49.悪夢との再戦
「――出でよ、黒竜」
ナマルゴンは、この時を待っていたかのように黒竜を呼び出した。背後の空間が次第に渦巻き始め、やがて黒竜がそこから現れた。
「クックックック。貴様に再び絶望を与えてやろう」
黒竜は、《ウルル》に吹き付ける強風をものともせず、宙を漂うように伊織の前へやって来た。あの時と同様、黒陽を目の前に浮かび上がらせ、その影もやはり前回と同様に白く映っている。
「…………っ!」
一瞬にして伊織の表情が激変する。デビルズマーブルでの記憶が一気に蘇ったのだろう。
「クックックックック。運よく一度は生き返ったらしいが、《世界巨人》の岩で二度は生き返ることは出来ん。今度こそ完全に闇に葬ってやろう」
黒陽は、まるで自らの意思でもあるかのように旋回し、その大きさを肥大させていった。そして今度は上空へと舞い上がると、一転、ゆっくりと伊織目掛けて落ちてきた。
一方の伊織は、その場から微動だにせず、杖や剣すら持たずに、ただただ黒陽をじっと見上げていた。何か策でもあるのか、それとも恐怖心で動けないのかは、今の様子からは伺い知れない。
「クックックック。攻撃を加えても無駄であることは知っておろう。もはや貴様に残された道は無という死があるのみ」
過日の敗北の記憶から伊織は既に戦意を失っている――冷笑を浮かべるナマルゴンの目には、そのように見えていた。事実、伊織はその場から一歩も動けずに黒陽の接近を無防備に許しているのだ。
そして、いよいよ黒陽が頭上近くまで迫りくると、ようやく伊織は杖を手にし、それを静かに振りかざした。
「クックック。苦し紛れに魔法を使っても、貴様の死は変わらん」
ナマルゴンは、ここにきて、間もなく訪れる伊織の死を確信した。
そしてついに黒陽が《万物の杖》と触れ合った。しかし、杖からは何ら魔力も効力も発せられることなく、黒陽はそれを飲み込み始めた。一方の伊織は、ただただじっと目を閉じながら黒陽の進入を許していた。
(フン。怯え、嘆き崩れると思ったが、つまらん反応だ。それとも何か小細工でも仕掛けようというのか?どちらにしても《万物の杖》を飲み込まれた時点で結果は出たようなものだがな)
ナマルゴンは、伊織の恐怖に怯える姿を想像し、期待していたが、それとは程遠い様子に若干、拍子抜けしたようだ。
黒陽は杖を取り込むと、そのまま伊織の右手をも飲み込み、やがてはその体も丸ごと飲み込んでしまった。
「――終わりだ。行くぞ黒竜。次は《風の谷》だ」
ナマルゴンは、伊織の最期に何の感慨も抱くことなく後ろを振り返ると、
《風の谷》の方角に向かって再び空間斬りを放った。
――と、次の瞬間だった。
突然、黒竜の断末魔の叫びがナマルゴンの一歩を踏み留まらせたのだ。
「なにっ!?」
ナマルゴンはハッと踵を返すと、そこにはなんと黒陽に飲み込まれたはずの伊織が力強く立っていた。そしてその足元には、既に息絶えた黒竜が無残にも横たわっているではないか。
「き、貴様……っ!?」
表情を険しく歪ませるナマルゴンに向かって、伊織が力強く口を開く。
「魔法竜騎士団に……二度の敗北はないっ!」
「こっ、この忌まわしき《虹の勇者》が……っ!」
実は、伊織は先の戦いを踏まえ、既にチャックと共に黒竜の弱点を見抜いていたのだ。
陽の当たる場所では影が映らず、逆に影の中には白い影を映すという、この矛盾こそが黒竜の謎を解く鍵だった。黒竜の影の特性については、伊織自身も一度目の戦いで気づいてはいたが、黒陽の存在に脆くも冷静さを失い、力でねじ伏せようとしたことが敗因の一手となった。
そこでチャックは、黒竜対策を人間界の物語に例え、伊織を導いた。
(良いか、伊織よ。わしは以前、人間界で「北風と太陽」という物語を聞いたことがある。
その昔、北風と太陽が力比べをすることとなり、どちらが旅人のマントを脱がせることが出来るか、という話じゃ。
北風は力任せに旅人のマントを吹き飛ばそうとしたが、旅人は凍える風から身を守るべく、必死にマントを手放さなかった。しかし、今度は太陽がカンカンと照りつけると、旅人はその暑さから、ごくごく自然にマントを脱ぎ去ったという。
――分かるか、伊織よ?黒竜を旅人に例えて考えてみると良い)
伊織は全てを聞かずともチャックの意を理解していた。つまり北風とは対極にある殺意なき攻撃こそが黒竜を倒す唯一の術だったのだ。通常、攻撃には多かれ少なかれ殺意というものが伴ってしまうもの。そして黒竜はこの殺意に反応していたとチャックは読んでいた。黒竜に対するいかなる「北風」は無効と化し、そのまま相手に跳ね返す能力があるのだと。ならばと伊織がとった策は、究極の対極にある「太陽(愛)」と言えた。殺意も憎しみも、負の気や念などを全て捨てた聖なる気の波動を黒陽の内部から発したのだ。《聖力》を手にした伊織の聖なる魔気は、黒陽を形成する魔粒子と暗黒エネルギーを瞬時に浄化し、同時にそれが黒竜本体への攻撃と成り変わったというわけだ。
太陽のエネルギーと化した伊織の魔気により、黒竜の体は、やがて幾粒もの光の玉となりて、聖気を含んだ《ウルル》の風の中に溶けていった。
「――さあっ!今度はおまえの番だ、ナマルゴンっ!」
伊織の声が鋭くナマルゴンの鼓膜に響き渡った。
一方、《風の谷》では、
魔法竜騎士団がモウカトリスを追うことなく、大聖堂が立つホルムズの丘に立っていた。――と言っても、そこにはU2とチャック、エアロスミス、そしてガンズの四人だけが立っている。
そこにロクセットが周たちを連れて大聖堂から駆け出てきた。周も綾乃も、そしてダニーも既に事態の内容を聞き、心の用意は出来ていた(しかし、依然としてリバーは白昼夢から覚めやらない状態ではあったが)。
「――あとはレイラたちを待つのみか」
エアロスミスがはやるように暗雲下に広がる町を見下ろした。
「焦るでない、エアロスミスよ。今は自分に出来うる最大限のことを考えれば良い」
チャックがエアロスミスの肩に優しく手を置いた。
レイラとジャニスが戻って来たのは、それから間もなくのことである。
「U2、町のみんなには警戒を伝えてきたわ!」
「うむ。ご苦労」
間もなくして町の中心地にある《聖波の塔》から警戒を報せる鐘が鳴り始めた。すると、次第に町全体から色とりどりの魔気が浮かび上がり、広まり始めたではないか。その光景はまるでオーロラが町を包む幻想的なものに見えた。これは《風の谷》の民が魔気を発し、結界を作り始めたことの表れで、魔物の力を弱まらせる効果を狙っている。
「良し。第一種戦闘配置は完了だ。あとはカーペンターのみだな」
ガンズが言った。
カーペンターは、若き錬金術師・ナーナを探しに行っていた。仮にだが、ナーナが《風の谷》にいなければ、もしくはこれ以上遅れることがあるなら、竜族は十中八九、モウカトリスの毒牙にかかってしまう。皆は祈るような顔つきでカーペンターの帰りを待っていた。
「――それにしても焦っちまうぜ。これほど時の流れを止めたいと思ったことはないほどだ」
ガンズが言った。
それもそのはず。空間斬りでの移動ならこれほど待つこともないのだが、ナーナは空間移動の感覚が苦手な為、カーペンターは空を飛んでこちらに向っているのだ。無事にナーナを捕まえていればの話だが。
そして、ついにカーペンターが西南の霊峰の彼方より箒に乗って戻って来ると、その後ろにナーナの姿を確認した。皆はホっと胸を撫で下ろす思いだったが、U2だけは緊張感を持ってナーナを迎え入れた。
「遅れてごめんなさい!思ったより探すのに時間がかかってしまって……」
カーペンターは申し訳なさそうに眉間に皺を寄せて言った。
「大丈夫だ。おまえだからこそ、この時間で戻って来れたのだ。よくやった」
U2はカーペンターに労いの言葉をかけると、その背後に控えるナーナに目を向けた。
「――ナーナ。既に事情は聞いておろう。おまえに頼みたいことは二つだ。ひとつはリバーを《白昼夢》の呪縛から解放すること。そしてもうひとつは、《天空の平原》に向かったモウカトリスを引き戻すことだ」
ナーナは、U2から目を反らすと、東の空の向こうに目を向けた。どうやら感覚的にモウカトリスの群れのいる方角が分かるようだ。
「モウカトリスは目が退化している魔物ゆえ、臭いでおびき寄せた方が良いでしょう。嗅覚は魔物の中でも特に発達している――と、古書に記されていたのを読んだことがあります」
そう言うとナーナは、まず、懐から何やら紙包みを取り出し、声を出さずに呪文を唱えた。すると紙包みに刻印されていた古代魔法言語の文字が静かに消え、封印が解けたように一人でに開き始めた。紙包みの中には数枚の竜の鱗が入っていた。鱗は乾燥し、干からびてはいたが、それを竜のまつ毛で束ね上げると、続けて古びた鞄の中から取り出した小瓶の液体をまんべんなく染み込ませた。今や希少となった《ドラゴンの血》であり、それは以前、ドラゴン学者のピーターに分けてもらったものである。恐らくこれだけの希少品を持っているのは、ピーターを除いてはナーナだけであろう。
ナーナは、心の中でピーターの死に祈りを捧げた後、カーペンターに竜の鱗を手渡し、炎で焙るよう言い渡した。どうやら燻した煙の臭いでコカトリスをおびき寄せるようだ。
そして次にリバーの前へ立つと、じっとその様子を見つめ、今度は小さな巾着を鞄の中から取り出した。
「――これは《目覚めの粉》。アメジストと水晶をペガサスの蹄でこまかく砕いて粉末にし、それを聖水に漬け込んで、《不死鳥の火種》で熾した火でじっくりと乾燥させたものです。呪いにかけられた者を正気に戻すには有効です」そう言うとナーナは、リバーの全身に《目覚めの粉》をふりかけた。きめ細かい粉が美しい光をキラキラと反射させてリバーの体を包み込む。まるで光の繭に包まれたように美しい。そして次の瞬間、光の衣がパッと弾け飛ぶと、そこには目を覚ましたリバーが立っていた。
「おお……」
竜騎士団の口から驚嘆のため息が漏れた。ようやくリバーが我を取り戻したのだ。そこで早速、ダニーは、失われていた記憶の間の経緯をリバーに説明し始めた。
「――よし。これで戦力は充分だ。あとは……」
リバーの戦線復帰にとりあえずは安堵の色を見せたU2だが、問題はここからだ。モウカトリスをうまく引き寄せられれば良いが、果たして竜の鱗の臭いがどこまで行き渡るかであろう。
そんなU2の隣にナーナは寄り添うと、そっと優しく話しかけた。
「心配は要りません、U2様。干した竜の鱗は、生きている竜よりも遥かに強い臭いを発します。風に乗れば瞬く間にモウカトリスのもとへ届くでしょう」
そんなナーナの言葉はすぐに現実となった。数分後、驚くことにモウカトリスの群れが遥か彼方の空に影となって現れたのだ。
「き、来たわよ、U2っ!」
カーペンターの声にU2は東の空に目を向けた。確かにモウカトリスだ。永き間、竜の血に飢えていただけあって物凄い勢いでホルムズの丘を目指している。竜の鱗はそれほどまでにモウカトリスの嗅覚を惹き付けたようだ。
「みんな、用意は良いな!?周と綾乃は、ナーナとダニーを護れ!我々はその四人を囲むように陣を組むっ!」
「おおっ!」
竜騎士団は団結の声をあげると、剣や槍を手にして円陣を組んだ。モウカトリスには魔法攻撃が一切通用しないのだ。
そして、ついに魔物の群れがホルムズの丘上空へと辿り着く。さも新鮮な竜の群れの臭いに興奮の奇声をあげながら旋回し始めていた。恐らく竜を威嚇する為の行動であろう。
「――それにしてもデカイな。一口で喰われちまいそうだ。だが、ここできっちりと退治してやらねばな」
エアロスミスが剣の握りを確かめながら舌をペロリと呟いた。
――と、その時である。
一頭のモウカトリスが、もはや我慢出来ずに群れから飛び出し急降下すると、残りのモウカトリスたちも遅れを取らんとそれに続いた。
モウカトリスは、それがまさか魔法竜騎士団とは知らずも、飢えた胃袋を満たす欲のまま一斉に襲い掛かった。
魔法竜騎士団は、円陣を崩さずに時計の針のように少しずつ回りこみながら応戦した。竜騎士団伝統の《流星・交座の陣》だ(モウカトリスは知能が高い為、相手の攻撃パターンに順応し、その癖を覚えてしまう特性を持っているからだ)。
モウカトリスたちは、一瞬の隙も逃さずに攻撃を加えてきた。そのうえ連携して地上と上空から攻撃してくる為、さすがの竜騎士団も最初から苦戦を強いられた。
――と、その時。
コカトリスの爪の攻撃をかわし損ねたロクセットが、一瞬にして石化してしまったのだ。
「なっ!?ロクセットっ!?」
なんとコカトリスの爪は、《石化睨み》と同様の効果を持っていたのだ。しかし、円陣の中心にいるナーナの指示によって、綾乃が石化したロクセットを引き寄せると、今度は周がロクセットの持ち場に入り加勢にまわった。
そして今度は、ナーナがロクセットの額に何やら針のような物を刺すと、たちまち石化の封印を解いてみせた。ロクセットは再び周と交代し、円陣に加わる。
「石化しても私がついていますっ!安心して下さいっ!」
ナーナは皆にそう伝えると、綾乃と周、そしてダニーの手へ金色に輝く針を手渡した。
「これは《ルチルの針》。誰かが石になったら、この針を額に刺して下さい!脳神経へ行き渡る石化信号を食い止めてくれますっ!」
「わ、分かりました!」
石化の難を逃れたことで、俄然、戦いの流れは竜騎士団の方に傾き始めた。――が、当初から望んでいた短期決戦は難しかった。モウカトリスの体表を覆う毛皮や鱗が想像以上に厚く、なかなか刃が立たないのだ。また、一向にモウカトリスの体力も落ちることがない為、徐々にU2やチャックの動きに陰りが見え始めてきたのだ。当然、モウカトリスは狙いをU2とチャックに絞り始めたが、他の竜騎士団や周によって、何とかその牙を防いでいた。
「みんな、頑張るんだ!辛い時は伊織を思い出せっ!たった独りで、今、ナマルゴンと戦っているんだぞっ!」ロクセットが堪らず、U2とチャックを意識して激を飛ばした。
「――っく!この期に及んでも言いよるっ!」
チャックが苦笑混じりにロクセットの激に奮起した。
「しかし、このままでは私たちが先に潰れてしまうわ!何か策はないのっ!?」
ジャニスが叫ぶ。
「と、とにかく最後の最後まで諦めるなっ!」
リバーが更に奮起を皆に促した。
その後も竜騎士団は必死に応戦したが、体力に勝るモウカトリスが次第に押し始めてきた。
「――ああっ、やばいよ、やばいよおっ!みんな、疲れ始めてきてるっ!ねえ、ナーナ!なんか策はないの!?」
「バカっ!私もダニーさんもずっと考えているのよ!あんたこそ守ってもらうばかりでなく何か策を考えなさいよっ!」
綾乃も及ばずながら竜騎士団の第三、第四の手足となってモウカトリスに向かい、ナーナとダニーを守っているのだ。
「そ、そんなこと言ったって……」
事実、竜騎士団に守られていながらも、周たちは策を練るほどの余裕はなかった。石化する竜騎士団を助けたり、ナーナやダニーを護ることで精一杯なのだ。
(くっそーっ!こいつら、竜騎士団を狙ってる訳じゃなく……単に竜の鱗に騙されてるだけじゃねえかよ!知能が高い割に、こんなバカな罠に引っ掛かるくせして!ってゆーか、実はほんとはバカなんじゃねーのか、こいつら!?)
「――って、オイっ!?そうだよっ!実はバカなんだよ!!」
どうやら、ここにきて周の頭に何かがよぎったようだ。
「ねえっ、綾乃っ!分かったよっ!実はバカなんだよ!バカだったんだよお!」
「なっ、なに言ってんのよ、こんな時に!あんたがバカなのは最初から分かってるわよ!」
綾乃は振り向き様に周の頭を叩き、すぐにモウカトリスの攻撃に応戦し直した。
「ちっ、違うんだよ!ねえ、ナーナっ!こいつらは竜の鱗に釣られてるだけなんだよね!?」
周は、叩かれた頭をおさえながらも、閃いたその策に満面の笑みでナーナの腕を引っ張った。
「バ、バカっ!今更、そんなこと聞いてどうすんのよっ!?いい加減にしなさい!」
この期に及んでの周の問いに、綾乃が憤慨する。
「ち、違うんだってっ!その鱗がここにあっから駄目なんだよおっ!」
「なっ、何が言いたいんだ、周よ!手短かに言ってくれ!」
ダニーもそれどころではないが、とにかく結論を周に促した。
「つ、つまり、鱗をここに置いておくんじゃなくて、こいつらの体に引っ掛けるんだよ!だって、こいつらバカなんだから!」
「――そっ、そうかっ!その手があったかっ!!」
ダニーはナーナと目を合わせるや、すぐに周の意図と狙いを理解した。そしてすぐさま、その場にしゃがみ込むと、急いで鱗に細工を仕掛け、そして再び立ち上がる。
二人は、じっとモウカトリスの動きを見極め、竜の鱗を上空から攻め立てる一頭に向かって投げつけた。すると、鱗に結び付けたロープの輪が見事に魔物の首の根元に引っ掛かったのだ。
「良しっ!」
ダニーとナーナは、味を占めたように次々とタイミングを見計らい、モウカトリスの口ばしや爪に竜の鱗を引っ掛けていった。するとどういうわけか、魔物たちは途端に互いの体にぶら下がる竜の鱗目掛けて襲い掛かり始めたではないか。これには竜騎士団も驚きを隠せなかったろう。
「――こ、これはっ!?」竜騎士団は魔物同士の争いに目を見張った。
モウカトリスたちは互いを竜と思い込み、互いの生き血を巡っては、ついには共食いという形で全滅してしまったのだ。
「い、いったい何があったというのだ……?」竜騎士団は、この異様な光景を前にして、半ば放心状態で事の結末をナーナに問い質した。
「――竜の鱗に紐を結びつけ、魔物たちの体に引っ掛けたのです。そうすることでモウカトリスは互いを竜と思い込み……」
「そ、それで共食いが始まったっということか……!?」
「うむ。シンプルながらもモウカトリスの盲点を突いた策じゃ。おかげで助かったわい。さすがは錬金術師の気転じゃな、ナーナよ」
「――ちょ、ちょっと待ってよ!この大作戦を考え付いたのはおいらだぞ、おいらっ!おいらのおかげでみんなが助かったんだぞっ!?」
「バカっ!恩着せがましいことを言うんじゃないのっ!」
慌ててナーナの前に躍り出た周を、綾乃が後ろに引き戻す。
「な、なんだよ、綾乃っ!?おいらのおかげでやっつけることが出来たんだぞっ!?」
「自分一人の手柄みたいなことを言わないの!チームワークの勝利なの!」
そうはいっても納得出来ないのが周である。――と、そこへチャックが周の肩に手を置いて言った。
「やはり、おまえは秘密兵器じゃのう。わしの目には狂いは無かったな?」
「ワオっ!だろっ!?だろっ!?そういうことなんだよお、爺さんっ!爺さんだけだよ、見る目が確かなのはさあ!」
周の目の色が俄然輝き出す(同時に困惑したのが綾乃だ。こんなところで浮かれてもらっては後が怖いからだ)
「――チャック様まで甘やかしてはいけませんわ。この子、すぐ調子に――」
「まあ、良いじゃないか、綾乃。この場は周を褒めるべきだろう」
U2はそういうと綾乃の肩に手を置いた。
「そ、そんな、U2様まで……」
「へっへーんだ!魔法竜騎士団の親分が認めたんだから、おまえは口答えすんなよな!イエーイ!」
すっかり調子に乗った周は、もはや踊りとは呼べぬ奇妙な動きで綾乃を見下した。
「ちょっ、調子に乗るな、バカ周っ!」
「うむ。綾乃もダニーも。そしてナーナも。皆、本当に頑張ってくれた。誰一人欠けたとしても、今回の勝利はなかっただろう」
U2は、改めて皆の踏ん張りに感謝し、その働きを労った。
「――そして、みんな。悪いが休んでる暇はない。すぐに伊織のもとに駆けつけねばならんのだ」
「ああ、分かってるって。皆、おまえのその一言を待ってたんだぜ、U2?」
戦力に戻ったリバーが頼もしそうに答えた。気付けばその背後では、既にガンズが空間斬りでこじ開けた扉が開け放たれている。
「うむ。では、周と綾乃とダニーは引き続き《風の谷》を頼む。ナーナも念の為、ここにいてくれ」
「うん、分かったぜいっ!《風の谷》はオイラが守るから安心してくれよ、親分!《虹の勇者》・伊織くんと共に駆け抜ける閃きの魔術師!小さな巨人!地球最後の救世主!生ける伝説の大勇者・周様にお任せくだせえっ!」
周は、得意満面の表情で飛び上がった。
かくして魔法竜騎士団は、伊織を助けるべく再び《ウルル》の頂上を目指し、空間の向こうへと消えていった。
一方、そんな竜騎士団の背中を見て、綾乃はこれまでにない不安を突然感じ始めていた。
「――どうした、綾乃?暗い顔して」
ダニーが綾乃の様子に気付き、声をかける。
「い、いえ。何でもありません。ただ……」
「――ただ?」
「ただ……チャック様の背中が、やけに遠くに見えるというか、不自然に美しく見えるというか……」
綾乃の言葉に、なぜかダニーは返す言葉が見当たらなかった。もしかしたら、もう二度とチャックに会えない。そんな気がしたのだ。
二人の心配をよそに、竜騎士団は《ウルル》の麓に辿り着くと、一息すら呼吸を整えることなく、すぐに頂上へと駆け上がり始めた。
「オレたちが行くまで踏ん張っててくれよ、伊織っ!」
ロクセットの叫びが切なくもけたたましく風の中に消えていった。




