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くすぶる男たち

「やってくれたね」





 リファイは低くつぶやいた。

 碧の瞳は、遠く、眼下を行く将軍の群れを捉えている。



「まったく……見せ付けてくれましたね」



 嘆息の息でラズルが応える。



「だれの差し金かな? サルファ? キリザ? 御使い様じゃないことを願うよ」

「そんな悠長なことをいっている場合ですか?」

「……そうだね」



 と小声を交わす二人の間に、



「あのう……」



 第三者の声が割り込んだ。






 遠慮がちな声に、リファイとラズルは振り返った。

 それまで将軍たちを映していた二人の目が、次に捉えたのは、壮年の男だ。


 たいそう身綺麗にしている。

 仕立てのよい服は華美に走らず、凝ってはいるが全体的に品良くまとめてあり、それが容姿にも合っていた。

 だがそれも、将軍たちを目にした後では見劣りする。


 実際男は劣っていた。

 その、姿ばかりは整った相手に、リファイは微笑んだ。




 呆れた。まだいたの?――



 という本音は言わず、

 


「ああ。話しの途中だったのに、失礼したね」



 第三王子の笑顔を貼り付け、詫びながら席に戻った。

 男がほっと息を落とす。

 あからさまに安堵を見せる相手に、



「それにしてもすごいね。城下の騒ぎがここまで届いたことなんて、ある? まあ、それも仕方ないか。守護将軍どころか、レナーテ軍の将軍が勢ぞろい(・・・・)だからね。お祭り騒ぎになるのも無理はないよね。僕も間近で見たかったな。君も人が悪いな。知っていたなら先に教えてくれればいいのに、っていうか、君、一緒に行かなくてよかったの? プラーク卿」



 無邪気を装って意地悪く訊いた。



 朝もまだ早い時間にやってきた招かれざる客――プラークが何も知らないことは、聞かずとも明白だ。

 なにせ、風にのってやってきた喧騒を聞き、騒ぎの元が何であるかを教えてくれたラズルの声に、だれより驚いたのは、この男だ。


 形よく整えた眉がピクリと動いた。



「わたくしは……他に重要な仕事を、御使い様から任されておりますので」

「ああ、そうだったね」



 聞き慣れた言い訳にリファイは笑い、



「それで、殿下、その、先ほどの話ですが――」

「ああ、あれは受けられないよ」



 うかがう声を、軽やかに切り捨てた。



「殿下、そうおっしゃらず、もう一度、お考えいただけませんでしょうか?」



 食い下がるプラークに、リファイは失笑しかけたが、ここは堪える。



「あのさ、もう何度も言ってるけど、僕は第三王子だよ? 第二王子のハイラル兄上がお断りされたのに、僕が受けることはできないよ?」

「ですが――」

「駄目だ。この話は終わりだよ。何といわれようと、僕は受けられない。僕にうんと言わせたいのなら、まずは兄上を落としてくるんだね。そっちが先だよ」

「そんな」

「それにもう、何人かは承諾したんだろう? なら、いいじゃない? やりたいもの、自信のあるものが立つべきだと思うよ……君のようにね」



 リファイの声には棘があったが、消沈しているプラークは気付けない。



「プラーク卿、僕は伴侶候補として立つことはできないけど、応援だけはさせてもらうよ。だから、がんばってね」






 未練を見せるプラークを優しく追い払ったリファイは、



「行きましたよ」



 というラズルの声を聞いて、途端に顔をしかめた。



「まったく、信じられないくらいの馬鹿だね、彼は」

「そうですね」



 我慢していたものを吐き出すリファイに、ラズルも応じる。



「――本気で自分が後見人になれると思っているようですね。どういう見方をすれば、そう思えるのか、まったくわかりませんが」

「わかりたくもないよ」



 言葉とともに、リファイは背もたれに腕を投げ出した。



「あんなのに時間を取られるだけでも腹が立つよ」

「そうですが、卿のおかげでわかったこともありますから」

「嬉しくないことばっかりじゃないか。それだって、ある程度予想はついてた」

「そうですが……とりあえず、ハイラル殿下のところに行きましょう。将軍たちのこともありますし、昨日のこともお聞きしませんと」

「ああ」



 リファイは重い腰を上げた。





◇  ◇  ◇  ◇





「あれは、まだ諦めてなかったのか」



 ハイラルが端正な面を歪めた。



「巡りが良いとは思ってなかったが、相当に悪いな」



 アブローは苦笑している。



「あれなら馬の方がましだ」

「まったく、兄上のおっしゃるとおりですよ。馬鹿が服を着て歩いてる」



 容赦のないそれに、ラズルが「ふふ」と笑う。



「喋るだけに、厄介ですね」

「ああ」



 四人はそれを痛感していた。



 五日前、プラークは四人の前にあらわれた。

 突如としてあらわれた様子の良い男は、自分がスライディールの御使い様たちの後見人になるのだ、とのたまった。


 それも、使用人から伴侶の選定まで、すべてやり直すという。

 その再選される伴侶の候補者に――と四人に打診に来たわけだが、眉唾なそれに、四人は飛びつくことはしなかった。


 大臣といっても新人――それも顔見知り程度の男の話を、頭から信じるわけにはいかない。

 万一、それが事実であったとしても、承諾はできない。



 予期しない場所――それも望まぬ形で、四人は御使い様たちに会ってしまった。

 あの邂逅を、忘れることはできない。


 ただ、飛び込んできた情報源は失いたくなかった。



 というのも、スライディールの中の様子がわからないからだ。

 そこを訪れるものは格段に増えている。というのに、どこからも話が聞こえてこない。



 御使い様たちはどうしているのか――

 新たに二人、結衣とみちるを受け入れてから、どうなっているのか――



 先住の四人のことは話に聞くこともあったが、結衣とみちるのことは、ほとんどといっていいほど話題に出てこなかった。



 二人の後見人が決まった――それ以外で、結衣とみちるの名を聞いたことはない。

 なにしろ、結衣とみちるは王城で軟禁状態だったため、その存在は知っていても、顔を知らないという人間がほとんどだ。


 スライディール城に移っても、それっきりで姿を見せない。逆に、先住の四人が姿をあらわしたものだから、もともと希薄な存在だった結衣とみちるは、存在自体が忘れ去られたようになっていた。



 実際、後見人が公表されて、思い出した者がほとんどだろう。

 直後は、



 そちらのお二人はいつお姿をお見せになるのか――



 という声も聞こえたが、二人の容姿が先住の四人と程遠い、と噂が流れれば、それもたちまち消えてしまった。

 


 訊ねる人間がいないのだから、二人のことは当然だ。が、四人は違う。

 四人の御使い様のことは、その美貌、後見人や伴侶の再選のこともあり、誰もが咽から手が出るほどに知りたがっている――


 というのに、話しをする者はいなかった。


 それも、当然といえば当然だった。

 スライディールの入城を許されているのは、ほとんどが軍の人間だ。それ以外では大臣などの高官で、王子といえど、無理強いすることができない相手ばかりだ。王族である彼らが遠慮しなければならない相手に、それ以外――王城にたむろするのがせいぜいのような連中が、訊けるわけがない。


 しかし、好奇心が抑えられず、訊いてしまう猛者もいる。その大半は、上部に食い込むことができないような下位貴族の連中だ。御使い様たちの姿を遠目には見られても、彼女たちと相対し、直接言葉を賜る機会は得られないだろう輩たちだ。


 もちろん、訊ねるのは、そんな興味本位のお気楽な人間ばかりではない。

 中上位にいる貴族たちは、切実だ。

 そうした色々な者たちが、スライディールの門をくぐった人間に、様々に探りを入れる――が、いずれも望むものは得られなかった。



 聞こえてくる感じでは、かん口令が敷かれているのではなく、自主的に発言を控えている――という印象だ。

 そうしたものが選ばれているのか、そうならざるをえない何かがあるのか……。スライディールに呼ばれた者たちの口は、総じて硬かった。



 それでもごくまれに、ぺらぺらすらすらとしゃべる者もいる。しかし、それらの口だけは信用できない。


 なにせ舌を動かすのは、総大将の側近ヤーヴェのような男か、総大将本人か、己の話したい事だけを話して、さっさと消えてしまうエルーシルのような、企んでか、企まずしてかはわからないが、相手を煙に巻いてしまうような人間ばかりだ。


 

 軍から漏れ聞こえてくる話も、



『副将軍、今日も駄目だったらしいぞ』

『アルラバート将軍も、帰還早々ついてらっしゃらないな。締め出しをくらうなど、アリアロス軍師の悪運が、移ってしまわれたか……』

『しかしエルーシル副将軍は、お元気だよな?』

『相変わらず――というか、以前より溌剌とされてないか?』

『将軍になられるからじゃないか? なにかとお忙しくされているし、いちいち落ち込んでる暇なんかないだろう』

『でも俺、閣下が『呪われた』って、悲壮なお顔をされてるのを見たんだけど……あれ、大丈夫だったのかな?』

『何言ってる。神殺しの異名を持つご兄弟だぞ? 呪いなんか、屁でもないだろう。ってか、誰に呪われたんだ?』



 などの、どうでもいい相手のどうでもいいような話ばかりで、こちらが聞きたい事は、何ひとつない。

 


 表立って動くことができず情報収集に窮していた四人は、飛び込んできた情報源プラークを手放したくなかった。

 伴侶の件は一旦保留ということにして、まずはプラークをつなぎとめた。



 プラークから経緯を詳しく聞く、その一方で、人を使って真偽を確かめる。



 結果は、話どころかプラーク自体が眉唾だった。

 それは最初から知れたことだったが、大臣たちの反応が、はっきりとそれを裏付けた。



 彼らは誰に何を聞かれても、『さあ、詳しいことは……』ととぼけながら、プラークの名が出ると、隠すことなく嫌悪を見せたという。

 大臣の中で、もともと微妙な存在だったらしいプラークは、今や完全に浮き上がっていた。



 罠か――


 

 頭に思い浮かぶのは、その言葉しかなかった。

 スライディールの御使い様とは面識がある。あのときの、彼女たちのホレイスへのあたりを見れば、そうとしか思えず、プラークから面談の詳細を聞いて、思いは確信に変わった。



『すでに皆様は嫌気されていらっしゃるようで……サルファ副宰相とキリザ将軍は、同席もさせてもらえませんでした。その代わりか、将軍の側近が侍っておりましたが、そちらの二人は、主への扱いに不満でも募らせているのでしょう、見るからにやる気のない様子で突っ立っておりました。御使い様には、他に信頼できるものがいないのでしょう。侍女を同席させていらっしゃいましたが、これがまた、二人いて、二人ともに見栄えが悪く、躾も十分にされていないような侍女でございました。オーレン卿のご息女が連れてきた侍女のようですが、どちらも、王都では下女にしかならないような娘でございましたよ。そのようなものを頼りとせねばならないとは……御使い様が不憫でなりません』



 憤懣やるかたない、といった様子のプラークだったが、次の瞬間には『しかし……』と表情を和らげた。



『御使い様もそうですが、オーレン卿もお気の毒なことです。あのようなものを侍女として召し抱えねばならないとは……。コルト領も、噂ほど豊かではないのでしょう。それでも馬車を連ね、なにやら色々と献上しようとなさるのですから、オーレン卿の中央への執着は、いまだお強いのでしょう。その気概は見上げたものですが、やり方があからさまにすぎて下品です。そんな卿のお心が透けて見えたのか、逆に憐れと思われたのかはわかりませんが、御使い様は中を検めることもなく、突き返されたそうにございます。まったく、これですから田舎ものは……』



 嬉々として誹るのだった。


 四人は心の中で白目になりながら、罠であることを確信した。 

 ホレイスに繋がる、しかもそれ以下だろう男を、あの娘たちが受け入れるわけがない。

 重用どころか、排除だろう。

 しかし本人は浮かれるばかりで、何ひとつ気付いていない。


 キリザとサルファはいなかったが、リグリエータとヤーヴェ――総大将の側近二人はいたという。忠実な側近たちは、総大将の耳目だ。彼らのやる気のない態度というのは、相手を欺くための擬態だろうし、躾のなっていない侍女というのは、おそらく結衣とみちるだろう。


 そんな簡単なことも推測できず、それを未だに誰からも教えられていない――ということは、周りもすでに見放しているのだろう。ハイラルたちですら、教えてやる気がわかない。


 己に都合のよい点と点だけを取り上げて、それを己の理屈で繋げてしまう。そんな人間には、何を言っても無駄だ。


 しかし四人が一番驚いたのは、貴族ならば知っている――知っておかねばならない貴族たちの個々の力とつながりを、プラークという男が正確に把握していないことだった。


 

 コルト領を治めるオーレンは、レナーテでも五指に入る豪族だ。

 プラークはの一族を斜陽貴族の一覧に入れているようだが、実際はその逆だ。王都の貴族たちのような派手さがないだけで、オーレンを当主とする一族は、遠く離れた西の地で堅実に力を蓄えている。

 そしてその娘は、王都の大貴族の嫡男――ユリアノスに嫁いでいる。


 その婚姻を、



 中央への足がかりか――


 

 と笑うのは、振ればカラカラと音が鳴るような頭の持ち主だけだ。


 この、力だけでいえば、王家の脅威ともなりうる婚姻は、地方豪族の私欲から出たものではない。

 国の上層部によるもので、国内の貴族勢力を均衡に保つためのものだ。


 

 第一王子ソルジェの後ろ盾となるはずだったリエナリスタとの婚姻が流れると、貴族勢力が大きく動きはじめた。急激な傾きを抑制するために、代わりとなる力が、レナーテの中央によって作られたのだ。

 それも、宰相グレンが主導したのは、周知の事実だ。


 ユリアノスは幼少の頃からソルジェに仕える筋金入りの忠臣であり、その生家は当然のことながら、第一王子ソルジェを支持している。


 そしてコルト領主オーレンは、宰相グレンの友人だ。グレンに説き伏せられ、渋々愛娘を手放した――とは、当時、王城でも公然の秘密として囁かれていたというのに、プラークはそれを、地方領主の野心を隠すための表向きの理由と捉えているようだった。

  


 己の見たいようにしか見ない人間だった。これは危険だ。



 コルト領主と愛娘――彼らを侮辱する様な行為や発言は、一月前ならばまだしも、今は決してやってはいけない。



 二大家を結ぶ婚姻は、かたくななユリアノスのせいで、中央の望む形になっていなかった。



 このままでは、自然にほどけてしまうだろう――



 そう思われていた婚姻の紐が、御使い様の出現で、固く結びなおされた。



 ユリアノスとその生家は、妻やその実家が侮辱されたと聞けば、憤るだろう。しかもその繋がりは、結んだ二家にとどまらず、縦横、上は御使い様にまで真っ直ぐに伸びている。



 なぜなら、妻女が役目を降ろされた――とは聞かない。

 それどころか、夫に付き添われ、スライディール城に日参している様子は、目撃者も多く、城のあちこちでも話題になっている。


 絵に描いただけで終わるかに見えていたものが、確かな形を成してきた。

 それと平行して、結衣とみちるの後見人が発表され、軍の高位武官、文官、有力諸侯らが次々とスライディール城に呼ばれ、御使い様たちと顔を合わせている。


 そのいずれも、プラークは知らされておらず、もちろん同席することもなく、スライディール城に呼ばれることさえない。



 スライディール城は、プラーク抜きで日々順調に動いていた。

 後見人を代える気など、さらさらないのだろう――ということが、それだけでもわかる。 

 しかしプラークは、何を不思議に思うことも無く、伴侶探しに明け暮れていた。



『御使い様たちは、女神の如く美しい方たちでございました。皆様のご器量に見合った伴侶でなければ、御使い様はもちろん、遣わされた神もお怒りになるでしょう。ですが……将軍の皆様には断られてしまいました。キリザ将軍の手前、頷くわけにはいかないのでしょう。わたくしも、そう簡単に受けていただけるとは思っておりませんでした……キリザ将軍の横暴さは、身を持って知っておりましたから。しかし、認識していた以上にひどいものでした。わたくしが将軍の皆様に、どうか伴侶候補に、と申し上げましたら、なんとお答えになられたと思います? 「長生きがしたい」「命が惜しい」と皆様はおっしゃられたのですよ?! キリザ将軍は、軍を恐怖で支配しているのです。わたくしは怒りに震えました。このような卑劣漢を、軍の頂に、御使い様のお側に置いておいてよろしいのでしょうか? いけません。一刻も早く、スライディール城に巣くう魔の手から、御使い様たちをお救いし、将軍の皆様を解放してさし上げなければ……。そのためには、あの悪辣な将軍に対抗できる地位と力、そして御使い様にふさわしい器量と容姿――それらすべてを兼ね備えた伴侶が必要です。ハイラル殿下……レナーテ広しといえど、殿――』

『断る』



 プラークの熱い要請を、ハイラルは声半ばで斬って捨てた。

 詳細を聞きたいがために態度を保留にしていたが、それも数度目ともなれば、もう、聞くことはない。

 ハイラルは視線すら向けなかった。



『え?』

『兄上は断るってさ。残念だったね』

『そんな……』



 プラークは、空が崩れ落ちてきたかのような顔をする。



『君さ……伴侶探しも大事だろうけどさ。他にもやらないといけないことがあるんじゃないの?』



 あまりの馬鹿さ加減にうんざりしていたリファイは、すっかり忘れているに違いない、大量の課題のことを思い出させてやった。

 しかし、常人であればすぐにわかりそうなそれも、プラークという男には迂遠に過ぎたようだった。



『ああ。リファイ殿下にはお気遣いいただき、まことにありがたいことではございますが、そちらはすでに用意できておりますので……』

『へえ』



 とリファイが感心したのも束の間、



『侍女やお近くに侍る使用人は、ご命令があれば、すぐにでも送れるよう手配しております』



 見当違いの答えが返ってくる。



『……そっちじゃないよ』



 このときリファイは怒気を隠せなかったが、プラークは、それすら感知しない鈍さだった。



『は?』

『資料を揃えるよう言われたって、君、言ってなかった?』

『ああ、あれでございますか。あれは、捨て置いてよろしいのです』



 闊達に答える。



『何? ヤーヴェがそういったの?』

『いえ、あのものは何も言いませんでしたが……あれは、御使い様のご指示ではないでしょう』



 プラークは意味深に声を落とす。



『御使い様は美しく聡明でいらっしゃいました。が、ご到着されたばかりの日に、あれだけのものを指図できるとは思えません。御使い様がお命じになられたのは、おそらくごく一部でしょう。どう考えても三日で揃えられるような量ではありませんでしたし、内容も、世故に長けた大人――それも、政に携わる人間にしか思いつかないようなものばかりでした。あれは、総大将か副宰相――どちらかはわかりませんが、彼らの命で、側近がすり替えるか、書き換えるかしたのでしょう』

『……それ、御使い様に確認した?』

『そのようなこと、確認するまでもございません』



 と、自信に満ちた声が返ってくる。



 誰からも見放されるのは当然だ――



 四人は痛感した。

 自分たちでも首を絞めたくなる手合いだ。

 以来、けんもほろろに追い返す。が、プラークは諦めずにやってくる。




「阿呆と心中などできるか」

「同感だな」

「まったくね」

「糸のほつれしか目に入らないような人間など、御使い様に切り捨てられればよろしいでしょう。それに乗ろうとする輩も同様です。それよりアブロー様」



 冷たくいい放ったラズルは、前に座る貴公子に目を向けた。



「お父君は? フェロー卿はなんと? 昨日、御使い様とお会いになられたんですよね?」



 問いかけに、苦笑で緩んでいたアブローの口元が引き締まった。



「それなんだがな――」



 

 続く言葉は、リファイたちの予想を裏切っていた。





◇  ◇  ◇  ◇





「……どういうことだろう?」

「……わかりませんね」



 ハイラルの居室を後にしたリファイとラズルは、王城の人気のない廊下に声を落とした。



「まだ様子見……ということでしょうか?」

「それはないんじゃないかな?」




 アブローの答えは、何も聞いていない――という驚きの答えだった。



『動くな、と言われただけだ』

『え? それだけですか? 御使い様のことは?』

『だから、何も。席上で、どんな話をされたのか、他の連中はどうだったのか、御使い様を見て、どんな印象を受けたのか――一切、何もだ。俺に「動くな」と言うだけ言って、自分は出て行った』

『どちらへ?』

『さあ? どこへ行ったか、いつ帰ってくるかもわからない。言わなかったからな』



 アブローは憮然としていたから、嘘ではないだろう。

 



「逆じゃない? このまま静観してたら終わる――それが、実感としてわかったんじゃない?」

「でも、どうするんでしょう?」

「まずは、一族をしっかりまとめる、じゃない? ホレイスのこともあるし、形勢は、どう見ても兄上の陣営に不利だからね。離反を考えてるものも、少なくないだろう。馬鹿が一番上で目立ってたせいで、恥知らずの馬鹿な一族だ――と世間からは思われてるけど、本当の馬鹿は一握りだ」

「ええ」

「このまま放って置いたら、なし崩しになるのは目に見えてる。そんなんじゃ、次代を獲るどころか、対抗勢力にさえなれない」

「……そうですね」

「でも、昨日のうちに動いてるみたいだから、まあ、良かったんじゃない? さっきのあれ(・・)を見た後だったら、離反者は、それこそ後をたたなかっただろうからね。それを考えたら、フェロー卿は機敏に動いたよ。彼がホレイスに代わって一族を率いると表明すれば、離反を考えてる人間も思いとどまるだろう。最悪だけは回避できたんじゃない? かなり際どかったけどね。アブローに話す時間がなかったっていうのは、本当だろう」

「そうですね」



 頷いたラズルだったが、その面は晴れない。



「しかし、さきほどの将軍たちの入城ですが……誰でしょうね? 守護将軍たちをあのように帰還させるとは、思いもしませんでした」

「まったく……彼らのことだから、夜陰に紛れてこっそり帰ってくるもんだとばっかり思ってたのに、まさか、行列を成して帰ってくるとはね」

「やっぱり副宰相でしょうか?」

「アリアロスじゃない? 奇襲奇策は彼の得意だろう。ったく、人畜無害みたいな顔をして、やることはその逆だ。いやらしく、これ見よがしに……それも人にやらせて、自分は姿も見せないってところが、またいやらしいよね? ほんと、軍の連中って、どうして誰も彼もこう、僕をイラつかせてくれるんだろう。邪魔ばかりしてくれる」

「人は似たものが集るといいますし、大将があれですから……」

「ああ。ほんと、いけ好かない連中ばっかりだよ、あそこは」



 リファイは顔を歪める。

 思い通りに事が運ばない上、使える手駒も少なく、自身も身軽に動けない。大きく動きだしている世情に、さざ波さえたてらない今の状況は、まったく面白くない。


 たまりに溜まった鬱憤を晴らそうにも、晴らすのに適当な相手は、新婚の蜜月の空気をまとわせており、今はこちらの方が敬遠している。

 一方で、ジリアンとバルキウス――未婚の側近二人の姿はどこを探しても見つからない。四人の伴侶も同様だ。


 その代わりなのか、他を見ないため自然と目に付いてしまうのか――

 他の将軍の姿は王城でもよく見かけるのだが、ルゼーの気配、まとう気は、王族でも気安く声を掛けられるようなものではなかった。足を引き止めるだけでも、かなりの勇気がいる。



 ウルーバルには、そうした勇気はいらない。が、彼と面互するには、別の心構えがいった。

 銀髪の美丈夫は、どういう頭のつくりになっているのかわからないが、印象に強く残らない相手の顔は一日で、名前にいたっては、数歩で綺麗さっぱり忘れてしまうらしい。


 鳥の如き頭だが、さすがに第三王子であるリファイのことは、王族と認識しているようだった。しかし、王族とざっくり認識しているだけで、それ以外――順位や名前を正しく覚えているかどうかは、たいへん怪しい。

 相対するには、自尊心を折られる勇気と覚悟が必要だった。



 そしてその弟エルーシルは、兄よりは若干マシ――というだけで、有益な話など聞けたためしがない。


 いずれも労のみで、益がない。


 


「なんだって、あんなのが将軍になるんだ」



 リファイは顔を歪めた。

 脳裏には、新将軍の、端正だが何の悩みもなさそうな能天気な顔が浮かび上がっている。



「人気取りだということは、殿下がおっしゃっていたはずですが……」

「……」



 憮然とするリファイに、ラズルは続けた。



「しかし、殿下のご推察どおりですね。レイヒ将軍の昇格は、確実ですね」

「そんなのぜんぜん嬉しくないよ。馬鹿でもわかることだ」

「ですが、気付いてないものもおりますし、色々とわかっていないものも多いでしょう」

「……まあね」



 不機嫌も全開だったリファイから、わずかだが怒気が消えた。



「今日のを見る限り、レイヒ将軍はかなり上位に就きそうですね」

「ああ。レナーテの全将軍を揃えてくるなんてね。民衆のご機嫌取りにしては、破格だよ。大将か……キリザがいるからそれはないか……でも、それに近い地位には押し上げるつもりなんじゃない? なにせ、御使い様に選ばれた伴侶だからね、彼は」

「昇格させるだけの理由はありますね。ですが、閲歴は短いですし、伴侶に選ばれたというだけで、将としての功績は無いに等しい。納得できないものも、多いでしょうね」

「ああ。身分が高くなればなるほど、反対者は増える。それも部外者、貴族だけじゃない」



 ここへきて、ようやくリファイの面から険しさがとれた。



「軍の中にも反対者が出てくるでしょうね」



 ラズルも微笑で応える。



「出ないほうがおかしいよ」

「それでも、将軍たちは反対しないでしょうね。今日のあれだって、すべてを知った上でのことでしょう?」

「おそらくね。将軍たちはキリザの下で、ひとつにまとまってるからね。でも、武官たちはどうかな? 新参、それも平民あがりの将軍が、御使い様に選ばれたというだけで、歴戦の将軍たちと肩を並べる――百歩譲ってそれは我慢できても、自分たちの主がその下に就かされる、っていうのは、我慢できないんじゃないかな?」

「そうですね」

「将軍たちだってそうだ」

「え? ですが、どの将軍も、キリザ将軍に引き立てられて、今の地位に就いたんですよね? 恩義があるでしょうし、そも軍神といわれるキリザ将軍には、どなたも逆らえないのでは?」

「表立ってはね。でも、内で不満を持つかもしれない……いや、すでに持ってるかもしれないよ? 軍神といっても、本当の神じゃない。キリザは生身の人間だ。当然老いていく。北を攻略したあたりが、彼の黄金期だったんじゃない? 今じゃ見る影もない――とはいわないけど、往時の勢いはないよ」

「……そうですね。当時の将軍は、神がかった強さと威厳で、遠くから眺めるだけでも、こちらの息が詰まったものですが……。軍神と謳われても、神ならぬ身。時の流れには逆らえない、ということですね」

「ああ。それも、これからは下っていくばっかりだ。盛り返すことはない。一方で、束になっても敵わないと言われていた将軍たちは今、三十代――皆、隆盛期にいる。かつて歴然とあった差は、もうないよ」 

「勝手が過ぎれば、一枚岩といわれる軍にも、ヒビが入りそうですね。さすがにたやすく入るとは思いませんけど……」

「それは僕らで一押ししてあげればいいんじゃないかな? まずは、どこにヒビが入りそうか――隠れた歪みを探し出すのが先だね」

「しかし、それはそれで難しそうですね。下っ端では話になりませんし……こちらに顔を見せる将軍は、どなたも関わり難い方ばかりですし……」

「ああ。まったく、揃いも揃っておかしな連中だよ。……そんなこといってもしょうがないか。ルゼー、アルラバート……いや、あれはアリアロスの身内みたいなものだから駄目だな。ハシュバル、ゾーイ、あのあたりか……あの辺の武官を捕まえて、話が聞けたら一番いいんだけど……」



 考えに沈むリファイの腕を、突然、「殿下」声とともにラズルが引いた。



「なんだい?」

「北の――」

「北? 北の連中なんか、論外に決まってるだろう」



 リファイがまなじりを吊り上げながら、顔を横向けた――瞬間、その横面を、



「ややっ」



 陽気な声が張った。






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