39.デイドリーム島へ
伊織が《風の谷》に戻ると、既に魔法竜騎士団は大聖堂に集結していた。伊織の帰りを待ちながら新たな戦略を練り直していたようだ。
伊織は早速《太陽と月の間》に向うと、グレートオーシャンロードでの事を報告し始めたが、その途中、ダニーの様子がおかしいことに気がついた。
「……何かあったんですか?」
一通り報告し終えたところで伊織はチャックに尋ねると、チャックは言葉を濁すように、まずは伊織を座らせた。
「……実はの。おまえの留守中に、ナマルゴンが《ルーラの輝石》でわしらを呼び出したのじゃ」
「えっ!?」
思いもよらぬ返答に伊織は驚いた。まさかナマルゴン自ら《風の谷》に接触を試みようとは想像だにしなかっただろう。
「そうじゃ。当然ながら奴の狙いは残り二つの魔石じゃ。そのうちのひとつはU2が持っており、そしてもうひとつはある場所に封印されておるのじゃが……その二つの魔石とダニーの娘を――」
「交換しろ、と?」
伊織は話を遮るように言うと、チャックは黙って頷いた。
「そして……それは、いつ、どこでですか?」
伊織は続けて尋ねる。
「魔石の用意が出来次第、西の果てに来い、と。つまり、荒野の墓標に奴は誘っているんだ」
ガンズが戦慄の表情を浮かべて答えた。その口調からは何やら強い憤りすら伺える。
「――それで、みんなの決断は?」
伊織は一同を見渡す。
「実は、まだ何も決まっていないんだ」
リバーが答える。
「……ダニーの話では、彼女たちは既にナマルゴンの術中にかかっており、人間の心を奪われてしまっている、というのだ。だから単純に魔石と取り引きしても……」
エアロスミスが苦虫を噛み潰したように言った。
「仮にそれに応じても、ナマルゴンが素直にダニーの娘を返す筈がないわ。むしろ何かを仕掛けてくるのは明白よ?わざわざ罠にはまりに行くようなものだわ」
レイラが言った。
「いや、それはどうだろうか。魔石を取り戻せば、奴は怖いものは無いと見ているはずだ。問題は娘たちがダニーを前にして正気を取り戻すかじゃないか」
「いいえ。それでも魔石を渡すのは、やはり危険過ぎるわ」
ジャニスは、レイラと同じくあくまで慎重のようだが、とにかく皆は出口の見えない迷路に行き詰まっていたようだ。
――と、そこで伊織は思いついたままに口を開く。
「――じゃあ、魔石を渡す瞬間にナマルゴンを倒せば良いってごどだよね?」
当然、皆の目は一斉に伊織に集中する。
「だ、だって、遅かれ早かれ、どっちみぢナマルゴンとは戦わなぎゃなんないんだし、ついにその時が訪れだのがなって……」
伊織は皆の視線に戸惑いながらも、自分の覚悟を伴わせて言葉を紡いだつもりだった。――が、竜騎士団からはこれといった反応が見られず、内心動揺を抱き始めた。それほど今回の局面は難を極めているのだろう。チャックもあえて発言はせずに、若き戦士たちがこの難局をどう乗り越えていくのかを見守っている。
そして次に口を開いたのは、今回の当事者ともいえるダニーだった。意外といえば意外だが、当然と言えば当然だろう。
「……伊織よ」
ダニーの言葉に皆の目が向けられる。どうやら竜騎士団はダニーの反応を待っていたようだ。実際、娘を人質に捕られている以上は、ダニーの意思ひとつで作戦の方向が決まる。そう言っても過言ではない。
「――以前も言ったが、私はおまえに命を預ける。だから……娘たちの命も同様、おまえに預けよう」
ダニーの意志は、我が身だけでなく最愛の娘たちの未来をも伊織に託すことだった。そして何よりも地球の未来をも。
「うん、分がった。僕も自分の命を懸げる時が来たんだど思う。だがら……だがら、みんなも僕に命を預げでほしい!共に未来を生ぎる為に!!」
伊織も力強くその覚悟を伝えると、改めて皆の顔を見渡した。すると今度は、さっきの沈黙とは一変してU2が席を立ち伊織に応えた。
「分かった。今こそ私の全てもおまえに託そう。おまえたちもだ!」
揺るぎないU2の言葉に、皆も一斉に立ち上がる。その表情たるは清々しくもあり、死をも一切恐れぬ勇敢さを伴っていた。
「地球の未来を懸けて!!」
「――我ら、魔法竜騎士団がナマルゴンを叩き潰すっ!!」
力強く、声高に希望と覚悟の言葉が《太陽と月の間》に響き渡った。そしてその後ろでは、チャックが一人目頭に熱いものを感じていた。弟子たちの、こんな気迫ある姿を見るのは初めてだったからだ。思えば、幾多の苦行を課しては、弟子たちはそれを乗り越えてきた。立ち直れないほどの挫折や屈辱も一度や二度ではない。何度となく辛酸を舐め、挫けそうにもなった。それでも強い信念と努力、そして仲間の支えがあったからこそ乗り越えることが出来たのだ。全ては、いつ訪れるやも知らぬ乱世を生き抜き、道を切り開く為。そして今、彼らは目の前に降りかかるナマルゴンという闇の中に一筋の光明を照らそうとしているのだ。
「――うむ。よくぞ言ってくれた、若き戦士たちよ。わしも及ばずながら同じく全てを捧げよう。それがこの地球とおまえたちに出来る最後の奉仕じゃろうて」
そう言うとチャックは一歩身を引き、U2にその後を託した。
そしてU2は皆を座らせる。ナマルゴンの最後の魔石のありかとそれに伴う今後の作戦を伝える為だ。
打ち出された作戦は至ってシンプルなものに落ち着いた。――が、勝機の保証は何一つない。それでも皆の気持ちに迷いが生じることはなかった。勝つか負けるか、やるかやられるかだ。単純にそれだけと言って良かった。
作戦は、まずナマルゴン最後の魔石を目指すことから始まる。出発は草木も眠る午前二時。先陣として任されたのは伊織とリバーの二人で、目指すはオーストラリア大陸東端に浮かぶデイドリーム島。――と言っても、出発までは大よそ半日以上もある為、そこでU2は皆と共に食事を取ることにした。魔法大聖堂に仕える全ての者と共にだ。長く苦難を分かち合った全ての者と共に取る食事はこれが最後かもしれない。この先、隣にいる者がこの世からいなくなっているかもしれないのだ。しかしそのことで気に病む者はただの一人もいない。平和の為の礎となるならば、己の命を捧げる覚悟が出来上がっているからだ。覚悟とは、犠牲や諦めの気持ちではなく、困難の中に道を切り開く勇気と信念のこと。よって食堂の中は悲壮めいたものはなく、むしろ和やかで賑やかな雰囲気に包まれていた。伊織も魔法界の食事は舌に合ったらしく、腹がはち切れんほどに出された皿を平らげた。中でも気に入ったのが、デザートのチーズ・チーズ・シェイクだ。三杯もおかわりをするほどだった。
その後、伊織はリバーと二人でゆっくりと時を過ごした。とにかく体力を消耗させることのないようにとU2から指示を受けていたからだ。その他の者は、先発の二人とは別に作戦の詳細を突き詰めてゆくことにした。伊織とリバーに余計な気を遣わせない為だ。
日が昇り、傾き、そして夜の帳が降り、月が昇る。そしてついに出発の時を迎えると、伊織とリバーは皆が待つ大聖堂裏庭へと出てきた。
「――では、二人とも頼んだぞ」
力強く幸運を祈るようにU2が言った。
「ああ、任せとけ。必ず魔石を持って帰ってくる」
リバーはそう言うと、デイドリーム島に向って空間斬りを放った。
「あ、あの、U2?」
と、ここで伊織が思い出したように振り返る。
「どうした?」
「あの、《夢の時代》がらの応援というのは……?」
本来ならば、グランピアンズへ赴いたチャックに聞くべき事だが、チャックは全てをU2に報告し、U2に判断を任せている。よって伊織も、U2に尋ねた。
「うむ。その件だが、やはりこちらを応援してもらうより、自分たちの世界を護ってもらうことにした。ナマルゴンの刺客が《夢の時代》へ攻め込んで来ないとも保証はないのでな」
「うん、分がったよ」
伊織は一礼すると、空間の扉の中で待つリバーの元へと駆け込み、そのまま《風の谷》を後にした。
一同は多くを語る事なく、ただただ魔石入手の成功を祈るように消えた二人の面影を見つめていた。




