再会
早朝――
朝靄が垂れ込める中、粛々と馬を進めていた騎馬の一行は、
「待て」
先導者の一声で、前進を止めた。
黒々とした影が、少数ながら、遠く、行く手を阻むような形で展開しているのを見れば、停止せざるをえない。
「……賊か?」
馬を寄せつつ男が問う。と、
「さあ」
停止を命じた男が短く応える。
轡を並べた男たちは、そのまま、止まると同時に飛び出していった二つの騎影――偵察が向かった先に、目を凝らした。
しかし、どちらも特別緊張した様子はない。
「ま、それはないか。外れとはいえ、この王都で賊を生業にするものは、さすがにいないだろう。なあ?」
振り返る声に、背後にいる男たちが応じた。
「ええ。詐欺や物乞いのほうが、よほど確実で、実入りがいいでしょう」
「もし賊であれば、稼業変えを勧めますな。知らぬとはいえ、守護将軍のお二人を狙うなど、ついてないにもほどがある」
「まったくな」
「気の毒すぎますから、こちらから名乗ってやりましょうか?」
などと軽口をいいながら、男たちは馬を操り、主たちを中心に剣の堤を作る。
「油断するな」
「そうだ。どんな働き者でも、まだ寝間にいる時刻だ。そんな時間にこんな所をうろついてるだなんて……俺たちもそうだが、絶対ロクなもんじゃない」
「ふふ」
「そうですね」
「善良な民ではないでしょうね」
主たちの前で盾になっている男たちが、前を向いたまま笑う。
「人目を忍ぶ同類か、あるいはそれを狙った輩か――」
「どちらでしょうね?」
「どっちにしろ、面倒な相手に変わりない」
「左様ですね」
「ひょっとして……アルラバート将軍ではありませんか? あのお方も面倒事はお嫌いですし、ゾーイ将軍とハシュバル将軍の御到着を、ここでお待ちになっているのでは?」
「待つとか、あれがそんなタマか。あいつが辛抱できるのはな、戦場のことだけだ」
「ですが以前、おひとりで陛下に帰参報告をするのが嫌で、閣下のご到着を待っておられたことがありましたよね?」
「あの時とは事情が違う。それに、先に行くと知らせがあった」
「左様でしたか」
「ゾーイ、いい加減にしろ、来るぞ」
厳しい声に、男たちは口を噤む。
が、それも一瞬の後に解けた。
「どうやら賊じゃないようですね」
「……そのようだな」
「ああ」
何の騒乱もなく騎影が数を増やし、軽足でこちらに向かってくるのを見て、主二人も頷いた。
男たちが構えを解き、二人の前から速やかに退く。
しかし、薄絹のような朝靄が視界を遮っており、依然、何者かはわからない。
最低限の警戒を維持しつつ、男たちは待った。
黒にしか見えなかった影が見る間に近付き――
その正体をあらわした。
「これはこれは」
「ははっ」
目を凝らしていた男たちが一斉に破顔した。
たゆたう靄の向こうからあらわれたのは、
「久しいな、ハシュバル、ゾーイ」
「ほんに、久しぶりだぁ」
「ルゼー! ウルーバル!」
「お前らだったのか」
鮮やかな金髪と銀髪の、目の覚めるような美丈夫たちだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「久しぶりだな、ルゼー、ウルーバル」
「ああ」
「わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「んだ」
「嘘つけ、ウルーバル。お前は散歩だろ。それとも見回りか? たまたま俺たちを見つけただけだろ」
「違うべぇ。迎えだあ」
「ほんとかぁ?」
「はは」
思わぬ迎えの登場で、小集団がにわかに活気立つ。
「まあ、たまたまでもついででも、なんでもいいさ。懐かしい顔を見られるのは嬉しいもんだ。なあ?」
「他にも懐かしいのがいるぞ、ゾーイ」
「うん?」
ハシュバルが顎でしゃくる先に、ゾーイが視線を移す。と、
ルゼーの後方でひっそりと、影のように従っていた人馬が、前に進み出てきた。
暗い髪色の男だった。特別目立つ容姿はしていない。姿も気配も、薄暗い靄に解けてしまいそうなほどに地味だ。が、その存在は誰もが知っている。
「お前……ヤーヴェか。久しいな」
「はい。お久しぶりでございます、ゾーイ将軍、ハシュバル将軍。皆様のお戻りを、お待ちしておりました」
目を見張るゾーイの前で、総大将の側近はにこやかに述べる。
「……」
「……」
これはもう、散歩や見回りのついで――などではない。
個人的な出迎えでないとわかったゾーイとハシュバルが、顔を見合わせる。と、
「行くぞ」
頃合とばかりに、ルゼーが馬首をめぐらせた。
◇ ◇ ◇ ◇
総数を三十ほどに増やした騎馬の集団は、再会の喜びもそこそこに移動を開始した。
しばらくは、馬蹄が土を踏む音しかしなかった。が、
「おい、ルゼー」
ハシュバルが先頭を行くルゼーに声をかけた。
「なんだ?」
「道が違うのではないか?」
「違わない」
断つような答えに、今度はゾーイが眉をひそめる。
「しかしな、城へ行くのに、この道では遠回りになる」
「行くのは王城ではない。俺の邸だ」
「え?」
声を揃えて驚くゾーイとハシュバルの前で、ルゼーが振り向き、わずかに顎を上げる――と、ゾーイとハシュバルの真後ろにいるヤーヴェが口を開いた。
「ゾーイ将軍、ハシュバル将軍。まずは、旅の疲れをお取りください。湯と食事の用意をしておりますので」
「別に、疲れてはいないが」
「無論、承知しております」
ヤーヴェは笑みながら、きっぱりという。
「皆様がお疲れでないことも、人目を避け、密やかに速やかにご入城されようとしているのも承知しております。ですが、それは望まれてはおりません。皆様には、守護将軍にふさわしい堂々たるご入城を――と、いわれておりますので」
「ああ」
「なるほど。それで、こいつらか」
「派手に帰って来いってか? こっちの気も知らないで……」
「大将閣下のお考えになりそうなことだな」
守護将軍たちのぼやきを聞いて、ヤーヴェがくすりと笑った。
「お命じになったのはキリザ将軍ですが、お望みなのは御使い様です」
「え?」
と驚く二人の同僚を、ウルーバルが振り返った。
「玲様だあ」
「玲様?」
「ああ……殿下をお選びになったお方か」
「んだ」
ウルーバルは頷くと、そのまま前を向いてしまう。
「……」
「……」
ルゼーにいたっては、ヤーヴェに投げてから、ちらともこちらを見ない。
ゾーイとハシュバルが無言で顔を見合わせる。その間に、総大将の側近が声を割り入れた。
「申し訳ありませんが、御使い様のご意向により、大将閣下がお命じになられたことですので、人目を忍んだご入城は、どうぞ諦めてください。それに、皆様には、ご入城の前にお伝えしておかなければいけないこともございますので……」
「ああ」
「わかった」
低く落としたヤーヴェの声に、二将軍は頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
旅装を解き、砂塵を落としたハシュバルとゾーイは、ソファに腰掛けた。
「いいぞ、はじめてくれ」
「良い話だろうな」
言いながら、背もたれに身体を預け、足を組む。
ともに三十代後半。
東方、南方の守りを、それぞれ任されている。
黒の式服に着替えた守護将軍たちは、その役職と年齢にふさわしい威厳と余裕に満ちていた。
ルゼーやウルーバルとはまた異なる、練れた落ち着きと力強さだ。
「ヤーヴェ、座れ。それじゃ話しにくいだろ。俺たちも聞きにくい」
ひとり直立したままのヤーヴェに、ハシュバルが声をかける。
ここにはもちろん、ルゼーとウルーバルもいるのだが、ハシュバルが声をかけたのはヤーヴェだった。
ゾーイの目も、隣のソファに座る同僚たちではなく、反対側に立つヤーヴェに向いている。
なにしろ金髪と銀髪の美丈夫たちは、戦場ではこの上なく頼もしい存在なのだが、それ以外――特にこうした説明ごとは頼みにならない。
前者は簡潔に過ぎ、後者は簡潔且つ、不明だ。
いずれも、聞き手側に高い補完能力が求められる。
当人たちにしても、その気がまったく無いのは明らかで、ルゼーはいつからそうしているのか、固く腕組みをして目をつむり、ウルーバルは並べられた食事にせっせと手を伸ばしている。
自然、二人の目はヤーヴェに向くのだった。
「はい」
ヤーヴェは指示に従った。
「それで?」
すかさずゾーイが促す。
長身中肉の将軍は、ヤーヴェに笑みを向けながら、乾ききっていない赤茶の髪を、手櫛でかき上げていた。
「はい。すでにお耳に届いているかと思いますが――」
◇ ◇ ◇ ◇
「そうか……」
「なるほど」
話を聞き終えたハシュバルとゾーイは、うなずいた。
「――プラークなど、顔を思い出すのも難しい奴の名が、どうしていきなり出てくるのかと思ってたが、そういうことか」
「俺はいまだに顔を思い出せんが……」
「別に思い出す必要は無い。天気と着る物の話しかしない男だ。が、金は持ってる」
「ふふ、そうか」
二人は薄く笑い合う。
「しかしな、ヤーヴェ。そんな男の口車に乗る奴がいるのか?」
「保留される方が大半のようですが、何人かは承諾なさったようですよ」
「ほお」
ハシュバルが、意外と呆れの入り混じる声を放つ。その隣で、ゾーイが視線を動かした。
「おい、ルゼー、ウルーバル。お前らはどうしたんだ。真っ先に声がかかったろう。保留したのか?」
「……」
「……」
さすがに名指しされれば無視できないのか、二人は同僚の声に反応した。
ルゼーが薄目を開け、ウルーバルも手を止める。しかし、どちらも口を開かない。
片やは唇を固く引き結び、座った目で。
片やは咀嚼のために顔下半分を大きく動かしながら、きょとんとした目で同僚二人を見つめるばかりだ。
「……」
「……」
束の間、四将の間に微妙な空気が流れた。
「皆様は、お断りされました」
ヤーヴェが笑いのにじんだ声で、微妙な流れを堰き止めた。
「軍内で頷かれた方は、ただの一人もいらっしゃいません」
「一人も?」
「まあ……軍で声がかかる者は少数だろうし、ルゼーやウルーバルが断れば、そうなるだろう」
「……そうだな」
と、同僚の言に頷いたゾーイは、ヤーヴェに目を戻す。
「しかし、エルーシルもか? あいつは自分で伴侶に立候補したくらいだから、誘われれば飛びつくんじゃないのか? それともあれか? 声自体かからなかったか?」
「はは」
ハシュバルが笑った。
「――そうかもな。あれは傀儡にはできんからな。使いこなすには相当の器量と技量と忍耐がいる。先方も、諦めたんじゃないのか? なあ? ルゼー」
「ふん」
「エルーシル新将軍にも、もちろんお誘いがありました。閣下は、きっぱりとお断りされましたよ」
鼻を鳴らしてそっぽを向くルゼーに代わり、ヤーヴェが答えた。
「ほお」
「断ったのか」
「はい。そのあたりの詳しいことは、どうぞ新将軍にお訊ねください」
そういうと、ヤーヴェはいきなり席を立った。
そのまま断りも入れず、二将を残し、扉に向かう。
「……」
「……」
ハシュバルとゾーイが驚きに顔を上げ、ヤーヴェが扉に手をかける――その前に、
ドンドンドン、と扉を強打する音と、「たのもー!!」という大音が、扉向こうで上がった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます……ご到着を、お待ちしておりました」
小さく肩を震わせながら、ヤーヴェが扉を開ける。
と。
黒の式服で身を固めた二人の男が、言葉の洪水とともになだれ込んできた。
「おはようさんだす、ヤーヴェさん。朝も早よからごくろうさんだす」
「エルーシル! お前、朝っぱらからでかい声出すんじゃねえよ! 耳がおかしくなるだろうが!」
「他人のことは言えんだすよ。アール将軍こそ、なんだすか。あんな力任せに扉を叩いてはいかんだす。ものに八つ当たりはいかんだすよ? 人もそうだすが、ものだって大事にせんといかんだす。また良子様に怒られるだすよ?」
「またとかいうな! 人聞きの悪い。だいたい怒られてんのはお前だろうが。っつか、お前、いい加減俺の名前覚えろよ!」
「おかしなことを言うだすな。ちゃあんと覚えてるだすよ。それともあれだすか? 愛称で呼んではいかんということだすか? キリザ将軍はいいのに、わしはいかんのだすか? 不公平だすな」
「なにいってやがる。お前はただ縮めて呼んでるだけだろうが。それも適当に」
「なんてこというんだすか。適当なんかじゃないだすよ。あ、ハシュバル将軍、ゾーイ将軍、お久しぶりだすぅ。遠路はるばるご苦労様だす。旅の疲れは取れただすか?」
銀髪の青年は、ハシュバルとゾーイにひとなつっこい笑顔を向けてくる。
一方、年長の黒髪の男は、
「ちょっとお前ら聞いてくれよ。こいつ、俺の名前忘れてやがったんだぜ! 信じられないだろ?!」
黙っていればそこそこの男前――が、今は鬼の形相だ。
「あれだけ世話してやったのに……」
「恩は忘れてないだすよ。顔もちゃあんと覚えてただす。名前だって、すぐ思い出しただす」
「嘘つけ!」
「嘘なんか付かんだす。嘘は八百付き続けないと真にならんのだすよ? 途中でやめたら呪いになって我が身に返ってくるんだす。まったく割に合わんだす。わしはもともと嘘は言わんだすが、それを聞いて、絶対に嘘は付かんと心に決めただす。それよりなんだすか、久しぶりだというのに、お二人に挨拶もなしだすか。いくら親しくても礼儀を欠いてはいかんだす。ちゃんと挨拶せねば駄目だすよ? 基本だす」
「お前がいうな!!」
「ははは」
「ははは」
ハシュバルとゾーイは、予想だにしなかった訪問者たち――レナーテの新将軍エルーシル、西方将軍アルラバートの、嵐のようなやり取りに、声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
「あー、こんなに笑ったのは何年ぶりかな」
「ああ。しかし……お前らも変わらんな」
「お二人もぜんぜん変わらんだす。会えて嬉しいだす」
笑顔でいうエルーシルに、
「俺たちもだ」
と笑みを返したゾーイとハシュバルは、アルラバートに目を移した。
「久しぶりだな、アルラバート。息災なようで、なによりだ」
「ああ。そっちも元気そうだな。到着早々であれだけ笑えるんだから、羨ましいかぎりだぜ、まったく」
「どうした?」
「機嫌が悪いな」
「名前を覚えてなかったからって、そう怒らなくてもいいだろう。一瞬思い出せない、なんてことは誰にもある。お前だってあるだろう」
ハシュバルとゾーイが言うと、アルラバートの眉間がさらに寄った。
「俺だってな、それだけだったら笑って流してやるさ、それだけだったらな」
と、アルラバートは横目でエルーシルを睨みつける。
「だけじゃないのか? エルーシル」
「へへ。すんませんだす」
訊ねるハシュバルに、エルーシルは笑顔を返した。
◇ ◇ ◇ ◇
「王都に入って最初に会ったのがこいつだったんだ。なんせ目ざといからな、こいつは」
ハシュバル、ゾーイ――二人の前の席に落ち着いたアルラバートは、隣に座るエルーシルを顎でしゃくった。
「ほんにびっくりしただすよ。来るのは少し先だと聞いてたもんだすから、もうびっくりして、名前が飛んでっただす」
「俺もびっくりしたぜ。顔合わせるなり、俺の名前をど忘れしたから三択で出してほしいっていいやがったんだぜ、こいつ。ありえないだろ?」
「三択……」
「ははは」
「失礼があってはいかんだすからな。三つの中から選ぶなら、絶対の自信があっただす。だすからそういったんだすが……駄目だっただすか」
「駄目に決まってんだろ! 失礼極まりないわ!! ああいうときは、俺にわからないように誰かにこっそり訊けよ!」
隣に向かって吠えてから、アルラバートは続けた。
「それでその詫びに、御使い様のところに案内するっていうから連れてってもらったんだよ。こいつが御使い様たちと親しくて、スライディール城に自由に出入りしてるっていうのは、どの報告にも連絡にもあったからな。こいつもそう書いてたし」
と、ヤーヴェを見る。
「ああ」
「そうだな」
ゾーイとハシュバルが頷き、ヤーヴェも頭を垂れる。
「でもな……入れてもらえなかった」
「え? お目通りできなかったのか?」
「いや、でも、お会いしたんだろう?」
「ああ。皆様に、会うには会ったし、お声もかけてもらった」
「……ようわからんな」
「……どういうことだ?」
「こいつに聞いてくれ!」
言葉を投げやる方向に、ハシュバルとゾーイが目を向ける。と、エルーシルがはにかんだ様子で答えた。
「わし、御使い様とはとっても仲が良いんだすが、仲が良すぎて、わしだけ特別扱いで、問題を解かんと大広間に入れてもらえんのだす」
「なんだそれ?」
「それ、特別扱いっていうのか?」
「特別だすよ。玲様がそういっただす。『こんなこと、エルーシルさんにしかできません』ていわれただすよ」
胸を張るエルーシルに、「いや、おかしいだろ」、「騙されてないか」、ハシュバルとゾーイが口々にいう前で、アルラバートが再び吠えた。
「ほらみろ! 普通に特別だったら、問題なんか解かなくても、こいつらみたく、すんなり入れてもらえるんだよ」
と、アルラバートはルゼーとウルーバルを指差す。
「だすから、わしは普通じゃない――誰とも違う特別なんだすよ」
「あそこまでされて、まだそう言い張れるお前の神経を疑うぜ。とにかく、将軍の中でこいつだけが、入室するのに条件をつけられてる。わけのわからん合言葉をいわされて、わけのわからん問題に答えさせられる」
「合言葉まであるのか……」
「ずいぶん厳重だな」
ゾーイは感心したように、ハシュバルは厳しい表情で言うが、どちらの声も笑いを隠せていない。
「その問題にな、こいつ、正解したことないんだよ」
「そうなのか?」
「だって難しいんだすよ。向こうの世界の問題ばっかりなんだすよ? わかるわけないだす」
「それは、拒否されてるんじゃ――」
「それはないだす」
いつもそうだが、エルーシルはきっぱりと答える。
「知らないものでも答えられるように、玲様は三択にしてくれてるだす。わしの勘と運が試されてるだす。しかし、冴え渡るわしの勘が、あそこではまったく働かんのだす。運も縮こまって――というか持っていかれてるような気がするだす。しかし、今日は大丈夫だす。いける気がするだす」
「あてになるか。昨日も『いけそうな気がむんむんするだす』とか言って、きっちり間違えてただろうが」
「へへ、すんませんだす」
「これだぜ? すまないとか、これっぽっちも思ってない」
申し訳程度に頭をぽりぽりかくエルーシルを睨み付けてから、アルラバートは同僚たちに目を向けた。
「というわけだ。こいつのおかげで、俺はまだ、御使い様たちに正式なお目通りができてない。こいつの連れと思われて、こいつと同じ扱いだ。ったく、あそこでお前に会ったのが間違いだったぜ」
「そんなこと言っちゃいかんだす。あの日あの時あの場所で、わしとアール将軍が出会ったのは縁、運命だす。縁は大事にせねばならんと、玲様も言ってるだすよ?」
「そんなんで納得できるか! ヤーヴェ、お前も、こうこうこうだから、注意しろ――とか連絡寄越すんだから、そこに書いとけよ」
矛先がヤーヴェに向いた。
「申し訳ありません。エルーシル将軍閣下のご入室の件は、皆様への帰参命令が出された後のことでしたし、そうした細々としたことを書き出すときりがないうえ、ご到着の際には、また変更になっている――ということも大いに考えられましたので、そのあたりのことは、ばっさり省かせていただきました」
総大将の側近は、こちらも、申し訳なさそうなところは微塵もなく、笑顔で答える。
「ばっさりしすぎだろ」
ひとり顔を歪めるアルラバートに、別方向から声がかけられた。
「自業自得だ、アルラバート」
その声は、陽気で膨らんでいた室内の空気を一瞬で引き締めた。
声主は、目を開いていた。固く組んでいた腕も解き、アルラバートを視線で刺している。
「申告どおりに来ていれば、こうはならなかった。違うか?」
「……」
腹に響く恐ろしさ――
ではなく、指摘の正しさに、アルラバートは一言も返せない。
日に夜をついで馬を飛ばしたアルラバートは、申告日の二日前に到着し、その連絡も入れてなかった。
「己が行動からの結果だ――」
耳に痛い言葉を、ルゼーは無情にも続ける。
「それでも誰かを恨みたい、というのなら…………玲様を恨め」
「え?」
緊張した空気が、今度は一瞬で瓦解した。
ゾーイ、ハシュバル、アルラバート――レナーテの守護将軍と呼ばれる三人が、驚きに目を見開いている間に、
「スライディールではそれが常識だ。行くぞ」
ルゼーは冷気を仕舞い、立ち上がる。
それを聞いたウルーバルが一気に茶を飲み干し、弟エルーシルと同時に立ち上がった。
「行くべぇ、エル」
「はいだすよ、兄じゃ」
銀髪の仲良し兄弟は、笑顔を見合わせる。その前で、守護将軍たちが顔を上げた。
「どこへ」
訊ねる声に、ルゼーが振り返った。
「城に決まってるだろう」
凡人には程遠い守護将軍たちの思考を、きれいに一旦停止させた左将軍は、睨みを効かせてそういうと、前を向いた。
その先では、素早く移動した銀髪の兄弟たちが、面をかがやかせ、ルゼーを待っていた。
「わくわくするだすな、兄じゃ」
「だなぁ」
「ルゼー将軍、早く行くだすよ!」
「行くべ、ルー」
「ちっ」
「今、舌打ちしただすな? ルゼー将軍」
「空耳だ」
「はっきり聞こえただすよ。わしも玲様と一緒で、どこもかしこもいいんだす」
「……」
「今のはわしにだすか? 兄じゃだすか? 玲様だすか?」
「オラじゃねえな」
「玲様だすな」
「……」
在京の将軍たちは、一塊になって、扉へと向かう。
「……」
「……」
「……」
もう、二度とは振り向かないだろう、同僚たちの背中を見つめながら、
「俺たちも、行くか」
「そうだな」
「……」
守護将軍の三人も立ち上がった。
その一部始終を見届けた総大将の側近は、最後のひとりアルラバートが出て行った後もまだ、扉口で面を伏せたまま、しばらくの間、肩を震わせていた。




