第20話:運命って何ッスか?
対して白髪の男は何も言わなかった。
ポーカーフェイス紛いのクールな表情は崩れることなく、彫刻さながらの無愛想な堅固ささえ感じられる。
勇矢は身体を床につき中心にあるべき芯をふらふらと揺れ動かしながらも、決死の覚悟で尚も叫ぶ。
「…アンタ達組織が求めてる“支配の光”をアリスから取り出したとして……そいつで一体何をしようっていうんだ?アリスの心も!体も!自分勝手にズタボロにしやがって!そこまでして手に入れたいものなのかよ!?人としての尊厳と引き替えに出来るほど“支配の光”ってやつは価値があるものなのか…ガハ…ッ!?」
言い終える前に口から粘ついた血が吐き出された。
体の内部にあるふさがりかけていた傷が開いたのだろう。
吐血と共に更に激しい痛みが勇矢の顔を苦悶のものへと変えていく。
ここでついに勇矢は完璧に地面に伏せる形になってしまう。
上体を支えていた両腕は小刻みに痙攣しており、力の伝達が上手く働いていないのは目に見えて明白であった。
それでも何度も立ち上がろうとしてくる勇矢を見ながら白髪の男は鼻から軽く息を吐いた。
「…………やれやれ、ますます話にならないってぇの」
そういって白髪の男は組んでいた足をほどき、勇矢のもとへと近づいていく。
そのことに気付いた勇矢は荒い息を吐きながら近づいてきた白髪の男を冷たい床に顔をつけながらも睨みつける。
敵意むき出しといった様子の勇矢にしかし白髪の男はその敵意に応じることはなく、意外と優しい手つきで勇矢の体を持ち上げ、それから近くにあったソファの上へと座らせた。
どうして、という問いかけに入る前にそれを妨げるように再度脇腹から突き抜けるような激痛が走る。
痛みに耐えるように痛む部分を手で強く握る勇矢とは真逆に白髪の男はいたってクールだ。
「……ま、素人がプロ相手に戦ったんだ。五体満足で生きてる事自体限りなくラッキーだって理解してんのか?」
「………負けられないんだよ…」
これ以上傷口が開くのを恐れたのか勇矢は一度目を強く瞑ってから、精神を落ち着かせる。
「もう二度と……大切な人を失いたくないんだよ………ッ!」
やや震えた声色は荒ぶっていた怒りの余韻というよりは泣く前の子供の精一杯の強がりのように聞こえた。
俯いているせいでその表情は読みとれないが、どちらにせよ白髪の男にとってそこまで大事なことではないのは確かだ。
なんせ彼の目的は何度も言うとおり、ただの話し合いなのだから。
そこにどれだけの喜怒哀楽が混ざっていようが、この場面においてはそれすらも本音を語り合う上での必要材料としてしか機能しない。
それが赤の他人同士ともなれば尚更だ。
「……お前のことは一通り調べてある。通ってる高校から人間関係もちろん鍛冶場に所属する前のことも含めて調べられるものは全部な」
「……………」
「勝手に調べられて気にくわねぇのは分かるが、俺達も遊びじゃねぇんだ。明確な敵の情報は調べておいて損はないからな」
白髪の男は前髪をかきあげながら言う。
「それをふまえて言わせてもらうがお前の行動はハッキリいってただの偽善だ。過去の過ちを償うために誰彼かまわず救おうとするその性格は見ていて吐き気がする」
「………だったら…」
「だったら何だ、か?そりゃ気にくわねぇだろ。テメェはテメェの罪滅ぼしのために誰かを救うことをその代償としている。そんなもんはテメェの勝手だ。関係ねぇ奴を罪を洗い流す代価として差し出してるその気持ち悪ぃ考えは誰が見ても俺と同じ事を言うだろうさ」
「……お前に何が分かる?」
「分かるさ」
白髪の男はいたって簡単に言葉を返した。
「テメェの惚れた女を信じきれなかった哀れな少年が大好きな女をその手で殺しちまったっていう話なだけだ。んなもん分かるにきまって____」
ダンッ!!という激しい音が言葉を止めた。
それは勇矢が白髪の男の首元を掴んで力任せにソファの背もたれ部分に叩きつけた音。
再度点火した怒りの炎は痛みを軽く蹴り飛ばし、ただ己の憎しみだけを吐き出す体としてリミッターを解除する。
「……………どうしたよ?図星をつかれて激おこちゃんかい?組織の人間をぶったおしたって言っても所詮はただのガキってこったな」
「黙れ!ちょっと調べたくらいで我が物顔で俺を語るんじゃねぇ!罪滅ぼし?代価?そんな細かい理由がないと人に手を差し伸べちゃいけないってのか!?ふざけんな!お前がどう思おうがアリスを助けたいって気持ちに嘘偽りはない!なにがあっても絶対に助けてみせる!」
「絶対に、ねぇ。そいつはご立派なこった。たかだか組織の一人を撃退したくらいでボロボロになってる奴の言葉とは思えないねこりゃ」
「何がいいたい?」
「簡単なこった。そんな考え方じゃアリスを守り抜くことは出来ないってことだってぇの」
そういって白髪の男は自分の首元を掴んでいる勇矢の手を払いのける。
「お前はメゾックがいた組織連中だけがアリスを狙ってると思ってるんだろうがそいつは違う。神になれ王にもなれる力をもつ神造兵器……そんな力をたかだか百人ぽっちの組織だけが欲してるわけねぇだろ。アリスをねらってくる奴らはそれこそ星の数ほどいる。暗部組織・軍隊・個人……もっといえばこの世界にいる武人のすべてがあの子にとっての敵なんだよ」
その言葉は決して白髪の男が感情をむき出しにして言ったでまかせの言葉などではない。
それだけは直感的にわかった。
何故ならそう思える理由も根拠も勇矢の頭の中には既に備わっていたのだから。
使い方によっては世界を自分の思いのままに牛耳れる、いわゆる王になるための最短であり最善の方法。
そんなものを知ってしまったら、きっと人間は綺麗事など無視して自分の欲望のままにアリスをねらうだろう。
それは即ち彼女の味方が誰一人として存在していないということになる。
「…ふざ、けんな……」
震える声で勇矢はそう呟いた。
声帯が嫌に強ばって勇矢の発言を妨げようとする。
それすらも今の勇矢にとっては悪意の対象でしかなかった。
「たかが“創造の光”を操れるってだけで世界から悪者さながらの敵扱いを受ける!?何も悪い事なんてしてないのに!?冗談じゃねぇ……冗談じゃねぇよ!!そんなことってないだろ…いくらなんでも………そいつはひどすぎる…ッ!!」
「あぁひどいな。だけど、それが答えでそれが真実なんだよ。アリスはそういう運命のもと生まれてきた同情と欲望の視線をうける無罪の魔女なんだ」
それにな、と付け加える。
「平気な顔して女の子の体を好き勝手にいじくり回す奴らがご丁寧にアリス一人を襲撃すると思うか?そんなわけねぇだろ。奴らはアリスを手に入れられるんなら何だってする。関係のない人間を巻き込んで、意味のない破壊を繰り返してでもアリスという存在を手に入れる為ならどんな汚い手でも使う。それに耐えられると思ってんのか?」
「……俺が戦いつづければ…」
「あん?」
「俺が戦い続けてアリスをねらってくる奴らを全員ぶったおしてやる!そうすればアリスはこうやって平穏な世界で暮らすことができる!俺一人が頑張ってあいつが救われるのなら俺はなんだってしてやる!アリスも他の皆も俺が絶対に守ってみせる!」
「………………どうやら勘違いしてるみたいだなお前」
白髪の男は頬を人差し指で軽くかいてから言葉を続けた。
「この話の本筋は別にお前がこれからの戦いに耐えられるかどうかって話じゃねぇ。これは果たして“アリス=ウィル=ホープは犠牲のもとに成り立つ生活を耐えられるか”どうかの話だってぇの」
白髪の男が言い切ったその瞬間。
神代勇矢は今までどれだけ自分が甘ったれた世界を生きていたのかということを実感させられた。
声も出なかった。
それ程までにその言葉は勇矢の心を大きく揺さぶった。
今自分がやっている行為そのものが根本から崩れていくのを感じた。
この世界には守る側の人間と守られる側の人間がいる。
守る側の人間は自分が培った強い心と信念のもと守りたいと思う存在を命をかけて守りきる。
そこには色々な試練があるがそれでもそれを凌駕する強い心と決意があればいつだって立ち上がる事が出来る。
妄想にも似た理想のヒーロー像に自分を重ねてみせるその行為はただの愚かな行為かと思われるが、だとしてもそれは事の善し悪しや偽善などを無視して人としてはとても立派なことだ。
であれば逆に守られる側の人間はどう思っているだろうか。
自分を守るためにいつもボロボロに傷ついていく味方をみて心は痛まないだろうか?
自分のせいで関係のない人が巻き込まれて傷ついていく世界をそれでも胸をはって歩いていけるだろうか?
犠牲のもとに成り立つ残酷な世界を果たして耐えることができるだろうか?
アリスはきっと耐えられない。
自分よりも他の誰かのことを大切に思う心優しい彼女が自分の為だけに周りをむやみやたらに傷つける世界を望むわけがない。
仮にそんな残酷な世界をそれでも胸をはって生きていけるという人間がいたとするならばそれは最早人ではない。
鉄かプラスチックかで出来た単なる容器を胸にしまった心のない人形同然だ。
ならば問いたい。
神代勇矢がアリス=ウィル=ホープにしている行為は果たして本当に正義なのか、ということを。
一見すれば残酷な運命から少女を救い出す立派なヒーローに見えるだろう。
むかってくる敵を倒してまわる正義の主人公として周りの目にはうつるだろう。
だがそれは本当に救いになるのだろうか?
それは悲運の運命から遠ざけるための単なる先延ばしにしかならないのではないだろうか?
自分一人が頑張っても、それがアリスの救いになるのか?
ボロボロに傷ついていく姿をみせることが。
関係のない人が巻き込まれていく世界を過ごさせることが。
残酷な運命を延々と繰り返すことが彼女の望みなのだろうか?
「アリスを傷つけたくないって思ってる奴らがどうして手を差し伸べなかったのかこれでわかっただろ?その場しのぎの正義はアリスにとって更に残酷な運命を味あわせることになるからだ。助けたと思ってるのはお前の勝手な自己解釈で結果、何一つだって前に進んじゃあいない。逆にこれから起こるであろう絶望を更に増幅させるただのおせっかいにしかなってないってことだってぇの」
「……………それでも、俺は……」
「力もない奴がどうこうできる問題じゃねぇんだ。あの子にとって一番の方法は手っ取り早く“支配の光”を取り出してこの運命から解放してやること。そのためなら多少のことにも目は瞑らないといけない」
「………約束したんだ………俺、は……」
「叶えられないもんを叶えてみせるってほざくのは約束なんかじゃねぇ。そいつはただの嘘だ。優しくもなんともねぇ、ただの残酷な偽りに塗りつぶされたかりそめの正義だ」




