第14話:現実味のある攻撃って何ッスか?
『否定武具』はたしかに武人にとっては脅威的な存在だ。こちらがどれだけ強力なカードをきってもジョーカーのフルセットで一瞬で相殺されてしまうのであればなんの意味もない。
武人との戦闘においてここまで完璧な防御性能を備えた能力もないだろう。
ただし、それはあくまで武具に対しての完璧な防御であって武人そのものを無力化したわけではない。
「調子にのるのもいい加減にしろよクソガキが!!」
メゾックは新たに生み出したクルージーン・カサド・ヒャンの刃をもう一度伸長させ、それを鞭のように大きく振るう。
しかしそれは勇矢を直接ねらったものではない。
伸長した刃が向かうのはメゾックめがけて走ってくる勇矢の数歩前の地面。そこには先程破壊されたコンクリートの壁の残骸が大小無数に散らばっている。
クルージーン・カサド・ヒャンの鋭い切断能力を使ってメゾックは瓦礫が被っている地面の一角を下から抉るように切り取った。
「………………ッ!?」
予想の斜め上をいく現象に勇矢の顔にも焦りが生まれる。そして、それを見逃すほどメゾックは甘くない。
切り取った地面は単なる大質量の塊としてしか機能しない。が、その上に無数の瓦礫がのっていればどうか?
このまま切り取った地面をぶつけても恐らく無駄に逃げ足の早い彼ならばサッカー選手がスライディングをするように切り取られた地面とその下にある間をくぐり抜け猪ばりに突進してくることだろう。
それでは単なる隙の大きい大ぶりな攻撃にしかならず得られるものも極めて少ない。
だが、切り取った地面の上には大小無数の瓦礫がある。それを上にのせたまま切り取った地面を前方に勢いよく投げつければシンプルな攻撃に複雑さが加わる。
「ほらお前が自分から求めるほど恋しがってたコンクリート達だ!思う存分キスしてやれや!!」
テコの原理を使ってメゾックはクルージーン・カサド・ヒャンを切り取った地面の下に滑り込ませシーソーの要領で勢いよく前方に弾き飛ばす。
「なんでもアリかよ……!?」
一瞬ギョッとした勇矢であったがシーソーのようにして弾き飛ばしたということは、そこには嫌でも隙間ができるはずだ。
そう思い目を凝らして何とか回避できる場所を探そうとする勇矢だが唐突にその視界が大きくぶれた。いや、視界どころの話ではなく勇矢の頭そのものが大きく後ろに仰け反った。
人間の本来の頭の位置を無視して強引に押しずらした突然の攻撃は一瞬勇矢から感覚というものの全てを取り除いた。
それはメゾックが切り取った地面の上にのっていた大小無数のコンクリートの瓦礫の中の一つ。地面に落ち着いていた瓦礫に爆発的な勢いを新たに追加することで弾丸さながらの威力と勢いが生み出されたそれは頭だけでなく腕や腹といった被弾しうる可能性があるところ全身に容赦なく襲いかかる。
「ごっ……ふぅ…ッ!?」
散弾銃を至近距離からあてられたような衝撃が勇矢の全身に直撃する。いきなりの攻撃に防御もとっていなかった勇矢は勢いを逃しきれるわけもなく仰け反るというよりは瓦礫の運動量に従って後方へと吹き飛ばされる。
そのまま地面に滑り込むように倒れ込み全身を強く打ち付ける。肺の中にある空気がまるごと吐き出され視界が白黒に点滅する。
呼吸を成立させるより早くワンテンポ遅れてやってきた圧倒的な激痛が追い討ちをかけるように勇矢の感覚を痛みで支配する。
「がっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!??」
「叫ぶのもいいがまだ極上の美人が残ってるぞ?」
メゾックの意味深な発言に勇矢は朦朧とする意識を向ける。するとそこには上に乗っていた瓦礫の全てを弾き飛ばし一個の巨大な塊となったコンクリート製の地面が弧を描いて自分のところに落下してくる瞬間であった。
流れるような襲撃に文句をいう暇さえ与えられなかった。
慌てて態勢を立て直そうとした所で時既に遅し。今から起きあがって走って逃げるなどという流れ作業をする時間はどう考えてもない。
「…メッ…『製造開始』……ッ!!」
口から血を流しながら勇矢はメゾックの武具であるクルージーン・カサド・ヒャンを生み出すための準備を始める。
「(俺の『否定武具』は構造を逆算製造しただけで本来ある切れ味や能力まではコピーできない。だからあの塊を切ろうとしたところで刃が折れるのが関の山だ………なら!!)」
勇矢は『否定武具』を製造する準備を終えても直ぐに生み出すことはなく、襲い来るコンクリートの塊を限界ぎりぎりまで待ち受ける。
「…………今だっ!!」
強引に切り取ったせいで地面の表面にはいくつもの亀裂が入っていた。勇矢はいくつもある亀裂の中で最も深そうなものにむかって『否定武具』の製造準備を終えた手を突き出す。
突き出した手がコンクリートの塊に触れるかどうかというギリギリのラインを神経をすり減るほどまで集中して見極める。
その指先にコンクリートのザラリとした感触を確かめた瞬間、勇矢は『否定武具』をこのタイミングで生み出した。
武具の生成にあたって発生する“創造の光”の力をブースター代わりに利用し、杭打ち機のようにクルージーン・カサド・ヒャンの『否定武具』をコンクリートの塊に入っている亀裂に向かって放つ。
ミシリ……という重低音の後に『否定武具』が突き刺された部分からコンクリートの塊は不格好な形状で二つに割れた。
勇矢はそこに出来た隙間にボロボロの体を潜り込ませ大質量の塊の落下攻撃からなんとか避けきることに成功しこれ以上のダメージを負わずに済む。
能力単体のみをとってみれば『否定武具』は対武人能力としてこれ以上ないものだ。が、絶対的な防御を持つ反面そこにはかなりの弱点が備わっている。
『否定武具』は対象となる人物の保有している武具と全く真逆の構造を持つ武具を逆算製造し完全に相殺する防御に特化した武具である。
天変地異をくしゃみをするくらいの気軽さで行える武具の力を完璧に無力化できる『否定武具』は、しかし攻撃面に関していえば全くといって良いほどおざなりだ。
武具特有のとんでもチート能力は攻撃性にこそ特化している節がある。
逆に言えば防御性に特化している勇矢の『否定武具』のような武具はかなりレアな部類にはいる。
しかし、防御性に特化したそれらの武具のほとんどは防御面にばかり力がいくあまり攻撃性能は人並のものでしかない。
ギリシア神話において主神ゼウスが娘の女神アテーナーに与えた防具であるアイギスの楯。これはありとあらゆる邪悪・災厄を払う魔除けの能力を持つとされている。
だがそこからとんでも殺人光線が出たり紅蓮の炎が地を埋め尽くすといった人知を越えた現象が起こることはない。
あるとすれば精々どこぞのアメリカンなヒーローのごとく投げつけたり叩きつけたりといった簡単な物理攻撃しかない。
それは勇矢の『否定武具』においても例外ではない。
あくまで作り出せるのは相手の武具を相殺し破壊する“だけ”の能力しか備わっていない武具だ。
形状や材質は相手の保有している武具にもよるが基本的には剣や槍といった尖った刃先をもった武器だ。
いくらそこに岩をも簡単に断ち切る力があったとしても勇矢が逆算製造した武具に、その力は宿らない。
よくて家庭用の調理刃物である包丁程度の切れ味しか再現できていない。そして相殺できるのは武具による攻撃のみであり二次的に発生した現象については『否定武具』の効力は発動しない。
くわえて『否定武具』には最大の弱点がある。
それは相殺できる武具の攻撃は逆算製造した武具一本につき一度のみ。それ以上はまた新たに逆算製造しなければ対応できないという手数の少なさ。
つまりは単純な数の暴力や武具を用いない戦闘法において『否定武具』は単なる道化のお楽しみ手品程度のものに成り下がってしまうのだ。
それをあの一瞬で見破り計算され尽くした攻撃を行ったメゾックは、やはり勇矢とは比べものにならない戦闘経験値を誇っていた。
「はっ……はっ………!」
致命的な一撃は受けずに済んだが、それでも散弾銃さながらに当てられたコンクリートの瓦礫は勇矢にかなりのダメージを負わせていた。
もとより立って歩けるような状態ではない勇矢にとって、この追撃は相当の痛手となっていた。
体勢を整えようとしてガクンと体が重力に従って沈み地面に片膝をつけてしまう。呼吸器を内側から傷つけたのか荒い呼吸と共に口から血が漏れ出る。
これがボクシングやプロレスだとしたら問答無用にドクターストップがかかるだろうが、この状況において身の危険を案じてくれる医者もガヤを放って騒ぎ立てるギャラリーも存在しない。
いるのは真っ向から死という現実と戦うただの学生と刃物をつきたてる死の導き手だけである。
「はっ、はは……なんだ…なんだよそれ?ネタがわかれば何のこともない、いくらでも対策のきく能力じゃねぇか!!」
自分でもここまでうまくいくとは思わなかったのかメゾックはまるで人事のような感想を述べた。
「ようするにお前は武具を無力化するだけであってそれ以外の攻撃に対しては何も出来ない無能野郎ってことだろ?なら話は早い。なんせ武具を直接振るわずに戦う方法なんて腐るほど知ってるわけだからな!」
相手が勇矢と同じ全くの素人だったのであれば、間違いなく勝負は勇矢の勝ちに終わるだろう。
というのも武具をふるい武具の能力を使うくらいの戦術しか素人には考えつかないからである。
だがメゾックの場合は違う。彼はどうすれば人体を破壊することが出来るのかを根本的に熟知している人間だ。
そこには武具を用いての方法もあるのだろうが普段何気なく使っている日用品や薬品を利用した工夫された殺害方法などもあるということだ。
自然の理を生かすというわけではないが自分がおかれている場や状況を巧みに利用した戦術も当然ながら存在する。
メゾックはそれについて特に熟知しているような様子さえ感じさせた。
「どうやら相手もそうだが場所も悪かったみたいだな。お前を仕留めるならコンクリートやらアスファルトやらを適当に砕いてそれを投げつければいいだけの話。そこにはなんの苦労もデメリットもない。作業にも似た処刑法だが、まぁおつむの弱いお前にはぴったりだ」
「…………へっ…俺から言わせてもらえばそれってただそこら辺にある石を投げつけて狩りをする原始人にしか見えないぞ?」
「ガキが、なんとでも言っていろ。結局は勝者が絶対。敗者が後からなんと言おうと単なる負け犬の遠吠えにしか聞こえないんだよ!!」
再度クルージーン・カサド・ヒャンを構えなおしたメゾックは地面の表面を削るように伸張した刃を振り払う。
大きな一撃は避けられると分かった以上、避けきることの出来ない細かな攻撃を放ち続け手数の多さで完璧に勇矢を押しつぶすつもりらしい。
地面の表面に転がっていた不格好なコンクリートの残骸を振り払った際に生じた烈風にのせて撃ち込んでいく。
原始的な形をした大小無数の弾丸が再び勇矢に向かって襲いかかる。
「さぁ、どうする!?お前が原始的と侮辱したこの攻撃を果たしてお前はどうやって華麗に避けることが出来るんだろうな!?」
「……そんなの知るかボケ!」
なけなしの負け犬根性を発揮した勇矢は子供が言うレベルの暴言をはいた後、自衛隊よろしくな匍匐全身のごとく全身を地面にぴったりとくっつけ瓦礫の散弾銃を回避する。
頭上をいくつもの瓦礫が通過していくが、その内の何発かは体に直撃した。
鈍い痛みに顔をよじりながらも全段命中よりはまだましと必死に耐え忍ぐ。