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ちゃんとかまってあげましょう  

「しっかし、いつまでやってんの? あれ。馬鹿じゃない?」

「ほんと、何かしらね? 自分たちの忍耐を試してるのかしら? それとも鍛えてる?」

「わたしたちのこと放ったらかしだけど、いいのかなぁ?」

「いいんじゃないの?」

「いいでしょ」


 良子りょうこ玲於奈れおな瑠衣るいの三人は、上半身を起こし、しなやかな体を思い思いにひねり伸ばしながら、声を交わしている。

 そんな友人たちの会話を聞きながら、あきらも自身の体を伸ばしていた。


 友人たちの声は耳にうれしいが、うれしくない声も入ってきていた。

 感情的で高圧的な声と、それに対する冷静な声。

 男たちは、使う言葉は変えていても、同じ内容をただひたすら繰り返していた。

「殺せ」「なりません」の応酬だ。まったく変化もなければ、進捗もない。


 威圧的にまくしたてる男の声は大きく、その発言の内容をあますところなく、玲たちの耳に押し付けてくる。

 一方。対する男の声は、冷静さを保っており、つらつらとなにやら言葉を並べているようだったが、その内容のほとんどは、玲たちの耳に届かなかった。唯一、語調を強めていう、「なりません」といういさめの声だけが聞こえるのだった。


 それには、男たちの立ち位置も関係していた。

 激しい口調で主張する男は、その体を玲たちに向けており、冷静な男は、それに相対する形で、玲たちに広い背中を向けているのだった。

 冷静な男は、肩幅も広ければ上背もあったため、高慢な男は、相手を見上げなければならなかった。そのことが、さらに男の劣情をあおるのだろう。しかも何やら因縁を持つ関係のようで、男は感情のおもむくまま、声を荒げていた。

 ただし、内容はまったく同じだ。


「ったく、何? あれ。あんな奴が責任者って、終わってんでしょ」


 良子の口は辛らつだが、間違ったことはいっていない。

 感情的な男の声が聞こえる度に、眉をひそめていた玲於奈が口を開いた。


「瑠衣、ちょっと――」


 その呼びかけに不穏なものを感じたのか、瑠衣は声の途中で答えを返した。


「やだ」

「……ちょっと行って、目潰ししてきて」

「やだ」

「……瑠衣が嫌がるなんて、相当ね」


 と、玲於奈はかぶりを振る。


「いや、あんた、何? そのムチャ振り。やるんなら自分でやんなさいよね」

「いやよ」

「いやよ、って」

「だって、あんなのに触りたくないもの」

「はぁ?」

「瑠衣もそうなんでしょ?」


 頓狂な声を上げる良子を置き去りにして、玲於奈は瑠衣に訊ねる。


「うん、やだ。触りたくないし、近付くのもやだ」

「ほら、ね」

「ねー」


 と、ふたりは顔を見合わせて笑う。

 目潰しという行為を拒否したのではなく、近付くことを拒否したのだと知った良子は、恐ろしいものを見るような目で、微笑みあう友人たちを見るのだった。


 玲は友人たちのやりとりに、体を揺らした。ちょうど捻っているところだったので、脇と腹筋が少々痛い。


 確かに、声高に叫ぶ男には近付きたくない。

 感情的で傲慢な言葉の羅列は、聞いていて気持ちのいいものではない。己の地位をひけらかしながら、自分たちを殺せと終始する相手に、好意のこの字も持てはしない。


 だが玲は、少しばかり、その相手を哀れに思っていた。

 男は、身分も高ければ裕福なのだろう。高圧的な物言いから、それは十分にうかがい知れる。加えて、想像を裏切らない肥満した容姿が、男の弛緩した生活態度を教えてくれた。体ばかりでなく、おつむりの方も,大分、緩んでいるようだ。


 己の思うところを愚直にわめくばかりで、相手を押し切る、押し切れるつもりでいるようだ。もちろん、聞く耳もない。そして、殺せ殺せという化け物たちが、自我と理性を持つ――ということもわからない目の悪さだった。


 さらに玲が気の毒に思っているのは、己が責任者だと主張するわりに、男の命令が何ひとつ執行されないことだった。


 この場にいる男たちは、「殺せ」「捕らえろ」と、何度となく飛ばされてくる命令に、従わずにいる。上の意見が二手に分かれて困っている、という感じでもない。この場の権限が、だれか別の人間に渡ったのではないかと、疑ってしまうほどだ。


 っていうか、最初っから無い? んー、どうかな?


 と考えていた玲に声がかかった。


「ちょっと、玲」


 黙々と体を動かすだけで、会話に参加しない玲を、良子が見つめていた。


「うん、何?」

「何じゃないわよ。どうすんの? このままずっと、ここでこうして待つわけ?」

「うーん。まあ、もう少し様子を見てもいいかな? ナリマセンさんも頑張ってくれてるし」

「は?」

「ナリマセンさんだって……」

「相変わらずのネーミングセンスね」


 瑠衣と玲於奈がくすくす笑う。


「ほら、あの壁みたいなひと。なりません、なりません、って頑張ってくれてるでしょ? 名前がわからないから、とりあえず、ナリマセンさんね」

「あーそう。で、ナリマセンさんが説得するまで、待つことにすんの?」

「うーん、状況次第かな? ひとまず、命の危険は去ったと思うの。どう?」


 三人が頷く。


「じゃ、ナリマセンさんに期待して、もう少しの間だけ、いい子にしてる――ということで、OK?」

「了解です!」

「うむ、よろしい。いい返事だ、瑠衣ちゃん。で、ふたりはどうかね?」

「玲が決めたことなら、もう、しょうがないわよね」

「渋々よ、渋々だから」


 三様の答えを聞いて、玲は重々しく頷いてみせた。


「結構。では各自、己の務めに励んでくれたまえ」


 玲は再びストレッチに戻った。


「はあ、もう十分だっての」

「あの様子じゃ、まだまだかかりそうね」

「ナリマセンさん、頑張ってー」


 瑠衣が手筒を作り、遠い人壁に小さいエールを送った。



 ◇  ◇  ◇  ◇



 ぽっかり空いた時間は、四人にとって、思いのほかありがたいものとなった。心と体の準備だけでなく、わずかながらも貴重な情報さえ得ることができたのだ。

 聞き苦しさは別にして、男たちの会話は、生命の危機に直面していた四人の緊張を解いてくれた。


「殺せ」「なりません」はまだ続いている。その天秤は、右に左に大きく振れているようだが、どちらに傾くかは、取り巻く状況を見ていればわかった。


「御使い様」――その何たるか、詳細はわからないが、自分たちがそう呼ばれる存在である、かもしれない、ということを教えてくれた。安心はできないが、即座に命をとられることはないだろう。

 おかげで四人は、余裕を持って、堂堂巡りを横目にすることができた。

 しかし、それにも限度がある。


「うん、体も十分あったまったし、そろそろ動きますか」


 おもむろに、玲が立ち上がった。


「ああ、やっと」

「よいしょーっと」

「待ちくたびれたわ」


 三人もそれぞれに立ち上がる。


「で、どうすんの? あっちはまだ、結論出てないみたいだけど」


 半円の向こうにいる男たちに鋭い視線を投げながら、良子は白装束の乱れを直している。


「うん。マッハでクレンジング」


 その手が止まった。


「はあ?」

「いま、マッハでクレンジングって、聞こえたんだけど、聞き違いかしら?」


 良子の声は捻転ねんてんし、玲於奈の眉はひそめられていた。


「いえ、聞き違いではありませんよ。そういいました。玲於奈ちゃんよ、マッハでクレンジングだ」

「……あんた、何考えてんの?」


 鬼のような形相で――というより、実際般若と化している良子が、玲を睨む。

 般若の仮装は、今の良子の内心と見事に合致していた。各人の役をあつらえた自分の手腕を、玲は自画自賛したかったが、内心で満足するにとどめた。


「うーん、いろいろ?」


 とぼけるような玲の声に、良子は一気に脱力したようだった。


「いやあ、だって、できるなら平和的に収めたいでしょ? 緊張状態にあるのは、こっちを化け物だと思ってるからで、それを取り除いてやれば、一気に解決するでしょ。玲於奈はメイクで顔作ってるだけだし、おまけにとんでもない美人だし」

「クレンジングも水もなんにもないけど?」

「そうなのよねぇ。向こうも気の毒よね。目の前に絶世の美女がいるってのに、それを知らずに剣を向けてるんだから」


 玲は笑う。


「でも、ま、これだけ面倒なことに付き合わされてるのに、うちの西の横綱をお見せするってのは、業腹ごうはらだわね。マッハでクレンジングは、やっぱ止めにしよっか?」

「はじめっからそんな気なかったんでしょうが」

「うん」

「ったく、あんたってば、ほんと、自分を失わないわね」

「お褒めの言葉をありがとう」

「嫌味なんだけど」

「玲に嫌味が通じるわけないでしょ」


 玲於奈が、いつでもどこでも自分を失わない友と、一々律儀に反応する友の間に割って入った。


「で、玲、どうするの?」

「え? わかってるでしょ? 三人とも」

「ちゃんといいなさいよ」


 盛大な肩透かしを食らった良子は、次に玲が口を開く前に、けん制した。目と声に、睨みと凄みをたっぷり効かせている。

 

 答え如何では、胸倉をつかまれることになりそうだ。

 だが玲の精神は、ゆとりと遊びに満ち満ちた、たくましいものときていた。

 むくりと起き上がりかける、玲の遊び心――は、しかし、良子に先手を取られた。


「スライディング土下座とかいったら、もう、ほんっと、承知しないから」

「……付き合いが長いのも、考えものね」


 玲の声に、瑠衣が肩を震わせて笑う。

 瑠衣と笑顔を見合わせてから、玲は笑みの残る口元を開いた。


「頭を押さえる。それしかないでしょ」








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