第16話:敵を退けたご褒美ってあるんッスか?
______________
_________
鍛冶場には五つのエリアが存在している。が、なにも単に五つに大雑把に分けたというわけではなく、キチンとエリアごとに区は設けられている。
大体一つのエリアにつき8つの分割区があるわけだが、現在神代勇矢がいる場所はエリア4の1という区であった。
エリア4の1は鍛冶場きっての大規模な設備が整えられた病院がマンションなみの手軽さで周囲にほいほいと建設されている。
普通であれば病院が同じ場所に密集したとなれば人寄せ合戦のようなことにもなりかねないわけだが、そうはならずどの病院も同じくらいの設備で同じくらいの患者を治療・入院させていた。
平気でやんちゃをする学生が一気に集約されたこのエリア4でそもそも怪我人が少ないわけがなく定期的に行われる検査もあったりで実際これくらいの数の病院を用意する必要性はしっかりとあるわけで、別に税金を無闇に乱用しているという事ではない。
さて、そんな場所に建てられた数ある病院のうち最も搬入率の高い優しいお医者様に囲まれた病院の無駄に清潔感の溢れる個室に寝転がりながら勇矢は携帯をいじっていた。
別に友達からのメールや電話をしたりアプリを使って遊んでいたりとかではなく、勇矢が確認していたのはSNSに無限に更新され続けているちょっとした情報であった。
「(…昨日ここに運ばれる時にちょっと情報をいじったんだけど……さてさて素人の考えがどこまで通用するものかね……)」
勇矢は携帯をホーム画面に戻してから近くの机に置いて思考を始める。
勇矢がしたことはいたって簡単だ。それはSNSを使ってアリスの居場所を特定されにくくする………とみせかけて実はわざと特定されやすくするために意図的に真偽を織り交ぜた複数の情報を流し込むというものだ。
素人ができることなんて直ぐにボロがでる。ならばそれをわざと誘発させることで少しでも時間を確保するのが有効だという考えからの行動であった。
うまくいっていれば今頃全く関係のない病院にむかってせっせとアリスを探しているはずである。
「…………といってもいつまでもここにいられないのもたしかだよな…」
勇矢は汚すのも申し訳ないくらいの白さを放つ布団をかぶりながら今の胸中を呟いた。
ヒーロー気取りでかっこつけたのはいいが所詮なんの力ももっていない学生一人にどうにかできるレベルを超えている。
先生や警備隊にいったところで相手は裏で暗躍する極悪な組織連中だ。そこらの権力者とは繋がりがあると思って良い。
そうなると鍛冶場の外に移動させることや警備隊に保護してもらうといった安直な考えは通用しないはずだ。
「結局信用できるのは自分の手で守り抜く事だけ……ってか」
そういって勇矢は自分の寝ている布団の足の辺りに目を動かす。
そこにはベッド横のパイプ椅子に座りながら上体だけを布団に突っ伏させるような体勢のアリスが眠っていた。
他にも搬入されてきた患者が多いということもあり個室しか空いていなかった為、深い事情を言えない勇矢とアリスは同じ部屋にて治療をうけていた。
といってもアリスの場合は傷も全て直っており負傷した勇矢につきそう健気な少女というように見られていたらしく事情はそこまで追求されずにすんだ。
血塗れでボロボロの衣服を着ていたアリスに替えの服がないということを知った看護師さんも何かしらの事情を察したのだろう。近くのスーパーで格安の衣服を上下フルセットご厚意で用意してくれたのだ。
渡すときにこれくらいしか出来ないけど……などと涙声混じりに言われたが、強姦されたかなにかと勘違いしているのではないだろうか。
そういうわけでなんだか強姦されていた少女を救った優しい少年みたいな扱いをうけている勇矢なのであった。
これは無駄な詮索をされないように治療が終わり次第早急に病院をあとにする必要がありそうだと口角をひくつかせる。
そんなことなどさて知らずといった様子でアリスは落ち着いた表情でスヤスヤと寝息をたてていた。
今まで落ち着ける瞬間がなかったのだろう。個室に設置されていた簡易なシャワールームを利用してから直ぐにこのように眠ってしまったのだ。
髪も乾かしておらず取りあえず汚れだけはおとしましたよというズボラな感じのシャワーの入り方だが疲労からくる睡魔には逆らえなかったのだろう。
それも当然のことだろうと思いながら勇矢は眠っているアリスのやや濡れた頭に手を伸ばした。
「……こんな女の子がチート兵器だとか、そんなの信じられねぇよな…」
メゾック=マヤノフは言っていた。
アリス=ウィル=ホープは新世界を統べるための兵器だと。
しかしそんなことを言われても勇矢からしてみれば何のこっちゃという感じでしかなかった。
彼自身がそこまで深い事情を知っているというわけではなかったが、だとしてもこんなか弱い女の子を実験で心身共に傷つけることに納得できるわけがなかった。
「(俺がアリスを守ってみせる。もうあんな奴らにこの子を傷つけさせなんかしない)」
そう思いながら勇矢はアリスの頭を優しく撫でた。
自分の髪の毛とは全く違う質感を手で感じながら、ここでふと神代勇矢は思った。
あれ、この子めちゃくちゃかわいくない?と。
思えば出会ってから直ぐに騒動が舞い込んできたということもありこうしてマジマジと容姿を見る機会などなかった。
しかしながらこうして落ち着いて見てみるとなんともまあ言葉にできない感情に胸を強く圧迫される勇矢。
幼さを残しつつも程良い大人成分を醸し出した端正に整った顔立ちに、小さすぎもせずかといって大きすぎもしないちょうどよい背丈と女の子らしい華奢な体躯。
用意してもらった大きめのパーカーやショートパンツが更に女の子らしさを向上させており看護師さんマジグッジョブという感じである。
胸についてはコメントを差し控えさせてもらうが、それでも高校二年生の神代勇矢少年にとってここまで胸をおどらせる異性との出会いはかつてなかったということは断言できた。
くわえて今は濡れた髪を乾かしていないということもあり妙に艶めかしい色気すら放っていた。
「………………………………」
悶々、と。
神代少年の胸からおどろおどろしい欲求がヌルリと這い上がってくる。
思わず鼻息を荒くしてしまう自分に気づいた勇矢はいやいやいやいや!と両手で自分の頭を抱えて左右に高速に振り始める。
「なに考えてんだ俺は!?こんな汚れを知らない無垢で純粋そうな女の子になにをとんでもないダーティーイメージを!?」
わなわなと全身を振るわせながら一度落ち着くために両手で視界を遮り深呼吸をしてみせる勇矢。だが先程アリスの頭を撫でていた手から香る女の子特有の甘い匂いにピクリと動きを止める。
単にシャンプーやリンスといった匂いだけではない本能的に感じ取れる特殊な香りに再び勇矢のピンク色の妄想が花を咲かす。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!男の子ってほぉぉぉぉんとに汚らわしいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
奇声を発して己の中の欲望と戦う勇矢だがガーゼが貼られている左目から鋭い痛みを感じて、なんとか我を保つことに成功する。
「あいててて……あんまり興奮すると傷口が…」
左目を片手でおさえながらそんなことを口にしていると前方から何者かの視線を感じた。
恐る恐るそちらの方に目を動かしてみると、そこには冷たい瞳で、じっ……とこちらを見ているアリスの姿が。
一切の温もりを感じさせない冷酷な瞳は南極の比ではない冷たさを放っており全身からは嫌悪感はもちろんのこと、とんでもない警戒のオーラを纏っていた。
まるで床に落ちているゴミを見るような感情の一切を感じさせない瞳をこちらにむけたままアリスはゆっくりと口を動かした。
「……………………………変態さんがいるの」
「うおぇぇええええええええええ!?ちょっとそうやって決めつけるのはどうなのかしらって思うんだけど!?いや、たしかに髪の毛良い匂いだなとか思ったけれど!ペッタンコの胸もそれはそれで希少価値が高いなとか思ったけれど!決して変態ちっくな目で見ていたわけではって待って待って!その手に持っているパイプ椅子を今すぐおろして!謝るから!もうこれ以上ないってくらいの土下座をみせるからぁぁぁぁぁぁあっ!?」
暫し安静が絶対なはずの病室でストリートファイトしかけたアリスに必死に謝罪しなんとか怒りの矛先を納めてもらうことに成功した勇矢。
鼻息を荒げて未だに納得のいかない様子のアリスであったが今回だけだぞという慈愛のもと、持ち上げていたパイプ椅子をおろしそこに再度座り直した。
もちろん勇矢はというとベッドの上で正座状態である。
「まったく……私も一応女の子なんだからね!その辺はしっかりとしておいてもらいたいの!」
「…で、でもあんな風に無防備で寝ている方が悪いと思います!!こちらも善処しますがあんなに萌えキュンなシチュエーションにもってこられるとこちらとしても辛いです!はい!」
「萌え…キュン……?と、とにかく!私が言いたいことは私は勇矢を信じてるんだから私の勇矢への信用をなくすようなことはしないでほしいってことなの!」
「寸止め焦らしプレイに耐えられる自信がないです」
「本当に反省してるの?」
アリスはもうこれ以上話しても意味はないと思ったのか深くため息をついた後、後ろにある壁に自分の頭をつけてから呑気に足をパタパタと揺らす。
「………体の調子は大丈夫なのか?」
「………………うん」
勇矢の質問に若干の間をあけてからアリスはくぐもった声で答えた。
「メゾックに聞いたと思うけど私には自己修復機能がついてるの。なんでも武人が発している“創造の光”をエネルギー媒介として吸収することで治癒能力を飛躍的に向上させているみたい」
「ふーん……俺にもそんな力があったら入院費とか治療費とかもう医療関連の費用は払わなくっても良くなるのかー。そいつは羨ましいな」
「羨ましいなんて思ったこと…私は一度だってないの」
アリスはパタパタと揺らしていた足を止め、それからゆっくりと上体を元に戻した。
「私は……“神造兵器”は他人の“創造の光”に干渉することで活動できる存在なの。組織の人間は私の中にある“支配の光”を必要としているみたいだけど自分でもどうやって扱えば良いのか分からないの。まあ分かっていればきっとあんな目にはあわなかったんだろうけど……」
「…………一体いつからあの連中に捕まってたんだ?」
「………………いつから……か…」
アリスは自分のことなのにもかかわらず、しっかりと分かっていないとでもいうような何とも微妙な表情をつくっていた。
「あ、言いたくなかったら別に無理しなくてもいいから……」
勇矢の申しわけなさそうな反応に対してアリスは首を軽く左右に振ってみせる。
「私も記憶が曖昧なの。一体いつから組織に捕まったのか。どんな実験をさせられたのか。自分はどんな存在なのか。なにもかもが今でも真っ白な状態って感じ」
「そっか……まあそういうこともあるよな!俺も昨日食った飯の内容とか思い出せない時あるし!似たようなもんだろ!」
口ではそう言ってはいたものの頭の中では勇矢は全く違うことを考えていた。
メゾックの発言からしか推測はできないのだが、恐らく実験の内容は解剖のそれに近いものがあったはずだ。
そうでなければアリスが自己修復機能をもっているということなど気づくわけもない。くわえて兵器ということは体のどこかに“支配の光”を司る何かが備わっていると考えるのが普通だ。
きっと組織の連中はアリスの体を蛙のように解剖し、様々な電気信号を与えたり拷問さながらの行為を繰り返して記録をつけていったのだろう。
そんなことを毎日やらされていれば嫌でも記憶に障害がはいるはずである。
もっといえばそれに耐えるために仮死状態というわけではないが一時的な意識の断絶なども行っていたのかもしれない。
どちらにせよ、今までが彼女にとって地獄以外の何ものでもなかったということはまず間違いないだろう。
それを考えると嫌でも胸がしめつけられた。
特に深い理由もなく見切り発車のような感じでこうなってしまったが、ここで勇矢は改めて思った。
果たして自分はアリス=ウィル=ホープを守っていくことができるのだろうか?
アリスを捕らえていた組織とやらがどこまでの規模なのかは知らないが新世界を統べる事の出来るチート兵器を開発・研究しているのだからやはりそれなりのものではあるはずだ。
そこに所属しているメゾック=マヤノフという男と昨夜は対峙した。
伸縮自在の刃を鞭のようにして扱えるクルージーン・カサド・ヒャンという武具を所有していた武人である彼は同時に組織とやらに雇われていた戦闘のプロでもある。
昨夜は自分の能力である『否定武具』が相手に認知されていないから辛うじて勝つことができたが、しかし今後も同じように勝ち続けることができるのかは一向に不安でしかなかった。
別に戦うこと自体が初めてだったわけではない。
高校生ともなれば嫌でも喧嘩の一つや二つは生まれながらにしてつけられたオプションでもあるし人を殴る蹴るといった暴力の経験はある。
だが、そこに地形の理を生かした巧みな戦術や数多ある武具の能力を利用した戦い方またはその対抗策などがはいると、てんで頭がまわらなくなる。
殴れば勝つ。だから殴られるのを防ぐ。
こういったシンプルな問答であればなんと気が楽だろうかと思うが、ここまできていちいち文句を言う暇はないだろう。
これからもアリスを守っていくのならば、早急にどうすべきなのかを考えておく必要がある。
別にアリスを狙って襲いかかってくる敵全員を健気に相手取って倒していく必要はない。
仮にアリスを捕らえていた組織を潰したとしてもその後ろにはまだまだ無数のバックが存在し、開発や研究はそちらへと回されるはずだ。
となるとアリスを組織の手から解放するというのは不可能に近い。
ならば考え方を変えればよい。
アリスを狙う組織がいるのであれば同時にアリスの境遇に同情し手を貸してくれる人間もいるはずだ。
勇矢一人で戦うのではなくそういった善意のある別組織を見つけて一緒になって戦うという方が効率は格段に良い。
なにより自分以外にも多くの味方がいるのだという事実はアリスにとって嬉しいことだろう。
あとは戸籍や名前、顔や体格までを変えて鍛冶場の外で隠れて残りの人生を過ごすかだが、これは可能性としては低く正に最後の手段という形になる。
色々と考えてはみるが、やはりおつむの悪いただの高校生にこの問題はややハードルが高すぎる。
申し訳なさげに鼻から深く息を吐いてから勇矢はアリスの方へと視線を配る。
「なぁ、アリス」
「なに?」
「組織の追っ手から逃れるためにこれからどうすれば良いと思う?三十文字で簡潔にまとめよ」
「…………それが分かってれば逃げた段階で鍛冶場をうろちょろしてたりなんかしていないの」
「字数越えだし答えにもなってねぇよー」
はぁー、と勇矢とアリスは清潔感のある白い天井を二人で見上げながら吐息をつく。
「いきなり正義のヒーローとかが現れてなんでも綺麗さっぱりにまとめあげて解決!とかしてくんないかなー」
「今の漫画でもそこまでのご都合展開はなかなか見ないと思うの」
「ですよねー……」
アリスの的確なツッコミに、ははは……と感情を含まない乾いた笑みを放つ勇矢。
そんな彼にアリスはやや聞きづらそうな感じで声を発する。
「ねぇ…勇矢……?」
「んー?」
「えっと……勇矢が私から……手をひく…っていう方法は………考えないの…?」
「あー……そんなのもあるにはあるのかー…」
久しぶりに頭を使った影響か妙に脱力したような調子で語尾をバカみたいにのばして返答する勇矢にアリスはムッと顔を険しくしてみせる。
それからパイプ椅子から立ち上がりベッドの布団で寝ている勇矢の足辺りに小さな両手を開いて叩きつける。
「私は結構大事な話をしているの!もしここで勇矢が私を……見捨てれば……勇矢は困ることもなく今まで通りの生活に戻ることが出来るの!これはあなたの今後に繋がる重要なことで______ッ!!」
「うん、そういうのもう面倒くさいからパスパス」
「はいっ!?な、なんなのその突然の投げやり発言は!?私がこんなにも気に病んでいるというのに勇矢はなにも思わないっていうの!?」
自分の心配もあるがそれ以上に関わる必要のない事件に身勝手に巻き込んでしまったということがアリスは勇矢にとって相当の負担になってしまうのではと危惧しているのだ。
それなのになんとも、のほほーんと平和な調子で横になっている当の本人がおかしくて仕方がなかった。
そう思って言ったアリスの発言はしかし呑気な口調で放たれた勇矢の言葉によって遮られた。
自分の思いがうまく伝わらないことにわなわなと手を振るわせるアリスを無視して勇矢は首だけを回してアリスから窓の先にある景色にへと目を移す。
「………いちいち細かいなぁアリスは…」
「だから細かいとか細かくないとか私が言いたいのはそういうことじゃなくって___ッ!」
最早ヒステリーになってきたアリスの発言に被せるように勇矢は言葉を続けた。
「お前がどうしたいのかは知らないけどさ、とりあえず俺の側にはずっといてくれて良いから。あとは好きにしてくれ」
「________」
アリスの思考に空白が生じた。
それからすぐに顔を真っ赤にさせたアリスがパイプ椅子にゆっくりと座り直したのを音で確認した後、勇矢は昨夜の疲労からやってきた睡魔に襲われて再び眠りの世界にへと飛び込んだ。
真のヒーローとは自覚無しに誰の心にも安らぎと温もりを与えることのできる存在なのである。
そんなことなどさて知らず。
身勝手無自覚ヒーローは今日も平和に新世界を謳歌する。