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ファリズム帝都

「やっぱり知らなかったのね。何となくそうだと思ったけど」


「ど、ど、どうしよう。リズベットさん」


 帝都も近くなり人通りが増えた街道で慌てふためくウィルを通行人は不思議そうに眺めている。


「落ち着きなさい」


 リズベットに抑えられ徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ウィルはこれからどうするべきか必死に考え初め、リズベットの声も聞こえなくなり始めていた。


「ウィル!!」


「はいぃ」


 リズベットに突然大きな声で呼びかけられ、思わず気を付けの姿勢を取ってしまう。

 周りの人達も何事かと先程よりも視線を集めている。

 リズベットはそんなことを気にすることもなく、ウィルを落ち着かせる。


「貴方、所持金はいくらある?」


「え?えーと二十万くらい」


 リズベットが今、何故そんなことを聞いてくるのかウィルには分からなかったが取り敢えず素直に答える。


「十分。貴方、学園に入学しなさい」


「え!?出来るの?」


「お金があれば出来るわ。但し、二十万じゃ入学金にしかならないから授業料を払うために探索者になるしかないわよ」


 リズベットの話を聞いたところ、入学金は十五万シリンで授業料は一年で二十万シリンの三年間。

 授業料は一年ごとに半年は待ってくれるようだが、それ以降は退学になってしまう。

 もちろんそうなった場合は十八歳まで探索者の資格は剥奪されてしまう。

 しかし、今のウィルにはそれにすがるしかなかった。


「…どうすれば学園に入れますか?」


「此処の学園はお金さえあれば入学式の前日でも入れるからまだ間に合うはずよ」


 そんな学園で大丈夫かと心配になるが事実その通りで、開校してからずっと変わらない。

 しかも帝都の学園は創立百年は経っているという。

学園と言っても実際のところ探索者になりたい人は探索者になるための訓練所のようなもので、武器や魔法の訓練、マッピングのしかたや罠の見分け方、魔物の生態について学べるようだ。

他にも歴史学や算術など様々な授業があるようで、基本的にこの学園は受ける授業を自分で選択できるようになっていて探索者になりたい人以外も多くいるようだ。

 どちらにしろウィル的にはとても有り難いことだ。


「入学式は一週間後だからそれまでに申し込みを済ませるのよ」


「はい」


「さぁ、あと一息よ」


 落ち着きを完全に取り戻したウィルとリズベットはゆっくりとした足取りで城壁を目指した。




「やっと着いたぁ~」


「お疲れ様。じゃあ今日はありがとね。次に会うのは学園の中かしら?」


 リズベットはそういいながらウィルに左手を差し出す。

 ウィルもそれにつられて急いで左を出し、しっかりと差し出された手を握る。


「ふぇ!?」


 リズベットがウィルの手を握り返した途端に、リズベットが可愛らしい声を出しながらストンと腰を落としてしまう。

 手はまだ繋いだままだが完全に地面にお尻が着いてしまっている。


「あれ?力が抜けた。…あはは、無事に着いて気が抜けちゃったかな?」


「大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫よ。あ~あの調子が良かったのが嘘みたい」


 ウィルは繋いでいた手を引っ張ってあげると、リズベットは少しフラつきながらも一人で立つことができた。

 再度別れの挨拶をしてリズベットは城門を潜り街の中へと消えていく。

 ウィルは初めて街に入る為入国検査のようなモノをしなくてはならない。

 入国検査待ちをしている列はとても長く、並んだはいいが早くも暇を持て囃し始めていた。


「うーん、暇だなぁ。入国出来たらまずは宿を探して、忘れないうちに学園の申請しなきゃな」


 そんなことを考えながら自分のステータスを確認していると小さな変化を見付けた。


 ・孤独な探索者:ソロでダンジョンを一万回踏破した証。仲間ができた時、仲間のステータスを自分のステータスの10%アップさせる。


 先程までリズベットのステータスを底上げしていたであろう称号。

 さっきまでは称号の最後に発動中の文字があったが、今はそれがなくなっている。

 ウィルはここで気が付いた。

 リズベットとの別れ際、急に力が抜けたのは称号の恩恵がなくなったからだろう。

 それだと恩恵がなくなった理由は握手。

 意志を持っての右手での握手はパーティーを組む条件で左手での握手は解約の条件だと、ウィルも以前に聞いたことがあった。


「そっか、パーティーを組むことが発動の条件なんだ」


「次の者!」


「あ、はい」


 考え込んでいるうちに門の前に立っている兵士の前まで来ていた。

 無意識のうちに列に着いて進んでいたようだ。

 兵士は軽そうな金属製の鎧を身に纏い、腰には剣を提げている。


「入国の目的は?」


「えっと、探索者になる為に学園に入学することです」


「なるほど。此処に名前と年齢、入国目的を記入して、入国税として一万シリンを納めてくれ」


「はい」


 ウィルは素直にあまり上質とは言えない紙に記入し、しっかりと一万シリンを納める。


「うむ、確認した。ようこそ、ファリズム帝都へ」


「ありがとうございます」


 お礼を言いながら兵士の横を通り、いざ街に入ろうとした瞬間。


「おい、キミ!」


 特に悪いことをしていないにも関わらず、急に兵士に呼び止められるとドキリとしてしまう。

 ウィルはドキドキしながらもゆっくりと振り返る。


「な、何でしょうか?」


「学園に入学するなら学園の門横にある事務に行って早く申請を済ませなさい」


「え、あ、ありがとうございます!」


 大したことない理由でホッとしたウィルだったが、ウィルにとっては結構重要なことだった。

 後で気が付くことになるが、ウィルはリズベットからどこで申請をするのか聞いてなかったのだ。

 そんな事にも気付かずウィルは街の中にへと足を踏み入れる。

 そこはウィルにとって別世界。

 生まれてきてからずっと村で育ったウィルは木造以外の建物を見るのも初めてで、この街は煉瓦で造られた建物がズラッと整理されて建てられている。

 道も石畳で舗装されており、地を踏みしめる感覚が全く違う。

 辺り一面人だらけで、辺り一面木だらけの中で過ごしてきたウィルにとってはこれも新鮮なこと。

 人にぶつからないように慎重に歩を進める。


「おい、兄ちゃん!」


 突然呼び止められてビクッとなってしまうが、声のした方を振り向くと果物を店先に並べたおじさんだった。

 もちろんウィルの知り合いではない。


「兄ちゃん、この街初めてかい?そんなにビクビクしながら歩いてたら絶好のカモだぜ」


「カモ?」


「…そんなことも知らんかい。スリだよスリ」


「スリ…」


 スリと言うものがどういうものなのかは知っているが、のどかな村で育ったウィルには縁のないことだった。


「危なっかしい、気ぃ付けろよ。…ほら、餞別だ」


 そう言って果物屋の店員はウィルに真っ赤な握りこぶしほどの果実を投げ渡す。

 この果実はプリムの実。

 みずみずしくとても甘みのある代表的な果物だ。


「あ、ありがとうございます!」


「今度はちゃんと買って行けよ」


 それに大きな声で返事をしてまた街を歩き出す。


「優しいおじさんだったな。ん、おいしい。…まずは宿を探さなきゃ」


 ウィルは先程注意されたにもかかわらず、ビクビクではないがキョロキョロしながら歩いていて、田舎者というのが直ぐに分かってしまう。

 ビクビクはしていないがこれでもスリの絶好のカモだろう。

 そんな時ボロボロの布を羽織った子供がウィルに近づき袖を引っ張った。


「ねぇ、お兄さん。この街は初めて?」


「え、え?何で分かったの?」


 子供は口元を押さえながらクスクスと笑った。

 上品そうに笑う子供は肌は汚れ、伸びた髪はボサボサになっていて男の子か女の子かウィルには判断がつかなかった。


「そんなキョロキョロしてたら誰でも分かるよ。わ…ボクが案内してあげようか」


「ホント!?」


「もちろんこれは頂くよ」


 そう言って子供は親指と人差し指をくっつけて輪を作る。

 これはいくら田舎者のウィルでも理解できた。

 案内する代わりにお金をくれ、という事だ。


「…いくら?」


 ウィルがそう聞くと子供は指を一本立てる。

 なるべく節約したいウィルは街の案内に千シリンを出していいものかを考える。

 超安く済まそうとすれば一日の食事代だ。

 でも、とウィルは子供の格好を見る。

 見て分かるようにこの子供は孤児でこうやって一日一日を凌いでいるのだろう。

 同じ孤児だがウィルは恵まれていたと感じて、少しでも助けになるならと案内をお願いする。


「毎度!」


 お金は後払いでいいと言うので、早速街の中を案内してもらった。

 安い食堂や道具屋、観光名所や教会。

 学園までの道のりを案内してもらったり、探索者の登録や素材の買い取りを行っているギルドにも案内してもらった。

 もちろん安い宿も案内してもらい、日が沈む頃に案内は終了した。


「今日はありがとう」


「別にお金の為だから…はい、一万シリン」


 そう言って子供は手を出す。


「はいはい…って一万シリン!?千シリンじゃ…」


「ボクそんなこと言ってないよ。ボクの案内は一律一万だよ」


 ウィルは硬貨の入った袋片手に固まる。


「確認しなかったお兄さんが悪い」


 果物屋のおじさんに注意されたのはスリだったがカモられたのには変わりなかった。

 しかもこんな子供に…。


「払わないんだったら衛兵さん呼んじゃうよ」


 実際、ボロボロの服を着た子供が衛兵を呼んだところで相手にされないだろうが、小心者のウィルにはその言葉の力は大きく、素直に一万シリンを支払う。


「もうカモられないようにね、お兄さん」


 ウィルを此処で漸くカモられたと気が付き、高い授業料だと思うことにして項垂れる。


「あぁ、そうだ。キミの名前は?」


「…名前を聞いてどうするの?」


「え?だって折角仲良くなったんだし…あぁ、僕はウィル。よろしくね」


「…仲、良く……」


 子供はそう呟くとまた口元を押さえてクスクスと笑う。

 そんな様子を見てウィルは首を傾げる。


「ふふっ、ボクはエル。よろしくね、変なお兄さん」


 エルと名乗った子供は走って人混みの中に消えていった。

 ポツンと残されたウィルは「変なお兄さんって…」と呟いて紹介された安宿に向かう。




 エルに紹介された宿“カムル亭”は街一番の安宿という事だけあって外観はボロボロ、内観もボロボロだった。

 食堂兼酒場のエリアには髭を生やした中年男性が一人寂しくエールを煽っているだけだった。

 受付には熊のような男が此方を睨んでいた。

 大きな身体に短い黒い髪に濃い髭、黒い服を着て胸元からは胸毛が見える。


「あ、あの、部屋開いてますか?」


「あぁ、朝夕食付で三千シリンだ」


「はい」


 ウィルは大きなリュックサックを漁り、硬貨の入った袋を取り出し銀貨を三枚出す。

 この国では銅貨が百シリン、銀貨が千シリン、金貨が一万シリンとなっている。

 それより高い硬貨もあるが、一般人ではなかなかお目に掛かることはない。

 宿の店主から二〇八と書かれた板の付いた鍵を受け取り、部屋に向かう。


「はぁ、結構疲れたなぁ」


 ウィルは借りた部屋に入ると荷物を床に放り投げ、ベッドにダイブする。

 昨日今日あった事を思い出しながら一人ニヤニヤしてしまう。

 憧れだった探索者に会い、協力して本格的なダンジョンを攻略して、初めての大きな街に着いた。

 いくつもの夢だったことが達成でき始めてきた。


「明日も楽しみだ」


 ウィルはそのまま夕食も摂らずに寝てしまった。


投稿5日目にしてまさかの日間ランキング1位。

ブックマークも3,000越え、デイリーPVも150,000越えと嬉しくもあり恐ろしくもあります。

まぁ、兎に角読者の皆様には感謝しかありません。

これからも頑張りますので宜しくお願いします。


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