プロローグ
薄暗い洞窟のような中で、一人の少年が透き通るような薄い青色をしたプルプルしている小さな生物と対峙している。
少年は片手に木でできた剣のような物を構え、小さな生物を目掛けて力強く横に斬り裂くように振るう。
小さな生物、スライムと呼ばれる魔物は呆気なく半分に裂かれ、小さな青色の塊だけを残して光の粒となって消えてしまう。
「ふぅ、今日はこれくらいにして帰るか」
少年、ウィル・レントナーはスライムが落とした小さな塊を拾い、握りつぶさないようにポケットにしまうと洞窟を後にする。
スライムと戦闘した小さな部屋を出て細い通路のような道を十メートル程歩くと、また小さな部屋に出る。その先の通路からは外であろう光が漏れてきている。
ウィルは慣れた足取りで外に出ると、そこは木々に囲まれた森の中。
木々の葉の隙間からは柔らかい太陽の陽射しが差し込み、新鮮な空気がウィルの頬を撫でる。
太陽の角度からもう夕方だろう。
更に少し先には小さな木造の建物がちらほら見える。
少年が住む村“ユグリス村”は人口三十人弱というとても小さな村で、主要な都市からもだいぶ離れている。
休まず歩いていけば五日はかかり、馬車で行っても二日三日はかかるだろう。
なので月に一度だけ来る行商人くらいしか外から来る来訪者はいない。
木でできたウィルの背丈より少しばかり高い簡易な柵に囲まれた小さな村で、特に危険な動物や魔物も出現することなく門番のような類の人も立っていない。
村にはほとんど若者は居らず、ウィルが最年少の十五歳。
正確には明後日の誕生日で十五歳になる。
この村の平均年齢は五十歳、圧倒的に若者が少ないのだ。
ウィルに両親は居らず、赤ん坊の頃に森の中に捨てられていたのを今の育ての親であるランドルフという老人に育てられているのだ。
ウィルは村に入ると村人達に愛想よく挨拶しながら自分の家を目指す。
「よう、ウィル。今日もあのダンジョンか?」
「うん。毎日の日課みたいなもんだからね」
ウィルに声を掛けてきたのは村人のおじさん。当たり前だが人口の少ないこの村では皆が顔見知りで、皆が家族のように仲が良い。
「あんなしょぼいダンジョンじゃなくて、もっと大きいダンジョンに行けばいいのに…」
「しょうがないよ、他のダンジョンって言ったら此処から片道一日は掛かるんでしょ?冒険は十五歳になるまでしないってじいちゃんとの約束だから。それにもうすぐ僕も十五歳だし」
「…そうだったな」
おじさんは少し寂しそうな顔をする。
そして、おじさんが言っていたようにウィルが先程までいた洞窟のような場所はダンジョンと呼ばれる神々が創り出した遺物。
この世界の各地に存在していると言われているダンジョンは全てで一万あると言われている。
現在書物などに記されている発見されたダンジョンは八千九百二十五。
この内、攻略されたダンジョンは七千八百五十七。
ダンジョンの仕様や構造、出現する魔物はまさに千差万別。
そしてダンジョンの攻略を生業とする者達のことを探索者と言う。
ダンジョンの魔物からドロップする物がこの世界の生活に必要不可欠となっている今では、探索者の存在も必要不可欠になっている。
スライムが先程落とした小さな塊、“スライムゼリー”ですら役に立つ物なのだ。
神々が造り出した遺物ダンジョンは初心者向けの普通のダンジョンでも階層は十階前後で、一階層毎のフロア数は約二十近くはあると言われている。
しかしウィルがいたダンジョンは階層が一、フロア数が二、出現魔物がスライム二匹という普通のダンジョンではありえない程小さいダンジョンなのだ。
小さいだけあってスライムを倒して、ダンジョンを踏破してもあっという間に復活してしまう。
その為一日に数回攻略するのは当たり前となっている。
このダンジョンの名前は“始まりの洞窟”、書物にも記されてはいるが忘れ去られたダンジョンとなっている。
「やっぱり、冒険に出るのか?」
「うん、夢だったから。…もちろん偶には帰ってくるよ」
「そうだな。少し早いけど頑張れよ」
「ありがと!」
ウィルの夢とは別に探索者になることではない。
いや、それも一つの夢ではあるが、最終的な夢は世界の至る所にあると言われている一万の全てのダンジョンを攻略することだ。
これはウィルの夢だけではない。
探索者になるほとんどの人の夢でもあるのだ。
「ただいま、じいちゃん!」
「おかえり、ウィル。今日もダンジョンかい?」
家に入ると奥の部屋から出てきた白髪の眼鏡を掛けた老人。
この老人こそ赤ん坊だったウィルを森で拾い、ここまで育ててきた育ての親のランドルフだ。
ウィルはランドルフと夕食を摂りながら今日あった何気ないいつも通りの話をしながら今日の残りの時間を過ごしていく。
ウィルの一日は朝日が差し込むと同時に始まる。
窓から入る暖かい陽射しを浴びて目が覚めたウィルは、布団から飛び起きる。
ウィルの部屋には木でできた剣や槍、弓など様々な武器が置かれていて、その全てがウィルの手作りなのだ。
探索者になるのが夢のウィルには毎日の鍛錬は欠かさない。
しかし同年代や若者がいないこの村では鍛錬相手は何時も決まったスライムでどんな武器でも一撃で倒してしまう。
言ってしまえばウィルは器用貧乏になりつつある。
どんな武器でも使えるが、それは基本的な振り方や使い方で実践的な技術はほとんどと言っていいほどないのだ。
この世界は神々が創り出したダンジョンで成り立っているが、神々が与えたのは世界にだけでなく人々にも与えた。
それはステータスと呼ばれる自身の能力を数値や文字にしたもので特殊な能力も得ることができる。
それは技術であったり魔法であったり、何かを成し遂げた称号であったりと様々だ。
そして、ウィルのステータスはというと…。
ウィル・レントナー
性別:男 年齢:14 種族:人間
Lv:13
HP:533
MP:208
STR:147
VIT:122
INT:100
MND:84
AGI:130
DEX:156
スキル
・体術(1)・剣術(2)・短剣術(1)・槍術(1)・棒術(1)・双剣術(1)
・斧術(1)・弓術(1)・盾術(1)・投擲(1)
・火魔法(1)・雷魔法(1)・風魔法(1)・水魔法(1)土魔法(1)
・探索(1)・暗視(1)・鑑定(1)
・料理(1)・木工(1)・調薬(1)・算術(1)
称号
・器用貧乏:スキルは取得しやすいが、スキルレベルは上がりにくくなる。
ステータスはこの年齢のまさに平均的なモノ。
しかしウィルのスキル量で言ってしまえば普通の人に比べれば四倍、いや五倍は軽くあるだろう。
但しスキルレベルはほとんどが1で唯一剣術が2というレベルの低さ。
スキルレベルは1〜10まであるが1・2はほぼ初心者レベル、レベルが上がるごとにそのスキルに関する技術に補正が掛かってくる。
しかし初心者レベルとは言ってもスキルがあるのとないのでは天と地程の差があるが…。
「じいちゃん、行ってくるね!」
「あぁ、気を付けて行って来なさい」
ウィルはいつも通り軽く朝食を済ませ、自作の木剣を腰から提げ今日もダンジョンに向かう。
「よしっ、後一回くらい攻略したらお昼にしようかな」
今日もダンジョンに出てくるスライムをバッタバッタと薙ぎ倒していく…と言っても薙ぎ倒していく程のスライムは出てこない。
道中に出るスライム一匹とボス部屋に出る大して強さに差のないスライムが一匹。
ウィルは慣れた手つきでスライム達をサッサと倒してダンジョンを出て、ダンジョンが復活するまで休憩する…それを繰り返していく。
長めに休憩を取っているので太陽が真上に来ている時点で三回しか攻略していない。
そして本日四回目のダンジョンへ突入し、いつも通りの道中のスライムを木剣を一振りで片付け、ボス部屋へ。
「あっ、イレギュラー」
ウィルの目の前にはボススライムではなく片手にナイフを持った土色をした小さなヒト型の生物。
ゴブリンだ。
いつもは出現しない二倍くらいの強さを持つ想定外の魔物が出ることをイレギュラーと呼ぶ。
ただ、此処はスライムがボスのダンジョン。
いくら二倍近い強さの魔物が出ると言っても程度が知れている。
つまり、ゴブリンも最弱に分類される魔物なのだ。
ウィルもこのイレギュラーに焦ることなく迫り来るゴブリンの単調な攻撃を躱し、ゴブリンの後頭部目掛けて木剣を打ち込む。
スライムの様に半分になることはないが、ゴブリンは呆気なくその命を散らす。
ゴブリンは右の耳だけを残して光の粒となって消えていく。
「はぁ、やっぱ所詮はゴブリン一匹だな。…もっと強い奴と戦ってみたい…。旅立ちが楽しみだ」
ウィルはゴブリンから落ちたドロップアイテム拾いポケットにしまいながら木剣を腰に提げる。
「さて、帰…る……か…あれ?」
ダンジョンを出ようと踵を返す瞬間、ウィルの身体が傾いていく。
ウィルは次第に薄れていく意識に抗えることも出来ずに地に伏してしまう。
「…うっ、僕は一体…」
ウィルは眼が覚めると変わらずダンジョンの薄暗い洞窟の中。
ボススライムが再び出現していることもないので気絶してから大して時間も経っていないのだろう。
そもそも何故気絶したのかウィルにも分からない。
特に体調が悪かったわけでもそんな持病があるわけでもないのだが、今は物凄く身体が怠い。
取り敢えずウィルは自分自身に異常が無いかステータスを調べる。
ウィル・レントナー
性別:男 年齢:14 種族:人間
Lv:13
HP:533(0・1)
MP:208(0・1)
STR:147(0・1)
VIT:122(0・1)
INT:100(0・1)
MND:84(0・1)
AGI:130(0・1)
DEX:156(0・1)
スキル
・体術(1)・剣術(2)・短剣術(1)・槍術(1)・棒術(1)・双剣術(1)
・斧術(1)・弓術(1)・盾術(1)・投擲(1)
・火魔法(1)・雷魔法(1)・風魔法(1)・水魔法(1)・土魔法(1)
・探索(1)・暗視(1)・鑑定(1)
・料理(1)・木工(1)・調薬(1)・算術(1)
称号
・器用貧乏:スキルは取得しやすいが、スキルレベルは上がりにくくなる。
・一万回踏破:ダンジョンを一万回踏破した証。称号を手に入れてからのダンジョン踏破回数倍ステータスをアップさせる。
・孤独な探索者:ソロでダンジョンを一万回踏破した証。仲間ができた時、仲間のステータスを自分のステータスの10%アップさせる。
「…は?」
探索者になるのも世界を巡るのもだいぶ先になりそうです。