はそれのことだったようだ。

「その、選択肢って?」

「一つは、学校から出てお姉さんが自分自身で呪いをどうにかすること。呪いを消す方法を探すか、呪いを跳ね返すか、呪いを誰かに移すか、呪ったナニカを倒すか。とにかく、呪いの影響をお姉さんが受けないようにする方法をとること。ただ、お姉さんを呪ったナニカはとても力が強いの、この学校の怪異も、いわばお姉さんの呪いの影響で暴走しているような状況、学校だけじゃなく、街一つが『幻想化』してしまっている」

「げ、『幻想化』?」

「この学校の様子を見たでしょ? 私たちが普通に活動できているのがそもそもおかしいの。怪異が、怪異として在るこの状況が街全体で起こっている、って言えばどれくらいヤバイかわかるかな?」

「街全体がこの学校みたいになっているの!?」

「厳密には違う、というかもっとヤバイことになってるんだけど、言っても多分わからないからその理解でいいよ。残念だけどもう生きている普通の人間はいないと思ってもいいね。街がそんな中でお姉さんは自分の呪いに対抗しなくてはいけない。これが一つ目の選択肢」

 花子ちゃんはふうと一呼吸置く。

「次の選択肢が、学校にとどまること。学校にいる間、特に、ここやトイレ、音楽室なんかの特定の場所はお姉さんに呪いをかけたナニカよりも私たちの力の方が強い、だから学校にいる間は呪いの力に抵抗できる。だけど、それでも無限に匿うことは難しいの、それくらいお姉さんに呪いをかけたナニカは強いってことだね。だけど、お姉さんが学校の怪談として生まれ変われば、お姉さんに呪いをかけたナニカは手出しできなくなる。学校では原則『学校の怪談』のほうが強いからね。人間としては太刀打ちできない存在だけど、学校というフィールドで『学校の怪談』としてならば、対抗できるはず。これが、二つ目の選択肢。だけど、これは『人間としてのお姉さん』は死ぬし、『学校の怪談』になれる保証もない。もちろん、私やほかの七不思議たちにも協力させる。成功率は高いと思うけど、お姉さんは『怪異』となる覚悟が必要になってくる。酷なことを言っているのは私も十分わかっている、けど、これが今ある状況では一番ベターな選択肢だと思う。どっちの選択肢を選ぶかはお姉さん次第。私は強制はしないしお姉さんの選択肢を尊重する、だけど時間の制限はあることだけは覚えておいて」

 ――。花子ちゃんの長い説明が終わった。

「…………」

 私は、自分が呪われていることにまず驚いて、でも、それよりも私が呪われているせいで『学校の怪異』が暴走してしまったことにもっと驚いて、だって、それって、私のせいで皆が、みんながっ……!

 やばい、泣きそうになってくる。目頭が熱く、涙が、止まらなっ!

「お姉さん、いいよ。ここは私以外誰もいないから。自分を責めないで、お姉さんが悪い訳じゃないから、私は、お姉さんの味方だから」

「う、ぐっう、うぅあ、ああ! うああああああああああああああああああん!! うぅ、うっ、ず、ああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああ!!」

 私の中の、今までせき止めていた何かが外れた。

 多分それは、クラスメイトが死んだこととか、受け入れがたい状況だとか、花子ちゃんのやさしさだとか、もう自分でもわかんないくらいいろんなものが原因で、気が付いたら、私は花子ちゃんの膝の上で眠っていた。



 あれ、ここどこだっけ?

「あ、起きたね」

 見慣れない景色と赤い布地、それとかわいらしい声、ああ。思い出した。ここは、花子ちゃんの部屋だ。

視線を上げると花子ちゃんが口元を緩ませて覗き込んでいた。

「ごめん、なさい。私……」

「いいよ、むしろ今までよく頑張っていたよ。お姉さんの忍耐力は凄まじいものだと私は思うよ」

「そんなとこ褒められてもうれしくないよぉ」

 思わず、苦笑する。こんな状況になってから、初めて笑った気がした。

 いつまでも花子ちゃんの膝にお世話になる訳にもいかないのでここらで起きることにする。

「花子ちゃん、私決めたよ」

 私は正座して花子ちゃんを見つめる。

 泣いて、疲れて寝て、気分がスッキリした。だけど、いつまでもこうしてはいられない。花子ちゃんに、『学校の怪談』に迷惑を掛けられない。

「私、ここを出ていく。そしてできれば、私を呪った誰かを一発ぶん殴ってやる」

「お姉さん……」

「なんて、実は私自身、『学校の怪談』の一員になるのが怖いっていうのもあるし、花子ちゃんたちに迷惑もかけられないし、でも、私なんかが呪いをどうこうするなんてできる訳もないけど……」

 どんどん尻すぼみになってしまう。

「私は、お姉さんの選択肢を尊重するよ。そうだよね、普通、人間をやめて『怪異』になれって言われても困るよね」

「違っ、私なんかが花子ちゃんと同列の『学校の怪談』になんて、迷惑というか、烏滸がましいというか……」

「お姉さん? お姉さんはちょっと自分を卑下しずぎ。お姉さんはもっと自分を客観的にみないといけないね、今後の課題かな? さて、じゃあそうと決まればこんなところ早くでようかな。さ、立って立って、上履き早く履いてー」

「わ、ちょっと花子ちゃん押さないで!」

 花子ちゃんに促されて私は上履きを履く。

「鏡、一度出して」

「え、鏡?」

「お姉さんに言ったんじゃないよ、今に分かるから」

「――うわっ!」

 壁にあった洗面台の鏡、あれが一瞬だけどかなり強く光った。

 思わず目を瞑った。目が眩むほどの光ではなかったのですぐに目を開けると、そこは、ごく普通の女子トイレだった。

「え、あれ?」

「お姉さんは知らないかな、この学校の七不思議、七不思議序列七位、『異世界に連れてゆく鏡』って。私は鏡の異世界に部屋を持ってるの。基本的にトイレの中しか動けないからね」

 洗面台の鏡が異世界の入り口なの、と補足説明してくれる。

 そういえばバッハさんが教えてくれたっけ、泣き疲れて忘れちゃってた。

「さて、お姉さん。学校を出たら本当に気を付けて。学校はまだ私たち『七不思議』クラスが他の怪異を抑えていたけど、街中はどうなっているか私でもわかんない。だから本当に気を付けてね」

「うん、花子ちゃん、本当にありがとう。あと、せっかくの提案を蹴ってごめんなさい」

「何度も言うけど、私はお姉さんの考えを尊重するよ。お姉さんのことを思って祈るね」

「うん、ありがとう。私、行くね、って、ああ! そういえば学校から出られないんだった!」

「ああ、それならもう大丈夫、あれ私がやってたことだから」

「そうなの!?」

「お姉さんと話がしたくて、でももう大丈夫だから」

「――うん、わかった。じゃあ、本当にありがとう、私行くね」

「お姉さん! 最後にお姉さんの名前教えてよ!」

「ああ、そうだね。花子ちゃんは私の名前知らないんだよね」

 こんな状況だから名前を教えるのを忘れていた、というか、花子ちゃんも私のことをずっとお姉さんっていうものだから名前を知らなくても会話が成立するんだもん。花子ちゃんもちょっとは責任あると思う。

 まあ、いいや。

「私の名前は、華園紀香(はなぞののりか)よ」

「華園紀香……覚えたよ、お姉さん」

「もう、せっかく名前教えたんだから名前で呼んでよ」

 本当に、花子ちゃんといると気分が和らぐ。

「うん、紀香お姉さん。行ってらっしゃい」

「うん! またね!」

 引きずると別れが辛くなる。今でさえかなり辛いのに、もっと辛くなる。

 後ろ髪を引かれる思いを振り切って、私は花子ちゃんと分かれるのだった。



 ――――行っちゃった。

 女子トイレにはもう私しか残っていない。

「華園紀香お姉さん、ね」

「花子さん、お話は終わりましたか?」

「ここ、女子トイレなんだけど」

 私は女子トイレに堂々と入ってくる変態にジトっとした目を向ける。

「はっはっは、確かに『ついて』いますけど、生物ではないのでノーカンですよ」

「もう怪我は大丈夫なの、人体模型」

「ええ、この学校はいつも以上に力が溢れています。修復の速度も段違いですよ」

「……信仰してくれる人間がいないのにいつも以上の力か。本当に、どうなってるんだろう、これ」

「それにしても花子さん、なんで花子さんはあの子のことをそんなに気にかけていたんです? 我々『怪異』にとって人間一人、石ころ同然の存在でしょ?」

「人体模型、あなたは『トイレの花子さん』のルーツは知ってる?」

「うん? うーん? えっと、存じ上げませんが」

「勉強不足だぞー、まあ、諸説色々あるし、これは花子さんとしてではなくて個体差かもしれないけど、私の場合は厠神がルーツになってるの。そして厠神は女性の味方なの」

「へぇ、そうなんですか」

「まあ、トイレに華の香りを置きたいだけだったのかもね」

 なんて、私は自分の心情を小悪魔ぶってみたりする。

 さて、華園紀香お姉さん。私の手に入らなかったのだからこのまま無駄死には許さないから、ね?

私が学生の頃は、七不思議とか学校の怪談とかそういったものは全くなかったのでOrzって感じでした(もしくは、私が知らなかっただけかも)。

あ、でも専門学校の時には校内を麻袋を引きずって歩く幽霊ってのがありましたね。麻袋の中にはご遺体が~、って内容だったような……(曖昧3cm)。

特徴的には叺親父とか袋担ぎのような特徴なんだけど、そこから現代版へ派生した話かもしれません。こうやって怪談のルーツを想像してみるのも面白いですね。

あと花子ちゃんは絶対可愛い少女なはず!

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