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待ち人、来ず

 ここは、白と光の空間だった。


 大人の腕でも一抱えにできない太い柱が、天に向かって伸びている。優しい丸みを帯びたそれらは、壁際に沿って悠然と立ち並び、優美な曲線を描く天蓋を支えていた。天蓋は、大胆かつ巧みに開口が設けられており、その部分から、空と、おのがいただく尖塔をのぞかせ、光を取り込み、身の内を照らしていた。

 他色と装飾をいっさい排した巨大な空間は、清らかでいて、荘厳だった。


 およそ、ひとの住まうところではない。ここが特別な場所だろうことは、一目瞭然だった。

 日本ではないどこか。地球ですらないだろう。いやがおうにも四人に現実を突き付けてくる。それでいてなお、素直に感嘆できる、美しさと厳かさだった。


「きれーい」

「きれいね」

「うん」

「きれいだけど……掃除とか、どうしてるのかしら?」

「……」


 口をそろえて賞賛する中で、玲於奈が余計な言葉を付け足した。

 化けの皮を剥がせば、四人の中でも一番だろう、美貌の持ち主の興ざめな発言に、良子が眉をひそめる。


「ちょっと、玲於奈」

「何? 良子は気にならない?」

「いや、なるよ。なるけどもさ。ここは『きれい』で、止めときなさいよ」


 同性からは羨望の、異性からは熱望の眼差しを向けられる、美貌の現実主義者に声をかけると、良子は残念でならない――という態で、ざんばら頭を振り振り、足を組み替えた。


 四人は、大理石の床に仲良く寝転がり、体をほぐしていた。

 待てども一向にあらわれない、だれかを、彼女たちはストレッチをしながら待っていたのだった。




◇   ◇   ◇   ◇        



 玲は、少女たちがいなくなった後、だれかしらが、自分たちの前にあらわれるだろうと考えていた。それは、ひとりかもしれない、大勢かもしれない。前者であれば、希望が見える。後者であれば、そうあって欲しくない――と切に願うが、犠牲がでるだろう。


 しかし、たとえ後者であったとしても、玲は絶望しない。三人の友人たちもそうだろう。

 幼いころからともに、密に過ごしてきた時間は、四人の心身を鍛え、かつ絆を強固にしてきた。取り囲む男たちが襲いかかってきても、それはそれで対処できる。

 こちらは少数な上に丸腰だが、道はある。剣を握る男たち全員を、相手取る気はさらさらない。頭を押さえればいいのだ。


 最悪の事態――玲たちを捕らえ殺そうとする事態を回避するためには、それしかなかった。

 常日頃から鍛えているし、それなりに自信はあっても、相手の数と力を考えれば、正攻法では無理がある。

 最優先は、自分たちの身の安全だ。それを確保するためならば、卑怯だろうが、卑劣だろうが、なんだってする。いや、してのける。


 もちろん、最悪の事態を招かないよう、できることはしたつもりだ。理性的に行動した。それで、相手が歩み寄ってくれればいいが、期待はしないことにしている。


 うれしい期待はずれは、後でも喜べる。

 しかし、後悔だけはできない。想定を怠って悔やむ、ということだけは、絶対に、したくなかった。



 

 壁際に落ち着いて、真っ先に玲がしたのは、最悪の事態を回避するための、『しち』となる人物を探すことだった。

 その人物は、すぐに見つかった。


 広間には、大勢のひとがいた。少女たちとともに消え去ったものもかなりいたが、それでもまだ、数十という人間が、この場にとどまっている。

 その中にあって、その人物は、見逃しようのない気を放っていた。


 明らかに他者とは違う。たたずまいは静にして剛。その威厳と風格は、長い年月をかけて、身の内で醸造したものだろう。若い。といっても、玲たちよりかなり年上だろうその人物は、気の毒なことに、端正な面に濃いあざがあった。あざは、左耳のあたりからあごを通り、首にまで広がっているようだった。


 青年の鋭い眼光に捕まらないよう、玲は視線で軽くひと撫でしただけだったが、それで十分だった。


 手強い――


 理性がうれしくない言葉を、玲に突き付ける。が、心はなぜか、弾むように騒ぐのだった。


「どう?」


 玲は三人に訊ねた。

 三人が、質となる気の毒な人物を、さりげなく目に収める。


「……なんだか、凄いわね」

「その隣だったら楽勝っぽいけど、それじゃ駄目なわけ?」

「この場を支配する、力のある人間でないと、無駄骨になっちゃうんだけど」

「あー、そうなんだけどさぁ。なんかもう、飛び抜けてんでしょ、色々と」

「よかった。あのお兄さんで間違ってないわよね?」

「ええ、そうだと思うわ」

「ダントツでしょ」

「うん、別格って感じ」


 友人たちの言葉に、玲は頷いた。ひとを見る目に自信はあるが、念には念が必要だ。


「うん。手強い相手だけど、隙を突けばなんとかなるでしょ。一瞬で決めないといけないから、頼むわね。良子と玲於奈が道を作ってくれないと――」

「やるわよ」

「任せて」


 二人は頼もしい返事をくれた。


「で、残るは瑠衣ちゃん、君だけど……気になるおのこ(男性)はいたかね?」

「うん、あのひと」


 瑠衣は、スカートの前でかわいらしく指を動かして、友人たちにその方角を伝えた。

 良子と玲於奈が再び、さりげなさを装って相手をうかがう。だが。


「え? どれかわかんないんだけど。ほんとにあっち? 玲於奈、わかった?」

「ううん。わからなかったわ」

「ちょっと見ただけじゃ、わからないかもね。なんせ、ぎらぎらした感じがまったくないから」


 玲は笑い、横目でさらりと、その人物をすくいあげてみせた。


「やっぱり、あのひと?」


 瑠衣の目が輝く。玲と意見が一致したのを喜んでいるようだ。

 玲もうれしかった。

 見ていないようで、しっかり周囲を見ている。可憐な美少女は、玲の強い心の支えであり、こと実戦において、欠くことのできない存在だった。


「目立たないんだけどね、身のこなしがね、ぜんっぜん違うの」


 良子と玲於奈に語る瑠衣の声は、その瞳とともに輝いていた。この状況下でなければ、惚気と間違えてしまいそうな程に弾んだ声だ。

 声音には同調できないが、内容に同意だった玲は、苦笑しながら頷いた。


「うん、地味ーに嫌な場所に移動してるしね」


 玲がその存在に気付いたときは、後方の端のあたりでひっそりと立っていたのだが、今は、玲たちが人質と決めた男のかたわらまで、前に移動していた。それも、微妙に嫌な距離を置いて。

 かなり高位の存在なのだろう男の近くで、ぴったりではないが、何かあれば手を出せる絶妙な位置に陣取っていた。

 攻める側としては、無視できない。


「わたしたちの行動を読んでるのかしら?」

「うん。ひとつの可能性として、考えてる――ってとこかな? ま、それだけでも十分面倒な相手だってわかるけど……」


 玲於奈に答えた玲は、視線を移した。


「瑠衣、任せていい?」

「もちろん、任せて!」


 瑠衣は顔をほころばせ、小さなガッツポーズとともに、返事をくれた。

 顔面に散らばる義眼が目に痛い。

 瑠衣本来の、可憐な笑顔が見られない――そのことだけが、残念でならなかった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 最悪の事態を想定し、心の準備を終えた四人の前には、しかしだれもあらわれなかった。

 ひとは大勢いるというのに、彼らは遠巻きに玲たちを包囲するばかりで、近寄ろうとしない。

 その理由は知れていた。

 四人を包む半円の向こうで、男たちがもめていた。


「化け物を始末しろ!」

「なりません」

「御使い様に害をなす化け物を放っておく気か、貴様は!」

「…………」

「貴様の目は節穴か! あやつらは御使い様の魂を抜き、果てはその身をも食らおうとしていたのだぞ! われらがお救いしなければ、御使い様はどうなっていたことか。それを、貴様は見ていなかったのか? 殺すのだ! 直ちにな」

「なりません。…………」

「馬鹿をいえ! あのような化け物が御使い様だと? そのようなことがあるわけがない。貴様……わしを陥れようとしているのか? 害をなす化け物を、ことさら生かしておけとは」

「……、……」

「ふん、主同様小ざかしいことをいう。いいか? いっておくが、この場の責任者はわしだ。御使い様の迎えの使者は、このわしだ。陛下より仰せつかったのだ! 貴様ごとき下っ端が、口を挟むな! 貴様らも何をしている! 早く化け物を取り押さえろ!」

「なりません!」





「なんか……もめてるね」

「そうね」

「どうすんの? 玲」

「うん。とりあえず、体、あっためとこっか」


 というわけで、玲たちは大理石の上に寝転がり、ストレッチをしていたのだった。

 待ち人はあらわれず、体ばかりがあたたまっていった。








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