魔法
「ちょっ、ちょっとエル!何処に行くのさ?」
ウィルは手を引きながら前を走るエルを呼び止める。
今はもう既に門を抜け目の前には草原が広がっている。
「何処って近くのダンジョンだよ」
このファリズム帝都に一番近いダンジョンは帝都内に三ヶ所ある。
しかし帝都の外に出ると少し歩かなければならない。
「そういえば探索者にならなくてもダンジョンって入っていいんだね」
ウィルにとっては今更なことだが、探索者でなくてもダンジョンに入れるなら探索者になる必要が感じられない。
「ダンジョンには入れるよ。ただし入れるのは初心者用のダンジョンだけ。それ以上は探索者になる必要があるんだよ。あと初心者用でも国が管理しているのも探索者じゃなきゃ入れないよ」
つまり帝都内にある三つのダンジョンは全て国で管理されているモノで、今のウィルにはそのダンジョンに入る資格がない。
「へぇ、エルは物知りだね」
「まぁね。伊達に高額で街案内してないよ」
そう言ってエルはまたウィルの手を引いて歩き出す。
「ちょっと待ってってば。僕武器も何も持ってきてないよ」
今日は学園に入学申し込みをするだけの予定だったので、荷物になりそうなモノは全て置いてきている。
ウィルのメイン武器の鉄剣もリュックサックにパンパンに入った服や工作道具などの荷物もほとんどを置いてきている。
唯一リュックサックに入れていた硬貨が入った袋も中身がほとんどなくなり軽くなっている。
「お兄さん魔法は使える?」
「え?一応使えるけどレベルが低いよ」
「大丈夫だよ。これから行くダンジョンは魔法耐性が弱い魔物が多いダンジョンだから」
その間もエルはグイグイとウィルを引っ張っていく。
「僕魔法は苦手なんだけど…」
「苦手ってことは多少は使えるってことだよね」
何度も言うがウィルにとっては魔法は苦手かもしれないが、それを補うだけのステータス値があるのだ。
因みに魔法スキルのレベル1は一種類の魔法しか使えない。
「使えるっていえば使えるけど…」
「スキルレベル1あれば十分だから…何の属性が使える?」
「えっと、火魔法と雷魔法・風魔法・水魔法に土魔法かな」
「おぉ~、お兄さんは多才だね」
エルの話によるとこれから行くダンジョンは“高草の草原”と呼ばれる帝都の目の前に広がる草原の奥にあるダンジョンで、生えている草が三メートルはあるらしい。
その草が迷路のようになっているダンジョンで階層は地上の一階層しかないがフロア数が五十近くあると言われている。
このダンジョンで出る魔物はエレメントと呼ばれる球体の魔物だ。
エレメントは属性ごとに色があり、同じ属性の魔法は吸収してしまい、弱点属性でしか倒すのは難しいと言われる魔物だ。
物理攻撃はほぼ無効果され、その他の属性攻撃もほとんどダメージにならないらしい。
ただ弱点属性ならどんなに弱い魔法でも一撃で倒すことが出来るようだ。
ウィルはエルの話を聞いているうちに目的のダンジョンに到着した。
「へぇ、此処が“高草の草原”か」
ウィルは自分の背丈より二倍ほど高い草の先端を見上げる。
草なら通路を通らずに掻き分けて行けると思ったウィルが草に触れるが、大きいだけあって草は固く、抜くことも出来ない。
掻き分けて行くことは出来なくもなさそうだが、通路を通るより体力を持っていかれそうだ。
「この草、燃やしたり斬ったりしちゃ駄目なのかな?」
「何でも再生力凄いらしいよ。斬ったりしても直ぐにニョキニョキって戻るみたいだよ」
ウィルは「へぇ~」ともう一度草の先端をを見上げる。
「そういえばエルは戦えるの?」
ウィルがそう聞くとエルはいつものようにクスクスと笑う。
「何言ってるのさ。戦えたら自分で稼いでるよ」
「それもそうだ」
「そうだ、お兄さん。そのリュック貸してよ」
「いいけど…何するの」
ウィルはほとんど何も入っていないリュックサックを肩から降ろしてエルに渡す。
エルはそれを受け取るとリュックサックを背負う。
「今回ボクはサポートに回るよ」
「サポート?」
「うん。ボクは戦闘は出来ないけど敵が落としたアイテムの回収くらいなら出来るからね…お兄さんは戦闘に集中してね」
「なるほど…じゃあよろしくねエル」
そう言ってウィルは右手を差し出す。
それを見たエルはその右手を取ることの意味を理解して、ウィルの右手を取る。
「頼りにしてるよ、お兄さん」
ウィルはニッコリと笑うエルの見届けてから、今度はウィルが先頭を切って歩く…が直ぐに立ち止って振り返る。
前回のキラーアントのダンジョンでの出来事を思い出したのだ。
適当に進んでいって迷子になった事を。
「マッピングはどうしよう」
準備不足なのは変わりないが、覚えたてのマッピングを思い出したのは少なからずウィルにとっての成長だろう。
「それもボクがやるよ」
「紙とペンは?」
「戦闘とか他に集中することがないから覚えるよ。何階層もあるわけでもないからね」
このダンジョンは自然の太陽光が当たるダンジョンだ。
中に入っても太陽で方角が確認できるとエルは言う。
「分かった。じゃあ頼んだよ」
と、今度こそダンジョンへと足を踏み入れた。
自分達の背丈より高い草に囲まれた通路は太陽が見えていても薄暗く、密集した草の所為か風も通らなくジメジメしている。
入口から暫く真っ直ぐ歩いていると漸く一つ目のフロアに出た。
此処では右の通路と左の通路、左右二択の分かれ道がある。
「どっちに行く?」
「情報も無いし、お兄さんの好きにしたら?」
それを聞いたウィルは少し悩んだ後、右の通路を選んだ。
このダンジョンの通路は人が三人くらいは並んで歩けそうなほど広いが、今はウィルが先頭を歩き、そのすぐ後ろをエルが歩いている。
ふとウィルの足が止まる。
ウィルの目線の先には青一色の球体がフヨフヨ浮かんでいる。
「お兄さん、あれがエレメントだよ。まだコッチに気付いてないみたい」
「えっ!?」
目の前にいるのはただのつるんとした球体。
鼻や口もなければ目もない。
それなのに何故エルにはあのエレメントが此方に気付いているのかいないのか分かるのだろうか。
「何ボーっとしてるのさ。あれはウォーターエレメントだから雷魔法が有効だよ」
簡単に属性の優劣を説明すると、基本属性は全部で七属性。
火・木・土・風・氷・雷・水の七つで、火は木に強く、木は土に強く、土は風に強く風は氷に強く、氷は雷に強く、雷は水に強く、水は火に強い。
もっと簡単にまとめるならば、火→木→土→風→氷→雷→水→火という優劣になる。
「え、あ、うん。…サンダー!」
ウィルが唱えた魔法はエレメントに向けた掌から一直線に向かい、直撃する。
魔法が直撃したウォーターエレメントは音もなく地に落ち、光の粒となって消えていった。
残った物はウォーターエレメントと同じ青くて丸い小さな石。
それをエルがさっさと拾い、背負っているリュックサックに入れる。
「その青い石がドロップアイテム?」
「そうだよ。青魔石っていって魔力を少し込めると誰でもコップ一杯分の水を出すことが出来るんだよ。…まぁ、使い捨てだけどね」
「へぇ」
魔石は属性ごとにあり、先程の青魔石はコップ一杯の水を生み出し、赤魔石は一定時間炎のような熱を持ち、茶魔石<さませき>は魔力を込めて地面に蒔くと植物の成長を促し、黄魔石はブルブルと振動して鍬の先などに着けると耕すのが楽になるらしい。
緑魔石はとても小さな竜巻を作り洗濯などに役に立ち、白魔石は赤魔石の反対で一定時間冷たくなり、紫魔石は一定時間光を放つというそれぞれの効果を持っている。
どれにしても魔石は人々の生活に役に立つような物ばかりなのだ。
「一つどれくらいの値段で売れるの?」
「う~ん、エレメント自体は初級の魔物でアイテム自体も珍しくないし、需要と供給も安定してるから一つ百五十~二百シリンかな」
「…へぇ、エルは物知りだね」
「まぁね」
「そういえば、さっきは何で魔物がこっちに気が付いてないって分かったの?」
「それは…」
ここでエルは言葉を詰まらせる。
「エル?」
「うん、これはお兄さんへの課題にしよう。何故エレメントの状態に気が付いたのでしょうか?探索者たるもの敵の弱点の一つや二つ見極めないと駄目だよ」
「そういうことなら」と渋々納得してウィルはまた歩き出す。
時々通路やフロアでエレメントに遭遇するが今のところ出てきたのは赤い球体のファイアエレメント、茶色い球体のツリーエレメント、緑色の球体のウィンドエレメントが何体か出てきたが、ウィルが所持している属性で対応できていた。
此処で少し気になったのがファイアエレメントの一体が自身の丸い身体からポッポッと小さな炎を出していたことだ。
流石のウィルも明らかに違う一体を見た時にこれがエレメントの状態の見極め方かなと考えるが、まだこの違いは一体しかいないので、もう少し見極めてからの判断でもいいだろうと思った瞬間、目の前に紫色の球体のエレメントが身体からパチパチと火花のようなモノを迸らせながら徐々に近づいてくる。
「お、お兄さん?確か氷魔法は使えませんでしたよね?」
「う、うん」
「逃げよう!あのサンダーエレメント、確実にコッチに気が付いてますよ」
「あ、やっぱり」
エルのほとんど答えの様なものを聞いたウィルは呑気に返事をする。
その間にもエルはダッシュで戦線離脱していて、ウィルも遅れてサンダーエレメントから逃げ出す。
逃げている背後から青白く光る稲妻がウィルの足元や通路の壁に直撃する。
幸いその稲妻に当たることもなく何度か角を曲がってエレメントの視界?から外れる。
「はぁ、驚いた」
「何呑気なこと言ってるのさ!紫と黄色が出たら即逃げようって言ったじゃないか!」
紫色のサンダーエレメントと黄色のアースエレメントは氷魔法と木魔法を持たないウィルには対応できない…とエルは思っているのだが、ウィルのステータスなら他の属性がほとんどダメージにはならないとはいえゴリ押しが出来なくもないのだ。
「あ、ごめん。でもエレメントの見極め方は分かったよ」
その後答え合わせをし、正解をもらったウィルはガッツポーズをしながら喜んだ。
そんなウィルを見たエルは、こんな御主人様で本当に大丈夫なのかと心配になった。
「さぁ、エルどんどん行こう」
「はぁ…はいはい」
先程とは違う道を進むウィルの後を、エルはリュックサックを背負いなおして溜め息を吐きながら駆け足で追いかける。