くまさんのものがたり(その3)
1日の仕事を終え、電車に揺られて家に帰る。
大学に入ってから住んでいるこの部屋は
今はもう自分には無くてはならない空間。
部屋の明かりをつけるとパソコンの電源をつけながら
ネクタイを外し、ワイシャツを脱いでいく。
誰が見ることもないけれど万が一を考えて設定したパスワードを入力し
順調に起動するのを横目に見ながら諸々の用事を片付ける。
(週末にはクリーニング屋に行かなきゃな…)
視界の隅に入るワイシャツの山を見ながら
コンビニで温めてもらった弁当を片手にいつものようにログインした。
『こんばんは』
まずはギルチャで挨拶。
すると飛んできた言葉に俺は自身の目を疑った。
『1号さん!紗奈さんがぁ!!』
『凪ちゃんどうしたの、慌ててw』
『紗奈さんが昨夜ゲーム内挙式しちゃったって…』
…は?
ちょっと待て、相手は誰だ!?
ギルドのメンツは今の所【凪】さんしか上がってない。
情報を持っているのは今の所彼女だけ。
落ち着いて冷静に聞かねば。
『紗奈さんが結婚?誰と?』
『2号さんですーーーー!』
…は?
『ちょっと待ってなんで2号と?』
『なんか紗奈さん 昨日フレさんの結婚式に招待されてたらしくて
そこで「面白そうだな」って思っちゃったらしく2号さんに声かけて
2時頃教会で結婚式あげちゃったそうで…』
【凪】さんがまだ何かを言ってるが頭に入らない。
チャットでの言葉をただ見つめているだけ。
紗奈さんが結婚…ゲーム内とはいえ結婚…
その言葉が頭の中をぐるぐると走り回っていた。
*
どのくらい時間が過ぎたのか。
気がつけば弁当はすっかり冷めきっており
弁当と一緒に買ってきた緑茶もぬるくなっていた。
我に返るとスマホを手に従弟へとメッセージを送っていた。
とりあえず返事が来るまではどうすることもできない。
砂のように味気ない弁当を緑茶で無理やり胃におさめ、ただ返事を待つ。
【紗奈】さんの性格だと単純に「面白そう」で
ゲーム内挙式をしたのだろう。
だがあいつは…?
じりじりとした気持ちがどうしようもなくなり
従弟に直接電話をかけようとしたとき
夜中に何回か従弟から着信が来ていたのに気がついた。
時間は1時半から2時にかけて数回。
これの意味するものは?
そう思ってた瞬間、スマホが震える。
従弟からだ!
焦る気持ちを抑えつつ、間違って切らないように電話にでた。
『今仕事終わったー どうしたー?』
『お前さ、昨夜何度も電話くれたじゃん?なんで?』
『あー…もしかして紗奈さん絡みの件か?』
『………』
『俺は拒否したんだぞ?だからお前にも電話かけた。
でもお前出なかったじゃん。
暴走した紗奈さんを俺一人で止められると?』
一度眠ってしまうと朝まで起きない体質。
ナイトモードになるスマホ。
早朝から会議があると昨夜はいつもより早く就寝した自分。
全てに腹が立つ。
『まぁ紗奈さんも少ししたら飽きるだろ。
リアル結婚じゃないんだからそこまで落ち込むなよな。
あ、電車来たわ また後でな』
【紗奈】さんがリアルな結婚をしたわけでもないのに
ともすれば落ち込む自分がいて、1回しか会ってない彼女にハマってる。
そのことに今更ながら少し引いてる自分もいた。
落ち着け、落ち着け俺。
あいつも言ってたじゃないか。
ゲーム内での結婚だと。
リアルであいつと【紗奈】さんが結婚したわけじゃない。
呪文のようになんども口にし、落ち着いてきたところで
ハッと頭をよぎった疑問に動揺する。
もしも紗奈さんがリアルで既婚者なら?
待て、待て、待て。
よーく考えろ俺。
紗奈さんのログイン時間はだいたい20時から
ログアウトは0時から2時くらいの間。
既婚者ならそんな時間にゲームできるか?
…いや、家事を片付けてからログインしていたとしたら?
ああ、なんでリアルの連絡先聞かなかった俺!!
でも既婚者だから「男」にはskypeしか教えてないとしたら?
たらればが頭の中をぐるぐるしだす。
【凪】さんに聞いてもらうか?
でもあっさり「そうよ~」とでも言われた日には…
悶々と「たられば」を考えてた俺。
ゲーム内で発言しなくなった【1号】に【凪】さんが
「?」マークを連打していたことに気がついたのはもう少し後のこと。
【くまさん】達の名前を出してないのはわざとです(笑)
【1号】テンパってます。
ゲーム内できっと【凪】に「あれー?」と思われているでしょう。
報われる日は来るのか!!
よかったら感想お待ちしております~~~。