第21話:抗う者ッスか?
であれば今自分がやっていることは一体全体何だと言うのだろうか?
アリスに人との関わりを教え、そこにある温もりを感じさせ、理不尽な運命から自分を救い出してくれるという期待をもたせる……。
なるほどメゾックが自分を馬鹿にしてきた理由もこれで良く分かると勇矢は顔を俯かせる。
全世界を敵に回すような行為を、その場限りの善意で背負うなどとほざいたのだから呆れるのも侮辱されるのも当然のことだ。
幼子がテレビの画面越しに映るヒーローに憧れを抱くような、そんな薄っぺらな気持ちでしかなかった己の拳を握りしめる。
こんなに強く握り締めたところで悪党を倒すことはおろか、たった一人の女の子さえ救えない非力さに震えが止まらない。
たった一人で何が出来るというのだろうか。
そもそも、ちょっと特殊な力がある程度の学生風情が、よくもまあ自分一人でなんとか出来ると思ったものだと冷静になった頭が自分自身に責め立てる。
ただの一度でさえまともに誰かを救えた事があっただろうか?
最初さえ良い顔をして助けてみるが結局は全部途中で投げやりにしてきたのではないか?
助けた救ったという結果論だけに目をやって、そこに至るまでの過程に何一つ考慮というものをしなかった自分がどこかにいたのではないだろうか?
誰もが首を縦に振って賛同するハッピーエンドしかない最善の方法を、果たして自分は見出し成し遂げたことがかつてあっただろうか?
そんなもの聞くまでもない。
なぜなら経験があるのならこんな初歩的な所を見過ごすわけがないのだから。
自分一人が頑張ればそれで事は済むと思っていた。
拳を握って、足を踏ん張って、どんなことにも歯をくいしばりながら耐え抜いた先に誰もが喜ぶ終わりがあると思いこんでいた。
だが、そんなものはこの世にない。
そんな綺麗事で片付く程、世界は甘くない。
どれだけ自分が頑張っても、それは結局の所アリスを苦しませ続けるだけ。
大した解決策も力もないくせに見切り発車で運命に抗い、しかしそれはどこまでいっても終わりの見えない負のループ。
自分にとって都合の悪いことには目を瞑って見えないようにして通り過ぎるのをただただ待って。
そんなものは救いとはいわない。単なる先延ばし。自分がやっていることは悪趣味な研究者達がやってきたことと何ら変わりない。
自分がやってきた事は小学生の道徳で学ぶような簡単な事柄を我が物顔で口にしただけではないのか?
子供のように手をだした人が悪いとか、その位のレベルでしか物事を把握できていないのではないだろうか?
正義か悪か、それを追求する段階ですらない。
なんせ自分がやっていることは、ただの嘘つきなのだから。
偽りなのだから。
誤りなのだから。
そこに正義が属するなど決してない。
なぜならそれこそが正義なのだから。
絶対的な善意の象徴に詐欺師紛いの自分が当てはまる理由など、この世のどこにもない。
ソファの上に糸が切れた操り人形のように力なく崩れ落ちる勇矢。
その瞳には既に白髪の男に向ける敵意すら灯されていない。
曇天のように淀んだ瞳は、ただ頼りなさげに揺れていた。
「…………悪いな、少年」
白髪の男はボソリと呟く。
「背負う必要のねぇもんを勝手に背負わせて……本当にすまねぇ」
その声色には白髪の男の明確な感情が宿っていた。
今の今までポーカーフェイスを貫いていた彼が、初めてその表情に悲壮の色を表したのだ。
勇矢は淀んだ瞳で白髪の男を見上げる。
そこに映る男の隻眼は、まるで涙を堪える子供のようにも見えた。
「………あんた、本当に敵なのか?」
「……アリスを狙う段階で俺が、おまえの敵であることに変わりはないだろ」
「そうじゃない」
勇矢は声を荒げる事もなく、ゆっくりと穏やかな口調で敵であるはずの男に言葉をなげかける。
「あんたが敵であることに変わりはない。でも……俺はどうしてもあんたと戦う気にはなれない。これが自分の力のなさからくる悲観的な考えからくるものなのか絶望からくるものなのかは今の俺にはわからない」
だけど、と勇矢は続ける。
「初めてなんだ……アリスを物扱いしないで一人の人間としてみてくれた人は…」
「……………」
「それに、あんたはわざわざこうやって俺に考える権利をくれた。何も知らない青臭いガキなんて無視してしまえばいいのに、それでもあんたはわざわざ遠回りなのにこんなことをしてくれた。そんな人が敵だなんて今の俺には思えない」
「アリスを狙ってくる奴は問答無用で殴り飛ばすんじゃなかったのか?」
「もちろん今でもアリスを簡単に渡す気はない。でも、あんたとは戦いたくない。あんただって今のアリスの境遇は望んだ結果じゃないんだろ?だったら同じ意志をもつ奴と戦う理由は俺にはない」
それは……と言おうとした白髪の男であったが、それ以上の言葉を言うことはなかった。
先程まで蝋燭の火のように頼りなさげだった勇矢の瞳には、いつの間にやら光が戻っており、それがまっすぐに白髪の男にへと向けられていたからだ。
その瞳にその発現に彼も何か思うところがあったのだろう。
困ったように前髪をくしゃくしゃと乱暴に片手でかきむしり、浅く息を吐く。
「………どうやら俺は意志ってやつにとことん好かれているらしいな」
白髪の男の意味深な言葉に、?と首を傾げる勇矢。
だが今のは彼の中では独り言としてカウントしているらしく、それ以上の事は語らずに別のことを話し始める。
「いいか?勘違いしているなら教えておくが俺はあくまで思想だけがお前と合致しているだけだ。俺とお前は敵でありそれ以上でもそれ以下でもない。立場上アリスを見逃すことは出来ないし、このままナーナーな形で終わらせようとするつもりもない」
「分かってる。部分的だけどあんたの話を聞いて、いつまでもこのままでいるわけにもいかないってなんとなくだけど分かったから。だから、しっかりと自分で考える。どこかの誰かの陰謀やら野望とか、そんなもん無視して俺が納得できるやり方でアリスをなんとかしてみせる」
「考えぬいた結果アリスをまたどこぞの暗部や組織に受け渡すなんて結論になっても、お前はそれに従うのか?自分が身勝手だと言った俺らのやり方に行き着いたとしても、お前はそれを良しと出来るのか?」
「問題ない」
「おいおい…随分と簡単に言い切ってくれるな。一体どこにそんな自信があるんだか……」
「そんなの簡単さ。俺は絶対にそんなやり方で終わらせるつもりはないから」
アリスを組織に預け“支配の光”を取り出す為の実験にとりくんでもらうのも手といえば手だ。
だが、それで得られるものなどたかが知れている。
自由な生活を手に入れるために自分の体を好き勝手にいじくりまわされて人としての尊厳さえももぎ取られた果てにアリスの笑顔などあるのだろうか?
たしかに“支配の光”がある限り今のアリスに未来はないだろう。
かといって自分一人が頑張ってもそれはアリスにとってただの重荷にしかならない。
救うという行為そのものがアリスに対する十字架になりうるこのジレンマをどうにかするには今までにないやり方で解決するしかない。
そうしなければならない。
なぜならそうでもしなければアリスが心の底から笑える世界などとうてい作り出すことはできないからだ。
勇矢は静かに自分の掌を見つめる。
『否定武具』。
相手の武具を逆算製造することで全く真逆の物体を作り出し、製造元である武具を容赦なく相殺・破壊する力。
武人がはびこるこの世界においてイレギュラーとさえ呼べるこの特殊な力があればもしかすると誰もが出来なかった方法でアリスを助けることができるかもしれない。
アリスがこの世界に最も求められている宝具のような存在であるならば勇矢はさしずめこの世界が最も危惧すべき存在にあてはまるだろう。
であるならば、この関係性こそがアリスを忌まわしい世界の負の連鎖から解き放つ切り札になる可能性は十分にある。
「もしアリスが人の欲望に支配されるってのが運命なんだとしたら、俺はそいつを真っ向から否定する。この手にあるのはそんなふざけた神様とやらをぶん殴るためにある力なんだから」
この世界を作ったというロキがアリスは涙を流し続けながら苦しみに耐え忍ぐなどというふざけた運命を決めつけたのだというのなら。
神代勇矢はそれを否定し他にあったであろう別の幸福な運命を肯定する。
否定の上で築き上げられる肯定があるというのであれば。
それで1人でも多くの人間が涙を拭うことができるのだとしたら。
神代勇矢は何度でも足を踏ん張って駆け出す事が出来る。
それが彼にとっての動力源でもあり戦う意味であった。