第13話:『否定武具』って何ッスか?
無理に立ち上がったのが災いして破片がささった太股から血が溢れてくるのが分かった。きっとより深く内部にむかって突き刺さったのだろう。出血の量に比例して痛みも更に強く鋭くなっていき勇矢は顔を思わずひきつらせるが、いちいち気にしている暇などなかった。
痛む体を強引に動かして勇矢はアリスのもとへと駆ける。
距離はそこまでないはずなのに異様なまでに長い時間を感じた。体感時間が実際の時間よりもはるかに遅く感じられ意識だけが先走っているような不思議な感覚。
おかげで慌てて走る体とは非対称に思考に状況を整理できる程度の少しの余裕が生まれる。
「(このまま走ればメゾックの武具がアリスを切り裂くより先に手が届く!だけどさっきみたいに避けたり庇ったりできる程の時間はない!)」
ただ手を伸ばしたところて簡単にコンクリートを破壊する力をもった剣相手に素手が立ち向かえるはずがない。
盾としての役割を果たす間もなく腕ごとすっぱりと切り裂かれ、そのまま地面に倒れているアリスめがけて鋭い刃が振り下ろされるのは明確だ。
普通の学生が常日頃からダガーナイフやら拳銃やらを持ち歩いているわけもなく、唯一対抗できる武器としては己の拳くらいである。
普通の人間ならばここで諦めが脳裏をよぎるだろう。あるいは悲観的な叫びをもらしながら自分の不甲斐なさを悔いるだろう。
しかし、神代勇矢は普通の人間ではない。
普通の人間には出来ない方法で、この圧倒的な状況を打破できる力が彼にはある。
「(未熟な攻撃で救えないのなら……)」
勇矢は右手を大きく開く。
「(完璧な守りで……)」
大きく開いた掌に莫大な量の“創造の光”が立ちこめる。炎のように確かな形をもたないそれは赤にも青にも黄にも黒にも白にも見える不完全な色彩を放ちながら掌の中心へと集約していく。
「(アリスを守りきってみせる!!)」
心の叫びと連動して掌に集約された炎のような形状をした“創造の光”がより一層激しい光彩を放つ。
手に持っていた武具を振り下ろそうと腕に力をいれたメゾックの意識が僅かにそちらへと向けられた。冷静さを失っていた彼の意識が一瞬にして凍り付く。
最早戦闘不能と思っていた少年が、右手から“創造の光”の光を放ちながらこちらに向かって走ってきたのだから、その驚きはかつてないほどメゾックの思考を揺さぶった。
まずい、とメゾックは思った。
そう理解した時には既にメゾックは剣を振り下ろしており、ここにきていきなり斬撃の向きを変えることなどよほどの剣豪でもない限り不可能なことだった。
だが、ここにきてメゾックの非人道的な思考がある結論を導き出す。
あの少年は“神造兵器”が傷つくことを極端に恐れていた。となれば彼の目の前で“神造兵器”の腕でも足でも切り落としてしまえば、彼の攻撃にも精神の動揺からかなりのタイムラグが生じるはずだ。
どんな武具を使うのかは不明だが生死をかけた戦いをつんだことのない素人が、それほどのことを眼前で目の当たりにされて平静を装えるわけがない。
少しは攻撃をくらうだろうが、あとは動揺している隙をついて刃先の方向を素早く変えて少年の首を切りとばせば事足りる。ニヤリと笑みを浮かべたメゾックは瞬時に組み立てたその計画に従って速やかにアリスの体を切断しにかかる。
だがそこでメゾックはある言葉を聞いた。いや、具体的に言えばこちらに向かってくる少年の口の動きから感じ取ったといった方が正しいだろう。
神代勇矢はボロボロになりながらも滑らかな口調で呟いた。
『製造開始』………と。
直後にガギィンッ!!!と金属同士がぶつかる甲高い音が炸裂した。肉を切る艶めかしい音でも人が発する悲痛の叫びでもなく、剣同士をぶつけた音が闇夜を駆けめぐる。
「なっ………!?」
メゾックから疑問と衝撃が混ざった声が聞こえる。
自分を攻撃するチャンスを無視して真っ先に“神造兵器”を守りにいったことについてもそうだが、なによりメゾックが衝撃を受けたのは神代勇矢が生み出した武具。
象牙て出来た柄に蝋燭のようにうっすらと光を放つ刀身を携えた西洋剣。刃渡り70センチ。
色から見た目までありとあらゆるものがそっくり同じの武具が神代勇矢の手に握られそれがメゾックの武具と激突していた。
ただでさえ理解が追いつかないこの状況に、しかし更なる追い込みをかける。
勇矢とメゾック、2人が激突させている同じ見た目の剣がビキリ……という音を発する。それからまるでガラス細工が割れるような鋭い音が鳴り響く。
それは音に限ったことではない。2人がもっている剣もまたガラス細工が割れるように無数のひびをいれて粉々に粉砕されたのだ。
よほどのことがない限り破壊されることのない武具が簡単に跡形もなく破壊された。
「ど、して……っ!?」
「どうしたもこうしたもねぇよ」
焦るメゾックとは違い勇矢はいたって冷静に言葉を返す。
いや、正確には冷静さはそこにはない。あるのはまたしても自分の守りたい者を平然と傷つけたメゾックに対する底なしの怒り。
胸の中にたちこめるそれを拳にのせ、勇矢は空いてる左手をやや後ろに引いた後、それを呆然とするメゾックの右頬めがけて叩きつける。
おもしろいほど綺麗に拳がクリーンヒットしたメゾックはまたしても後方に大きく吹き飛んだ。
そのまま顔を両手で押さえつけて大げさにもがくメゾックを無視して勇矢は近くで倒れているアリスの様態を確認する。
「アリス!おい、しっかりしろアリス!」
下手に揺さぶって様態を悪化させるわけにもいかない。勇矢は近づけた手をグッと引き止め精一杯に大きな声をかける。
蹴りを両腕で器用に防いでいたらしく顔や体に大きな怪我は見受けられなかったが、それでも一方的に蹴りつけられたことを示す青黒い痣が痛々しくアリスの腕に刻まれていた。
砕けんばかりに歯をかみしめ顔を伏せる勇矢であったが地面に置いていた手に小さな温もりを感じた。ふと顔をあげればそこには無理に笑みを浮かべているアリスの姿があった。
「アリス……ごめん……本当にごめん…」
守るどころか守られるという自分の不甲斐なさに思わず涙がこぼれる。しかしアリスはその涙さえも優しく受け入れる。
「な…にを謝っている……の?勇矢はまた…こうして私を助けてくれた……じゃない」
震える手でアリスは勇矢の目に溜まる涙をぬぐい取る。
「信じてたよあなたのこと……」
そこまで言ってアリスの意識は途絶えた。やはり切り傷や刺し傷が治癒したといっても、それは見た目だけであり内部に負ったダメージまでは回復しきれていなかったようだった。
それなのにこうやって自分を助けてくれた。そんな少女の手を一度優しく握ってから震える足でその場から立ち上がる。
大きく息を吸い込む。
もうこれ以上アリス=ウィル=ホープを傷つけないために。
今度こそ完璧に救い出してみせるために。
少年は真の意味で正義を実行する。
誰かを守るヒーローになる。
「お前がアリスを不幸にしてる」
より一層恨み辛みを増したメゾックが起きあがるのを見ながら勇矢は拳を強く握りしめる。
それから宣戦布告のように握りしめた拳をメゾックに向けて突きつける。
「だったら俺は全力でお前という存在を否定する!!」
口に溜まった血を地面に吐き捨て上体を重そうにあげながらメゾックは疑問を処理していた。
その疑問というのは神代勇矢の武具について。
この街の住人なのだから武人だということに今更驚くことはない。逆に武人ではない人間を探す方が難しいくらいである。その誰もが皆一癖も二癖もある神話や伝承にのっている武具を扱っている。
ただし、そこには一つのルールがある。
それは“同じ武具はこの世に二つとない”ということだ。
知略の神であり新世界の創造主でもあるロキが一体何を思ってそういう決まりをつけたのかは定かではないが、彼が武人を生み出した元々の目的は一人一人に世界を変える権利を与えるためだ。
きっと同じ武具がいくつもあれば単に強い武具だけが選り好まれ他の転生した武具に対する権利が薄くなるという考えからきたものだろう。
もしくはもっと面白い理由があってのことかもしれないが所詮人間ごときに神の考えなど理解できるわけもなく、一種の暗黙の了解として成り立っている。
しかしそれを平気で無視する、いや平然と世の理を否定する存在が今自分の目の前にいるということにメゾックは衝撃をうける。
メゾックも組織というものに関わっているくらいなので、そこらの専門家には負けないほどの密な情報と知識をもっている。
だが、それらを総動員して考えてみても神代勇矢の武具に関わっていそうな神話や伝承は見つからない。しかしそれで納得するわけにはいかない。というのもここで納得してしまえばそれは神代勇矢の所有している武具は神話や伝承にのっていない全くオリジナルのものということになってしまうからだ。
「そんなわけがない……そんなわけあってたまるか!それだとお前はロキ様に選ばれた唯一無二の存在ってことになるじゃないか!?」
メゾックは再び手に“創造の光”を集約させ今一度武具を作り出す。先程とかわらない形の剣をしっかりと握り、それをコンクリートの壁を破壊した時と同じく鞭のように伸ばして振り払う。
狙いは直線上にいる勇矢にむけて。当然悪知恵の働くメゾックがバカ正直に勇矢単体を狙うわけもなく勇矢がまた避けたりしないように倒れているアリスを巻き込む形で放ってある。
「さっきは少し油断して武具の生成を甘くしてた!だが今度はそうはいかんぞ!俺様が全力で作ったクルージーン・カサド・ヒャンがお前ごときに壊されるわけがないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
荒げた声は後半にいくにつれてややうわずったものへとなっていく。使用者の意志と同調したのか放たれた剣の刃もアリスを巻き込んでから勇矢を切り上げるという斜め上へと向かったものとなる。
殺意に満ちた刃が向かってくるのにもかかわらず勇矢は異常なまでに落ち着いていた。
恐怖で恐れることもなく放たれる斬撃の避け方や対処法に迷うこともなく、ただゆっくりと掌を大きく開く。浅く空気を吸い、それから呟く。
「『製造開始』」
言い終えるのと同時、炎のように不完全な揺らめきをもった“創造の光”が渦をまきながら開いた掌に集約する。
そして一瞬激しい光が瞬き、構築が済んだ武具が勇矢の手に握られる。それはまたしてもメゾックと同じ形を成した蝋燭のような光を放つ西洋剣。
「クルージーン・カサド・ヒャン……って言ったかこの武具」
作り出した同一の武具を一度確認した後、勇矢は襲い来る伸長した刃に向かってそれを勢いよく振りおろす。
「こいつがどれだけ強いのかどんな性能なのかは知らないけどな……」
勇矢の剣とメゾックの伸長したクルージーン・カサド・ヒャンの刃が激突する。が、しかしまたしてもガラス細工同士をぶつけて粉々に割れるような現象が二つ同時に発生しお互いの武具は破損する。
驚くメゾックとは真逆に強気な瞳をしたまま勇矢は勝ち誇るように続ける。
「俺の『否定武具』にそれは通用しねぇ」
『否定武具』。
武具を否定する武具。
たとえそれがどれだけ強力な武具であろうとどれだけチートな力をもっていたとしても、それに唯一対抗できる異常な力。
武具が当たり前のように行き交うこの世の中を丸ごと否定したような力にメゾックの顔が思わずひきつる。
「『否定武具』……だと?ハッ、ハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!冗談じゃない!そんなものあってたまるか!武具を否定する武具などそんな力、俺様は知らない!どんな文献にも伝承にもお前のいう力はのっていない!!」
「あぁ、お前の言う通りさ。だから俺はここでは一応、転生武具がキチンと判明してないレア度未明の時代遅れってことになってる。『否定武具』っていうのは武具の名前じゃなくって能力名みたいなもんなんだよ」
「だとしてもお前のような異常な力をもつ武具など俺様は見たことも聞いたこともない!どうしてだ!?どうしてお前ごときクソガキに俺様のクルージーン・カサド・ヒャンが破壊されなくちゃいけないんだ!?」
「なんだよ今度は解説がお望みか?あんた俺より大人のくせに随分と子供っぽいんだな………ま、あんたの武具の能力も分かったことだし対等に戦うって意味だと教えないと卑怯だよな」
やれやれ、と勇矢は浅く息を吐く。
「俺の『否定武具』ってのは対象の武人が出した武具と全く真逆の構造と“創造の光”をもった武具を逆算製造する力だ」
「ロキ様がお与えになった武具を逆算製造するだと?そんな馬鹿げたこと出来るわけがないだろ!?」
「それが出来るから二度もあんたの武具を作れたんだろうが。少しは冷静になれよエリート様」
煽るようなその一言に短気なメゾックは再び生み出したクルージーン・カサド・ヒャンで勇矢を攻撃する。
しかし。
「全く真逆の構造をしたものをぶつけたらどうなるか知ってるか?」
勇矢の方も同じ手順でメゾックのクルージーン・カサド・ヒャンを逆算製造し、それに対抗する。
「あんたをプラス1、俺をマイナス1としてそれをぶつけたら答えはプラス2でもなくマイナス2でもなくシンプルに0になる。これは数字に置き換えた話だが今度はそいつを武具に置き換えたらどうだ?頭に血が上ったあんたでも流石に分かるだろ!」
再度激突した互いの武具は、しかしまた同じような流れで一瞬にして粉砕される。
全く真逆の構造をした贋作。いや、構造自体がまるで違うのだからこの場合は全く別物の武具ということになる。
唯一同じなのは見た目だけで、その他は全てが真逆。1として存在する武具そのものにマイナス1をぶつけ正面から真っ向否定する最低最悪な武具。
似て非なる物同士がぶつかれば、その先には果たしてなにがあるのだろうか。
神代勇矢は0になるといっていた。しかしそれは数字を用いての話であり武具そのものが数値化されているわけではない。
ではその結果を武具に当てはめたとしたらどうなるだろうか?
プラスにもマイナスにもどちらの方にも偏らない完璧な0。それが指し示すのは即ち……。
「武具の…完璧な相殺……ッ!?」
「そういうことだクソ野郎」
単調に言葉を返した勇矢は大きく足を踏み込む。
そのまま地面を強く蹴り上げ翻弄されているメゾックめがけて駆けていく。
既に拳は強く握られておりメゾックを殴り飛ばす準備はいつでも出来ている。
あとはこのまま一撃でメゾックが沈んでくれるかどうかというところが問題だったのだが、ここにきて神代勇矢の戦闘経験の無さ、というよりは素人らしい感性が成功へのレールを踏み外す。




