表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/56

4.三姉妹(スリーシスターズ)

もう間もなく夜が明ける。


鬱蒼うっそうと生い茂るユーカリの木々が伸ばす無数に枝には、鳥たちが翼を休めながら朝陽を待っている。やがて深緑の樹海に微かな陽射しが刺し込むと、鳥たちはこずえを蹴って一斉に飛び立ち、遠くの町へと一日の始まりを告げに行った。


鳥たちが先ず、最初に起こすのはいつも決まっている。遠い昔から続く習慣のようなものだ。近所付き合いと言っても良いだろう。そして、それは今日も例によって鳥たちの歌声と共に目を覚ました。


「お姉ちゃん!ミシェル!起きてっ!朝だよおっ!?今日も空がとーーーっても綺麗だよお!ほら、起きてーっ!」

朝を苦にしない次女のステフが姉と妹を起こしにかかった。


面倒見が良いのではない。おしゃべりの相手がただ欲しいだけだ。まるで鳥たちよりも早く目覚めていたかのように、寝起きとは思えないほどの甲高い声がブルーマウンテンの峡谷中に響き渡った。


「ほら、ミシェル!起きなさいよお!ほら、お姉ちゃんも、早く、早くぅ!」

ステフは、まるで子供が遠足にでも行くかのような、こみ上げてくる嬉しさを抑え切れずに声を弾ませた。


「う……うーん……。うあ……ああ……。お姉ちゃん……おはよう」

大きく欠伸あくびをしながら三女のミシェルがようやく目を覚ました。


「おはよう、ミシェル!今日もいい天気だよおっ!ほら、空を見てみてちょ!」


「うー、うぅん……そうさねえ……」

ミシェルは溜息にも似た息を小さく吐くと、再び眠りにつこうとしたが、それを許すステフではない。


「はい、お姉ちゃんも起きてよおっ!ほら、ほら、ほらあっ!早く、早くう!」


「……んもう、なんなのよー、ほんとに、もう……毎朝、毎朝ぁ…・・・」

長女のDJは特に機嫌が悪いようだ。きっと、見ていた夢の第三幕をステフに台無しにされたのだろう。


DJとミシェルは、ステフの声を無視して何度も何度も夢の世界に戻ろうと試みたが、二十分にも及ぶ執拗な呼びかけに、ついに屈してしまった。とにかく二人は、こうして毎日不本意な朝を迎えているのだ。


ようやく目を覚ました三姉妹は、暖かい陽射しをいっぱいに浴びながら目を閉じると、瞼の裏側に広がる温もりに心を許した。


「うわあ、気持ち良いねえ、お姉ちゃん?踊り出したいぐらい、ほんと気持ち良いね!」


「あら、そう?なら、ぜひとも見てみたいわ。ミシェルの軽やかな踊りとやらを。ねえ、ステフ?」


「ええ、ぜひ、ぜひ見てみたいわんわん。さあ、どうぞ踊ってちゃぶだい、ミシェルち

ゅわん?」

DJとステフが茶化すように末女のミシェルをあおった。


「んもうっ!お姉ちゃんの意地悪っ!踊れないの、分かってるくせに!フンだ!」

ミシェルは踊りたくても踊れないことをうっかり忘れていたのだ。もう数え切れないぐらい同じことを二人の姉に言われ続けてきたが、それでも時々忘れてしまうのだ。特に寝起きの時間帯は。


「あーあ……ってゆうか、もう、今日でよ!?ほんっとに、もうっ!」


「それを言うなら、『目』って聞くべきじゃなくて、ステフお姉ちゃん?」


「それを言うなら、もう『目』でしょ、二人とも?」


三人は、例えようもないほどの膨大な時の流れに絶句すると、暫くの間言葉を失った。しかし、それは今日に限ったことではなく、実は毎日のことでもあった。

それを知ってか知らずか、鳥たちは三人の目の前を自由に飛び回っているのだ。そんな光景を三人は羨望の眼差しと妬みから来る怒りの想いを繰り返すことで今日も時間を浪費してゆくのだ。


何一つ身動きが出来ない現実の嘆きに、三人は苛立たちを積もらせている。それだけではない。一帯の気温が上昇すると、大気が青ずんでしまうほど、ユーカリの葉に含まれる油分が大量に蒸発する為、三人は本当に憂鬱になるのだ(油分で肌がベトベトになる感覚を、三人は非常に嫌うのだ)。


ーーと、そこへ突然、南風が吹いてきた。


風は樹海の上を滑るように疾走し、ユーカリの香りと落ち葉をいっぱいに抱えると、一気に上昇。まるで三姉妹を小馬鹿にするように踊り始めた。


「なによ、この風っ!チョーシこいて踊ってんぢゃないわよ!ウザイからあっち行きなさい!あんたの下手な踊りに付き合ってるほどヒマぢゃないんだからね!?だいたいからして、あんた、ユーカリ臭いんだからこっち来ないでよ、もうっ!」

とにかく三人は、動きのある存在に対しては、どんなものにでも過剰に反応を示し、それを怒りの矛先へと変えてゆく。一言で言えば、無いものねだりであり、ただの妬みである。ーーが、実は、そう簡単に言い切れるものでもないのが三人の抱える事情でもあった。


「ほら、ステフ?あんまり怒んないでくれる?朝っぱらからあんたがプリプリしてると、隣にいる私たちまで気が滅入っちゃうじゃない」

強制的に起こされ、そのうえ一人勝手に機嫌を悪くするステフに、堪らずDJが口を挟んだ。


「お姉ちゃんだって、昨日、北風を相手に怒鳴ってたじゃないのさ!人のこと、言えないでしょお?」

ステフもステフで即座に言い返す。こうなると怒りの矛先は誰であろうと構わず、今日も姉妹喧嘩が始まるのだ。


「あれは涼しい夕暮れ時だったから良いの!あんたは、いっつもこのクソ暑い時間帯に怒ってばかりじゃない?暑さで溶けるヤワな脳みそなのは分かるけど、足んない脳みそなりによおく考えてくれないと困るのよ。分かる?」

DJは、フフンと鼻で笑うように嫌味を交え、言い捨てた。


「なんですって!?やってることは私と何ら変わりないじゃない!それだからいつまで経っても痩せられない、永遠のミス・ホルスタインなのよ!」


「ステフっ!あんた、もう一度言ってみなさいよ!誰がホルスタインだって!?」

DJは眉間に皺を寄せ、凄い形相となった。といっても、二人の妹にはそれを見る術がない。


「ええ、何度でも言ってやるわよ!言ってやるから耳くそカッポじって、よおく聞きなさいよ!あんたはトロルの雄としか結婚できない、モーモー・ブヒブヒ女なのよっ!」


「言ってくれるじゃないの、このスカポンタン!すっとこどっこいの人類最高峰のバカのくせに!」


「プッ。キャッハハー。おっかしーっ!『人類最高峰のバカ』だって!アハハハー」

思わずミシェルが吹き出してしまったことで、ステフの怒りの矛先がまたひとつ増えた。

「ミシェル!見せ物じゃないのよ!その薄汚いアヒル口を早く閉じないと、ぶつわよっ!」


「あれれー?今度はなんで私が怒られてるわけー?訳わかんないんだけどお。でも、良いわよー。ぶてるものならぶって良いですわよん?クププ」


「…………っ!!」

ミシェルの言葉にステフはハッと我に返った。ぶてるものならとっくにぶっている。しかし、現実にぶてないのだ。ミシェルはすぐ隣にいるのに、どうしても指一本触れることすら出来ない。唇を強く噛む思いだろう。


「あー、やだっ!もう嫌だっ!ほんっとに嫌っ!超サイっテーっ!もう、こんな二人と一緒にいるの耐えらんない!だいたいからして――」

ステフは、今後も癒えることの無い怒りの根源を持て余しながらわめき始めた。ステフのマシンガントークは一度始まったら、三十分は止まらない。ユーカリの臭いが立ち込めるこの時間帯に重ね、ステフを怒らせてしまったことを二人は今日も後悔した。


――四十分後。


ステフの愚痴はまだ続いていた。

さすがにDJもミシェルも我慢の限界を超えてうんざりしているが、二人にはその場から離れることすら出来ないのだ。愚痴や文句は、周囲の空気を汚染すると言われるが、確かに耳にする者たちの精神を参らせる効果は強い。もはや観光客が訪れない限り、ステフの口が閉ざされることはないだろう。


「――もう、お父さんったらいつまで道草食ってんのよっ!?きっと他に女でも作って、私たちのことなんか、とーっくの、とーーーっくの昔に忘れちゃってんのよっ!そもそも、なんで私たちを()なんかに変えたのよおっ!?もっと他に考えられなかったわけ!?

ああ、早く人間に戻りたい!戻りたいったら、戻りたい!戻りたい、戻りたい、戻りたい、戻りたい、戻りたい、戻りたい………(大きく息を吸い込み)戻りた~~~~~~~~~~~~~~~~~い!」


ステフの叫びが峡谷中に響き渡ると、それに呼び寄せられたかのように、微かな人の気配が遠くから漂い始めてきた。DJとミシェルにとっては、今日一番の朗報とも言えるかもしれない。


「あっ!DJお姉ちゃん、見てっ!展望台に人影が現れたよ!」


「あ、ほんとだっ!やっと来たわね!?ほらー、ステフ?いい加減になさい?観光客が来たんだから、もう、おとなしくしてちょうだいよね?」


 三姉妹はいち()の望みを託して、今日も訪れる多くの観光客に目を光らせ始めた。


実はこの三姉妹、遥か遠い昔に、ある理由でその美しき姿を巨大な岩へと変えられ、今日まで至ってきた。彼女たちが元の姿に戻れる方法はたったひとつ。彼女たちを岩に変えた父の手でこの魔法を解くしかない。しかし、待てど暮らせど父は娘たちを元に戻すことはおろか、娘たちのもとへ姿を現したことは無かった。ただの一度もだ。

三姉妹は、父を待ちわびる日々を指折り数えるように待ち続けてきたが、百年を過ぎる頃には、もはや今日で何日目などと数えることも馬鹿らしくなり、千年以上もこうして待ち続けている。


もしも現代人が、実はこの岩が人間だと知れば、大変な騒ぎを起こすのは必至。そうなれば間違いなく考古学者やら生態学者などと名乗る者たちが次々と岩となった彼女たちの体を削り、穴を開けて色々と調査をし出すに違いない。それだけは絶対に避けねばならなかった。


無機質な岩に姿を変えたといえ、これは魔法によるもの。自分たちの体は自分たちで守るしかないのだ。元の姿に戻れるその日まで。


そして彼女たちのいきさつを知らぬ現代人は、この岩がまるで三人の姉妹が横に並んでいるかのように見えることから、皮肉にも《三姉妹(スリーシスターズ)》と呼ぶようになり、連日このブルーマウンテンズに観光として足を運んでいた。


(ほら、今日もお行儀良くするのよ?現代人は、岩になっても美しい私たち、スリーシスターズを見にきていると思いなさい)。


DJが小声で妹たちにそう言い聞かせると、観光客たちの影が続々と展望台に現れ始めた。


子供たちは柵から身を乗り出すようにはしゃぎ、大人たちは木々生い茂る緑の絨毯の中からそびえるこの奇岩に向かってシャッターを押し始める。差し詰め、三姉妹にとっては、檻や柵に閉じ込められた動物の気持ちに似たような思いだろう。


(……それにしてもさあ、観光客の言語にも飽きちゃったわよねえ。この百年でいったい何ヶ国語くらい覚えたかしら?そろそろ新しい言語を話せる奴でも来てほしいと思わない?)


(確か、最後に覚えたのがベトナム語だったっけ?)


(ううん、ポルトガル語よ。ベトナム語はその前だったと思うわ)


「でもさあ。日本語を覚えたら、他の国の言語なんて簡単だったわよね?」

「ええ。日本語を覚えるのは、ほんとに難しかったもんね。猛打撃的な難しさだったわ」


――もともと三姉妹は、自分たちの部族の言語しか話せなかったが、長年、この場所を訪れる観光客の話を耳にしてきたおかげで、既に多くの言語を身に付けていた。英語は勿論のこと、フランス語やイタリア語、オランダ語、タイ語をはじめ、本当に数え切れないほどの言語を習得していた。膨大な時間の中で動くことすら出来ない三人の楽しみといえば、言語を覚えることと、観光客の中から好みの男を探すことだけなのだ。


(ほら、二人ともっ!ちょっと声が大きくなってきたわよ!しゃべるなとは言わないけど、観光客に聞こえないよう気を付けてよね!)

DJは毎日、観光客の中にこの魔法を解くことが出来る者がいるかもしれないという淡い期待を寄せてはいたが、結局、今日も元の姿に戻ることは出来なかった。人影が夕闇に飲み込まれ、やがて冷たく沈んだ夜が樹海に迫って来た。


「あ~あ。今日もダメだったわねー。ったく、やってらんないわよ!ステフ姉ちゃん、私、もう耐えられないわ、こんな生活!」


「ほんと、ほんと!ほんっっっっっっっ………………………………とに、バっカみたいね、あたしたち!何世紀も何世紀も待たされてさ!バカじゃん、これじゃ!バカ、バカ、バカ、バカ、人類のバカ・殿堂入り確定じゃん!?」


「プッ……」ミシェルは今朝方、ステフがDJに『人類最高峰のバカ』と呼ばれたことを思い出し、思わず吹き出しそうになったが、必死にそれを堪えた。笑い声をあげたら最後、また派手な喧嘩へと発展し、眠れなくなるからだ。


「――でも、今日はいつもと何か違ったように感じなかった、二人とも?」

DJがぼんやりと雲の隙間から顔を出した月を見上げて言った。


「違う? 何言ってるの、お姉ちゃん?いつもと同じじゃない!暑さのせいで、ちょっと脳みそやられちゃったんじゃないの?」

ステフは苛立ちをそのままDJにぶつけ始める。


「でも、いつもと違うって……何が違ったの?」

ステフの一言にDJが気を悪くするのではないかと、ミシェルは気遣いながら二人の姉の間に割って入る。末っ子は末っ子なりに色々と気を遣うものだ。

「うん……。実は今日、誰かに見られていたような気がしたの」


「誰かに見られている?っていうか私たち、いつもたくさん見られてるじゃない!お姉ちゃん、ほんと大丈夫?」


「ううん。聞いて、ステフ。確かに私たちは毎日のように観光客たちから見られてるわ。でも今日は何か違ったの。何ていうか……その……観光客の目じゃない、違う誰かの視線よ。多分、その人も私たちの存在を感じていたわ。私たちを見て、何かを感じてたと思うの」


「それって、もしかしてお父さんじゃなくて!?」

ミシェルは思わず期待を込めてDJの次の言葉を誘った。が、期待した通りの言葉はそうそう聞けるものではない。


「残念だけど、お父さんじゃないわ。ホントに何て言って良いか分かんないんだけど、とにかく私たちを不思議がって見てたような気がしたの。お父さんだったら、私たちを見て、不思議がるようなことはしないでしょ?何て言うか、空の向こうから私たちを見ているような……。ねえ、二人とも?明日はちょっと気をつけてみてよ。近いうち何かが起こるかもしれないわ」


二人の妹は、DJの言葉をほとんど真に受けてはいなかったが、もしかしたら本当に何かが起こるかもしれないという期待を込めて明日を迎ることにした。


ーーが、翌日もいつもと変わらず何も起こることはなかった。

更にその次の日は、日中、ずっと雨が降りしきっていたが、結局、期待していたことは何も起こらず、日が暮れると、ステフとミシェルはとうとうくされてしまった。


一方のDJは、この三日間、変わらず例の視線らしきものを感じ取ってはいたものの、それが誰のものなのか、最後まで突きとめることが出来なかったようだ。


その日の夜のこと。


三人は失望と疲労から逃れるように、いつもより早いうちから瞼を閉じていた。瞼の裏には今日の雨の冷たさがまだ微かに感覚として残っている。


虫の鳴き声が心地よく耳を癒し、三人をゆっくりと深い眠りへいざない始める。


雨上がりの夜空には、ジンライムのような優しい輝きを放つ月がよく似合う。そして今夜もケンタウルス座のアルファ星とベータ星がそっと寄り添い、それにヤキモチを妬く南十字星が切ないほどの輝きを発していた。そんな星空の下でDJは静かに夢の世界へと落ちてゆく……。


しかし、今夜はどうもついていないようだ。DJは、二人の妹と一緒に眠っている夢を見ていたのだ。せめて夢の中では自由に踊ったり、まだ見ぬ恋人の腕の中で甘えたいというのが本音だろう。


ふと、夢の中で三人を呼ぶ声が聞こえ始めた。聞き覚えのない声だ。姿を見ることは出来ない。その声は夢の中で次第に大きく響き渡りながら、透明な風船のように膨らんでいった。そして最後に、これ以上ないほどに膨れ上がると、その声は一気に弾け跳び、DJは思わず恐怖で目を覚ました。何気に隣を見てみると、二人の妹も時を同じくして目を開けていた。


「……どうしたの?まだ寝てなかったの?」

DJが心配そうに声をかける。


「ううん。なんか、夢を見ていて……。なんて言うか、夢の中で私たち三人が眠ってて……それで誰かが私たちを呼んでいて……それで目覚めちゃって」

ステフはDJと同じく、少しだけ乱れた息づかいで答えると、ミシェルが堰を切ったように驚きの声をあげた。


「えっ!?ステフお姉ちゃんも!?私もよ!夢の中で私たちが眠ってて、それで誰かに呼ばれて……」


「ええっ!?あんたたちもなの!?実は私も同じ夢を見てたのよ!」


「えっ!?じゃ、じゃあ、三人一緒に同じ夢を見てたっていうの!?」

三人の間にしばし沈黙が流れる。これまで、三人一緒に同じことを考えたことはあっても、同じ夢を見るということは一度たりともなかった。父に魔法をかけられた影響だとしても、既に千年以上が経っている今、何かしらの効果や副作用があるとは考えにくい。果たしてこれは単なる偶然か、それとも何かが起こる前触れなのか。取り分け心配性のDJにとっては、明るい未来を想像するには至らなかった。ーーが、妹たちは違った。


「す、すっごーい!私たち、初めて心が重なったって感じじゃん!?すごい、すごーい!」


「ほんとだね、お姉ちゃん!私たちって、やーっぱり姉妹なんだわ!キャハッ!」


「で、でも、こんな偶然って……なんか変じゃない?気味悪いくらいに――」

ステフとミシェルが楽観的に浮かれ始める中、DJだけは妙に慎重に受け止めていた。


「何言ってんのよ、お姉ちゃん!こんな奇跡

的偶然なんて、そうそうないのよ!?凄いじゃない!ねえ、ミシェル!?」


「そうよ!ステフお姉ちゃんの言う通りだよおっ!」

真夜中にはしゃぎ出す妹たち。それをよそにDJは一人不安気に考え込み始める。そして暗闇の向こうからはっきりと声が聞こえてきたのは、まさしくその時だった。


「偶然ではない」


突然の、闇を喰いちぎるかのような、飢えた魔物のような声だった。三人は一瞬にして恐れおののき、血が固まるのを感じた。


「だ、誰っ!?」


虫たちの鳴き声も一瞬にして消え去った静寂の中にDJの声が弱々しく響き渡った。


「な、な、な……なに、今の……?」ミシェルも怯えながら姉に声をかける。

「わ、わ、わ、分かんないわよ、そんなこと……」

DJもすっかり震えあがっているのだ。


たった一言ながらも、それは恐怖に満ちた声だった。まるで内臓を噛みつかれたような、体の内側に重く圧し掛かるような声だ。

そんな三人の前に突如現れたのは、不気味な紫色した炎のようなものだった。まるで闇夜の中から煙が染み出て来るようにそれは現れ、宙を浮遊していた。


「な、にゃ、にゃんなの、これ?はにゃにゃにゃにゃ……」

ミシェルとDJはすっかり動揺し、言葉もろくに発することが出来なくなっていた。が、なぜか一人だけ例外がいた。


「なに、あんた?急に出てきちゃって?」

ステフが平然と言い放つ。


「わっ!バ、バカ!ステフ!な、何言ってんのよ!や、や、やめなさいよ!」

すっかり怯え切っているDJが声を震わせながら止めようとしたが、ステフは全く臆していないようだ。


「なんか用なの?ってゆうか、何?手ぶらで来ちゃったわけ?ありえないんだけど――って、もしかして、お父さんだったりして?いや、そんなわけないか!?キャハハッ!」


「えっ!?お父さん?」

ステフの軽調な言葉に、ミシェルの呼吸が一瞬だけ止まった。


「…………お父さん……。そうよ、お父さんっ!?お父さんなの!?」

途端にミシェルが大きな喜びと期待を込めて叫び出した。


しかし、その炎のようなものは、その後も三姉妹の呼びかけには何ひとつ反応を示さず、まるで三人を存在を見定めるかのように、その前を行ったり来たりと、ただただ宙を漂っているだけだった。

以降、沈黙の時間が気味悪いぐらいに続いた。そして、次にこの沈黙を破ったのは、三姉妹ではなく、その得体の知れないものからだった。


「おまえたちだな?オレの力を呼び求めていたのは」


やはり全く聞き覚えのない声だった。同時に父親でないことはすぐに分かった。周囲に再び沈黙が流れ始め、虫の声がひとつひとつ手に取るように聞こえ始めてきた。


「だ、だ、誰なの?」

ミシェルが精一杯、喉から絞り出すように声をあげる。


「…………我が名は――ナマルゴン」

ナマルゴンと名乗るそれは、初めて三姉妹の問い掛けに答えた。


「ナマルゴン――ですって?――プッ! 変な名前っ!あんたにゃ悪いけど、私のタイプじゃないわ。さっ、帰って良いわよ。お疲れちゃん」

ステフは、ナマルゴンの意に介すことなく、無愛想に話を切り終えようとした。


ーーと、そこへDJが突然慌てたように、この得たいの知れぬ者と接触を図ろうと試み始めた。


「――ちょ、ちょっと待って!」


「お、お、お姉ちゃん!?」

当然、ステフもミシェルも、姉の名を呼ばずにはいられない。


「と、とりあえずは、あんたたちは――少し、黙ってて!」

とにかくDJは、妹たちを黙らせることにし、ナマルゴンに声をかけ始めた。


「わ、私は――DJ。そしてこの二人は、妹のステフとミシェル。私たちに呼び出されたって――そう言ったわね?」


「……おまえたちが誰なのかなどはどうでも良いことだ。ただ、オレはおまえたちの祈りに引き寄せられ、そして、おまえたちの意識の中に潜り込んだ。それだけだ」

ナマルゴンは初めて会話らしく返事を返した。それにしてもその声は、聞く者の肝を無条件で震わせるものがある。


「……なるほど。これで分かったわ。それで私たちは同じ夢を見ていたってわけね?」


「少しは理解があるようだな」


(――フン。私たちが誰なのか、どうでも良いですって?何よ、急に現われて偉そうに……)

ステフは心の中で苦々しく毒づいた。


「それよりもおまえたちは、なぜ岩なんぞに姿を変えているんだ?」

ナマルゴンは、特に興味があるとはいえない口調だったが、DJにそう尋ねた。


「あんたなんかにゃ関係ないで――」


「ステフ、黙ってて!今、彼は私に聞いているのよ!?」

DJはステフを静めると、少しだけ間を置き、慎重にその問い掛けに答え始めた。


「実は私たち、本当は人間なの――。私たち三姉妹は、かつて、ここ、ブルーマウンテンズで父と四人で住んでいたの。この地を治める祈祷師の父から毎日教えを受けながら、本当に穏やかで幸せな日々を過ごしてたわ。

でも、ある日、私たちは誤ってこの地に迷い込んできたバンイップという魔物の眠りを妨げてしまって――それで父は、怒り狂ったそれから私たちを守る為に――魔法で私たちを岩に変え、父は自分の姿を鳥に変えて、バンイップの難から逃れたの。私たちを見失ったバンイップは、再び魔界に戻っていったけど、父は二度と私たちの前に戻ることはなく――」


「そして――おまえたちも元の姿に戻れることなく、今日に至った、ということだな?」

ナマルゴンは全てを見極めたかのように、DJの話を遮り後に続いた。


「そうよ。私たちを元の姿に戻すことが出来るのは、父だけなの。でも、いくら待っても父は戻って来ないし……。生きているかどうかさえも分からない。もしかしたら、あの時、バンイップに……」


ーーと、DJが説明を続けている、その時だった。


ここより遥か西の彼方から、何者かが三姉妹のもとへと向かって来ているのをナマルゴンはいち早く察知した。かなりの速さだ。物凄い速さでこちらに向かって来ている。そして、それが近づけば近づくほど、ナマルゴンは次第にその正体が見えてきたが、肝心の娘たちは何も気付いていない様子だ。そこでナマルゴンは素早く一計を案じると、すぐにそれを三姉妹へと投げかけた。


「……そうか。じゃあ、オレがお前たちを元の姿に戻してやろう」


「えっ!?」

 突然の、思いも寄らぬ一言に三人は驚いた。


「なっ!えっ!?そっ、そんなこと出来るの!?えっ、マジ!?マジで言ってるわけ!?」

ステフは大袈裟なくらいの反応を見せたが、DJとミシェルの心情ももはや同様だろう。


「――でも、言っちゃ悪いけど、そんな賢そうには見えないんだけど――。でも、実はあんた、出来る子なの?マジ?マジ?それならそうと、さっさと言えば良かったのよお!勿体ぶっても良いことなんてないんだからね!もう水臭いっていうか、隅に置けないわね、あんた!」


「……よく舌が回る娘だな」

ナマルゴンは半ば呆れた口調で嘆息を漏らした。


「ああ、ありがとう。よく言われるわ。よく言われて困っちゃうくらいなのよ。アハハ」

ステフは変わらず軽い調子で返したが、ナマルゴンの気を悪くしていることに気付いてはいない。


「まあ、驚く必要はない。オレの持つ魔力なら、おまえたちにかけられた程度の魔法を解くくらいは容易なことだ」


「で、でも……ど、どうしてあなたが?」

DJがまさしく息を飲む思いで聞いた。


「なあに――大した理由などない。ただ、おまえたちの話を聞いて、元の姿に戻してやりたいと思っただけだ。おまえたちの祈りに引き寄せられ、はるばる遠くから来たわけだが、何もしないでこのまま戻るのもなんだしな。といっても、まあ――その、なんだ――。実はオレも困っていることがあってな……」


「――つまり、私たちを元の姿に戻す代わりに、あなたに協力しろってこと?」

明らかに思わせぶりなナマルゴンの心意を、ミシェルは汲み取った。


「そうだ。察しが速いな。しかし、それだけではない。おまえたちの父親を捜すのも手伝ってやろう。どうだ?そんなに悪い話じゃないと思うがな」


この言葉に、もはや三人は気が動転していた。正体の知れぬ者が突然現れたと思いきや、自分たちをこの岩から解放すると言うのだ。しかも父親まで捜すとまで言っている。これが本当ならば、願ったり叶ったりのことではあるが、やはり出来すぎた話だけに疑念の思いを拭うことは出来ない。


「ちょ――ちょっと待ってくれる?――いくら何でも、急にそんなこと言われたら、返事に困るわ。あなたが何者かも知れないのに……」

DJは話の流れを一旦止めた。『うまい話には乗るもんじゃない』、『男からは簡単に物を貰うな。そこには痛い見返りが隠れていることを忘れるな』。


これは子供の時分に父から散々聞かされた言葉だが、それが今になって頭をよぎったのだ。


「そ、そうよ!。早い話、どこの馬の骨かも分からないあんたが、いきなりやって来て、私たちを助けてくれるってのもおかし過ぎるわ。おとぎ話じゃあるまいし、突然現れて、助けてやるって言われてもねえ――。出逢った初日に『結婚してくれ』と言われて、すんなりOKしちゃうようなものだわ」

このステフの言葉には、DJもミシェルも同意で、かつナマルゴンの反応を確かめたいという様子も伺えた。


「……そうか。ならば元の姿に戻らなくて良いんだな?それならそれで良かろう。ただ、このチャンスを逃したら、おまえたちはまた父親の帰りを待ち詫びる日々に戻るわけだ。父親が帰ってくるという保証が何一つないのにだ。まあ、これまで千年以上も待ち続けたのだから、もうあと千年ぐらい待つのも良かろう」


「ちょ――ちょっと待って!す、少しだけ三人で考えさせてくれないかしら?」

DJは慌てて判断の猶予を求めた。ナマルゴンの『あと千年、待てば――』の言葉が想像以上に三人の心を揺さぶったようだ。


「フン、勝手にするが良い」

粗野に返事をするナマルゴンではあったが、実は少なからず焦り始めてもいた。三姉妹の前では平静を装っているが、その裏では秒単位の駆け引きに肝を冷やしている。しかし、三姉妹はそれを知る由もなく、ナマルゴンの耳に聞き取られないよう極力小声で相談を重ね始めた。


(ねえ……。どう思う、二人とも?)


(怪しいわよ!ぜってー怪しいわ!あいつ、見るからに邪心の塊って感じじゃない!?お姉ちゃん、絶対に断った方が良いわ!)

真っ先に拒絶反応を示したのはステフだった。


(でも、ステフお姉ちゃん?あいつの言う通り、これはチャンスだと思わない?お腹が空いているのに、目の前にいる魚を捕まえないのと一緒じゃないの?)

ミシェルも基本的にはステフに賛成だが、千年以上も待ってきた経緯を踏まえると、どうしてもこのチャンスを逃したくないようだ。


(……確かにミシェルの言う通りでもあるわね。ただ、ステフの言う通りに、目の前の魚は毒を帯びてるかもしれない。怪し過ぎるわ」


(お姉ちゃん、ミシェル、いくらお腹が空いてて、目の前に魚がいたとしても、その魚が変な病気にかかってたら大変よ!?それを食べてお腹を壊したら元も子もないじゃない!)


(でもステフ?あなた、あと何百年も待てる?いいえ、あと千年以上も待つ覚悟ってある?)

DJが気に病んだのは、まさにこの事である。


(そ、そんなの待ちたくないに決まってるでしょ!でも、もしかしたら、あの変な奴が帰ってから、お父さんが現れるかもしれないじゃない!?いいえ、すぐに現れなくても、二、三日中に帰って来てくれるかもよ?)

 ステフは、普段は目先の利を誰よりも強く求める傾向にあるが、大事に至ると、大局的な利を選ぶことの方を重要視する性分にある。昔から肝心なところで慎重なのは、いつだってステフだった。


(でも、ステフお姉ちゃん?そんなこと言って、現実には千五百年以上も待たされてるのよ?こんなこと言いたくないけど、もしかしたらお父さんは、もう……)


(言わないで!生きてるわ!お父さんは生きてるの! きっと助けに来てくれるわ!)

ステフは声を抑えているものの、事が事だけに息遣いはどうしても荒くなりがちだ。それはDJもミシェルも同じだが。


(分かってるわよ、そんなこと!でも、こんなに待っても現れないのは、やっぱり――ねえ、ステフお姉ちゃん?もっと現実的に物事を考えてみようよ。ね?)


(…………)

ステフには次の言葉が出なかった。最後の最後まで父が助けに来てくれることを信じてはいるが、確かにミシェルの言い分も間違ってはいない。


(ステフの気持ちが一番まともだってことは分かるの。でも、私もこの際はミシェルに賛成だわ。ねえ、ステフ?あいつはお父さんのことも捜してやると言ったわ。もし、あいつが私たちを元の姿に戻せる力があるなら、実際にお父さんのことを探すことだって出来ると思わない?私はそこに賭けてみようと思うの)

その後、DJとミシェルは時間をかけながらも、沈黙に伏せたステフをようやく説き伏せた。ナマルゴンも苛立ちを隠しながら三人の話し合いが終わるのをじっと見届け、そしてようやく口を開いた。


「どうやら話がまとまったようだな?オレが何者かと疑うのは当然だろう。なんせこんな姿だからな。でもそれは慣れたものだ。長い間、こんなナリで生きてるからな」


「ねえ、ちょっと――。ナマルゴンって言ったわね?ちょっと聞いてもいいかしら?」

重々しく口を開いたのは、最後まで後ろ向きだったステフだった。


「手短かに話すなら答えてやろう」


「仮に……仮に私たちが元の姿に戻ったら、一体何をすればいいわけ?まさか、あなたの女になれだなんて言わないわよね?」


「なあに、簡単な探し物だ。オレの体を捜し出してもらおう」

ナマルゴンは、ステフの毒のある質問を、まるで聞いていなかったかのように答えた。


「――か、体?」


「そうだ。実はオレもその昔、ある者に魔法をかけられてな。魂と体をバラバラにされたのだ。おまえたちが生まれるよりもずっと遥か昔にな。今のオレは体を持たぬ魂のみで、あの世へも行けず、ずっとこの世をさまよっていた。なぜならオレの肉体はまだ死んではいないからだ。だからおまえたちには、オレの体を探し出してもらう。おまえたちと同様、もう一度この世界を自由に生きる為にな」


ナマルゴンの言葉に三人はすっかり言葉を失ってしまった。この得体の知れぬ者が、まさか自分たちと同じように、いや、自分たちよりも遥か昔から同じような苦しみを味わってきたのかと思うと、もはや彼女たちに断る選択は出来なかった。断る理由を探すことの方が難しいと言えるだろう。


「……いいわ。私たちもあなたに協力するわ。ね、それでいいでしょ?」

DJはステフとミシェルに確認すると、二人ともそれに同意した。そしてこの時、ナマルゴンはしてやったりの笑みを浮かべていたが、実体を持たぬ魂のみの為、三人にはそれを知る由もない。


「――では、今からおまえたちにかけられている魔法とやらを解いてやろう。まずは目を閉じてもらおうか」


三人は顔を見合わせることは出来ないまでも、心を少しの間重ねると小さく頷き、言われた通りにそっと目を閉じた。


「今から元の姿に戻してやるが、その前におまえたちの父親の名でも聞いておこうか?」


「父さんの名前は……ダニーよ」

DJが目を閉じたまま、一言、簡潔に答えた。


「そうか。ダニーというのか……。分かった、覚えておこう。では、しばらくそのまま目を閉じておいてもらおう。無駄口を叩かずにな」


三人はナマルゴンに言われた通り、ただ目を閉じて心を無にした。正直、不安のあまり、声を出したくなる衝動に駆られそうになったが、そこはぐっと堪え、耐え続けた。何世紀も何世紀も、ずっと自由になれる日を待ち続けてきたが、それもついに今日で終わりを迎えようとしているのだ。


「シケタトービ・シヨキトービ・トービーツ――」


目を閉じた三人を前にして、ナマルゴンが何やら魔法らしき呪文を唱え始める。するとさっきまで静けさに覆われていた一帯に突然風が吹き始め、遥か下に生い茂る樹海から数え切れないほどの木の葉が舞い上がり始めた。風は不気味な音を立てながら空気を裂き、木の葉は幾重にもなって三姉妹の岩肌を覆うように飛んでくる。三人は恐怖の余り、一層強く目をつぶった。


「――ンケラムシ・マンサヤシカア・リモターッ!」


ついにナマルゴンが呪文を唱えると、強風は次第に止み、飛び交っていた木の葉も小刻みに宙を滑り落ちながら山のように積もっていった。しばらくすると辺りには再び虫の鳴き声が戻ってきた。


「目を開けてみろ」


ナマルゴンの無愛想な声が三人に一層の緊張を走らせた。三人は恐る恐る山のように積もった木の葉の中から起き上がり、静かに目を開け、互いの顔を見合わせると、ハッと息を飲み、次の瞬間、歓喜に飛び上った。大地を踏みしめる足裏の感覚も、互いに握り合う手の感覚も、体中全ての感覚が戻っていたのだ。


三人はきつく体を抱きしめ合うと、さらにその歓喜のあまり大声をあげて涙を流した。何にも例えがたい喜びが、これ以上のない感動となって峡谷中に響き渡る。しかしそれも束の間、ナマルゴンは再び呪文を口にすると、抱き合う三人を強引に引き離し、軽々と宙に舞い上げるや木の葉の山の上に叩きつけた。


「騒ぐのはそれぐらいにしておけ」

ナマルゴンが冷たく言い放つ。


三人は呻き声をあげながら打ち付けた腰や背中をさすっていた。しかしナマルゴンはそれを無視して話を続ける。


「良いか、スリーシスターズよ。二度は言わんからよく聞け。オレはおまえらを元の姿に戻したんだ。遊んでいるヒマがあるならオレの体を捜し始めろ。オレの体はきっとこの大陸のどこかに封印されている筈だ。誰にも聞かないで捜せ。分かったか?誰にも聞いてはならん。そして、おまえらを元の姿に戻す時、ついでにオレの魔力も与えておいた。その魔力を使えば大半のことは出来るはずだ。オレと離れていても話をすることが出来よう。工夫次第では空を飛ぶこともな。しかし、魔力を使う時は誰にも見られるな。見られたら最後、おまえらは魔女として現代人に捕まり、殺されてしまうからな。良いな?一刻も早く見つけるんだ。オレもおまえらの父親を捜しておく。それと念の為に言っておくが、その服はいち早く捨てることだ。人目に付きすぎるからな。町へ出たら新しい服を手に入れると良いだろう」


ナマルゴンは口早に言葉を並べた。三姉妹にとっては訳が分からなかったが、とにかくナマルゴンは、何かに追い立てられたように三姉妹を突き放しにかかった。


「……服っていっても、どうやって手に入れるの?」


「魔力を使え」

その口調からして、やはりナマルゴンは急いていた。三姉妹はその理由は分からないが、突然の豹変にしても、まだ解けない疑問を投げ続ける。


「魔力って言ったって、どうやって使うのさ?」


「おまえたち、何もかもオレの手を煩わせる気なのか?」

いよいよナマルゴンの声に怒気がこもり始めるが、当然三姉妹は理解に追いつけない。


「それじゃ分からないわ!ちゃんと使い方を教えてよ!」


「そうよ!何をそんなに急いでいるのよ!?ってゆーか、私たち、何か怒らせるようなことでも―――」


食い下がる三姉妹の態度にナマルゴンは睨みを利かせた。いや、睨まれた感覚を体の内側から覚えたのだ。内臓が凍りつくようなひと睨みだ。


「おまえたち、オレを怒らせるなよ?もう一度岩に戻りたいなら話は別だがな」


三人は、なぜこんなにもナマルゴンの態度が急変したのかが分からない。聞かなければならないことはまだまだあるが、これ以上聞けば、本当に岩に戻されてしまうことだけは感覚的に理解したようだ。


「分かったら、さっさとこの場から消えろ」


ナマルゴンが最後にそう言うと、三人は表情を濁しながらも暗闇の樹海へと駆け出した。まるで逃げるかのように。そしてこの時、DJはこの三日間、ずっと自分たちに投げかけられていた視線がナマルゴンのものであったことに気付いた。


三姉妹がブツブツ小言を言うのが聞こえてはいたが、ナマルゴンはあえてそれを無視した。やがて三人の姿が闇の樹海の奥へと消え去り、その気配も周囲から完全に絶たれると、夜は再び静寂な時間を取り戻した。


――と、その時だった。


ナマルゴンの元に猛然と風を切りながら押し寄せる気配が近づいてきたのだ。

一羽のコトドリだった。それはナマルゴンが少し前から察知していた、この場所に向かっていた気配の主だった。


コトドリはナマルゴンの前まで来ると、その存在よりもスリーシスターズの岩が無くなっていることに驚き、辺りをぐるぐると飛び回っていた。

ナマルゴンはその姿を見て、滑稽に思ったのか、してやったりの笑みを浮かべる。


「クックックック。遅かったな、ダニーよ」


コトドリが、闇夜に浮かぶナマルゴンの存在にようやく気付いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ